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関係の急変

 とにかく宝玉を渡してもらえるように説得するしかない。

 

 そう強く想いながら、休み明け、恭一は登校してきた。

 下駄箱で上履きに履き替え、教室に向かう途中、風香が靴を履き替えている姿が見えた。

 助っ人の仕事の時以外に話しかける数少ないチャンスに、恭一は風香に近づいた。


 「お早う、副会長」


 声に反応した風香が振り向き、恭一だとわかると、途端に目つきが冷気を帯びる。


 「……」


 風香は何も言うことなく自分の教室へ歩き出す。


 「あ、待って! 副会長!」


 恭一は風香を追いかける。

 風香は立ち止まって振り返り、恭一を睨みつける。


 「……」


 その目が、ついてくるな、話しかけてくるな、と言っているようで、恭一はそれ以上追いかけることを躊躇ってしまった。


 「あ、おはようございます。副会長」


 恭一の後ろからやってきた女生徒が風香に挨拶をした。


 「ええ、ごきげんよう」


 柔和な笑顔で女生徒に挨拶を返すとそのまま教室へ向かってしまった。


 「お前、副会長に何かしたのか?」


 立ち尽くしていた恭一の肩を誰かが叩く。


 「多田……」


 「人当たりがいい副会長が、あんなおっかない目で睨むなんて余程の事だぞ」


 「見てたのか……」


 「ああ、なんか神楽屋が副会長のほうに近寄っていくから、お前をダシにして俺も挨拶しようかと様子を見てた」


 「お前なあ……けどあてが外れたな」


 「全くだ」


 恭一は半眼で睨むが、多田は悪びれることなく両手を頭の後ろで組む。


 「で? マジで何かやったんじゃないのか? 身に覚えはないのか?」


 「いや、ちょっと余計なこと言っちまって怒らせちゃってさ」


 「かなり端折ってますが、嘘は言ってませんね」


 ルキエナが恭一の発言に苦笑する


 「はあ? あの副会長を怒らせるってお前何言ったんだよ?」


 「いや、まあ……何というか」


 「ハア……」

 恭一がごまかそうとしどろもどろしているのを見て、多田がため息をつく。


 「何言ったか知らないけどちゃんと謝っとけよ」


 多田はそう言ってもう一度恭一の肩を叩くと、教室へ歩いて行った。


 「なんか励まされたような気がする」


 「そうですね。諦めずに説得を続けましょう」


 「そうだな。昼休みにでも副会長の教室に行ってみるか」


 恭一とルキエナはうなずき合うと教室に入った。

    


 昼休みになり、恭一達は風香がいるクラスにやってきた。

 教室の扉に近づくと、中から風香が出てきた。


 「あっ、副会長! 話を――」


 「……」


 風香は恭一を無視して通り過ぎていく。

 もう一度話しかけようと恭一が風香を追いかけた。

 あまり人目につかないように、人通りの少ない場所で話しかけようと、機会を待って風香の後を追う。

 人通りの少ない廊下に差し掛かり、恭一は風香に駆け寄った。

 恭一が声をかけようとした直前、風香が振り返る。


 「いい加減にしていただけませんか?」


 能面のような無表情を貼り付けた風香から静かに放たれるその言葉は、怒鳴り声よりも迫力があるように感じられる。


 「お願いだ、副会長。話を聞いてくれ」


 恭一が風香に必死に訴えかける。


 「お話したくないと言ったはずです」


 風香は冷たく言い放つ。


 「これ以上付きまとわないでください。顔も見たくありませんので。それではごきげんよう」


 「あっ、ちょっと待――」


 風香は呼び止める間もなく足早に去っていった。

   


 放課後になり生徒会室に行った時も風香の態度は変わらなかった。

 恭一に顔を合わせようともせず、まるで恭一がそこにいないかのように一切話しかけてこなかった。

 作業の指示をするためにどうしても会話が必要とされる時もあったが、二言三言話すだけで恭一に向ける視線は非常に冷めていてまるでゴミを見るかのようだった。

 


 「神楽屋君、書類を届けに行くから、君も一緒に来て欲しい」


 「あ、はい、了解です」


 奈月の指示を受け恭一も生徒会室を出て、共にしばらく廊下を歩いていると、突然奈月が立ち止まり廊下の窓を開けた。

 五月の心地よい風が吹き込んでくる。

 奈月は窓枠に肘をかけて寄りかかり、外の景色を眺める。

 恭一も釣られて窓の外を見た。


 「なあ、神楽屋君。風香と何かあったのか?」


 「え?」 


 突然話を切り出されて恭一が奈月の顔を見る。


 「今日の君に対する風香の態度はおかしい。何があったんだ?」


 奈月が恭一に探るような目を向けてくる。

 そのまま目をあわせていると、心の奥底まで覗かれる気がして、恭一はすぐに目をそらして言い訳を考えた。


 「ちょっとした行き違いで、副会長を怒らせてしまいまして」


 「そうなのか」


 奈月はため息まじりに返事をして、再び窓の外を眺める。


 「これまで風香と君だけが休むことなく活動に参加してくれている。そのことには感謝しているが、交流会に向けてより一層結束していかなければならないのに、あのような緊迫した空気をまき散らされては困るんだ」


 「ええ、その通りです」


 恭一は自分の不甲斐なさを噛み締めながら答えた。


 「出来ることなら関係を改善して欲しい。このままの状況が続くようであればこれまで頑張ってくれた君には申し訳ないが、助っ人をやめてもらうことになる」


 「そうですね。わかりました」


 恭一は今の生徒会の状況を考え、覚悟を決めた。


 「すまないな。私が君を助っ人に選んだのに」


 奈月は心底申し訳なさそうな表情で恭一に詫びた。


 「気にしないで下さい。俺が悪いんですから。それより仕事に戻りましょう」


 「ああ、そうだな」


 奈月は窓を閉め、再び歩き出す。

 恭一もそれに続いた。



 奈月と恭一が生徒会室に戻った後も、恭一に対する風香の態度は変わらず、ギスギスした雰囲気のまま、活動が終わった。

 恭一は無力感に襲われながら、重い足取りで校舎を出る。


 「神楽屋! 待ちなさい!!」


 大声で呼び止められ、振り向くと桃花と千絵が恭一の方に向かってくる。

 二人共退治しに来た鬼を見るかのように恭一を睨んでいた。


 「神楽屋! 風香お姉様に一体何をしたんですか!? あのお優しいお姉様があのような振る舞いをなさるなんて! 何かとんでもないことをしでかしたに決まってます! さあ白状しなさい!」


 「そんな副会長を見て、会長もお心を痛められていた。神楽屋、許さない」


 「えっと……何ていうか」


 恭一がどう説明しようか戸惑っていると、


 「もういいです! 聞きたくありません! 全く、少しは見どころがあると見直した途端に! これだから男は!」


 「会長、とても悲しそうな顔だった。あんな顔をさせた神楽屋が憎い」


 桃花と千絵の凄い剣幕に、恭一は気圧された。


 「いいですか!? 私の目の黒いうちはお姉さまに指一本触れさせませんから! 全く油断も隙もない!」


 桃花はドスドスと足音をさせながら校門を出て行った。


 「会長のお心を乱さないで。さもないと呪う」


 不気味な言葉を残し千絵も去っていく。


 「あーあ、やっぱこのまま助っ人続けるの無理かもなあ」


 恭一は左手で頭を掻きながら呟くと、うつむいたまま校門を出て行った。


 「恭一さん……」


 恭一の姿をルキエナは心配そうに見つめ、後を追いかけた。


   

 恭一はいつものように公園を抜けて近道しようとしたが、なんとなく噴水広場の方に足が向き、立ち寄ることにした。

 もしかしたら風香が居るかもしれないと心の隅で期待したが、その姿は無かった。

 恭一は広場のベンチに座ると、噴水を眺めた。

 広場が月明かりに照らされ、噴水が月の光をきらきらと反射する。

 そのまま噴水を見ていると涙か出そうな気がして噴水から目を離した。

 ふと風香が座っていたベンチに目が止まる。

 恭一はそのベンチを見つめながら、休日に出会った風香の姿を思い浮かべた。

 気だるげでどこかつまらなそうな風香の横顔。


 『助っ人に応募してきたのもこの宝玉を狙ってのことかしら?』


 風香の言葉が頭によぎる。事実そのような目的で助っ人に応募したわけだが、噴水広場にいた風香の顔を見て、何か手伝ってあげたいと思ったのも本心だった。


 「はあー、どうすっかなあ」


 恭一は夜空を見上げる。


 「キョー? 何やってんの? こんなとこで」


 見晴が軽く手を振って近づいてきた。


 「おう、見晴か、今帰りか?」


 「うん、まあね。アンタこそどうしたのよ? こんなとこ座ってさ」


 「ああ、ちょっと考え事しててさ」


 「何よ、悩みがあるならお姉さんに相談してみなさいな」


 見晴が右手で自分の胸を軽く叩いた。

 「そうやってすぐお姉さんぶるよな。同い年なのに」


 見晴の態度に呆れて苦笑すると、恭一は噴水を見てため息をもらす。


 「……」


 見晴は恭一の姿をしばらく黙って見つめると、持っていたカバンの中をガサゴソと探しはじめた。


 「はい」


 噴水を眺めていた恭一の目の前に見晴の手が突き出された。

 見晴の手の上にチョコレートが乗っている。


 「えーと……」


 とっさのことで恭一はどうしたらいいのか戸惑う。


 「アンタ昔からちょっとした事ですぐ泣いて、アタシがチョコとかお菓子あげると泣き止んだじゃない。それ食べて元気だしなよ」


 「いや、いつの話してんだよ。それって小学校に上がる前の話だろ?」


 「いいから!」


 見晴は強引にチョコレートを恭一に渡そうとする。

 恭一は押し切られてチョコレートを受け取った。


 「フン、いつまでもシケた顔してんじゃないわよ!」


 そう言うと、見晴は恭一から離れ、歩き出す。

 恭一は立ち去る見晴の背中に向かって声をかけた。


 「見晴、心配してくれてありがとな」


 見晴は恭一の言葉に片手を上げて応えると少し顔を赤くして広場を出て行った。

 見晴が立ち去る姿を見送ると、恭一はチョコレートの包装をはがし、一口かじった、

 口の中に甘さが広がる。


 「優しい方ですね」


 「ああ、お節介だけどいいやつなんだ」


 声をかけてきたルキエナを見ると恭一の隣にずっと座っていたことに気づく。

 (いつも俺のこと信じて見守ってくれてるよな)

 恭一は見守ってくれているルキエナに感謝の気持ちを抱いた。

 それと同時に少しずつ活力が戻ってくる。


 「こんなとこでウジウジしててもしょうがないよな。家に帰ろう」


 恭一はベンチから立ち上がると両手で顔叩いて気合を入れた。


 「はい、帰りましょう恭一さん」


 ルキエナもうなずいて立ち上がる。


 「帰ったら、明日からのことを話し合おう」


 「はい、ウアルフェ様にも相談に参加していただきましょう」


 「ああ、その方がいいな」


 恭一は風香の座っていたベンチを見やる。


 「涼原さん、俺はあきらめないからな」


 「ええ、きっとわかって下さいますよ」


 恭一は公園に来た時よりも強い足取りで家へと向かった。


お読みいただきありがとうございます。

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