竜骨種
燃える体を起こして、窓から外を見る。
夏のまとわりつくような熱気と厳しい陽光が俺を包んだ。
俺は手で庇を作って空を見た。
太陽が高く、輝いている。
もう、お昼のようだった。
まぶしさに目が慣れてくると、目の前に良く分からない光景が広がっているのが見えた。
そこには座っている大きな馬と背中からその首にしがみつきぶるぶる震えているドクダミちゃんが見えた。
何やってんだ……。
イヅナとレイシーはドクダミちゃんのそばで何か声をかけているようだった。
それを少し離れた木陰から愉快そうに見ているブロンソンの姿も見えた。
「お嬢ちゃん。ランデルは賢い子だから暴れたりしねぇよ」
ブロンソンはパイプをふかしながらそう言った。
「とりあえず、首から離れて鞍に乗りな。じゃなきゃ乗馬なんて一生無理だぞぉー」
ドクダミちゃんはそれを聞くと頑張っているようだが、どうにも動けないようだった。
他の二人も手を差し伸べるがダメなようだ。
俺はため息をつくと、医務室を出た。
医務室がある建物から出て裏庭に行く。
そこには病室から見たあいつらがまだわーきゃーやっていた。
「おい、お前たち」
俺が声をかけると、全員がこっちを見た。
「も……モリー様?」
「なんだよ、幽霊でもみるような顔しやがって」
俺はそう言いながらランデルのそばまで歩いた。
そして首にしがみついているドクダミちゃんを取って、地面にゆっくりと降ろした。
ランデルはこっちを少し見ると、ぶるっと首を振った。
ちょうど首がかゆかったんだって感じだった。
「迷惑かけたな」
俺はそう言うとかゆそうな箇所を撫でた。
ランデルはきもちよさそうに鳴き声を上げた。
ほっと一息つくと、突然わき腹にタックルを喰らった。
「うぐっ!」
不意打ちを喰らったので俺は変な声を出した。
わき腹を見るとイヅナが俺にしがみついていた。
「おい?お前ね俺はケ……」
ケガ人だぞと言おうとしたとき、今度は正面からタックルを喰らった。
「ぐぅ!」
レイシーが俺の腹にしがみついていた。
「おま……」
俺は言葉を発しようとした瞬間に身構えた。
案の定今度は左からタックルを喰らった。
ドクダミちゃんだった。
「あのね……俺はケガ人だから……ね?」
俺はそう言ってイヅナの頭を掴んだ。
「う、ううう」
イヅナがふるふる震え始めた。
そしてすぐにイヅナは泣き始めてしまった。
「お、おい?すまん、痛かったか?」
俺は驚いて咄嗟にイヅナの頭から手を離した。
「も、も、も、もりぃさまぁ~」
イヅナは顔面をぐしゃぐしゃにしていった。
「い、いきてだ~」
「あ、ああ。心配かけたな……」
どうやら結構マジで死んだと思われてたらしい。
「よがった~」
レイシーもすごい顔をしていた。
「うっうっうっう」
ドクダミちゃんはもう言葉も出せない様子だった。
俺は三人の顔を見た。
「大丈夫さ。俺みたいな奴はなかなか死なないものなんだよ」
「俺はどのくらい寝てた?」
しばらく三人をあやした後に俺はきいた。
それを聞いてイヅナは顔を上げた。
「二日……です」
イヅナは涙を拭きながら言った。
「そうか。なかなか寝てしまったな。お前たちもその間はここに?」
「はい。アプリコット先輩に習っていろいろお手伝いしてました」
「そうか」
世話になったな。
後で礼を言っとかないとな。
礼と言えば……。
俺は木陰で涼むブロンソンを見た。
ブロンソンはそれに気が付くてにやりと口元をゆがめた。
俺はブロンソンの元に近づいた。
「よぉ、兄ちゃん気分はどうだ?」
ブロンソンは俺を見てそう言った。
俺は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「おいおい、やめろよ。そんなきで助けたんじゃねぇや。それに礼を言うならこっちの方さ」
俺は顔を上げてブロンソンを見た。
「ランデルの奴が調子がいいんだ。あんた等に助けてもらったおかげだよ。あいつがいなきゃ俺もおしまいだからよ」
「そうか。あんたらを助けれてよかったよ」
俺はそう言うとブロンソンと握手した。
「それで、うちの奴らは何を?」
握手した後、ブロンソンの勧めで俺はブロンソンの隣で一服していた。
三人はそれを見て、再びランデルに挑み始めた。
今はレイシーが鞍に乗っているが、ランデルはびくともしない感じだ。
「ああ、猫のお嬢ちゃんが馬に乗ってみたいてんでな。少し乗せてやろうと思ってよ」
ブロンソンはそう言うとイヅナを指さした。
「そうか。あれ、危なくないのか?」
俺は手綱を持ち走れーと叫ぶレイシーを見ながら言った。
「ランデルは賢い奴だからな。恩人に危害は加えねぇよ。それにあの娘たちが何しようと、ランデルはびくともしねぇ」
ブロンソンは自信があるって風だった。
確かによく見るとランデルは馬にしては体が大きいように見えた。
馬車馬だからか足についている筋肉も普通の馬のそれとは違って見えた。
「確かに。なんだか大木みたいな足してるな」
「そうだろ?あいつは特別だからよ」
「そうなのか?あんたが調教を?」
「いや、俺はしがない旅商人ってやつさ。奴とは旅先と出会って、そこからの仲だな」
「旅商人?それが今は駅のお抱え配送員をやってるのか?」
「おう、まぁ調達から流通までってな」
そういうとブロンソンは得意そうにパイプをふかした。
「いい仕事さ」
「そうか……。じゃ、あんなでかい馬が野生でいたってのか?」
「おうよ。南部の砂漠で出会った」
「砂漠に?馬が?」
「おうよ、言ったろ?特別だって奴は竜骨種さ」
「え?」
竜骨種?俺は目をひん剥いた。
あまりに間抜けな顔だったのか、ブロンソンがけたけた笑い始めた。
「なんだい、兄ちゃんそんな顔して。そんなにおどろいたか?」
「そ、そりゃそうだろ……」
竜骨種。
強力な魔力を持った動物で、魔物化していない特異個体のことだ。
筋力や骨格がほかの個体に比べて発達している。
魔力に対する免疫も持っているし、熱にも寒さにも毒にも強い。
長寿でそのスタミナは無限と思われるほどだ。
人間でいうところのバニラボーン。
それが竜骨種だ。
それは冒険者から見たら幻の生き物だ。
ドラゴンやユニコーン見たいな伝説上の生き物。
もしも見つけたなら何世代にわたって遊んで暮らせる金になるほどだ。
全冒険者が探し求める、お宝が目の前にいる。
俺は少しの間呆然としていた。
「なぁ、それなら俺達が助けなくてもどうにかなったんじゃないか?」
俺は当然の疑問を投げかけた。
「いやあのスズメどもが急に襲ってきてな。足をくじいちまっていたんだ。あのまま無理してたら取り返しつかなかったかもしれねぇ」
ブロンソンはそう言うと、俺の方を見た。
「だからよ。本当に結構助かったんだぜ。あいつは変わりがいねぇからよ」
「納得だ。なんであんたらがこんな重要な仕事しているのか……良く分かったよ」
俺はそう言うとため息をついた。
「ああ、本当に助けれてよかったよ」
「スズメといえば……あの後奴らはどうなったんだ?」
ブロンソンたちが突入してきた時、俺は完全に状況が分からなかった。
「ああ、あいつらな。全員とっ捕まえたよ」
ブロンソンがそう言った。
「全部か?」
俺は確認する。
「ああ、全部だな。何匹かは死んじまったみたいだがな」
「そうか。ならよかった」
「あの後大変だったんだぜ?なんか研究員がぞろぞろやってきてよ。いろいろでかいかおしやがるんだよ」
ブロンソンが顔をゆがませた。
思い出すだのもいやんなるって感じだった。
「そんで関係者集めていろいろ小難しいこと言いやがった。要は、誰にも言うなよって脅し文句だったんだが長ったらしくていやになったね」
ブロンソンはそう言うと、パイプをぷかぷかふかした。
「嫌いだねああいう奴らは」
「災難だったな」
「ああ、お互いな。そうだ兄ちゃん。多分あいつらあんたんとこにも来ると思うぜ?」
「そうか。それは面倒だな」
「もしも、生意気言ったら一発殴っといてくれ。俺が許す」
「いやいや、問題だろ」
「問題なんかねぇや!俺だってポッポの旦那がいねーんなら、遠慮なくぶん殴ってやったのによ!」
「物騒だな。おい」
「ま、なんにしてもだ、兄ちゃん。あいつらの言う事は素直にきいときゃいいとは思うが……協力する必要はねぇぜ?」
そういったブロンソンの視線は何か訴えかけるものがあった。
「その話し合いの場にあいつらもいたのか?」
「ああ、いたぞ。おとなしくしてたよ」
「そうか。わかった。忠告痛み入るよ」
俺はそう言うと会釈して、立ち上がった。
当事者の俺達にしか分からないことがある。
研究員どもはその情報が欲しいんだろう。
でもまぁ、もとより協力する気はさらさらない。
俺はブロンソンに手を振ると、三人の方に向かった。
「よお、待たせた」
三人娘が一人では対抗できないと踏んだようで、三人がかりでランデルの鞍の上であれやこれやしていた。
でも、ランデルはまったくそんなんじゃ食指が動かないって感じだった。
「あっモリー様!」
「よぉ、動いてくれそうか?」
「いや~かたくなに動きませんねぇ~」
「き、嫌われてるみたいでずぅ~」
俺は悪戦苦闘する三人をみてため息をついた。
「あのな?馬ってのは力ずくで乗るもんじゃなくてだな。生き物なんだから。あとな姿勢が悪い」
「え?モリー様、馬に乗れるんですか?」
「ああ、俺の地元の奴らは大体乗れるよ。生活の一部だからな」
俺はそう言うとランデルを撫でた。
ランデルは俺を見ると大きくあくびした。
「すまないな。遊んでくれてありがとう」
俺はランデルにそう言った。
「ほら、降りろ」
そしてすぐに背中の三人を降ろした。
「モリー様!今度、乗馬の仕方教えてください!」
イヅナは悔しそうだった。
「私も乗りたいです!」
レイシーも悔しそうだった。
「えあ、私もぉ!」
ドクダミちゃんも悔しそうだった。
「君ら今魔界に行けないって行った時よりも悔しそうだな」
俺はあきれてそう言った。
「だって!乗りたいんですもん!」
三人は声を合わせてそう言った。
「わかった。今度教えてやるよ。じゃ、帰るぞ」
俺は三人を降ろしてそう言った。
「ええ?!もう大丈夫なんですか?」
「ああ、御覧の通りだ。それに三日も帰らないんじゃご家族も心配するだろうしな」
「それは、そうですが……」
イヅナはなんだか心配って感じだった。
「大丈夫だよ。ビーガーにも医者はいるし、怪我が完全に治るまでは静養する」
なんて言ったが、正直言うと落ち着かないから、早く家に帰りたいだけだった。
「そうですか……わかりました!でも、今日がちょうど説明会ですので……」
「説明会?」
「はい!北部魔界作業の説明会がこのあとお昼からあるんです!」
「え?まじか……」
そんなに寝ちまったか。
俺は頭をかいて空を見た。
「そうか。じゃ……それ終わって帰るか」
「はい!」
「ドクダミちゃん。説明会の前にポッポに会えるかな?一応礼もしときたいし」
「お、お父さんならこの後お昼一緒に食べる約束をしています!」
ドクダミちゃんが手を上げてそう言うと、ちょうど鐘が鳴った。
「おっこれって?」
「お昼休みの鐘です!」
「そうか、ちょうどいいな」
「はい!」
「じゃ……」
「行きましょう!」
俺は大きく伸びをすると、深呼吸をした。
「それじゃ、またな。元気でいろよ、ランデル」
俺がそう言うとランデルは首を振って小さく鳴いた。
それを見て、それじゃ行くかと言おうとした時だった。
いきなりランデルが俺の頭をかじってきた。
「い、いててて!」
痛い!それにくさい!
俺は突然のことに慌てていた。
「ほぉう?珍しいなランデルが甘噛みするなんてよ。兄ちゃんあんた気に入られたみたいだな」
パイプを懐に収めて歩いてきていたブロンソンが笑いながらそう言った。
「いやいや、これどうすんだよ。笑ってないで助けてくれ!」
その慌てっぷりがお気に召したのか、ブロンソンは腹を抱えて笑い始めた。
「兄ちゃんいいよ傑作だ」
「何でもいいから!たすけてくれ~」
その様子を見て三人も笑い始めた。
俺は頭部を唾液でどろどろにしながら、しばらくずっと四人に笑われていた。




