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その女、アプリコット・ウィンディア

赤いレンガ造りに建物が静かな森に突然現れる。

人間界の一番端、魔界と人間界の境界へ続く唯一の手段。

それが俺たちの目の前に聳える、駅だ。


ここにくるまで、本当にいろんな事が起こった。

途中俺はもうこの姿を見るのは叶わないんじゃないかとさえ思った。

それでもなんとか、俺たちはたどり着いた。

ドクダミちゃん家から走り出して……まだ一時間程しか経ってないとは到底信じられなかった。

もう何日も走っていたような気がする。

まるで水中のように、圧縮された時間の中を進んでいるような感覚だった。


「ついに、到着しましたね」

「長かったなぁ……」

「こ、ここが……駅……初めてきた」

「ほえ~想像の以上に立派や~」

俺達はただ立ち尽くしてその建物を見上げた。


駅には蛍灯の鐘が備え付けられている。

シャリオン校や、ガリア拠点に備え付けられているものよりも小ぶりだが……立派な鐘だ。


俺達が阿呆面並べて呆けていると鐘が大きく揺れて、その音を鳴らした。

魔力の籠った音は澄んだ風にのって、遥か中央のさらにその先にまでその音を響かせていった。

俺達はその鐘が鳴り終わるのを、ただ見ていた。


鐘が鳴り終わっても俺達は少しの間呆然としていた。

疲労からなのか達成感からなのか、みんなピクリとも動こうとしなかった。

「あのー今のもしかして今の15時の鐘ちゃいますかね?」

しばらくして、レイシーがそう言った。

「旦那様に聞いたことあるんですけど、駅員さんって15時になったらティーブレイクに入るそうですよ?」

「え?」

俺は咄嗟にレイシーを見た。

みんなもレイシーを見ていた。

レイシーは、俺達を順番に見ると、へへへと笑った。

「そんな見られたら……照れちゃいますよぉ」

「あほか!そういうことは早く言えよ!」

俺は言った。

「ぼーとしてる場合じゃない!行くぞ!」

「は、はい!」

これから大切な試験だというのに、俺達は相変わらず抜けていた。

そんな真夏の気怠い午後だった。



駅構内は涼しかった。

駅に入るとだだっ広い空間が広がる。

まっすぐ行ったら受付がありそこで魔界行きの書類の申し込み等をする。

その後受付横のゲートを通り、持ち物検査の後面談部屋にPTリーダーが呼ばれ面談する。

それにパスすれば、改札を通るための切符がもらえる。

切符は往復切符だ。

大体の冒険者は、その切符を向こう側に着いた時に駅員に預けたりする。

もって行く奴もいるが、紛失の際はすごく面倒な手続きをすることになったりする。



俺は駅構内に入ってすぐに受付に直行した。

三人は駅構内をほえーっと見渡していた。

「すごい……大教会みたい」

「見て、上の方に砲台みたいなのがあるよ」

「ほんまや~、ここでも戦えるようになってんのかな~」

子供は置いといて、俺は受付を覗いた。

いつも比較的若い女の駅員が愛想笑いで迎えてくれるが、今は誰もいなかった。

「本当にティーブレイクに行ってるのか?」

魔界への列車の発車時刻は決められている。

この時間はちょうど昼の最終列車が出た後の時間だから、この時間に駅に来ることは初めてだった。

「すいませーん!すいません!どなたかおられませんか。北部魔界のセーフゾーン作業の試験を受けにきました。事情があって遅れましたが、どなたかいらっしゃいませんか」

俺は受付の奥の駅員室に向かって叫んだ。

しばらく叫んでいると、奥の方からごとごと物音がした。

そして、受付の奥の部屋の扉が開いた。



「ふぅあ~あ」

大きなあくびをしながら、扉の奥から若い女の駅員が出てきた。

いつもの姿勢が良く、笑顔の女とは別人だった。

「もぉ~なんですか騒々しいですねぇ~」

女は眠そうな瞳をごしごしこすりながら受付まで来た。

「大体、今何時だと思ってるんですか~。ずいぶん遅いじゃないですかぁ~ブロンソンさん」

女は目も開けずにそう言った。

「いや、ブロンソンじゃない。俺はモリーという者だが……」

俺がそう言うと女はやっと目を開けて俺を見た。

「あれホントだぁ。別人だぁ~」

女はそう言うとはははと笑った。

なんだこいつ?ずいぶん緩い奴だな。

「それで?何の御用ですか?」

「あー試験を受けに来たんだ」

「試験ん?」

女は首を傾げた。

「北部魔界のセーフゾーン設置の依頼があっただろう。それの試験だ」

俺はそう言うと、懐から募集のスクロールを取り出した。

無くさないようにずっと懐に入れていたから、案の定いろいろな液体がしみ込んでぐちゃぐちゃになっていた。

「うぅうぇ?!なんですかぁ?それ~。そんな、きったないの、広げないでくださいよぉ~」

「いろいろ事情があってこうなってしまったのは申し訳ないと思っているが、頼むから確認してくれ!」

「ううぅえええ~」

女はすっごい嫌そうな顔でスクロールの端っこをつまんで、中身を確認した。

「ああ~、あ~ああ~、あ~なるほど~。あ~なるほど~?」

女は中身を見てなんだか分かったのか分かってないのか判然としない反応を見せた。

「ああ~ありましたねぇ~主任がなんかやってたような気がします」

女は言った。

「でもぉ、もう、終わってますんでね~。おつかれさまでした~」

女はそう言うと、ぺこりと頭を下げて、奥に引っ込もうとした。

「おいおいおいおいおい!待て、待て、待て、待て、待ってくれ!」

俺は受付から腕を伸ばして女の制服な端を掴んだ。

「な、な、な、なんですかぁ~」

「なんですかじゃないんだ!もちろん俺らがダメなのは分かってるんだけど!事情がきちんとあるんだ!話を聞いてくれ!」

俺は必死に女をつなぎとめ、懇願した。



「それでぇ~?事情ってなんですかぁ~」

女は制帽から伸びている、自分の髪を指でくるくるしながら、不機嫌そうにそう言った。

引き留められたのが気に食わないうえに、対応するのが本当にめんどくさいって感じだった。

「遅刻は厳罰ですからねぇ~。それなりの事情無いと困りますよぉ~。私だって怒られるんですからぁ~」

女は俺と目を合わせようとしなかった。

まぁ、そう言う態度をとられても仕方ない出で立ちだ。

文句は言えない。

「イヅナ、あれを見せるから、念のためこっちに来てくれ」

「はい!」

俺はイヅナを呼ぶと、ポケットから例の奴を取り出した。

どうやらまだおとなしく寝ているようだった。

「これだ」

俺は透明なキラースズメを握った手を女に見せた。



「これってぇ?なんにもないじゃないですかぁ」

女は眉をしかめてそう言った。

「見えないだけなんだ。俺の手の中に透明なキラースズメがいる。こいつに襲われていたんだ」

「ええ~?透明なキラースズメ?そんなの聞いたことないですよ」

「俺も最初は驚いた。だが、いるんだ。姿は見えないけど、触って見てくれ」

俺はそう言うと手をさらに前に出した。

いきなりスズメが起きても大丈夫なように拳は握ったままだった。

触ってさえくれれば確実にいることはわかる。

信じてもらえるはずだと思った。

が、女はその場からぴくりとも動こうとしなかった。

「あの?」

しばしの沈黙の後、俺が言った。

「ここにいるんだ。確かめて……」

「いやです」

女はきっぱりとそう言った。

「あーその汚い格好なのは申し訳ないが……その危険なんだ。なぁ頼むよ。ここにいるんだよ」

「嘘だ!」

女は叫んだ。



「私は騙されませんよ!おめおめ確認しにきた私の腕を捕まえて、そのまま乱暴しようって魂胆でしょ!私がかわいいからって!ちょっと小生意気でかわいいからって!体で分からそうとしてるんでしょ?!」

「は?何言ってんだ、あんた……なぁそんなことするわけないだろ」

「いえ、あなたはします」

「なんで言いきれるんだよ……」

「だって、そういうの好きそうな顔してますし。それに初対面で失礼かもですが、あなたどうよく見積もっても性犯罪者って顔してますもん」

「失礼すぎるだろ!」

俺は女の横柄な態度につい怒鳴ってしまった。

「あー、怒りましたね!人が好意で対応してあげてるってのに!あなた怒りましたね!」

女はそう言うと受付の奥に引っ込んでいった。

「あ、おい、ちょっと待て!怒ったのは謝るから」

「もう遅いです。帰ってください!居座る気なら警備員呼びますからね!」

女は受付の奥の駅員室の扉の陰からそう言った。

「さようなら!」

そして、そう言うと扉を閉めた。

後に残ったのは静寂だけだった。

俺は途方に暮れた……。



「え?どうなったんですか?」

「いや……うん。ダメだったみたいだ。すまない」

「ええ?!今のでだめなんですか?!」

イヅナは受付に背伸びして張り付いた。

「すいませーん!おねぃさん!かわいい駅員のおねーさーん!お願いします出てきてくださーーい!」

イヅナが叫んだ。

それに呼応するかのように、遠くに待機していたドクダミちゃんとレイシーも受付まで来た。

「美人のおねぇさーん!お願いしますぅ!」

レイシーが叫んだ。

「き、き、きれいでやさしいお姉さん~!お願いしますぅぅぅ」

ドクダミちゃんも叫んだ。

すると、しばらく後にゆっくりと扉が開いた。


さっきの失礼な女が顔をのぞかせた。

「女の子の声しました?」

女は俺にそういった。

そこで俺は気が付いた。

こいつ目が悪いのかもしれない。

それに受付も妙に高い位置にある。

イヅナ達の姿がまともに見えてなかったのかも知れない。

俺はキラースズメを一旦ポケットにしまい、イヅナを抱え上げた。


「こ、こんにちは!」

イヅナは女に挨拶した。

「私、イヅナです。イヅナ・ヴィクトーリア・ド・デュトロノミー・デ・キャットジェルリーって言います」

そう言ってイヅナはぺこりとお辞儀した。

「あなたは……その不審者とどういう関係なの?」

女は敵意をむき出しにしてそう言った。

「仲間です!私達4人で冒険者PTを組んでるんです!」

「4人?」

女はそう言うと目を細めた。

やっぱこいつ目が悪いのか?

俺はイヅナを下すとレイシーを抱え上げた。

「あっどうもぉ!私レイリシア・モーキンス言います。レイシーって呼んでください」

レイシーは同じく女に挨拶をした。

「あらぁ?メイドさん?かわいいわねぇ……」

女は扉の影から身を少し乗り出して来た。

俺はレイシーを下ろして、そして……ドクダミちゃんを抱えた。

「あ、あ、あ、こんにちわ……」

ドクダミちゃんがそう言うと、女が反応した。

「あら?え?あれ?う~~ん?」

女は目をさらに細めて、首をかしげた。

しばらくしたら、女は恐る恐るドクダミちゃんい近づいてきた。

「あらぁ?あなた……なんか見覚えが……ん~え~どこだっけぇ?なんだったかしらぁ?」

「あうあう……あー、わ、私……ドクダミって言います。ドクダミ……」

「ドクダミ......?ああ、あなたがドクダミちゃん?!」

女は驚いた様子だった。

「ああ~あなたが主任の!ああ~どうりで見た顔だと思った!ああ~そうよねぇ~写真のあの子だぁ~本物だぁ~い」

女は間抜けな声を上げた。

「あなたもこの不審者の仲間なの?」

女は俺の方を指差して、ドクダミちゃんにそう訊いた。

こいつはがんとして俺への態度だけは変える気はないようだ。

「え、う、不審者っていうかこの人は私の……恩人で……」

ドクダミちゃんがそう言うと、女は俺の方を見た。

やっとこっち向いたか……。

「モリーだ。モリー・コウタ。こう見えて俺達は冒険者だ」

女は受け付けから身を乗り出し、イヅナ達の顔を見た。

そして、少し考えるような素振りをみせた。

「えーあーあなた、モウコリ……さん?」

「モリーだ」

「失礼、モッコリさん」

「モリーだ」

「はいはい。わかりましたよそれでいいです」

こいつホントに生意気……というか、ひねくれてやがる。

「えっと?では本日こちらにいらしたのはお嬢さん方と試験を受けるためということでよろしいですか?」

「ああ、そうだ」

「そうですかぁ……」

女はポリポリと頭をかいた。

「わかりました。せっかく主任のお嬢さんも来てくださっているようですから、一度話を通してみますねぇ」

「すまない。頼む」

俺はそう言うと、頭を下げた。

何とかなった……のか?

「でぃあです」

「え?」

女はぶつぶつとなにかを言っていた。

「アプリコット・ウィンディアです。アッコって呼んでください」

アプリコットはそう言うと小さく頭を下げた。

「アッコか。よろしく」


俺はそう言った。

すると女は血相を変えた。

「次アッコって呼んだら。強姦されかけたって証言しますからね!」

「は?おい、今さっき、あんたが……」

「お嬢様方に言ったんです!あんたみたいな不審者に話かけるわけないでしょ?!」

「さっきモッコリだなんだと呼んでたじゃないか」

「なんですかそれ?そんな記憶ありません。セクハラですか?叫びますよ?いい加減にしてください」

「お前ね……わかった。もう変なこと言わないよ。で、一応聞くけど、俺はなんて呼べばいいんだよ」

「アプリコット様と呼んでください。話しかけるときは頭を下げること。いいですね?」

「わかったよ。それでいいから……主任を呼んできてくれ」


俺がそう言うと女は不機嫌そうな顔をして突っ立った。

女は俺を睨んでいる。

「ああ、分かったよ。アプリコット様お願いします」

俺はそう言って頭を下げた。

アッコはそれを見ると、やれやれって感じの態度をとった。

そしてなんか文句をぶつぶつ言いながら、奥に引っ込んでいった。

「だ、大丈夫でしょうか?」

ドクダミちゃんがそう言った。

「分からん……」

俺はそう答えた。


なんで今日はこんな変な奴にばっかり会うんだ……。

俺はとりあえずドクダミちゃんを下ろして、アッコが戻るのを持った。


頼むから、もうこれ以上変な奴は出てこないでくれ。

そう願っていた。

「キャラの濃いおねぇさんですね」

イヅナが言った。

「なんか、嵐のような人やったなぁ」

レイシーが遠くを見るよな目でそう言った。

いや、どの口が……と思った。


そう考えたら。

俺達も改めてみると相当変だよな。


「類は友を呼ぶか……」

俺はそう言って、ため息をついた。


しばらくすると扉の奥からなにやら物音がした。


さて……鬼が出るかな?蛇が出るのかな?

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