カモミールのメイド服
遅くなってすみません。
キリのいいとこまで書こうと思っていたら存外長くなったので分けることにします。
また早い内に次を上げれるようにします。
「ハンサムだどうのはいいけどね……まだ仕事が残ってるんだよ」
アッシュクラベルさんはそう言うと、指をくいくいと動かして俺を呼んだ。
「モリー、そこにお立ち」
「あっ、はい」
俺はアッシュクラベルさんに言われるがままに、指定された場所に立った。
「さて、じゃあ裾を直そうかね」
一張羅のズボンを見ながら、アッシュクラベルさんは静かにそう言った。
「ああ、そうだ……ポットランジア。あんた暇だろ?ちょっと、お茶を買ってきな」
アッシュクラベルさんは思い出したかのようにそう言った。
「え?!お茶ですか?!」
「そうだよ。ついでにお菓子もね。いい仕事にはそれが必要だよ」
「わ、分かりました!買い物のひとつやふたつ、お安い御用です!お任せください!」
「言ったね?」
アッシュクラベルさんは不敵な笑みを浮かべた。
「え?」
その顔を見てポッポは頬をひきつらせた。
「それじゃあ……甘すぎなくて、すっぱくもない。食感は軽くて、食べやすくて、新しいんだけども、どこかほっとするようなお菓子で頼むよ」
「え?そ、それは……」
「なんでもいいよ。お茶は……そうさね、暖かくても冷たくてもよくて、誰もが嫌いで、誰もが好きなお茶がいい。簡単だろ?」
「は……ええっと……」
「買い物なんてお安い御用。そう言ったのはあんただよ。さ、買ってきておくれ」
アッシュクラベルさんがにっこりとした顔でそう言うと、ポッポは苦笑いしていた。
「は、はい……い、行ってきます……」
ポッポはそう言い残すと、困ってるけども、どこか嬉しそうな顔をして店を出て行った。
「お、おばあちゃん!あ、あの……ねぇ……」
ポッポが姿を消すと、ドクダミちゃんはアッシュクラベルさんの袖を引っ張った。
なんか、子供がおねだりするみたいでかわいく見えた。
「ん?おお、そうだね。こっちはおまかせ。ドクダミはそっちをお願いね?」
アッシュクラベルさんはそう言って、ドクダミちゃんにウィンクした。
「は、はい!ありがとう!おばあちゃん!」
ドクダミちゃんはアッシュクラベルさんの返答を聞いて嬉しそうに喜んでいた。
そして、にっこりと笑ってイヅナとレイシーの方を向いた。
「ねぇ!ふ、二人の分も向こうに用意してあるんだ!」
ドクダミちゃんがそう言うとイヅナが嬉しそうな顔をした。
「そう!それだよ!モリー様なんてどうでもいい!大切なのはそっちだよ!着る!着たい!どこにあるの?!」
「向こうにあるよ。行こう!」
「うん!行こう!」
そう言ってイヅナはすぐに動こうとしたけども……ドクダミちゃんは何故か動かなかった。
そうなるとイヅナも動けないので、そのせいで、イヅナは馬みたいな足踏みをしていた。
ドクダミちゃんは……渋い顔しているレイシーを見ていた。
「レイシーちゃんの分もあるよ」
「ん~……ああ、ほんまにぃ……?う~ん……私はええんやけどぉ……」
「きっと気に入ってくれると思う」
「そうかなぁ?」
「一度……見てみて?そ、それで……もしも、気に入らなかったり……ほんとうにいやなら……」
「いやいや!そんな!嫌やなわけないんよ!嬉しいんよ!」
「そ、そうなの?迷惑じゃない?」
「迷惑なわけないやん!でも、ほら……あんまり服とか、おしゃれとか……疎いからさぁ……ちょい恥ずかしい、いうか……落ち着かんくてねぇ……」
「だいじょうぶだよ!」
馬鹿みたいに足踏みしているイヅナが言った。
「着てみたらばっちり!で、こう……じゃきん!って感じ!それが新しいお洋服って奴だよ!」
イヅナは全く意味が分からないことを言った。
「う~ん、そうかぁ……そんなもんかなぁ……」
それを聞いて、レイシーは何かわかったようだった。
なんで、分かるんだ?それで……。
「そうだよ!そんなもんだよ!」
「う、うん!き、きっと、気に入ってくれるとおもう!」
二人にそう言われて、レイシーは納得したようだった。
「ううん……そうかぁ?なら……ちょっとだけ……着てみよかな?」
レイシーがそう言うや否やイヅナがレイシーの背後に回った。
「はい!そうと決まれば急げや急げ!」
イヅナはそう言って、躊躇しているレイシーの背中をぐいぐい押した。
「うえ?!ちょ、ちょっと……もうすこしゆっくりー!」
「もう待てないー!ゆっくりもむりー!」
イヅナはそう言って、店の奥の方へレイシーを押していった。
「ま、待ってー!」
ドクダミちゃんが嬉しそうに微笑みながら、その二人の後ろを追って行った。
店の奥から、子供たちがはしゃぐ声が聞こえてくる。
店の物を壊しはしないだろうかと心配になった。
「ほれ、ぼんやりしてないでしゃきっと立ちな」
奥の方を見ていたら、アッシュクラベルさんが俺の腕を叩いた。
「あっ、はい」
俺は言われるがままにしゃきっと背筋を伸ばして立った。
アッシュクラベルさんは椅子から降りて、俺のズボンのすそを折って、印をつけていた。
「うん、こんなもんだね。さ、ズボンを脱ぎな」
「はい」
俺は言われるがままズボンを脱いだ。
アッシュクラベルさんは、俺からズボンを奪い取ると、ズボンを作業台に置いた。
そして、せっせと裾を直し始めた。
俺はその華麗な手さばきを見て、感心していた。
ずいぶん……作業が早い。
それに正確だ。
ハサミを入れる手に迷いがない。
そしてブレも無い。
アッシュクラベルさん……年齢はいくつくらいなのだろうか?
見た感じ、俺の倍くらいはお年を召しているようにみえるのだけども……それでもまだまだ現役って感じだ。
仕事をしている後ろ姿を見ていると、力を感じる。
強い力だ。
全身が魔力に覆われているかのような……そんな力を感じる。
見ているだけで圧倒される。
けど、目が離せない。
こういう仕事をしている人の姿を見ていると……ふと、思い出す光景がある。
遠い過去、俺がまだ少年だったころ……夜の遅くに仕事をする親父の姿だ。
ぼんやりと灯る、蝋燭の灯。
それに照らされて……無言で仕事をする親父の顔が闇の中に浮かんでいた。
作業場に響くのは刃物を研ぐ音だけ……。
俺はよく作業場の隅から、そんなふうに仕事をしている親父を見ていた。
好き……だったのだろうか?
そうじゃなくて……そうじゃない。
もっとこう……しとしとふる雨を眺めるみたいな。
寄せては返す波を見ているかのような……。
暖炉で燃える火を見つめているかのような……そんな心。
ほんの少しの畏怖と敬意が混じった様な……そんな心。
そういう気持ちだ。
そういう気持ちは……嫌いじゃない。
なんて思いながらじっと作業を眺めていると、ふいにアッシュクラベルさんが振り返った。
どうやら、裾直しが終わったようだ。
アッシュクラベルさんは振り返ると、俺を見て眉をしかめた。
「あんた気味が悪いね……」
「え?」
「じっと見つめて不気味だよ」
「あっ……えっと……すみません、つい」
「つい?ほう……私もまだ捨てたもんじゃないかね?」
「え?!いや、そうじゃなくってですね!仕事というか、見事な所作だなって思って……」
「ほぉ?裁縫に興味があるようには見えないがね」
「ああ……親父が職人なので……仕事をしてる姿、ガキの頃によく見てたなって……」
俺がそう言うと、アッシュクラベルさんはにやりと笑った。
「そうかい。あんた……やっぱり似合ってないね」
「え?この服そんなに似合ってませんか?」
「ん?そうじゃないよ、この馬鹿垂れが」
「え?じゃあ……」
「そんなことはどうでもいい!さっさとこれを穿きな。いつまでそんなみっともない姿でいる気だい?」
「あっ、はい。すみません……」
俺はそう言うと、裾直しの終わったズボンを受け取り、慌ててズボンに足を通した。
ズボンをはいてみると、裾は完璧にばっちりだった。
たった一回で……しかも立ったままだってのに完璧に仕上げるとはさすがだ。
アッシュクラベルさんは、完璧に修正できたズボンを見て満足げに頷いていた。
「ふぅむ……ま、上出来だね」
「ええ、完璧です。ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。礼の気持ちがあるなら代金を弾んでおくれ」
「え?!金いるんですか?!」
「は!冗談だよ。ポットランジアに貰っているからね。でも、気持ちならいくらでも頂くよ」
アッシュクラベルさんはそう言って、にんまりと笑った。
「出世払いでお願いします」
「はぁ……生きてるうちに間に合うかねぇ?」
「ははは……頑張ります」
俺は思わず苦笑いした。
「モリー様ー!見てください!」
裾直しが終わると、店の奥からイヅナが跳び出してきた。
イヅナは真っ赤なリボンをつけて、真っ黒でフォーマルなドレス姿で現れた。
袖は薄い生地で腕が透けて見えていた。
その袖には綺麗なアゲハ蝶の刺繡が入っていた。
馬子にもなんとやらだ。
おしとやかな服を着ていると、なんかすこし大人びた印象を受けた。
その後ろから、同じようにドレスを着たドクダミちゃんが現れた。
ドクダミちゃんの着ている、ドレスは濃い紺色って感じだった。
そして、スカートには真っ白な花の刺繍が入っていた。
ドクダミの花だ。とてもきれいだ。
そのドクダミちゃんの影に隠れて、レイシーが背中を丸めていた。
レイシーは珍しく恥ずかしがっているようで、ドクダミちゃんの後ろに隠れていた。
ドクダミちゃんはニコニコしながら、ほら、見て貰って?とレイシーにそう言った。
レイシーは渋々って感じでドクダミちゃんの後ろから姿を見せた。
レイシーの着ているドレスはメイド服風のドレスだった。
長いスカートの裾全体に花の刺繍がぐるっと入っていて、胸元には真珠のように真っ白なエプロンがかかっていた。
まるで王宮に仕えるメイドって感じだ。
「おお……良く似合ってるよ、みんな」
俺がそう言うと、イヅナとドクダミちゃんは嬉しそうにしていた。
レイシーは珍しく顔を赤くして、うつむいていた。
「レイシーのスカート凄いな。それ……何の花?」
「か、カモミールです。ドクダミに似て、強さを表す花なんです」
「へぇ、そうなのか……良く似合ってるよ」
俺がそう言うと、レイシーが俺を睨んだ。
「うるさい!もう!見んとってー!」
レイシーはそう言うと顔を覆ってしまった。
みんなのドレス姿を、アッシュクラベルさんがまじまじと見る。
「みんな、よく似合っているねぇ……」
アッシュクラベルさんはそう言いながらみんなの裾や袖を見たり柄のずれなどを確認していた。
レイシーはその間もずっともじもじしていた。
正直言って……メイド服だ。
まぁ、いつものよりも……豪華っていうかそんな感じだけども……。
でも、あんまり変わってない気もするんだけどな。
何をそんなに恥ずかしがってんだ?
なんて思っていると、ポッポが帰ってきた。
「戻りました!」
ポッポがそう言うと、アッシュクラベルさんは言った。
「戻ったかい。きちんとやってきたんだろうね?」
「もちろんです!これをどうぞ!」
ポッポがそう言って、買って来た籠を机の上に置いた。
その籠の中にはフィナンシェとドクダミの茶葉が入っていた。
「これなんだい?」
「フィナンシェという最近流行りのお菓子です!ケーキとクッキーの中間のようなもので……懐かしくも新しいものですよ!」
ポッポが自信満々にそんなことを言うもんだから……俺は思わず笑ってしまった。
「どうですか?!」
「50点」
アッシュクラベルさんはきっぱりとそう言った。
「ええ?!な、なにがダメでした?!」
「言っとくがね、フィナンシェなんて私が小娘の時からあるよ」
「そうなんですか?!」
「物を知らん奴だね。それと、お茶の方は良いが……すこし季節には早いね。それに軽薄さが透けているよ」
「え?と、いいますと……?」
「これなら悪く言えないだろうっていう浅ましさが滲んで見えるんだよ。この馬鹿垂れ」
ポッポはそう言われて閉口していた。
返す言葉も無いようだ。
「と、いうことで……失点分は請求書につけておくよ」
「ええ?!」
「任せろって言ったのはあんただろう?言葉には責任を持つのだね」
「うう……はい……」
ポッポはそう言って項垂れてしまった。
「では、おやつにしようかね!」
アッシュクラベルさんは人が変わった様な笑顔を浮かべて、子供たちにそう言った。
子供たちは嬉しそうに返事をした。
レイシーはお湯を沸かしに店の奥の台所へ向かった。
アッシュクラベルさんとドクダミちゃんたちはテーブルについて、談笑を始めた。
項垂れて、ぽつんと残されたポッポの肩を俺はポンと叩いた。
「あー……ポッポ?あんたはよくやったと思うよ」
俺がそう言うと、ポッポが苦笑いしながら言った。
「魔女の前で軽率な言葉を使うものではないですね」
ポッポはため息を吐くようにそう言った。
「聞こえてるよ」
アッシュクラベルさんは地獄耳のようだ。
ポッポはアッシュクラベルさんの言葉を聞いて、びくりとしていた。
アッシュクラベルさんの前では、ポッポはまるでできの悪い子供みたいだった。
ポッポはあはは……と苦笑いを浮かべると、頭を抱えていた。
だが、その顔は……なんだか少し嬉しそうだった。
アッシュクラベルさんのところでお茶とお菓子を頂いた。
席に着くなりポッポがドクダミちゃんのドレスに気が付いて……まぁ、親バカって感じになっていた。
俺たちはお茶を飲みながら、興奮するポッポを冷ややかに見つめていた。
おやつの後にアッシュクラベルさんがドレスの手直しを少ししていた。
手直しが終わると、アッシュクラベルさんがドレスと俺のスーツを綺麗に畳んで袋に入れて渡してくれた。
俺はそれを受け取り、お礼を言った。
アッシュクラベルさんはにっこりと笑うと、無礼の無いようにね、と言ってくれた。
俺は、精一杯頑張りますと返した。
最後に、アッシュクラベルさんはポッポに請求書を手渡していた。
内容は見えなかったけども……顔色を見るに相当だったのだろうと思う。
「あの……出世払いというのは……」
「あんたはもう出世もないだろ?」
「いやぁ……まだチャンスはあると思うのですがね?」
「どうだかねぇ……ま、せいぜい頑張りな」
「が、頑張ります……」
ポッポはそう言って苦笑いしていた。
店の扉を開けて、俺たちはアッシュクラベルさんにさようならを言った。
「また来ます!」
「ほんならね~!」
「お、おばあちゃん……またね!」
子供たちが手を振ると、アッシュクラベルさんは優しい笑顔を受かべて、頷いていた。
俺たちは一張羅を持って、それぞれ帰路についた。
ドクダミちゃんたちと別れ、イヅナと一緒に歩いて帰った。
「お前今日もいるの?」
「今日までいます。さみしいですか?」
「いや、全然。すぐに帰ってほしい」
「なんでですか?!」
「お前、余計なことしかしないじゃん」
「失礼ですね!何を見てそう思うんですか?!」
「いや、何を見てそう思わないと思うんだよ。全部だよ、全部」
「私そんなに変なことしてますかね?」
「自覚ないのか?普通、道にいる鶏を拾ったりしないぞ」
「そうですかぁ?そうなんだなぁ……私の地元では普通でしたよ?」
「いや、お前の地元はそんなとこじゃなかったろ」
「え~?いや、そうですよぉ~?」
「お前みたいなのがいっぱいいてたまるかってんだよ」
俺たちはそんな会話をしながら、歩いて帰った。
なんだか……まぁ、結構楽しい時間だった。




