暗い部屋と暗い話
ドクダミちゃんの部屋の中は真っ暗だった。
いや、ほんとに真っ暗で、正直部屋の中は何にも見えなかった。
「ど、どどどうぞ。おくつろぎください」
どこからかドクダミちゃんの声が聞こえてきた。
「ああ、ありがとう。でも、その、すまないが、なにか明りとかはないのかな?ちょっと暗くて……」
「あっ、はっはぃぃぃぃ」
そう言うとドクダミちゃんはきりきりと何かを回すような音を出した。
するとすぐに、部屋が明るく照らされた。
「おおすごいなこりゃ」
部屋を照らした、電灯に俺は目を奪われた。
部屋一つを、照らすのに十分なくらいの電光灯が天井に備え付けられている。
電光灯は電気を流すと光る魔石を加工して使った照明装置だ。
家の地下に魔力タンクがあり、そこから魔力を抽出し変換器で雷属性に変化させて、それを銅線などで流し込む。
調整器なども併設されており、それを使って、光量の調整もできる。
もちろん、現物をお目にかかったのは今日が初めてだ。
そんな大掛かりな装置は金持ちの家にしかないからな。
「あのぉ、こちらにどうぞ」
電灯に感心していたら、イヅナに声を掛けられた。
俺は、はっとした。
どうも、俺には雑念に囚われて呆ける癖があるようだ。
「ああすまない。お邪魔……」
俺は声に反応して目線を天井から部屋に移した。
はじめて目にした、ドクダミちゃんの部屋は……なんというか壮絶であった。
一番初めに目に付くのが、大量の本だ。
壁は、はぼ一面本棚で埋まっており、唯一ある窓すら半分ふさいでいた。
扉から入って真正面の壁際にベッドがあり、そこ以外は全部本棚だ。
とにかく部屋中、本、本、本、本。
そこら中に本が散乱している。
部屋の中央には背の高い丸いちゃぶ台形のテーブルが一つあり、その周囲を囲むようにコの字型に3つソファーが置かれていた。
当然のようにちゃぶ台の下は本で埋まっているし、ソファーにも本が散乱している。
こんな部屋で生活できるのかはなはだ疑問だった。
次に目に入るのは、壁際のベットだ。
これが見たことないくらいすごく大きい。
俺が横に二人は並べるくらいの大きさがある。
そこにぬいぐるみが敷き詰められるかのように並んでいた。
そのぬいぐるみが実に個性的で、例えば紫色の大イカだったり、スライムだったりだ。
……この子はどうやら、魔物が好き子のようだ。
とにかく独特の感性を持っていることがうかがえた。
その次は、テーブルだ。
テーブルの上には、本は基本として、謎の魔法陣や、飲みかけのコップやお菓子の袋が散乱していた。
ちなみにコップは3つあった。
ドクダミちゃんは入って右側のソファを巣にしているらしく、その周囲に特にゴミが散乱していた。
最後は、そのソファだ。
扉を入って目の前のソファに毛布をかぶった赤い髪の女の子がぐうすか、いびきをかいて眠っていた。
こいつは一体なんなんだ!というかなんでこんなくつろげるんだこんな部屋で……。
そしてその横には、だぼだぼの袖で顔を隠したドクダミちゃんがうううっとうずくまっていた。
壮観だ……とにかく、つっこみどころがいっぱいの“お部屋”だった。
「あー、えっと?」
俺はどうすればいいのかわからず立ち尽くした。
「ドクダミちゃんだいじょうぶ?」
イヅナがうずくまるドクダミちゃんに声をかけた。
「うううう、眩しいよぉ……目が、目がぁ……」
どうやら、真っ暗な部屋にいすぎたようで電光灯の光にやられたらしかった。
「あの、モリー様。すみませんが、明りを少し落としてもらえますか?」
「ああ、うん。わかった」
俺はドアの横についていたつまみをいじった。
つまみにはメモリがついており、1~5までの数字が書かれていた。
今は5にメモリがあっている。どうやらいきなり全開にしたようだ。
俺は光量を確認しながらつまみを調整した。
しばらくすると、ドクダミちゃんがふらふらと立ち上がった。
「す、すみません。お恥ずかしい所をお見せしました……ど、どうぞこちらへ」
俺はドクダミちゃんにすすめられ、ドクダミちゃんの反対側のソファに座った。
イヅナは自然に俺の隣に座った。
座ったはいいが、ドクダミちゃんは俺達の向かいで下を向いてもじもじしている。
そんな感じで、沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは、でかい、いびきだった。
「ぐお~う、うんぐう~ん、もうお腹いっぱいだよ~」
赤い髪の少女が典型的な寝言をこいた。
「ああー、えっと?」
俺はいびきをかく女の子に目線を向けた。
イヅナはそれを見て、あっという顔をして、彼女を起こしに行った。
「レイシー!起きて!お客さんだよ!」
イヅナは思いっきり寝ている女の子をゆすった。
レイシーと呼ばれた女の子は、うーんと唸った後、ゆっくりと目を開けた。
「うぁ~あ。うん?イヅナちゃん?」
女の子は上体を起こした。
毛布から出てきた女の子は、なんとメイド服を着ていた。
まさか、こいつ、この屋敷のメイドなのか?
「うあ~よく寝たッス~。どうもね。ドクダミちゃん」
少女は緩い感じでそう言った。
そしてすぐに俺の方を向いた。
「おんやぁ?このお方は?」
「会議したでしょ!モリー様だよ!」
「おお~ほんまに来てくれたんや~」
「レイシーちゃん!」
「ああすんません。初めまして、私この屋敷でメイドしてます。レイリシア・モーキンスです。レイシーて呼んでください。よろしくお願いします~」
レイシーはそう言うとぺこりとお辞儀した。
このしゃべり方にこの名前、そしてこの雰囲気……覚えがある。
「モーキンスってことは……」
「レイシーちゃんは、シルアさんの妹です」
「ああ、姉妹でこの家に勤めているのか」
「勤めてるいうか、住んでますねぇ」
「住み込みなのか」
「なにせ家なき子ですからね!あははははって笑いごととちゃいますがね~」
……どうやら込み入った事情があるようだ。
「メイドなのに主人の部屋でぐうすか寝てたのか?」
「へへへへへ」
レイシーは恥ずかしそうに笑った。
「ふひひ、ひっひひひひ」
つられてドクダミちゃんが不気味に笑う。
「この二人は幼馴染なんです。キンダーの時からずっと一緒なんですよ」
「ああ、そうなのか」
「もう、家族みたいなもんですね~」
「ずっといるから、ね」
「この部屋、片付けないのか?」
「す、す、す、すいません」
「いやいや、ドクダミちゃんが謝る事じゃないだろ?ほらそういうのはメイドの仕事だし」
「ありゃ~痛い事言いますね!でも片づけたらドクダミちゃんが体調崩すんですよ!それに掃除はちゃんとしてますよ~」
うん、言われてみればゴミや本は散乱しているが、埃やカビのようなものはない。
このソファもきれいだし、ベッドのシーツにはシワ一つない。
「確かに、な。でも、このゴミは?」
「そ、それはぁ~あああ」
ドクダミちゃんの目がぐるんぐるん泳ぎ始めた。
「ああ~ドクダミちゃん。私が寝てる間にまーたぎょうさん食べたな~」
「ううううう、つい、だって、これがすごい、すごくてぇ~」
「ま~たごはん食べれんくなって、おねぇちゃんに怒られるぞ~」
「そ、それはぁぁぁぁ……」
「あれぇ?お昼寝してる間にドクダミちゃん太った?な~んかまた顔がまんまるぅなとるなぁ~」
「や、ややや、やめてぇ~」
「う~ん、大丈夫よぉ、ドクダミちゃん。ドクダミちゃんはおデブになっても可愛いいよ~」
「かっ!かわ、かっかかかかわぁ」
「おっ照れとる照れとる!ほんまにかわいいな~」
「ひぃええええええううううぎゅうううう」
ドクダミちゃんは顔を隠して悶絶し始めた。
俺は一体何を見せられているんだ。
「ああ、まぁ仲がいいのは分かったが、そろそろ話を聞かせてくれないか?」
俺はそう切り出した。
一気に空気が凍ったのを感じた。
皆が姿勢を正した。
そしてイヅナが二人の顔を見て、大きく息を吸うと、こほんと咳ばらいをした。
「では、本題に入りましょうか」
三人は頷いた。
「改めまして、ご紹介させていただきます。まず今回の発起人であります。私は冒険者イヅナです」
「そして私の隣にいるのが火の魔術師で、アルガートンパーティの補助魔術師、モリー様です」
俺はよろしく、と会釈した。
「向かいに座っているのがこのお屋敷のご令嬢にてシャリオン魔法学校で魔術を学んでいる、ドクダミ・ポートマルリンカーちゃんです」
「よ、よろしくおねがいします」
ドクダミちゃんはぺこりとお辞儀した。
「そして、さっきまでいびきかいて寝てたのが、ドクダミちゃんの幼馴染で、私の向かいの家でレイリシア・モーキンスちゃんです」
「レイシーとお呼びくださいね~」
レイシーひらひらと手を振った。
「では、本題をお話します。結論から言いますと、私たちは冒険者パーティを結成し、魔界へ行きたいと思っております」
それは軽く聞いていたし、予想もできた。
「我々パーティの最終目的地は東部魔界、バッカベラゴ群島の中央、精霊島ニンフモクです」
「ニンフモク?東部魔界の中央って……イエローゾーンか?」
「はい。そうです。ギリギリですが」
俺は少し考えた。
東部魔界は簡単に言えば、小さい島が集まってできた群島地域だ。
人間界から離れるほど、危険度が増し、地域により入島制限が行われている。
危険度は主に3レベルあり、ブルー、イエロー、レッドゾーンと分類されている。
東部魔界は魔界の中では危険度が高い方であり、イエローゾーンの島々に入るには最低Bランク以上の冒険者でないと許可が下りない。
「ということは、まずBランク昇格を目指すってことか」
「そうです。目下の目標はそうなります」
「なるほど」
「パーティは私たち三人です。そこにモリー様にも入っていただきたいのです」
「いくつかいいかい?」
「はい」
「まず、イヅナのは見せてもらったが君たち全員冒険者ライセンスは持っているのか?」
正直言うと、全員15、6歳ぐらいに見える。
イヅナのライセンスが本物かどうかはこの際置いといても、かなり危ういのは事実だ。
一人くらいならまぁ何とか誤魔化せるかもしれないが、それが三人分となると流石に精査される可能性がある。
そうなると、終わりだ。
「も、持っています。正確には冒険者ライセンスではありませんが……相当の物を持ってます」
ドクダミちゃんがそう言った。
「相当の物?」
「は、は、はい。政府要人用のパスがあります」
「レイシーはそれの従者契約でドクダミちゃんに同行できます」
「従者契約?」
「あ、あ、あの、政府要人のパスですので、同行者が認められます」
「そうなのか。という事は正式な4人組のパーティではないってことになるのか?」
「正確に言うと、私とモリー様の冒険者パーティでドクダミちゃんたちを護衛する形になりますね」
イヅナがそう言った。
俺は再び考えた。
それは……
「その方法で全員、イエローゾーンに入れるのか?」
「え?あーえーと……おそらく」
「おそらく?」
「えっとたぶん行けると……」
「それって君のパスなのか?ドクダミちゃん」
「あっ……いえ、ち、ち、ち、父のです」
「父?そのパスは今持っているのかい?」
「い、い、い、いいえ……」
俺は黙った。
この子たちは悪い子ではない。
けれど……
「やめよう」
「そ、そんな!何故ですか?」
「イヅナ。今の話を聞いて君たちに協力する冒険者はいないよ」
「不安はあるでしょうが、なんとかします。絶対に行けるようには……」
「違う。そんなのはどうでもいいんだ。広場でも言ったと思うが、命がけなんだよ魔界と言う場所は」
イヅナ達は口をつぐんで俺の話を聞き入っていた。
「なのにだ。この時点ですでに渡航することすら怪しいというのは話にならないよ。俺は一応プロだし、君達も本気だと思ったから話を聞きに来た。だけど
あまりにお粗末すぎる。大体このことが問題になるのがおかしいんだ。正式な手順を踏んでいれば問題なんて出るはずないからね」
そう言うと、皆は黙ってしまった。
「無理に背伸びする必要はない。正式に冒険者ライセンスを取得してくれ。そうしたらまた話を聞くよ。俺にできる事なら、協力する。それは約束するよ。だから、まず君たちは冒険者アカデミーに行けるように準備しな」
「……ないんです」
「え?」
イヅナの声が震えていた。
「そんな時間はないんです!今、行かないと、すぐじゃないと……」
イヅナはそう言うと、涙を落とし始めた。
「おい、何も泣かなくても……あきらめろとは言ってない。何年後かは知らないが、その時は……」
「お、お母さんはそんなにもちません。い……今……今すぐにでも行かないと」
イヅナは嗚咽を抑えられなくなっていた。
「お……おい、おい。落ち着け。落ち着いてくれ」
俺はイヅナの背をさする。
イヅナは体を震わせた。
そして、顔を上げ……俺の胸に飛び込んできた。
「え?え?おいおい」
俺は狼狽した。
ドクダミちゃんの方を見る。
ドクダミちゃんは両手で顔を隠している。
しかし、指の間から見開いた目がしっかりこちらを凝視していた。
レイシーは抱けっと言いたそうにジェスチャーしている。
俺はイヅナの肩に手をまわし、そっと抱き寄せた。
もう片方の手で背中をさすった。
これは、犯罪だよな?
レイシーはガッツポーズを見せている。
ドクダミちゃんは目尻が切れるんじゃないかと思うくらい目を見開いていた。
レイシーが調子に乗ってキスのジェスチャーをする。
俺は無視する。こいつは俺をなんだと思ってるんだ。
しばらくすると、イヅナが泣き止んだ。
「すいません。取り乱しました」
「もう大丈夫か?」
「はい」
イヅナは眼元をぬぐった。
「モリー様」
イヅナがまっすぐ俺を見てそう言った。
「お願いします。お話させてください。至らない点があるのは分かります。でも私には……母には時間がありません。どうか、お願いします」
「わかったよ」
俺はため息をついた。
「と言っても、聞くだけだからな。俺の気持ちは変わらないからな」
「はい!」
今日はずっと先行き不安だ。
はたして、この暗雲が晴れることはあるのかな?




