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611 お土産



 酒の席で酔い潰れた俺は、皆の前でガチ泣きをする醜態を見せてしまう。そのせいで「お前疲れてるんだよ……」なんて情けをかけられて、数日の休暇を与えられることになって。


 子供たちと遊びながら過ごす日々は、こんな事をしていて良いのかと思うくらいに穏やかな時間だった。


 魔大陸に漂流してからというもの、ずっと戦い続き。なんて野蛮な土地だと思っていたけれど、魔王連合の侵略さえ無ければ人間と変わらぬ日常がそこにあり、こんなにも平和なのだと実感をする。

  

 今日も今日とて、ママの作ってくれたお昼ご飯をのんびりと食べていれば、同じ卓に付く鬼娘がフォークを咥えながら気の抜けた表情で呟いた。


「にっしても【抱天】の奴、帰ってくるの遅せえなぁ」


「だなー。流石に退屈だぜ。オレは早く大森林に行きてえよ!」


 キキに同意するのは狼少女。しばらく槍作りに打ち込んでいたので、刺激を求めて飢えた獣のようになっている。完成した牙槍を振るう機会を待ち望んでいるのだろう。


 部屋の奥では体力の有り余っている兵士達がウムウムと頷く。暇つぶしに相撲の相手をしたばかりに、ギラつく視線が俺に刺さっていた。彼らも闘争を待ちわびているようだ。これだから戦闘民族はよ。魔大陸で戦いが無くならない理由を垣間見た心地である。


 とはいえ、マルグリットの帰りが遅いのは確か。混沌軍も既に大森林へ踏み込む準備を整えている。多頭竜の肉を配達していた鬼族も合流して、後は盗賊狩りに出た女戦士が街へ帰還するの待つばかりなのだった。


「遅れてるんだから心配くらいしてあげなよ。仲間だろ」


「はっ、あいつはどうにも胡散臭いからな。死んだら死んだで結構さ、背中を気にする必要がなくなるじゃん」


「これキキ。過去に因縁あろうと、今は共に肩を並べる同志でありんす。滅多なことは口にするものではない」


「……へーい」


 アジトで不意を突かれ、返り討ちにあった事を根に持っているのだろう。鬼娘が威勢を張れば、ベベンと楽器をつま弾く黒髪の女性がそれを窘める。


 強気なキキでも、兄の婚約者には頭が上がらぬか。俺では何を言っても突っかかってくるくせに、クレハさんの言葉は反論もなく聞き入れている様子だった。


 叱られてバツが悪そうに唇を尖らせるキキの顔を、微笑ましい気持ちで眺めるのだけど。ふと思う。さも当然のように会話に加わる鬼嫁だが、なんでここに居るんだろう。記憶だとキトが町まで送ったはずなのである。


「……今更だけど、もしかてクレハさんも混沌軍に加わる気ですか?」


「へい。主には牢獄から出してもらった恩がありんす。こう見えて腕には覚えがあるもので、微力ながら、わっちも刀を振るわせてもらいやしょう」


「微力なんてそんな。あの環境で生き抜くんだから、頼りにしていますよ」


 別に戦力としての不安は無いのだけど、心情は少し複雑だ。

 お前、大事な嫁を戦列に加える気か。目をクワリと見開きながら、即座に首を反転させた。視線の先に居るのは、地図を広げてエスデスと進路の打ち合わせをしているキトである。


 俺の意図に気づいた赤鬼は、遠い目をして肩を竦めた。まるで言っても無駄と諦めているかの如くだ。まさか、もう尻に敷かれているというのかよ。そんな三大天は見たく無かったな。あの無敵の男がね。どこか切ない気持ちになりながら、食卓に顔を伏せた。


「ツカサは話に加わらなくていいのか? お前一応大将だろう」


「無駄無駄。バカ人間に説明しても理解なんて出来ねーよ」


「それもそっか」


「納得してんじゃねえぞリュカ」


 多頭竜のベーコンに噛り付く灰褐色の髪の少女へ、机の下から足で小突く。口では「やったな」と喧嘩腰だが、どこか嬉しそうに足で応戦をしてきた。マリーちゃんは、こんなお姉ちゃんを真似しないでね。


 眼鏡エルフがキトに相談をするのは単純な理由なのだ。

 アイツは領地がお隣さんだけに、大森林の土地勘を持っているらしい。思えば、【黒妖】を戦力として頼ったり、老エルフに匿って貰ったりと、多少なりとも繋がりが伺えるではないか。


 きっと所属の違いで戦うだけで、敵としての恨みや憎しみまでは引き摺っていないのだろう。今まさに俺と組んでいるように、彼はその辺りがさっぱりとした良い男だ。


「うげっ、なんだこの匂い。外から何か腐った様な臭いが近づいてきやがる!」


「……キキは分かるか?」


「さぁ、あーしは別に何も感じねぇな」


 スンスンと鼻を鳴らすキキを見ながら俺は首を捻った。けれど嗅覚の鋭い狼少女は鼻を摘みながら「臭い臭い」と涙目だ。やや遅れ、人豚などの他の魔族も反応をしだす。もう食事どころではないのだろう。皆でこれは只事ではないと屋敷の外へ駆け出して。


 そして見る。町人や使用人たちの作る人垣を割りながら、悠々と歩を進める一台の馬車。手綱を引くのは、鎧に身を包むも裸同然という、ビキニアーマーなんて格好をした頭のイカれた女であった。


「なんだ、ぞろぞろと出迎えか。そんなに私の事を心配してくれていたとは照れるな」


「おかえり。まぁそんな感じなんだけど、やけに大騒ぎだね……」


「コレのせいだろうな。土産だ、運ぶのに苦労したぞ」


 まるで何事もなかったかのように狒々さんの屋敷に戻ってくる女戦士。

 菖蒲色の髪をした隻眼の女性は、まずは汚れを落としたいと。最愛の弟にすら会う間もなく、そそくさ風呂へと向うのだが。

 

 手土産だと置いて行かれた物を見れば、それは体を洗いたくもなると納得をする。

 すでに俺にも分かるほどの異臭。庭に止められた馬車の荷台には、竜巣軍の兵士の生首が無造作に詰め込まれていたのである。


 その数ざっと百は超えるか。トカゲからワニから、多くの魔族の頭蓋が詰まれ。腐敗し漏れ出す体液により凄まじい悪臭を放っていた。


 どのくらいかと言えば、庭の隅ではせっかくの昼食を吐き出している連中も居る。きっと床や幌に染み付いた臭いは暫く取れないことだろう。流石の鬼族もドン引きする大戦果だった。


「まさかここまで盗賊狩りを張り切るとは。マルグリットなりに気を使ってくれたのかな」


「おみやげなーにー?」


「子供は見ちゃいけませーん」


 お土産と聞き、人集りに興味を示したマリーちゃんの目を、俺は塞ぎながら考える。凄惨な光景だが、これも竜巣軍の幹部を務めた彼女なりのケジメに他なるまい。


 盗賊の被害は俺が気にするし、鬼族の手前もある。裏切り者の三大天を討伐しようとする彼らの横に並ぶには、落とし前を付けなければ立場が無いのだろう。


「……まぁ言いたいことはあるが、誠意を見せられちゃあ仕方あるめえ。俺は抱天を歓迎するぜ」


「いいのかよ兄貴!?」


 功績を認めるキトに鬼娘が抗議の声を上げる。その光景を眺めていると、俺と同じようにエルマの顔を覆うママが、おっとりと不思議そうに首を傾げた。


「キキちゃんは、なんであんなに怒っているんでしょうねぇ?」


「敵対していた相手だから、きっと素直になれないんですよ」


 と、言いながら。俺には鬼娘の考えが手に取るように分かってしまう。ママから見れば盗賊を倒した善行にも見えるだろうが、問題は手段なのである。


 盗賊団、もとい竜巣軍の残党の数は想像以上だった。この規模の集団が、商人の馬車を襲うのに全員で動くものだろうか。まずありえない。女戦士が実際に遭遇したのは、せいぜいが5~10人程度の小隊だったはずで。


 なのに短期間で根城に到達し、全滅させている事実。どうやってと考えると、もう答えは一つしか浮かばなかった。


 騙し討ちだ。

 元幹部という立場を利用してアジトへ案内させ。態勢を立て直すために本軍と合流するとでも嘘を付いて、散っている部隊を集めたといったところだろう。間抜けに集まる兵士をマルグリットがニコニコの笑顔で狩っていく図は想像に容易い。


「あの女。本当に信用していいのか?」


 真実を言えずに口を噤んでいると、鼻を摘まむ狼少女がげんなりとした顔で寄ってくる。

 リュカの求めた感想は、まさにキキの聞きたかったことなのだろう。どうなのだとばかりに、鋭い視線が俺を責める。


「裏切られる時は、こっちが追い詰められている時だろ。なら快進撃を続ければいい。俺たちに付いていた方が得であるならば、裏切られる理由がない」


「豪気だねぇ。そうよ、大将なんてドンと構えてりゃいいんだ」


「違うよ兄貴。アイツ絶対に何も考えていないだけだって!」


 納得が出来ずに地団駄を踏むキキ。対してリュカは静かに頷きながら、ぼそりと呟いた。「そっか。ツカサはイグニスのせいで裏切りに慣れてるんだな」と。


 いかにも。俺は人を陥れる事に生きがいを感じているような性悪魔女の傍に居たのだ。裏切られるのが怖くては、人を信用なんて出来やしない。


 そういう意味ではキキは気付いているのだろうか。いま彼女を襲う不安は、マルグリットを味方と信じたいと思うからこその葛藤なのだと。


「……人が居ない間に、何やら面白い話をしているな」


「げっ、聞いていやがったのか!?」


「あれっ、随分早いね。お風呂に行ったんじゃなかったの?」


「まだ湯が張っていなかったんだ。いま大急ぎで支度させている」


 ああ、思えばまだ昼間だもんね。落胆した顔のマルグリットではあるが、体は軽く洗ってきたのだろう。まだ湿る長い髪をタオルで擦る姿は、珍しく肩の力が抜けていた。


 それで。ギロリと隻眼が鬼娘を捉えると、迫力と後ろめたさからキキは一歩後ずさる。

 「裏切りねぇ」と呟く女戦士は、そのシュチエーションを想像するか、少しばかり空を眺めて、間を置いてから乾いた声でこう返した。


「ウラギルワケナイダロー」


「「「……っ!」」」


 あまりにも棒。あまりのも演技が雑。その言葉を聞いた全員が、コイツいつかやりやがると確信したに違いない。


 とは言えだ。生き延びるためならば、何でもやってきた悪の女幹部はもう居ない。

 今のマルグリットが俺を裏切るのであれば、それはエルマに危険が及んだ時な訳で。きっと背後から刃を立てられても、俺は責めないのだろうなと呑気に考える。


「よし。じゃあ皆揃ったし、明日には出発しよう!」


「おい待てよ。いい感じに締めようとするなバカ人間。あーしはまだ何も納得してねえぞ!?」


 種族はおろか、意志も所属もバラバラな混沌軍。共通するのは魔王を討つという目的だけで。こんな団体で大丈夫か。疑惑はありながらも、もはや止まれない俺たちは、【無間】のオッパーニが根城にする大森林へと馬車を走らせ。


 果てなき山。深い緑。土と木の匂いに囲まれながら、俺はあんぐりと口を開いた。

 まだ小さな頃に行った博物館。そこに展示される巨大な骨を見ながら、子供心に思ったものだ。彼らの動いている姿を見てみたいものだと。


「おいキト。恐竜がうろついているなんて聞いてないぞ!」 


「悪いが俺も初耳だ。てやんでい、オッパーニめ。大森林に竜を放ちやがったな」

 

 まさか、そんな夢が異世界で叶う事になろうとはね。

 これは太古か。あるいは進化か。どうやら今度は、ネオジュラシックの世界に足を踏み入れてしまったらしい。




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