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17 旅立ち



 目が覚めたら朝だった。どうやらフィーネちゃんとの訓練の後にそのまま眠ってしまったらしい。部屋に居るということは誰かが運んでくれたのだろう。最後まで迷惑をかけてしまった。


(おう、おはようお前さん。カカカ、目覚めはどうじゃ)


「良くはないよなぁ。ジグの真似をするのが一番近道だと思ってたよ。というかジグも言ってよ」


(たわけ。己で気づく事に意味があるのだ。しかしあれだ、勇者めが余計な事教えおったでの、儂も次の闘気法を教えちゃるわ)


「え! ホント、やったー!!」


 昨日最後に振るった一撃を思い出す。フィーネちゃんには片手で止められてしまったが、あれは確かにジグルベインの一撃だった。


 防がれたのは俺が未熟だからなのだろうけど、それでいい。俺の間合いを、俺のタイミングを掴む良い切っ掛けになった。そもそもジグの感覚だけを真似て上手くいくはずがないのだ、俺の身体なのだから。


「フィーネちゃんにも後でお礼を言いわないと。次はいつ会うか分からないしな」


(フェヌア教の娘にも言っておけ。お前さんの治療したのは奴だ)


「ああ、そういえば身体痛くないや。分かった。出る時挨拶しよ」


 ベットから出て気づくが、昨日せっかく買い出しに行ったのに倒れてしまったせいで準備が出来ていなかった。兎にも角にも荷造りをしなければなるまい。

 リュックに荷物を詰め始めながら、手は止めずに口を開く。


「とりあえず、世界のへそって場所を目指せばいいんだっけ?」


(いや、儂の知人がいるというだけだからな。別に目指さんでもいい)


 400年経っているのに知人が生きているという事実が恐ろしいが、そういえば悪魔もジグの知り合いだったみたいな事を言っていたか。この世界の寿命はどうなっているのだろうか。


「ほかに宛はないし、行ってみるよ。途中で何かあれば進路変えればいいだけだし」


(そうかの? まぁお前さんが良いなら、良かろうさ)


 知人に会えるかもというのに随分素っ気ない口調だなと、表情を盗めばその口元が綻んでいるのが見える。その顔を見てつい俺も頬が緩む。


(ええい。早く済ませてしまえよ)


「やってるってー」


 うん。荷物を詰め終われば容量には十分空きがあり、もう少し入れてもいい位だろうか。

重さも片手で十分持ち上がる程度だし、様子を見て次の町で買い足そう。

 

(お前さんは良くやってる。知らぬ世界に放り込まれても、腐らずに剣を覚え言葉を覚えたのだ、立派なもんよ。だからあまり焦るでないぞ)


「すぐ殺すとか言うわりに、俺には甘いよなジグは」


(うむうむ。駄目にならない程度に甘やかすぞ儂)


 それもこれもジグルベインのおかげだから、俺としては成果が欲しいところなのだけれど。人の視線に怯えて部屋に籠っていた3年を思えば、異世界に来てから劇的に生活は変わったと言えるだろう。


 そうだ。忘れていたけど、いつの間にか視線にも怯えなくなった。リリアの手を取った時くらいからか、いやカノンさんに無理やり連れまわされたから?


 それで今が一人前かといえば違うけれど。それでも一歩。人と向き合って話すという事が出来ていた。マイナスが大きすぎて気づかなかったが、俺にとって大きな一歩ではないか。

 

「行こうか」


 何にせよ旅は始まったばかりだ。進もう。

 


「おう。行くのか?」


 部屋を出て一歩めで捕まった。若竹色の髪をした目付きの悪い男。勇者一行の剣士、ヴァンである。俺より一つ下の癖に強いし背が高いので、ちょっぴり嫌いだ。嫉妬ではない。


「うん。もう用事もないから。皆さんに挨拶したら出るよ」


「そか。アンタも災難だったな。それより、フィーネの右手へし折った話きいたぜ」


「あ~。……アン!?」


「うおっ、近けえよ。怖えよ」


 聞き捨てならない言葉が出てきた。右手折ったって、完全に昨日のあれだよな。

 詰め寄って詳しく聞くと、特訓の後倒れた俺を運んでくれたのはこの男だったらしい。その時に怪我の話を聞いたようだ。怪我は俺と一緒にカノンさんに治して貰っているから、心配は要らないとか。でも後で謝ろう。


(カカカ、カカカのカ! お前さん、ようやった! 愉快愉快)


「責めてるんじゃねえぞ、褒めてんだよ。どんな理由であれアイツに一撃入れたのは大したもんだぜ」


「フィーネちゃんってそこまで強いの?」


「当たり前だろ。フィーネは王都で最高戦力に鍛えられてるんだ。勇者の称号が伊達じゃないくらいに凄い奴さ」


 ただでさえ悪い目つきを、より一層鋭くして語られる勇者自慢。褒めてはいるけれど、その裏に負けん気が見え隠れしていて、同じ剣士として手放しで称賛出来ないのかもしれない。意外に可愛いやつである。


 そう言えば昨日のフィーネちゃんの恰好は動き辛そうなドレスで、足元はヒールの高い靴だった。あれでも実力なんてまるで見せていなかったのだ。


「まぁあれだよ。火の月には王都で武術大会があるんだ。興味があれば来いって。俺も出るからよ。じゃ、元気でな!」


「わかった。そっちも元気で!」


(二月ほど先だな。面白そうな話ではないか)


 だな。王都は人も多そうだし、一度は行ってみたい。2か月もあれば出場する余裕くらいあるだろう。ただしジグ、テメェは出さん。絶対に目立つに決まっている。

  

 まずは家主であるプロクスさんに挨拶をしようと思い部屋の前まで行けば、扉の前には執事さんが待機していた。用事中かと思い聞いてみれば、問題無いらしい。

 執事さんが、ノックをしてくれて。招きの声と共に扉が開かれた。



 前にも一度来た執務室。あの時は勇者一行の訪れの時だったか。まだあれから四日しか経っていないのに随分前の事に思う。


 室内には、領主のプロクスさんの他に、イグニスと兄のフランさん、そしてフィーネちゃんまでいた。気のせいかどことなく空気は重い。

 挨拶回りの手間は省けるが、メンツ的に勇者の同行者の話だろう。入っていいのだろうか。


「あーえっと、お世話になりました。お元気で。フィーネちゃん怪我させてごめんね」


「「待てい!」」


 手短にして逃げようと思ったが、そうは行かないようだ。イグニスとプロクスさんの声がハモった。

 

「まぁまぁ。私との仲じゃないか。もう少しゆっくりしていきなさい。な?」

 

 何逃げようとしてるんだテメェ。早く席に座れや。という副音声が聞こえる実にご機嫌な笑顔でイグニスが言う。フィーネちゃんが苦笑いで席を引いてくれた。

 イグニスの正面というのが怖いが、フィーネちゃんの隣なので素直に腰を下ろす。


「すまないなツカサ君。イグニスから報告はあったが、幾つか事実確認をしたいんだ」


「ああ、はい。そういう事なら」


 ガンっと、脛に痛みが走る。机の下で蹴ったなあの女。キッと視線を向ければ、赤い双眸はより強い視線を送っていた。


 何かを訴えている様だが、来たばかりで情報が無いのだ、さっぱりである。とりあえず迂闊な事は言わない事にしよう。


「父上、人も増えたところだ。一度話を整理しませんか?」


 フランさんありがとう。その優しさが素敵。ふむ、とプロクスさんがハンドベルを鳴らすと、メイドさんがお茶とお菓子を運んできてくれた。


 お茶を啜りながら聞いていれば、話の内容はイグニスの報告が発端らしい。

 ジグの城こと、魔王城には目下の危険性無し。要調査。うむうむと頷く。俺の罠がもう残ってない事を祈る。


 魔竜は賢者の封印であり、深淵の配下を名乗る悪魔に破られたこと。盗賊の絡みもその一因で、狙いは勇者だったこと。情報が町の貴族であるニコラから漏れた為、一族に罰を求める。大筋の流れは問題ない為、これにも頷く。


「それで何が問題なんですか?」


「領地的には大問題だよ。竜の襲撃で不安の声も上がっている。城と深淵という者に対しての調査と対策は必要だろうね」


 プロクスさんの声を受けてイグニスが苦そうな顔するが、まだ俺に関係する話ではなさそうだ。


「そう。領地に関わる話だ。フランを外に出す訳にはいかなくなった。だから望み通りイグニスには勇者に同行する許可を与えたのだよ」


 おお。良かった。イグニスは計画通り波風立てずに家を出る許可が下りたらしい。

 それなのに、何故だろう。全員微妙な顔をしているのは。


「ハッ。そしたらこの馬鹿娘は、フィーネとは行けない。でも家を出ると言い出しおった! 君が関わっているんだろう! ええ!?」


 威圧するように声を荒げるプロクスさんに、イグニスは机を叩いて反論した。


「私とて貴族の務めを忘れていない。必要なんだ! 理解してくれ!」


 言葉が出なかった。旅に出たいと自由に憧れていた少女。念入りに下準備をして、念願の勇者との同行をもぎ取ったというのに、まさかそれを土壇場でぶん投げるとは。

 それも論理武装を手放して、感情に訴えかける様はなんとも似合わない。


「だから理由を言いなさい。正統な理由もなく年頃の娘を旅に出させるわけがないだろう」


 圧倒的な正論を前に、さしものイグニスも口を閉ざす。閉じざるをえないのだ。俺とジグルベインの事を守る為に。


 馬鹿じゃないのか。フィーネちゃんが旅立つのをずっと待っていたはずだ。親と兄の顔を立てて、大手を振って旅立つ為にずっと……ずっと。


「なにやってんだよ! フィーネちゃん達と旅をするのが楽しみだったんだろ! 今より良い機会なんてないんだろ、行けよ!」


「馬鹿か君は。あんな話を聞かされて、君を一人にするわけがないだろう」


「やはり男か! 情にほだされるとはイグニス、お前はもっと賢い子だと思っていたぞ」


 反論できない俺とイグニスに、援護をくれたのは意外にもフランさんだった。

 父さん、とプロクスさんを諭すように話しに入る。


「父さん、僕にはイグニスが愚かだとは到底に思えない。いつも必ず先回りした考えをする賢い妹だ。今回も何か思惑があるに違いない」


 疑惑は晴らしておこうと、フランさんは正面のフィーネちゃんに声をかけると、名前を呼ばれた金髪の少女は蒼い瞳を伏せ神妙な顔つきで頷いた。


 なんとフィーネちゃんは嘘と悪意を見抜く能力を持っているらしい。思えば俺が拘束されている時、解放の条件が勇者と会う事だったのは、嘘発見器に掛けるつもりだったのか。でもそんな力があるならば、もっと簡単に話は終わりそうだけれど。


「イグニスにもツカサくんにも嘘はありません。勇者の名に誓います」


 ああ。フィーネちゃんは人間だものな。本人が嘘をつく可能性があるのか。それも親しいイグニスの話ならば余計に。


「どうです父上。駆け落ちのようなふざけた理由ではなさそうだ」


「駄目だ。駄目だぞフラン。少なくとも理由が聞けぬ限りは、貴族としても父親としても外には出せない」


「お、俺が言うのもなんですけど、親だって言うなら、少しは娘さんを信じてもいいんじゃないですか。ほら、日頃の行いとかで」


「「いや、それは余計に信用できない」」


 これでも心臓をバクバクさせて発言したのに父と兄の声がハモった。どういう事だと妹を見れば、こんな時には目を合わせようとしない。どんな日頃の行いだよコイツ。


「はぁ。話はどうやらここまでのようだな。父上、兄上、もとより説得は諦めていた。旅立つ振りをしなかったのは、私の精一杯の誠意です。フィーネも付き合ってくれてありがとう」


 イグニスはやおらに立ち上がり、こう告げた。【展開】と。魔法陣が開き、キーワードを告げるごとに線が光っていく。

 その光景を見て、勇者以外は顔を蒼ざめた。それには勿論俺も含まれている。


 室内で放たれた炎の槍は、火を巻き散らしながら走り外壁を打ち砕いた。ぼやぼやするなと、俺の手を引き駆けだすイグニス。突然の事に驚いたが、反射でなんとか荷物を掴む。


 しかし、扉に向かうかと思えば、向かった先は壊した壁だ。二階なのに何故、と思ったが意味を理解する。


 下には荷物を積んだシュトラオスが繋いであった。この人が準備を怠るわけがなかったのだ。いけるね?と赤い目が語り掛けるから、無論だと返す。強化した身体は女の子一人抱えて飛び降りる程度簡単だ。


 シュトラオスに跨れば、トレードマークの三角帽を深くかぶり炎の魔女が吠える。


「今は家出娘で構わない!だが我が炎は勇者と共に在ることをエルツィオーネの名に懸けよう! おさらばです!」


「イグニス! 私のパーティーの魔法使いは、貴女だからね!」


 部屋から身を乗り出すフィーネちゃんに向かって二人で大手を振りながら、最悪のスタートを切ったのだった。


 駆けて駆けて。逃げる様に、いや逃げる為にひた駆ける。街中なのに全速力で飛ばす駝鳥は周囲のご迷惑もなんのその。

 

「フフ」


 それはどちらの声だったか。俺だったかも知れないし、イグニスだったかも知れない。けれど、どちらでもいい。その小さな呟きが堰を切り、次第に二人で大笑いした。


 最悪だ。静かに立とうと思っていたのに、家族の、それも貴族のいざこざに巻き込むなんてこの女どうかしてるだろう。


「「アハハハハハハハ!!」」


 でも、なんかスッキリしたのだ。森を出て、町についてから感じていた面倒くささ。人間関係とルールとか、そんなもの全部にうるせぇと言ってやった気分である。


 イグニスも似たようなものだろう。チェックメイトを掛けられた盤をぶん投げてきたのだ、気持ちよくないはずがない。


「あー笑った。一年分笑った。少し手綱を頼むよ。娘として最後の義務を果たさないとな」


 屯所で止めるべきか悩む兵士を突破して、完全に町の外に出た頃にイグニスが言った。

 シュトラオスは2足歩行で、4足歩行のストラウスに比べると狭いため、俺を足蹴に後ろに回る。何事かと後ろを見れば、巨大な火竜が迫っていた。


「父上の最強魔法だ。相当お怒りらしいな。そのまま真っすぐ走ってくれ」


 空を赤く染める炎の竜。山さえも飲み込むのではないかと思うほどに、壮大で圧倒的な神話の様な光景。でも灼熱を纏い諸共を焼き尽くさんとする大竜は、何故だろう。恐怖よりも前に愛情を感じた。


 とうてい当たる軌道ではない。これは脅しだ。ならそこに何の意味があるのか。

 父さんはこんなに怒っているんだぞ。こんなに凄い事が出来るんだぞ、怖いんだぞと娘に拳を振り上げ威嚇している様な。

 

 そう、あの火竜は父の威厳そのものなのだ。


「餞別です父上、私の全力を見せましょう。【夜空を照らすは月なれど、青空を照らすは陽に在らず】【海を飲み干す小さな小人】【大地を溶かす一途な涙】【空を染めるは我が想い】」


 赤い赤い魔女が立ち向かう。我がまま娘が、もう大人なのだ、私を見ろと。いや、そんな綺麗なものではないな。


 どちらかと言うとあれだ。お父さん臭いから近寄らないで!っていう拒絶だろう。


「【落陽】」


 小さな光がレーザーの様に火竜に向かい走り、あっけなくその劫火に飲み込みこまれた。

 だが、光は消えず、より輝きを増して。腹の中にあってなお輝く光球は如何な温度か。やがて腹を食い破り、内から姿を現したのは正に第二の太陽だ。


 熱が地上にまで届き、一帯を夕焼けの様に赤く染め上げる炎の球。火竜など完全に飲み込まれて跡形もなく消えていた。


 ドヤ顔を決めるイグニスに、俺は思った。プロクスさんがこの光景を見ていたならば、きっと同じことを思っただろう。


「まじかよ」


 こうして魔法家出少女が旅路に加わった。




今回で一章は終わりです。

二章からはもう少し世界感や冒険感を出せたらなと思います。期待しないで待っててね。


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