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16 先生強くなりたいです



 エルツィオーネ家に戻り、すぐにイグニスは自室に引き籠ってしまった。

 俺はメイドさんに風呂を勧められたので一番に湯浴みである。考えれば野外で二泊しているので汚れていたのだろうか。見れば服が血と土で汚れ果てていた。これか。


(腹の傷は大丈夫か?)


「うん。痛みはない。回復魔法って便利だよね、俺も覚えたいな」 


(闘気法でも治癒力は上がるがの。身体強化の応用だ)


 言われてみれば最近小傷の治りは早い気がする。闘気法のおかげだったか。

 ヘチマの様な植物繊維のスポンジでガシガシ全身を洗うと、筋肉を傷めた場所がよく分かる。ジグが戦うとベースである俺の体には過負荷なのだ。


 お湯の中で良く揉み解すが、これが俺の導である。今痛む場所こそ、剣を振るうのに足りない筋肉で、戦いに必要な動きなのだから。


 目を瞑りながら思い出す。ジグの踏み込みの瞬間を、呼吸を、体捌きを。体感した全てが別次元で、あんな風に格好よく戦いたいと願う。

 そんな事を考えていたら、体が忘れないうちに剣を振るいたくなり、足早に風呂を出た。


 脱衣所には替えの綺麗な服が置いてあった。メイドさんごめんなさい、ありがとう。


「おーツカサじゃん。お帰りー大変だったみたいね」


 部屋に戻る前にカノンさんに捕まる。今日は珍しく浅緑の胴着を着ておらず、髪も下ろしている。恰好は長ズボンにシャツというお洒落とは遠い服装だけれど、ラフな格好だから分かる。意外と、いやかなりカノンさんのは大きかった。


 普段のポニーテルもイメージ通りの快活という雰囲気で好きなのだが、青い髪を流した姿も素敵だ。


「こっちは大丈夫でした? イグニスが竜を向かわせたって」


「そうなの! 町中警鍾が鳴って大変だったのよ!フィーネが一撃で仕留めたから被害は無いけどアホかって」


 そうだろうなぁ。あんなに大きな竜が町に飛んで来たら普通大混乱になるだろう。


 腐竜を仕留めるだけなら最善の手かも知れないが、周りのことを考えたら迷惑な話だ。被害が無い様で良かったと思う。その辺流石は勇者と言ったところか。俺もフィーナちゃんの活躍を是非この目で見たかったものだ。


 では、と別れを告げて、部屋に戻れば何故かカノンさんまで部屋に入ってくる。

 顔にはニコニコの笑みを張り付けていて、不気味だ。俺はこの人に連れ回された記憶しかないのである。


「イグニスから怪我を見てくれって頼まれてるの」


「いや、もう大丈夫ですから」


 服を捲って傷跡を見ると、ずいと一層に近づいてきて怖い。


「大丈夫、お姉さんに任せなさい」


「ちょ、カノンさん? やめ、あー!」


 回復魔法を、カノンさんの言うところの神聖術を掛けてくれただけなのだけれども、目つきが尋常では無かったので思わず抵抗をしてしまった。それが不味かった、力で組み伏せられて上着を剥かれた。


 効果は凄まじいもので傷跡も残らないくらい綺麗に完治したのだけれど、心には少し傷がついた。強えぇ。


 その間、終始イグニスとの関係を詰め寄られて。イグニスは他人に興味も無いし信用もしないので、同じ部屋で寝たり、まして二人で泊りなどありえない話らしい。

 実際は俺に興味があったわけではないのだけど、詳しく話せないのがもどかしい。


 カノンさんの期待する浮ついた話が提供出来なかった為、頑固な寝ぐせや青汁スープの話をしたら、大きくウケた。聖職者だけに恋愛話に飢えているのだろうか。


「ふぅスベスベの白い肌、堪能したぜ」


 その後は何故かというか、やはりというか、カノンさんに連れられて買い物に行くことになった。


 だが、もうエルツィオーネ家に滞在する理由もなくなったので、買い出しには丁度いい機会だった。何時までもお世話になる訳にはいかないので、明日には出ようと思う。


 ちなみに城の調査で貰った報酬だが、小金貨で10枚。およそ10万くらいの価値か。小銀貨で一千、銀貨で五千、小金貨で一万、金貨で五万くらいのイメージだ。

 金貨2枚ではなく、小金貨10枚というのが実にイグニスらしいと思う。


 とりあえずは背負えるリュックタイプの鞄を買い、その大きさに合わせて旅に必要な物を見繕ってもらった。鍋とナイフと革袋を3個と、ロープと小さなスコップ。あとは調味料と保存の効く食糧などと、着替えとタオルと日用品と……。


 何も持っていない為に意外と買う物が多かった。

 廃城では無いなりに生活出来ていたが、やはり拠点があるというのは大きかったようだ。


 ジグは黒剣を包丁替わりにしていたのが不満だったらしく、ナイフを推していて。カノンさんは旅の経験も多いらしくアドバイスも的確だった。ロープは万能で、スコップもトイレや焚火等に便利だそうだ。


 魔法のある世界なので、いくらでも入る魔法の鞄なども期待したのだけれど、残念ながら存在しないらしい。


 結局買い物に手持ちのほとんどを使ってしまったが、初期投資と考えれば仕方ないだろう。手持ちが0だったことを考えれば準備が整っただけでも有難い話だ。


 カノンさんは旅立つ前に給金で教会に物資を送るということで、不足がちな消耗品や食料を大量に買い込んでいた。最後には軽い財布を涙ぐんで見ていて、プルプルと震える背中には哀愁が漂っている。何もそこまでしなくてもと思ったが恩返しなのだとか。漢らしい事である。


 教会に荷物を届け、仲間ともお金ともお別れをしたセンチメンタルなカノンさんにチーズとソーセージを巻いたガレットをご馳走し、一緒に齧りながら帰路についた。

 痛いから背中を叩かないでください。



 剣を振るうことが出来たのは陽がすっかり傾いてからのことだ。

 もう幾度となく黒剣を走らせるが、ジグは相変わらずに白銀の髪を翻しながらぬらりくらりと避けてしまう。


 剣はよく手に馴染む。踏み込みも打ち込みも、大分ジグルベインの剣に近いはずなのに、何故こうも差がでるのか。途方もない距離感を覚えていると、蹴りが胴をぶち抜いていた。


「なあジグ、俺は強くなっているのかな?」


(珍しいな。お前さんがその様な事を言うとはよ)


 うん、と返事を濁し剣を突き出せば、ひょいと半身で躱されておまけの裏拳が飛んでくる。目で追えたが踏み込んだ後の、前のめりの重心ではどうする事も出来ない。


「俺が弱いのはさ、分かってるんだよ。でもそのせいでジグまで馬鹿にされちゃあさ……俺、悔しいよ」


 ジグルベインは、やはり俺の特別なんだ。綺麗で格好良くて強くて、憧れとか尊敬の意味を込めて大好きだから。


 漠然と彼女なら負けない、最強なのだと思い込んでいた。事実、本来の魔王の力を振るえれば敵は少ないのではないだろうか。


 だけれど俺だ。俺が枷なのだ。魔力が足りないから実力が出せない。体を労わって無茶も出来ない。今だっておんぶに抱っこだっていうのに、これは恥ずかしすぎる。


「強くなりたい。ちょっと違うかな。ジグの為に、強く居たい」


「まだ、足りないんですか?」


 ジグとの訓練に集中しすぎていて、声を掛けられるまで存在に気付かなかった。

 金紗の髪を夕焼けに染めてフィーネちゃんが立っていた。高そうなドレスを着ているところを見ると貴族の絡みがあったのかもしれない。竜を打倒した英雄だしな……。


「二日。たった二日で、見違えるほどに鋭くなってます。ヴァンが嫉妬するくらいには」


 くすりと浮かべた小さな笑みは、同い年とは思えない程に艶がある。

 突然に木剣を投げ渡されて。受け取れば、稽古をつけてくれると言う。願ってもない話に剣を構えれば、静かな圧が肩に掛かった。


「ツカサくんは技も身体もチグハグだから基礎から教えてあげる。まずこれが迅足」


「え?」


 踏み込むには遠い距離だったのに、一足で間合いに入られる。


「踏み込む時に、地面を魔力で蹴るイメージを持って。あと、間合いはこの距離」


 手を抜いてくれているだろう。走る木剣は鋭いながらもギリギリ追える速度で、木のぶつかり合う子気味のいい音が響く。


 フィーナちゃんは、俺がどんなに動き回っても、一定の間合いで詰めてくる。これが斬り合う間合いなら、今までの俺は踏み込みが浅い。


「目で追いすぎです。相手の目をみて、呼吸で感じ取って」


 言われた通りに目を合わせれば確かに、視線の動きで次の動作がよく分かった。視線が脇腹に落ちるのを見て攻撃の予兆を感じとる。防ごうと構えれば、剣は上から降ってきた。フェイント。違う、教訓だ。俺がどの位分かり易い事をしていたのか教えてくれたのだ。


「これは勉強になる」


「思いっきりきていいですよ」


(カー勇者のくせに生意気な。やれい、やってしまえい)


 魔力の圧を上げ、闘気法の強さを高める。普段より半歩深く踏み込み一閃。この半歩の差は覚悟の差。人に剣を当てることへの罪悪感による躊躇いだ。

 当たれば骨を砕く一振りも、フィーナちゃんは素手で軽々と受け止めて。


「これが纏鱗。魔力は鎧にも、そして刃にもなります」


 トンと軽く先端が胸に触れただけなのに、突き抜ける衝撃がある。しかし、これは想定内。纏鱗とは違うがこちらも魔力の防御くらいは出来るのだ。耐えて前に出ることで、初めてフィーナちゃんの眉を動かした。

 

(お前さん聞いとくれ。儂がお前さんに小技を教えなかったのはな、型に填めたく無かったからよ)


「……?」


(戦いなど自由で良いのだ。真似て学び考えろ。与えられた手札だけが武器ではないぞ)


 フィーナちゃんの指導は的確で分かりやすかった。なら、ジグは何も教えてくれなかったのか。違う。ちゃんと闘気法を教えてくれている。

 では何故、そこから先を教えてくれなかったのか。……俺が考えなかったからか。


 ジグの真似をするばかりで、剣を振れば強くなると甘ったれていたからだ。

 永遠と当たらない鬼ごっこに付き合ってくれたのに、習う事に慣れすぎて俺は工夫の一つもしなかった。馬鹿だ。馬鹿だなぁ俺。何が強くなりたいだろう。

 

「あああああぁぁーー!!」


「ど、どうしたの急に!?」


「恰好つけすぎだよね俺。剣持ったからって生意気に剣士顔して頑張ってるアピールとかさ。フィーネちゃん、お願い叩き潰してくれ」


「え、えぇ!?本当にどうしちゃったのツカサくん」


 そこからはまぁ、見っともない戦いだった。迅足を見よう見真似で試して転んだり。拳も蹴りも使ったし、ヴァニタスのつもりで投げたりもした。普通の剣は戻ってこないんだね。


 フィーナちゃんは意外と容赦なく叩き潰しに来てくれたので、それはもうボロボロにされたけど。ちゃんと相手を見て、自分なりに考えて戦った。


 今までの俺はプロの格闘家の動きを見て、自分も出来ると勘違いした素人だ。ジグルベインの感覚を覚えているだけに、一層酔っていただろう。だから上澄みだけを掬い取るだけで、中身が空っぽだった。


 剣を振るい、避けて、受けて。試した分だけ、それが経験値となるのが分かる。

 振るえば振るうほどにジグの凄さも分かった。レベルが違うのだ。斬った数も斬られた数も。戦いに求められるのは必要な時、必要な動作が出来ること。鋭い剣も当てどころを知らなければただの鈍らだという事が良く理解できた。


 だからこれは、偶々だった。右手で突きに来たフィーナちゃんの姿が、昨日の悪魔の姿と重なってみえて。これをジグがどう捌いたか、覚えていた。


 無意識に木剣に魔力を流し、身体の記憶で剣を振る。踏み込みが、呼吸が、動作が、握りが、人体の部品という歯車が全てカチリと連動した。


 迸る暴力は、立ち向かう木の棒を無いものの様に粉砕し。しかし勇者を傷付ける事は叶わなかった。またも片手で止められてしまった。良かった。


「ここまでですね。カノンを呼んできます」


 それを最後に気力も体力も底尽きて、地面に倒れこんだ。目を閉じる直前、映り込んだジグルベインの顔は満足そうに笑っていた。

 どうかなジグ。俺、1レベルくらいは上がったかな?





一章が終わると言ったな、あれは嘘だ

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