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ケプリ

虫が苦手な方はご注意ください!

学舎で授業を受けていると、一人の学生が急に悲鳴をあげました。


「む、虫がっ!」


虫ごときで、何を騒いでいるのでしょう?

甲高い声を出していますが、はしたないですよ。

近くにいた男子も、虫を見て怯んでいます。

情けないですね。


いつまで経っても騒ぐだけですので、仕方なく私が処分することにしました。

初めに騒いだ女子学生の机へ行くと、教科書の上の大きな黒い虫が居座っていました。

初めて見る虫ですが、黒一色ではなく、鈍く鋼のような煌めきがありますね。

虫を持ち上げると、さらに悲鳴が上がりました。

手のひらの半分もないくらいの大きさですが、特徴のある前脚をしています。

虫を持っていない方の手で窓を開けました。


「悪く思わないでね」


『ちょっ…何をす……』


思い切り、外に投げます。

何か聞こえたような気もしますが…。気のせいですね。

あのままでは、女子学生にいいところを見せたい男子学生に殺されていたでしょう。

感謝してくださいね、虫さん。


「なんと不潔な…」


「さすがに田舎育ちなだけあって品のないこと」


なんと言われようとも気にしません。

あの方たちも、本気でホーナー家を敵に回したいわけではないでしょう。

まぁ、敵でしたら容赦はしませんけど。


「授業を再開していただけますか?」


静観していた教師に声をかけます。

ようやく、席を立っていた学生たちを促して着席させ、他の学生たちも教科書へと視線を戻しました。


すべての授業が終わると、私は図書室へと向かいました。

先ほどの虫がなんだったのかを調べてみることにしたのです。

古い昆虫図鑑を丁寧に見ていきますが、該当するものがありません。

嫌々ながら、神獣関連の本を手に取ります。

虫の神獣は限られているので、すぐに見つかりました。

まずは創国(そうこく)のシンチュウ。大きさや足の数など、特徴が一致しません。

ハイロン国には、未確認の神獣としていくつか虫が上がっていますが、蝶や蜂といったものですので違いますね。

次を捲ると、そっと本を閉じました。

はぁっと大きな溜め息を吐き、気を取り直して再び開きます。


シェラーエン王国。国土の半分以上が砂漠という過酷な地であるからこそ、信仰が盛んな国。

エティール様により使わされた神獣、ケプリは太陽の運行を行っているとされ、砂漠に生きる人々の祈りの対象でもある。

その体は太陽と同じく、黄金色に輝いているという。


体色は違いますが、形はまったく同じです。

あの特徴がある前脚もそのものです。

まさか、遠く離れた砂漠の国で信仰されている神獣が、こんなところにいるとは思いもしませんでした。

もう、強制的に神殿へ連れていこうかしら?

すでによその土地へ行ってくれているのが、一番面倒がなくて楽なんですけどね。


図書室から寮の自室へ戻る途中で、最悪なことに見つかってしまいました。


『さっきの小娘!よくも僕を投げたな!』


知りませんし、そんな記憶もございません。

ちょっと、人の服にへばり付かないでください!

剥がそうと、体を摘まんで軽く引っ張ります。

先ほども思ったのですが、普通の虫よりも外側が硬いです。

前脚にある突起が服に引っかかって取れません。


「…脚、もげますよ」


虫にはよくあることです。

外側に比べて関節は脆いので、服に付いた虫を取ろうとすると脚が取れてしまうんです。


『……僕の美しい体を傷つけるつもりか!?』


「美しいですか?」


まぁ、鋼のような光沢は美しいと言えるかもしれませんが、正直美しい色合いを持つ虫はたくさんいます。


『下の世界だとこんなんだけど、本当はいつも輝いているんだ!』


下の世界とは、人などが住んでいる地上のことでしょうか?

そういえば、本には黄金色に輝くとありましたっけ。


「でしたら、その本当のお姿を拝見したいですわね」


ご自慢の姿になるために、早く楽園へ戻れと、遠回しではあるが言ってみました。


『……こんな姿じゃ、誰も僕だと気づいてくれないんだ』


「泣きそうな声を出さないでください。貴方は神獣様でしょう?」


しかも、砂漠の国の人々から祈りを捧げられるほどの神獣です。

もっと誇り高くありなさい。


「明日でよろしければ、神殿へ連れていってあげますから」


『本当!!』


よかったです。

この神獣は戻りたがっていたようです。

それなら、説得する手間が省けます。


虫を連れて帰ってほっとしたのもつかの間でした。


「何をなさっているのですか?」


虫の奇妙な行動に若干引いてしまいました。


『お腹空いたから、ご飯を集めているんだ』


あの特徴のある前脚を空中でわさわさと動かし、今度は何かを捏ねるような動作。

見る見るうちに、小さな白い塊ができ上がります。

そして、それを後脚で転がしていくのです。

ころころと転がすと徐々に大きくなり、虫が逆立ちしているみたいになってしまいました。

少し…、いや、かなり面白い態勢です。

満足のいく大きさになったのか、丸い塊を隅に置き、新しい塊を作り始めました。


「その白いものはなんなのですか?」


『神気だよ。僕、下の世界のものは食べられないから』


これには驚きです。

神気とは、この世界における源です。

神気があるから生命があり、魔法が使えるのです。

ですが、それは目に見えるものではありません。

さすが、神獣ですね。食べるものが違いすぎます。

しかし、いったい幾つ作るつもりですか?

私の部屋が神気まみれになる前に止めてください。


結局、食べきれなかった神気の塊が五つほど残ってしまいました。

その塊を持って、神殿へと向かいます。

ですから、またかっていう顔は見せないようにしてください。

私だって好きこのんで来ているわけではないのですから。

扉の前に着くと、そっと虫を離します。


「ケプリ様、忘れ物ですよ」


『僕のこと知ってたの!それ、あげるよ。連れてきてくれたお礼』


いえ。神気の塊なんて、何が起こるかわからないので遠慮したいです。


『ねぇねぇ。名前教えて?』


「アティス・ホーナーと申します」


『アティスね!僕、クェラールっていうの』


名前を簡単に教えるのは止めましょうね。

神獣の名前には、それだけでも力が宿っているのですから。


『その神気の玉に太陽の光を当てると、面白いことが起きるからやってみて』


爆発したり、火を吹いたりしませんか?


「面白いこと?」


『何が起きるかは内緒!』


それはそれで恐ろしいです。


『じゃあ、僕もう行くね。アティス、まったねー!』


扉が開くと、小さな虫の姿がどんどん大きくなり、そして美しい黄金色へと変わっていきました。

確かに、自慢したくなるほどの美しさです。


「クェラール様、お願いが。これをニーズヘッグ様へ届けてくださいませんか?」


『ニーズヘッグ!?僕、食べられちゃう!!』


「他の方に託していただいても大丈夫です」


『わかった。エティ様にお願いしておくね!』


そう言って、私の手から包みを脚に引っ掛けると、扉の中へ飛び去っていきました。


(我らに慈愛と恵みを与えてくださるエティール様、クェラール様が寂しい思いをしないようご慈悲を与えください。あと、エティール様にお使いをさせるようなまねをしてしまい、誠に申し訳ございません)


(ヴァース様、新しい味の飴を届けてもらえるようお願いいたしました。けして、クェラール様を食べないでくださいね。この祈りが届きますように)




♦︎♦︎♦︎


「クェラール、お帰りなさい」


『エティ様、ただいまー!』


元気に飛び込んできたクェラールですが、思ったよりも元気ですね。


『アティスからニーズヘッグにって預かったけど、僕怖いからエティ様が渡して』


無邪気というのは、時として恐ろしいものです。

エティ様の顔が引きつっています。


「…あの子のお願いじゃ、断れないじゃない!」


悔しいんですね。

ですが、あの子はまだ気づいてはいないようなので、エティ様に贈り物をすることはないと思いますよ。


『アティス、いい子だった』


クェラールもあの子を気に入ったのですか。

恋敵が多くなりそうですよ、ヴァース。


結論:虫は見て楽しむのもであって、触るものではない。



ケプリ:マイナーですが、エジプトの神様です。

スカラベ(フンコロガシ)が顔という、かなりユニークな神様ですよ(笑)

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