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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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87 アウロラ

 ヘルトはまず少女を縛る四つの鎖に近付き、入口の扉の時と同じように右手で触れて消し飛ばした。

 そして倒れたまま動かない少女に触れた、その瞬間だった。

 バジィッ!! と静電気のように体内に何かが通り抜ける感覚があった。その後に胸焼けのような息苦しさを感じ、反射的に少女から手を放してもそれが止む事は無かった。


(魔力干渉か!? くそっ、油断した!)


 ヘルトはすぐに魔力障壁を張り、少女からの干渉をブロックする。すると胸焼けのような感覚はすっと消えた。

 しかし一瞬とはいえ干渉されたのは確かなので、自分の体に隅々まで魔力を通して今の干渉による原因を探る。何もないとは思うが、万が一彼の力が暴走すれば『ポラリス王国』どころか『ゾディアック』全体が危機に晒される。だから数十秒ほどの時間を掛けて念入りに調べる。


(異常は……ないな。少なくとも害のある干渉じゃないって事か?)


 ほっと胸を撫で下ろし、再び少女に向き直る。すると少女も今の接触で気がついたらしく、弱々しい動きで首を動かし、ヘルトの方を見た。


「……あな、たは……?」

「ヘルト・ハイラント。きみが助けを求めたからここまで来たんだ」

「たす、け……?」


 少女はヘルトの言葉の意味が分からなかったようで、小首を傾げて不思議そうな顔をしている。ヘルトの魔術は声に出していなくても、心で無意識に願った声でも受信する。今回はそのパターンだったのだろう。

 ヘルトは上体しか起こしていない少女に目線を合わせるために膝を折って言う。


「とりあえずきみをここから連れ出したいんだけど、さっき触ろうとしたら魔力干渉が起きたんだ。心当たりは?」


 しばらくぼーっとヘルトを眺めていた少女だったが、小さく首を動かして首肯した。


「一応、魔力障壁を張ってるからぼくにはもう効かないけど、それを止める事はできるのか?」


 段々と意識がハッキリしてきたのか、今度はすぐに首を横に振って否定した。ヘルトはその答えに顎に手を当てて少し考える。


(常時発動型の魔力干渉か……? 凛祢(リンネ)みたいに自分の力を制御できない例もあるし、もしかしたらそれがこの隔離の原因なのかもしれないな)


 ヘルトの人助けは、目の前の少女の場合だと研究所から連れ出して外に出した瞬間に、はい助けましたね? あとはどうぞ自由に生きて下さい、なんていう無責任なものではない。彼はできうる限り助けを求めるに至った原因を取り除き、何の変哲もない日常に帰そうとする。

 例えば凛祢(リンネ)の場合だと信頼できる身寄りはいないし、心に深い傷を負っていた事もあったからヘルトが保護し、懐かれているから基本的に傍にいる。

 そんな風に毎回それぞれの人に適した救済方法を模索するヘルトにとっては、この魔力干渉はなかなかシビアな問題になってくる。


「とりあえずここを出ようか。自力で立てる?」

「……はい」


 と、返事をしたものの少女の足取りはおぼつかない。立ち上がってもふらふらとしていたので、ヘルトは少女の両肩を掴んで体を支える。

 そして入って来た扉の無い入口から外に出ようとしたその瞬間、甲高い警報音が鳴り響いてヘルトが消し飛ばした扉の上から新しいシャッターが下りてきた。そのシャッターを今すぐ消し飛ばして外に出ても良いのだが、ヘルトはそうはしなかった。


(多分、ぼくが入った時には侵入は知られてたんだ。今頃外では武装した警備員が待ち構えてるんだろうなあ……)


 負けるつもりは毛頭ない、むしろ殺さないように手加減する方が難しいくらいだ。

 けれど今は守るべき少女がいる。こちらも傷つけさせない自信はあるが、それでも万が一は潰しておきたい。ヘルトはいつ開くか分からないシャッターから離れ、左手を前に突き出す。


()()


 するとまたコインマジックみたいに消し飛ばしたはずの扉が再び現れた。シャッターにもたれかかるように現出させたので、もしシャッターが開いても通路側に倒れて妨害の時間を少し稼げるはずだ。

 すると突入する気なんてさらさら無かったのか、部屋の換気口から白いガスが部屋の中に放たれる。向こうが捕まえている少女がいるので睡眠ガスの可能性が高い、が。


「ぼくにはそもそも、こういった毒系は効かないんだよねえ」


 と言ってもヘルトは良くても少女の方は良くない。毒ガスの可能性も僅かに存在するので、なるべく早く部屋の外に出なければならない。ヘルトは虚空から鋼色の直剣を現出させる。


凛祢(リンネ)達の方もそろそろ大丈夫だろ。ぼくらも外に出よう」

「……どうやって、ですか……?」

「簡単だよ」


 そして彼の握る剣から、『レオ帝国』で魔族の大群と正面から向かって行った時と同じように金色の光が迸る。


「天井をぶち抜いて飛び上がろう。『ただその理想を(アイディール)叶えるために(・ダスト)』!!」


 真上に向けた切っ先から、金色の集束された魔力の砲撃が放たれる。それは地上まである何枚もの鋼板を撃ち抜いて夜空へと溶けるように消えて行った。そうして残ったのは地上へと続く縦のトンネルだけだ。

 ヘルトは少女を抱きかかえ、サラがグリフォンの力を使っている時のように空中に魔力の足場を作って頭上の穴から地上へと駆け上がっていく。





    ◇◇◇◇◇◇◇





『まったく君も派手にやったものだ』


 外に出てから別動隊の嘉恋(カレン)にマナフォンで連絡を取ると、開口一番に呆れたようにそう言われた。


『君の集束魔力砲で研究所は事実的な閉鎖、上空五〇〇〇メートルに待機してた監視用の無人艇も撃ち落としたようだよ。まったく、ここまでやって人死にがゼロなんだから君の技量には舌を巻く』

「ぼくとしてはすぐにそんな情報を拾って来る嘉恋(カレン)さんの方が凄いと思うけど」

『今度コツを教えてあげようか?』

「遠慮しておくよ。昔からその手の機械には強くなくてね」


 いつもの調子でそんな事を話していると、いつもはそこにいない少女がどうして良いのか分からないのか、不安げな眼差しでヘルトを見ていた。

 さすがにボロ衣のままでいさせる訳にもいかないので、左手から凛祢(リンネ)の着ている可愛い系の服をサイズだけ大きくしたモノを出して着せている。

 しかし、問題がまだ一つ。

 地下は薄暗くて気付きにくかったが、その少女の髪色は極めて特殊だった。銀色がベースだろうが、そこに藍色やスカイブルー、明るめの紫色や薄緑色を混ぜたようなホログラフィックというか幻想的というか、そんな長い髪を持っていた。

 ヘルトはとりあえず『風』の刃で丁寧に、無造作に伸びた髪を肩に触れるくらいの長さまで切る。そしてその髪を隠せるように大きめのキャスケットを左手から出して頭に被せる。

 これで一通り、彼女を連れ戻そうとする輩が来てもパッと見の判断は出来なくなったはずだ。ヘルトはそこまでやってようやく一息つく。


「ところで嘉恋(カレン)さん。あの研究所がこの子を使って何をやってたのか調べる事は?」

『できなくはないけど、少し時間が掛かるかもしれないね。さすがに表向きじゃなくて裏向きの研究となると、アクセスに手間が掛かる』

「でも不可能じゃないなら調べておいてくれ。あそこまで厳重な閉じ込め方と、この子の魔力干渉の力が気になる。分かったら連絡をくれ」

『了解。それから君と別行動で凛祢(リンネ)戦闘狂(バーサーカー)くんがご機嫌斜めだ。合流の予定は?』

「悪いけどしない。ぼくはぼくで色々と探ってみるよ。凛祢(リンネ)には謝っておいてくれ。ジークさんは放っておいて良いよ」

『オーケー』


 最後に軽い返事を残して通話は切れた。ヘルトはマナフォンをポケットに突っ込み、少女の方に向き直る。


「さて、いつまでもきみって呼ぶのもあれだし、名前を教えてくれないか?」

「な、まえ……」


 そう問われて少女は首を傾げた。

 言葉の使い方も拙いし、もしかしたら『名前』という単語を知らないのかもしれない。そう思ったヘルトは質問を変える。


「じゃあきみはあの場所で、他の人達から何て呼ばれてたんだい?」

「呼ばれ……わたしのなまえ、アウロラ……です」

「じゃあアウロラ。きみは今、何がしたい?」

「何が……」


 それについてアウロラが何か答える前に。

 きゅるるる、と可愛らしい音がアウロラのお腹から鳴った。

 お腹に手を当てて俯きながら赤面するアウロラにヘルトは小さく笑って、


「まずは何かを食べに行こうか。それから先の事は後で考えよう」


『ポラリス王国』にはヘルトのいた世界と同じように、二四時間営業の飲食店やスーパー、コンビニがある。足取りの危ういアウロラの手を引いて、とりあえず一番近い場所に向かう。

 ヘルト・ハイラントとアウロラ。

 この出会いが後に起きる大きな戦いの起因になる事に、まだ誰も気付いていない。

ありがとうございます。

第五章はアーサーとヘルトで話が交互するように飛びます。

という訳で、次回はアーサーの話です。よろしくお願いします。

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