表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
91/589

86 ある少年の始まりはいつも唐突に Held_Side.

今回はヘルト主体の話です。

 アーサー達がドタバタしていたその頃。

『ポラリス王国』内の別の場所、ヘルト・ハイラントは大通りにある何の変哲もない喫茶店のオープンテラスで溜め息をつきながらコーヒーを飲んでいた。服装が『ポラリス王国』で買った元の世界でいうところの制服で、薄い黒色のズボンと白いワイシャツに紺のブレザーを着込んでいるので、見方によっては下校時間にちょっと立ち寄った学生のようだ。なぜ異世界に来てまで制服を着ているのかというと、彼が言うには一番着慣れているかららしい。


「勝手に一人で魔族の大群に突っ込んで悪かったよ、ジークさん。あなたが強いのは『レオ帝国』での手合わせで知ってるし、いい加減機嫌を直してくれ」

「……その手合わせだってお前が勝っただろうが。見てろよ、いつかその背中刺してやるからな」

「……ジークさんって、もしかしてそのために付いて来てるのか?」


 ヘルトがジークと呼んだ彼は『レオ帝国』で出会った戦闘狂で、ある日襲われた所を撃退してからずっと付いて来ている巨漢の男だ。

 そんな男が普通に命を狙ってるという発言をした訳だが、ヘルトは特に気にする事もなくコーヒーを飲み続ける。ヘルトには今この場でジークが斬りかかって来ても即座に返り討ちにする自信があるからだ。

 その様子に同じ席で何かのジュースを飲んでいた見た目一二歳ほどの白色の髪の少女、凛祢(リンネ)がニコニコ笑いながら言う。


「ヘルトさんは好かれていますね」


 普段は長く伸ばした前髪で目を隠しているが、隙間から深紅色の瞳が覗いている。つまり彼女は体内に膨大な魔力を所持している『魔族堕ち』の少女だ。

 しかし『魔族堕ち』なら上手いはずの魔力制御が上手くできないせいで、感情の起伏で常人を遥かに超える身体能力を発揮してしまう。我を忘れた彼女の姿は人より獣のそれに近くなり、力はチート能力を付与されて身体強化が施されているヘルトに匹敵するほどだ。

 ちなみにこの世界に来てから多くの人をその力で助けてきたヘルトだが、実はこの少女が一番初めに出会って救い出した少女でもある。


「冗談はよしてくれ凛祢(リンネ)。命を狙うのが愛情表現なんてヤンデレどころの話じゃないぞ」

「だが好かれているのは事実だろう? なにせ、君に恋する少女は珍しくない」


 愉快なモノを見るように小さく笑いながら、優雅に紅茶を飲んでいる長い黒髪を後ろで一つに束ねているお姉さんといった感じの女性は嘉恋(カレン)だ。彼女は魔術は使えないが情報系に途轍もなく強く、ある日唐突に興味を持ったからというだけの理由でヘルトと接触してきた女性で、度々人探しを手伝って貰っている間柄だ。特に仕事をしているという訳でもないのに、なぜかいつもリクルートスーツを着ている。


嘉恋(カレン)さんまで……。本当に勘弁してくれよ、たしかに知り合いには女の子が多いけど、極力関わらないようにしてるからそんな事ないと思うぞ?」

「関わらない方がかえって恋心を育ませる事もあるんだよ。学べよ、少年?」

「……まあ、そういう事にしておくよ」


 この世界に来てから他にもそれなりの数の知り合いができたが、今この場にいるのはその三人だけだ。ヘルトは久しぶりにのんびりできる時間に無駄な討論をしたい訳ではないので、良くない方向に転びそうな話題はそうそうに切り上げてコーヒーを口に含む。


「……あっ、受信した」


 その最中ヘルトは突然呟いた。それに反応した凛祢(リンネ)が声をかける。


「ヘルトさん、()()は誰ですか?」

「前にも言ったと思うけど、この魔術で分かるのは助けを求める声と発信源だけだよ。相手が誰なのかまでは分からない」


 ヘルトの数多ある魔術の内の一つ。『心の底から助けを求める声を受信する』というほとんど無意味な『無』の魔術だ。あくまで受信するだけで無視する事もできるのだが、ヘルトは毎回律儀に助けに行くので、彼がこの世界に来てから知り合った人達はほとんどこの魔術が要因だ。


「それで、今回はどんな言葉だったんだい?」

「一言『誰か助けて』だけだね。志桜里(シオリ)の時みたいな何か詩の短編みたいに長い声は珍しい方だよ。魔術の受信じゃなかったけど、凛祢(リンネ)なんて初めて会った時は……」

「そっ、その話はここまでにしましょう! ヘルトさん、その話はあまりしないで下さい! あの時は色々と辛かった事もあって、自分の言動を思い出すと恥ずかしいんです!」

「そう? あれはあれで可愛かったと思うけど」

「ヘルトさん!!」


 凛祢(リンネ)は顔を真っ赤にしてぽかぽかとヘルトのお腹辺りを叩くが、ヘルトは身長差で丁度良い位置にある凛祢(リンネ)の頭に笑いながら手を置いている。


「だからそういう所を言ってるんだが……まあ良い。それで、どうせ行くんだろう? 増援を呼ぶか?」

「その前に発信源の場所の特定。方向は『キャンサー帝国』、距離は約一二キロ。そこにある施設を調べてくれ」

「了解」


 バッグから出したノートパソコンを机の上で開き、カタカタと素早くキーボードを叩いて必要な情報を抜き出す。


「建前上は製薬会社の研究所みたいだね。まあ実際は何の研究をしてるか分かったものじゃないけど」

「研究所って事は、電子機器とか鉄の扉のオンパレードって訳か」

「そうだろうね。となるとここにいるメンツはともかく、これから集めるなら魔術師が良いだろう」

「そうか……。万全を期すなら電化製品を自由に操作できる『無』の魔術を持ってる眞衣亜(マイア)は欲しいな。それから物体透過能力を持ってる冥納(メイナ)。『氷』の魔術のスペシャリストのソフィーヤ。『火』の魔術のスペシャリストのノエリア。『雷』の魔術のスペシャリストのナターリヤ。溶解光線を放つ『光』と『火』と『雷』の複合魔術を持ってるレニ。まあ最低でもそれくらいは欲しい所かな」

「なかなかのメンバーだね。呼んでみるかい? 彼女達なら君が呼べば飛んでくると思うけど?」

「いや、それはあくまで万全だ。正直あんまり時間は掛けたくないし、ここにいるメンバーで行こう。三人ともよろしく」


 きっちりお代は払い、四人は助けを求める声が送信された研究所に向かう。さすがに一二キロを歩いていたら時間が掛かるので、『ポラリス王国』内を通っているバスを利用して目的地近くのバス停に着いてから徒歩で移動する。


「……お前らはいつもこんな事してるのか?」


 ここまで付いて来て、ようやくジークがそんな事を言い出した。


「ん? そういえば君はこういうのは初めてだったか。まあ彼の首を狙って傍にいるなら、こういう事態には慣れておいた方が良い」

「つまり頻繁にあるっていう事か?」


 その疑問には横から凛祢(リンネ)が答える。


「そうですね。多い時には一日に三回くらい受信する事もありましたし、こういうのは日常茶飯事ですね」

「……なんか唐突にヤツの命を取るのが面倒になってきたぞ」


 うんざりしたように呟くジークに向かって、嘉恋(カレン)はからかうような口調で、


「ま、その代わり戦闘行為も多い訳だけど」

「よーし切り込みは任せろー! 俺が全員血祭に上げてやる!!」


 豪快な笑いをしながらヘルトの背中をバシバシと叩き、ヘルトに鬱陶し気に払い除けられても快活な足取りで進んでいく。


「いやー。戦闘狂ってのは扱いやすくて助かる」

嘉恋(カレン)さん……。さすがに人が悪いと思うぞ?」

「利用できるモノは有効活用が私の座右の銘だからね。せいぜい暴れて貰うとするよ」


 およそこれから研究所を襲撃しに行くとは思えないほど明るい調子で進む四人。やがて研究所に辿り着き、ぐるりと外周を回って様子を窺い、近くのお店に入って日が沈むまで時間を潰す。いくら突破できる戦力があるといっても、悪目立ちする明るい時間にドンパチやるつもりはない。急ぎたくてもそれくらいは考慮する。


「さて、そろそろ行こうか。嘉恋(カレン)さん、中の地図を」

「はいよっと」


 ヘルトに向けられたパソコンの画面には研究所内部の詳細な地図が表示されていた。なぜ嘉恋(カレン)がそんなものを持っているのかは突っ込んではいけないポイントだ。


「ふむ……発信源は地下だから、この道か……。よし、ありがとう嘉恋(カレン)さん。もういいよ」

「この短時間で今のを全て覚えたんだろう? 便利な記憶能力だねえ」

「借り物だけどね。まあ便利だから使わせて貰ってるけど」

「良いんじゃないか? 利用できるモノは有効活用、だ」


 とにかく突入を決めたので、ヘルト達は研究所を囲むフェンスに移動する。もちろん侵入されないように頑丈なものだ。


凛祢(リンネ)、頼む」

「はい」


 しかしそんなフェンスも凛祢(リンネ)の手にかかれば飴細工のようにぐにゃりと変形する。人一人分の隙間を開けて貰い、ヘルト達はそこから内部への侵入を果たす。


「警報にはもう引っ掛かってるな。じゃあ予定通り、三人は発信者以外に助けを求めてる人達がいないか探してくれ、仮にここが非合法な実験施設なら他にもいるかもしれない。ぼくは発信者を助けに行く。お互い役割が終わったら即時撤退って事でよろしく」


 それだけ言うと、地面へと落ちて行く。それは彼の知り合いの冥納(メイナ)の物体透過能力だった。ヘルトは一度見た魔術ならたとえ『固有魔術(オリジナル)』でも大体使えるので、彼の知り合いの強力な魔術はほとんど彼のモノになっている。


「地下通路B一って所か……。発信源はまだ遠いな。転移魔法の使い手にでも会えれば、毎回のこの苦労はなくなるんだけどなあ。ま、魔法自体がレアだからそうそうお目にかかれないだろうけど」


 ぶつくさ言いながらも彼は光学迷彩、まあざっくり言うと透明になれる魔術を使って姿を消してから足を進める。

 そして一つ重要な事だが、彼は魔力感知を使わない。

『使えないの』ではなく『使わない』。彼の膨大な魔力で魔力感知を行うと、それはアーサーの仲間である結祈(ゆき)の自然魔力感知よりも広い範囲を感じ取れる。結祈のように成長と共に少しずつ魔力感知の範囲が広がっていって慣れていれば問題ないだろうが、ヘルトは約一ケ月前に降って湧いた力を使っているに過ぎない。いきなり街中の全てを認識するような感覚に陥ると、酷い車酔いにあった気分になってしまうのだ。


(とは言っても一瞬だけ発動してソナーみたいに使う分には大分楽だけど。ここに来る前にも一度だけ使って位置の確認はしてある。突入前は移動されてなかったし、多分まだいるだろ)


 そんな適当な当たりを付けて彼は発信源へと進む。

『光学迷彩』はあくまで姿が見えなくなっているだけなので、実体はそこに存在する、つまり赤外線センサーなどに当たれば普通に感知されてしまうのだ。けれど彼は嘉恋(カレン)に見せて貰った地図で、赤外線センサーのある場所をあらかじめ把握してある。元々感知された所で普通の警備員や警備システムでは彼は止められないのだが、それでも一度もセンサー類に引っ掛かる事なく目的地まで着いた。

 ここまでの道中で一番大きくて立派な扉。固く閉ざされているそれにヘルトは右手で触れて言う。


()()()


 すると扉はマジシャンが掌でコインを出したり消したりするみたいに忽然と姿を消した。まるで最初からそこには何もなかったかのように、破壊の跡すら無い。

 ヘルトは自身が消し飛ばした扉のあった場所から部屋の中へと入っていく。中は扉の大きさから想像してたよりも小さく、体育館の半分くらいの広さしかなかった。

 けれどヘルトにとってそんな情報はどうでもいい。

 彼にとって今一番重要なのは、部屋の四隅から伸びている鎖に四肢を繋がれた少女の存在だ。眠っているのか、ボロ衣を着させられたまま部屋の中央で微動だにしていない。

 そして今日半日、探し求めていた少女にヘルトは躊躇う事なく近づいて行く。

ありがとうございます。

今回は第ゼロ話以降久しぶりのヘルト主体の話でした。ヘルト側の新しい登場人物を大勢出したので、漢字の名前の人には全てルビを付けてみました。読みやすいと思って頂けたなら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ