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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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63 闇はもっと根深く

 迫ってくる白刃を、アーサーにはどうする事もできなかった。油断していた事と手練れの衛兵だった事もあり、一〇〇パーセント死ぬタイミングだった。

 けれど隣にいたヴェロニカは違った。白刃が届くよりも早く、アーサーの服を引っ張って危機から救う。


「アーサー様、こちらに!」

「あ、ああ!」


 ヴェロニカの後を付いて行く形で、アーサーは逃走を開始する。

 相手のエルフの素性はしれないが、明らかに手練れだ。無手で勝負を挑んで勝てる見込みはほとんどない。


「ヴェロニカさんはなんであいつの行動が分かったんだ!?」

「私の無属性の魔術です。相手の敵意や害意がオーラのように見えるんです。これが私がメイド長を任されている理由でもあります」


 アーサーは相手が抜刀するまで一切、襲い掛かってくる気配を感じ取れなかった。それを相手が動くよりも先に行動できたのにはそういうカラクリがあったのだ。


「じゃあその能力でヴェルト派を一掃できるんじゃないか!? そうしたらフェルトさんだって楽になるはずだ」

「そんな事は分かっています。けれどたかがメイドの意見ですよ!? フェルディナント様やシルフィール様はともかく、他の人達は取り合ってくれません」

「ならせめて、あの宰相を返り討ちにするくらいは良いよな!? ヴェロニカさんに危害を加えてたのは俺が証言できるし、一人でも敵が減るならフェルトさんだって助かるだろ!?」

「……あれでも宰相です。私達メイドが逆らう訳にはいきません」

「でもやってるのは強姦だろ? 宰相とかそういうのは関係なく真っ黒じゃないのか? 迷惑をかけたくないのは分かるけど、それでもやっぱりシルフィーやフェルトさんに相談したら何とかなりそうなものだけど……」

「マルセル様はこれが初犯ではないんです。今まで何人ものメイドが彼に襲われています。それでも捕まらないのは、ヴェルンハルト様が証拠を握り潰しているからなんです。それを探して捕まえるとなると、それなりに大事(おおごと)になるでしょう。我々メイド一同はシルフィール様とフェルディナント様には大変良くしていただいています。これ以上お手を煩わせてしまう訳には参りません」

「……」


 何を言っても、ヴェロニカは襲い掛かる理不尽に抵抗しようとはしない。その行動がどんな結果をもたらすのかをよく考え、誰かに迷惑がかかるならすぐに飲み込んでしまう。おそらくヴェロニカは、その先で自身が命を落とすと知っていても躊躇う事はしないのだろう。

 その事実を目の当たりにして、アーサーは足を止めた。それにつられてヴェロニカも足を止めてアーサーの方を振り返る。


「アーサー様……?」

「……逃げるのは、もう止めだ」

「なっ……!?」


 いきなりそんな事を言い出すアーサーに、ヴェロニカは絶句する。


「なぜですか!? 人が多い所まで逃げれば彼らも追って来ません。もうすぐそこなんですよ!?」

「それで、今回逃げられても次はまた泣き寝入りか?」

「……っ」


 こんな良い人が、理不尽な目に遭っているのがどうしても許せなかった。ふざけた悪意に、彼女の善性が食い潰されるのが我慢ならなかった。

 そして今までの自分の行動を振り返り、自嘲気味に笑った。


「……ああ、本当にらしくなかった。何をお上品ぶってたんだか。たかが一国の時期国王候補に言われた程度で、はいそうですかって引き下がるなんてまったく俺らしくなかった。こんな状況を見過ごしてたら、それこそレインやビビに笑われる」

「一体、何を……」

「気が乗らないのは分かってる。でも協力してくれ、ヴェロニカさん」

(この人、急に雰囲気が……)


 さっきまでのどこか迷った表情ではない。何かを決意した強い眼差しで、アーサーはヴェロニカを見据えて言う。


「あなたの協力があれば、あのクソ野郎を捕まえられるんだ! もう誰も泣き寝入りなんかしないで済むように、俺に力を貸してくれ!!」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アレックスの疑問に、フィリップは答えなかった。代わりに小屋の入口から何人もの武装したエルフがなだれ込んでくる。当然、フィリップには銃口の一つも向いていない。


「銃で武装したエルフ……。これで確定だな。科学の武器、つまりテメェはフェルトさんの宰相でありながら、ヴェルト側だったって訳だ」

「……ヴェルト様からお前の抹殺命令が出ている。悪く思わないでくれ」

「……」


 アレックスは無抵抗だった。どのタイミングで引き金が引かれてミンチにされるか分かったものではないのに、そんな状況でアレックスは堂々と立っていた。いや、むしろそれしかできなかったのかもしれない。武器は既になく、まんまと罠にかかってしまったのだから。

 そんなアレックスに憐れむような目を向けながら、フィリップは申し訳なさそうに言った。


「最後に言いたい事があるなら聞いてやろう」

「そうか? じゃあお言葉に甘えて」


 けれどアレックスはこんな状況だというのに、おどけた調子でどこか勝ち誇った様子で言う。


「テメェの演技力は大したもんだったぜ? 実際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 言った瞬間だった。エルフ達がその言葉の意味について考える暇もなく、バジィ!! という音と共に小屋中に黄色い閃光が迸った。

 そしてアレックスは一歩も動かずに、自身の周りを包囲していたエルフを一人残らず昏倒させた。


「な、に……!?」

「『雷伝(らいでん)蜘蛛網(いかき)』。テメェらの周りに無数の雷伝を走らせたんだよ」


 アレックスは小屋に入ってただむやみやたらに動き回っていた訳ではない。小屋の中に人がいない事は事前に魔力感知で気付いていた。だから探すフリをして、『雷伝』に必要な魔力のスポットをいくつも作っていたのだ。そして取り囲まれた段階でそれを発動し、いくつものスポットを行き来する雷の網でエルフ達を一網打尽にしたという訳だ。


「お前……っ! いつから気付いていた!?」

「最初に俺に話しかけてきた時からだよ」


 その言葉になおも絶句するフィリップに構わず、アレックスは淡々とした口調で続ける。


「そもそも俺は極力死角になるような場所を選んで寝てたんだ。それをわざわざ探しに来るか? そもそも昨日来たばっかりの部外者である俺に人質解放なんていう重要な頼み事? はっ! 有り得ねえんだよ、そんなことは」

「くっ……!」

「残念だったな。俺はアーサーみてえに無条件に人を信じるほどお人好しじゃねえんだよ。次からは騙す相手は選ぶんだな」


 そうしてアレックスは悔しがるフィリップに前提条件から間違っていたと、親切にも教える。それは狙いを看破した余裕などではなく、ただの凱旋の一環として。


「さーて、と。テメェは当然フェルトさんに差し出すとして、とりあえず簡単な事情はここで聞かせて貰うぞ。どうしてフェルトさんを裏切ってヴェルト側についた?」

「……脅されていたんだ」


 ポツリと呟いた言葉は、穏やかなものではなかった。


「まだネスト様が健在だった頃、家族が重い病にかかったんだ。薬自体は『ポラリス王国』で買えたんだが、高すぎて手が出なかった。だから国の金を横領して……」

「つまりその不正をヴェルトに暴かれて、それを国王に言わない代わりに言いなりになってたって事か。まったくもってどうしようもねえな」

「……返す言葉も無い。だがあの時の私には金が必要だったんだ。あれ以外の方法では家族を救えなかった!」

「分かってるよ。だから別に責めてねえだろ」


 興奮するフィリップをなだめる目的で言い、アレックスは溜め息をついて続ける。


「つまり、いつもヴェルトの方が優位に立ってたのは、テメェが情報をリークしてたからだな? フェルトさんの宰相なら誰も疑いはしねえだろうし、誰よりも機密情報を知りやすいもんな」

「……その通りだ。汚い事をしていた自覚はある。それでも私にはこうする以外に道がなかった! こうしていなければ、今頃私の家族は死んでいたんだ!!」

「だが、テメェはテメェ自身がやった事の尻拭いを怠った。それが今回の事態を招いた事は自覚しとけよ」

「だったら……だったら私はどうすれば良かったんだ? どうやって生きていれば良かったんだ……? 家族を見捨てれば良かったのか!? それとも……!!」

「知るかよ、そんな事」


 懇願するようなフィリップの言葉に封じて、アレックスは吐き捨てるように言った。


「テメェ今何歳だ? エルフは見た目じゃ年齢が分からねえが、少なくとも見た目からだけでも俺より長く生きてんだろ。そんなヤツが一六年かそこらしか生きてねえ俺に、どうやって生きていけば良かったかなんて訊くんじゃねえ。目の前にある安易な答えなんかに逃げねえで、テメェ自身の足で、もう一度ゼロから探して来い!!」


 珍しく説教臭くなったアレックスは、フィリップの顔面に拳を叩き込んだ。

 その一撃で昏倒するに至ったフィリップの目から流れていた涙は、一体何のために流れていたものだったのだろうか。

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