62 アリエス王国の闇 Alex_Side.
アーサーが退出した後、アレックスは割とすぐに起き上がって言っていた通り中庭辺りをぶらぶらと目的もなく歩いていた。
中庭は噴水や名前も知らない花、観賞用植物やらで造形されていた。素人目に見ても中々のものだった。
(しっかし、昨日も思ったがでけえな。この城だけでうちの村くらいあるんじゃねえか?)
しかしアレックスはそんな事には構わない。所詮、彼は花より団子の少年なのだ。部屋から出てきたのだって、日の当たる庭でのんびりしたかったからだ。
(この国を出たら、いつまた面倒事に付き合わされるか分かったもんじゃねえしなあ……)
のんびりできる時にのんびりしておきたいという、そんな純粋な願望を果たすべく、芝生に寝転がって瞼を閉じる。
そうやって休息を満喫していると、芝生を踏みしめて近づいて来る足音が聞こえてきた。
「あの、すみません」
明らかに声をかけられたが、アレックスは無視して狸寝入りを続けた。中庭で寝ている事に注意勧告をしにきたのかもしれないが、せっかく休んでいるのに邪魔をされたくはない。
「アレックスさん、ですよね。シルフィール様が連れてきた人間の」
「……誰だよ、アンタ」
アレックスは忌々しげに舌打ちをして体を起こした。アレックスを見下ろしていたのは、まあ見た目では判断できないが比較的に若い見た目のエルフの男だった。
「私はフェルディナント様の宰相、フィリップ・クレべリンです」
「いや、俺はそっち方面に疎いし役職で言われても分かんねえよ。シルフィーとどういう関係なのかで説明してくれ」
「簡単に言うと、シルフィール様から見て上の兄の側近です」
「あー……なるほどな」
なんとなく、目の前の男の用事がなにか分かった。大方フェルトに何かを頼まれたのだろう。
正直言って面倒くさかったが、フェルトからの伝言だとすると無視する訳にもいかない。もしかしたらシルフィーに関わる事なのかもしれないのだから。
「で、俺に何の用だ?」
「手伝って頂きたい事があります」
嫌な予感しかしなかった。そもそも衛兵ではなく、部外者にわざわざ頼み事をしに来ている時点でロクな頼み事ではないと直感した。
「ある人達を助け出すのに、協力して下さい」
そう言われて、瞬間的に思った。
俺も面倒事に突っ込む事になったな、と。
(ああ……クソッたれ)
声にこそ出さなかったが、アレックスは空を仰いで内心で呟いた。
「……それって俺がやらなくちゃいけねえのか?」
「あなたでなければならないんです」
「なんで俺なんだ? そこら辺にいる衛兵にでも頼めよ」
「フェルト様が動けないからです」
フィリップはアレックスの質問を予測していたのか、流れるように答える。
「ヴェルト様がフェルト様の親しい人を捕らえ、王選を有利に進めようとしています。フェルト様は派手に動けず、衛兵も使えません。そんな時に現れたのがあなた達です。あなた達なら、何のしがらみもなく動けるのでしょう?」
「……まあ、こっちもシルフィーに頼まれたのに国を追い出される目に遭って不完全燃焼だったところだ。事情が事情だし、協力してやっても良い。だが一つ教えろ。この事をフェルトさんは知ってんのか?」
「……いえ、私の独断です」
「そうか、じゃあ案内しろ」
「協力してくれるのですか?」
「さっさと片付けて昼寝の続きをしてえからな」
そうと決めるとアレックスの行動は早い。さっと立ち上がるとフィリップの後をついていく。
フィリップが向かっているのは宮廷の北側、城下町とは反対方向にある森だった。
「この先に使われなくなった小屋があるんです。そこに捕まっている人達がいます」
そう言いながら森の中をずんずん進んでいく。アレックスには小屋など見えていないし、後方に見える城が無ければ自分がどこにいるかも分からなくなってしまうだろう。しかしフィリップには道の違いが分かっているのか、その歩みには迷いがなかった。
(……おかしい)
アレックスは順調な事に、逆に不安を感じていた。
フェルトを自由にさせないほどの人質。それはヴェルトに取ってかなり重要なカードのはずだ。それなのに宮廷からここまで、見張りどころか罠の一つもない。
「……おい、本当にこっちで合ってるのか?」
「道は間違っていませんよ。人間には生い茂った森の中を進むのは大変かもしれませんが、もう少し頑張って下さい」
「その前に、敵の戦力は把握してんのか? 無策で突っ込めるのは二人までだぞ」
「人数の把握はしていません。ですが二人、という事はないでしょう。もう少し多いはずです」
フィリップがそう言った瞬間、丁度アレックスの魔力感知が五つの魔力を感知した。フィリップの足を止めさせ、身を低くして茂みに隠れて様子を窺う。すると木を何本か挟んだ向こう側に、五人の銃で武装したエルフが通った。
(なんでエルフが銃なんかぶら下げてるんだ……? ……ああ、そういえばシルフィーがヴェルトは科学の力を国に引き込むつもりとか何とか言ってたな。つまりあれもその一環って事か?)
事情はどうあれ、さすがに銃で武装した数で勝る相手に正面から挑むほどアレックスは馬鹿ではない。息を殺したまま、エルフ達が通り過ぎるのをじっと待つ。
「はっ、はっくしょん!」
「……」
そう思っていたのだが、隣で同じようにじっとしていたフィリップが盛大にくしゃみをした。
アレックスがオイルの差していないロボットのような動作でフィリップの方に首を向けると、両手を合わせてはにかむような顔をしていた。……生まれて初めて、本物の殺意を抱いた気がした。
そしてその異常には当然エルフ達も気づいた。アレックス達の隠れる茂みに向かって銃口を向ける。
「クソッたれ!!」
アレックスは茂みから立ち上がると、エルフ達が銃弾を発射する前に『雷弾』で牽制しながら、フィリップを突き飛ばして木の影に身を隠す。そして望んでもいなかった銃撃戦が始まった。
「テメェは邪魔しに来たのか!? 死にたくなかったら最低限、自分の命くらいは守りやがれ!!」
「す、すまない」
情けないフィリップの姿に、軽く舌打ちする。
(くそっ、こいつは戦力にならねえし、連中は俺ばっかり狙ってやがる。こいつはいつでも殺せるからか!? なんにしてもこんな所で死んでたまるか!!)
「アレックスさん」
「なんだ!? この場面で口を開くって事は重要な事だよな!?」
「はい、彼らはおそらくヴェルト様の派閥です。それを教えておこうと思いまして」
「んなもん状況考えれば分かるわ! それよりも突破口を探しやがれ!!」
アレックスの『雷弾』の飛来速度は決して遅くないが、亜音速の銃弾には遠く及ばない。しかも敵は五人いるのに、こっちはお荷物抱えてたった一人。今は一方向から単純に撃たれているだけだからなんとかなっているが、囲まれでもしたらいよいよ打つ手がなくなる。
(ちくしょう、こんな時にアーサーがいれば。あの野郎、俺がこんな苦労してんのにフェルトさんと談笑してやがったら後で殴ってやる!)
本人のいない所でほとんど逆恨みに近い形で誓うアレックスだが、その視線の先で看過できないものを捉えた。
五人の中で一番後ろにいたエルフが何かの魔術を使っていた。大地が砕け、その砕けたものが魔法陣の上で三メートル以上はある巨人の姿を形成していく。
(『石人錬成』!? クソッたれ、錬成系の魔術師が混じってやがったのか。相性最悪じゃねえか!!)
『石人錬成』などの物体を操作したり、それを媒介にして別のものを生み出す魔術師を錬成師とも呼ぶ。そしてこの技術は『土』の魔力適正がなければ使えない。つまりアレックスの『雷』の魔力適正では相性が悪いのだ。
(……試すか)
しかしアレックスは焦っていなかった。こういう時の対処法は長老から学んでいたからだ。
その対処法とは、
(複合魔術だ。まだ上手くできる訳じゃねえが、言ってる場合じゃねえ。やらなきゃ殺られる!)
アレックスの魔力適正は三つ。いつも使っている『雷』と、ほとんど使っていない『光』と『闇』だ。
『光』と『闇』だけではそもそもの相性が悪すぎて、アレックスの腕では複合できない。となれば残る選択肢は三つ。『雷』と『光』か『雷』と『闇』、あるいはその全てを合わせるかだ。
アレックスがその中から選択したのは。
「おい、俺はちょっと出てきてあいつらを倒して来る。身を低くして流れ弾にだけ気をつけてろ」
一方的に言って、返事も待たず木の影から銃弾の嵐の中へ身を投げ出す。
かといって、何も考えず無謀に飛び出した訳ではない。アレックスの体は雷を纏っていた。お馴染みの身体強化の魔術、『纏雷』を使用している。
しかし、いつもと違う事が一つ。アレックスの体が発していたのは雷だけではなく、眩い光も同時に纏っていたのだ。
「『雷光纏壮』」
呟いた瞬間、アレックスの体が消えた。
おそらくその現象が起きるまで、瞬きをする余裕すらなかっただろう。フィリップが木の影から顔を覗かせた時には、四人のエルフがすでに倒れていた。
『雷光纏壮』は『纏雷』を応用した複合魔術で、効果時間は一秒もないが、使用中は本物の雷と同じ速度で動く事ができる。一秒程度しか使えないのはアレックスの技術が足らないのではなく、ただ単に雷速に体が耐えられないからだ。
そうしてアレックスが最後の一人、ゴーレムを従える錬成師の前に立つ。
「これでテメェを守るもんは何もねえ。ゴーレムを解体して投降するなら殴るだけで勘弁してやるが……どうだ?」
その答えには、ゴーレムの拳が飛んできた。
「……ま、そりゃそうだよな」
対してアレックスは逃げなかった。
今度は黒い雷を体に纏い、ゴーレムの腕の下を潜り抜けるようにして肉薄すると、剣を横薙ぎに払う。
「『魔纏咬牙』!!」
まるで巨大なハンマーで殴られたみたいに、ゴーレムの体はバラバラになりながら宙を舞って吹き飛んだ。そしてアレックスは無防備になった錬成師のエルフを殴り飛ばして昏倒させる。
「おい、終わったぞ」
未だに隠れるフィリップに声をかけてから、アレックスは自分の剣の状態を見て舌打ちした。長らく愛用してきた剣は、今の一撃のせいで修復不可能なレベルで破損していた。またこの剣を使いたいなら一度溶かして打ち直さなければならないだろう。
(だから『魔纏咬牙』は使いたくなかったんだが……まあ仕方ねえか。随分長いこと使ってたし、変え時って事だろ)
フィリップが追い付いてきたので、アレックスは諦めて剣を鞘にしまった。
「お見事でした」
「うるせえ。さっさと案内しろ」
小屋を守っていたのがあの五人だけとは到底思えない。アレックスは魔力感知を使いながらフィリップの後をついていく。
そうしてしばらく何事もなく歩いていくと、フィリップの言っていた通り小屋が見えてきた。中にいる可能性はあるが、その周辺にはエルフの姿はない。アレックスは一先ず魔力感知を切ってふっと息をつく。
「あの小屋の中か?」
「はい、そうです」
フィリップは別段警戒する素振りもなく、小屋に近付いて行く。設置型の魔術がある可能性も危惧していたが、それも杞憂に終わった。アレックス達は小屋の入口の前に立つ。
「……開けますよ。良いですね?」
「ああ」
アレックスに確認を取って、フィリップは勢い良く扉を開け放つ。
そして、そこにあったのは……。
「誰も……いない……?」
そう。人質になっている人達どころか、見張りの一人すらいない。
アレックスは小屋の中に踏み込み、手当たり次第に物をどかして隠し扉や地下室への扉なんかを探したが、そんなものはどこにもなかった。そもそも床や置いてある物には埃が積もっていて、長い間人の出入りすらないようだった。
「……いくつか確認したい事があるんだがよお」
そして、アレックスは小屋に入ってから一言も発さず、ずっと入口の前で立っている男へとゆっくり視線を移す。
「ここには本当に人質なんていたのか? そもそもテメェはどっち側だ!?」




