61 アリエス王国の闇 Arthur_Side.
昨夜は色々とあったが、久しぶりのベッドは天国のようだった。アーサーの方は相変わらずの不眠症で大して眠れなかったが、それでも目を瞑っているだけである程度の疲れは抜けたような気がした。
アーサーは外が明るくなってきた所で起き上がる。そしてすぐに隣を確認すると、昨夜遅くに帰って来たアレックスはまだ眠っていた。
朝ごはんを食べるにも時間が早いので、アーサーはなるべく音を立てないように荷物の整理をする。特に『モルデュール』は生命線なので、昨日使った分はきっちりと補充しておく。
そんな作業をしていると、ふいにドアをノックされた。アーサーは返事もせずにドアを開くと、そこには見慣れた顔が揃っていた。
「おはよう、アーサー」
「おはよ」
「おはようございます」
「おはよう。みんなしてこんな朝早くからどうしたんだ?」
アーサーは軽く挨拶を返して、訪ねてきた理由を問う。それにはシルフィーが答えてくれた。
「今日が皆さんといられる最後ですし、私達は城下町に行きたいと思います。アーサーさん達はどうしますか?」
そう訊かれて、アーサーは思わず結祈の方を見た。昨晩の疑問、それについて出した答えを確認するように。
結祈は何も言わない代わりに、微笑んでいた。まるでそう決めると知っていたかのように、柔和な笑みを浮かべていた。
それで最後の決意ができたアーサーは浅く息を吐いて、
「せっかくだけど遠慮するよ。女子三人水入らずで楽しんできてくれ。それで、できればフェルトさんと話したいんだけど、どこに行けば会えるとかあるか?」
そう言うとシルフィーは少し驚いた顔をしたが、すぐに答えた。
「それでしたら昨日の会議室にいると思います。ですが急いだ方が良いです。フェルトお兄様はあと四〇分程で会議だったはずですから、それまでに会わないと部屋が閉じられて、今日はもう会えなくなるかもしれません」
「わかった」
それから三人を見送り、未だにベッドの上で横になっているアレックスに声をかける。
「おい、アレックス。起きてるんだろ?」
「……んだよ。こっちは眠いんだよ」
「話は聞いてたよな。アレックスはどうする? 一緒に来るか?」
「パスだ。わざわざ俺が付いてく理由はねえだろ。堅苦しい話になるならそこら辺を適当をぶらぶらしてた方がマシだ」
「そうか、じゃあまたあとで」
言いつつもベッドから起き上がらないアレックスを残して、アーサーは廊下へと出る。しかし廊下に出てしばらく歩くと、アーサーは不意に立ち止まった。
目指す場所は分かっている。昨日苦渋をなめたフェルトのいる部屋だ。今更、行くことに躊躇している訳ではない。けれど根本的な問題が一つ。
「さて、と。とりあえず昨日の部屋ってどこだったっけ?」
そもそも屋内に慣れていないアーサーが、昨日初めて来たばかりの城の道を全て把握できている訳がない。
微かな記憶を頼りにしばらく歩いてみたが、目的地に近づいているのか遠のいているのかも分からなくなってくる。
(大きい扉だったはずだから、歩いてればその内見つかるとは思うけど……)
と思いつつも、アーサーが手をかけたのはごく普通サイズの扉のドアノブだった。
「それじゃ面白くないから近道を探してみよう! もしかしたら隠し通路とか面白い部屋に当たるかもしれないし!」
いくら客人でもやったら平気で捕まりそうな事にチャレンジする。物は壊すな、と言われたこと以外でスレスレの事柄に挑戦し、軽い反抗心を燃やす。
「さあアーサー選手、最初の扉開けですドーンッ!」
そうして元気良く扉を開けてすぐに、アーサーはその扉を即座に閉めたい衝動に駆られた。
部屋の状況は真っ暗で、二人のエルフがいた。
そこまでは良い。こんな朝っぱらから真っ暗な部屋に二人でいる時点で普通ではないかもしれないが、そこはあえて無視する。問題はその先だ。
その部屋では昨日も廊下で何度か見たメイド服に身を包んだエルフの女性が、キラキラとした趣味の悪い衣装を着ているエルフに地面に押さえつけられていて、今まさにそのメイド服が剥ぎ取られようとしているところだった。
「……えっと、一応訊くけどこれどういう状況? お邪魔しましたって見ないふりして出てった方が良い感じ? それとも何してるんだクソ野郎って殴り飛ばした方が良い感じ?」
固まった空気の中で、一番最初に言葉を発したのはアーサーだった。とりあえず勘違いで男に殴りかからないように、簡単な状況確認から始める事にする。
「誰だ貴様? さっさと扉を閉めて失せろ!」
「た、たすけて……っ!!」
「オーケーやっぱりそういう胸糞悪い状況なんだなよしぶっ飛べクソ野郎!!」
確認しようがしまいが結果は変わらなかった。アーサーは固く握りしめた拳を、メイド服の女性の上に馬乗りになっている男に向かって躊躇なく振るった。
一発で吹き飛んだ男には見向きもせず、メイド服の女性の手を取って引っ張るようにして立たせると、すぐに入ってきた扉から廊下に出て部屋から離れる。
「おい、アンタ。大丈夫か?」
「はい……。ですがあなたは? この時間、ここは誰も通らないはずなのに……」
「部外者って訳じゃないから安心してくれ。簡単に言うとシルフィーの友達かな。とりあえず衛兵に通報……いや、いっそフェルトさんの所に行った方が早いか……?」
「そっ、それは困ります!」
メイドの女性はアーサーの手を振り解き、足を止めて睨みつけるような目で見てくる。
「助けを求めておいて言うのもあれですけど、あなたは誰を殴り飛ばしたのか分かっているのですか!?」
「……変態オヤジ?」
「馬鹿なんですかあなたは!!」
「えぇー……。そもそもなんでそんなに怒ってるんだ? クソ野郎は殴り飛ばされて、危機的状況で救われたメイドさんは俺に抱きついてハッピーエンドじゃないの??」
「シルフィール様は交友関係を間違われたのでは!?」
とはいえ、さすがに助けて貰った人に対して怒鳴ってばかりなのは失礼だと感じたのか、メイド服の女性はわざとらしく咳払いをして呼吸を落ち着かせてから続ける。
「……良いですか。あの人はヴェルンハルト様の宰相、マルセル・グラネルトなんです」
「宰相……?」
聞きなれない単語にアーサーは首を傾げる。
「そういった役職を言われてもよく分からないから、シルフィーとどういう関係なのかで説明してくれないか?」
「簡単に言うと、シルフィール様から見て下の兄の側近です」
「あー……なるほどね」
宰相、というのがどれほどの権限を持っているのかは分からなかったが、偉い役職だというのは伝わった。
つまり、ここでフェルトに告げ口してもシラを切り通される可能性が高い。むしろ言いがかりをつけたとして、フェルトの立場が危ぶまれる可能性すらある。
「つまり、あんたはフェルトさんに迷惑をかけたくない訳だ」
「はい、その通りです」
「じゃあせめて、人のいる安全な場所まで一緒に行こう。さすがに言い訳のできないくらい人がいれば、あの変態オヤジも諦めるだろ」
消極的だが、とりあえず今はメイド服の女性の安全確保を最優先する。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。俺はアーサー・レンフィールド。アーサーで良いよ。あんたは?」
「……この状況で自己紹介とは、能天気なのか肝が据わっているのか……」
メイド服の女性は呆れたように溜め息をついてから、
「この宮廷でメイド長を務めている、ヴェロニカ・フィンブルです。お呼びの際はヴェロニカで構いません。敬語も不要です」
「敬語はともかく、さすがにさんくらいは付けるよ。でもあれ? フィンブルってシルフィーと同じ??」
「ここで働くメイドの多くは元々孤児です。戦後、国内に溢れた孤児を減らす目的で先代国王のネスト様がそのような政策を施したようで、その時にメイド達もフィンブルの銘を名乗るように施行したらしいです。そのおかげでこの国には孤児はいません」
先代国王、つまりシルフィー達の父親がどのような人物だったのか、アーサーには分からない。けれど孤児にメイドという仕事を与えて宮廷に招き入れ、同じ姓を名乗らせて家族扱いするくらいだ。人並みには優しい人物だったのだろう。少なくとも、自分の利益のために他の誰かを犠牲にするような人ではなかったのではないかと思った。
(つまり、フェルトさんは……)
何か明確な答えが出そうだったその時、前にある角から剣を持った衛兵の男のエルフが現れた。
「ナイスタイミング! あの人にも同行を頼めば十分以上に安全って言える!!」
「っ!? 違います、アーサー様! その人は……ッ!!」
さっそく衛兵に同行してもらおうと駆け寄るアーサーに、ヴェロニカが追い詰められているような声音で叫んだ。
その声にアーサーがヴェロニカの方を振り返ったその瞬間、衛兵のエルフは素早くアーサーとの距離を詰め、腰に差していた剣を引き抜き、それを振るう。その線上にはアーサーの首があった。
「……え」
あまりにも突然の事に、体が硬直したように動かない。けれど時間は無慈悲に過ぎていく。
そして、アーサーの首に凶刃が迫る。
ありがとうございます。
タイトル通り、今回はアーサーサイドの話でした。次回はアレックスサイドの話になります。