19 新たな出会い
ビビに誓いを立てた二人の少年は、当初の目的通り再び『タウロス王国』を目指して歩き出した。
その道中でアーサーは思い出したように呟く。
「人間は魔族を嫌っていて、魔族は人間を見下していて、でも中には俺達やビビみたいな例外もいる。じゃあ向こうのトップの魔王はどう考えてるのかなあ……」
「知るかよ。それこそ直接会わねえと分からねえだろ」
「直接、か……」
アーサーは手の中にあるビビの形見のロケットに視線を落として言った。
「じゃあ俺達の旅の当面の目標は魔王にしよう。どっちみちこれを届けるために『魔族領』には行かなくちゃいけない訳だし」
ビビの母親と会うのはそれからにしようと、アーサーはロケットを握り締める。
「お前正気か? こっちから魔王に会いに行くなんて死にに行くようなもんだぜ」
「嫌なら付いてこなくても良いぞ。俺はビビとの約束を守る」
「……別に行かねえとは言ってねえ」
「相変わらず素直じゃないよね、アレックスは。なんだかんだ言って最終的には付いて来てくれるんだからさ」
「うるせえ、俺だってビビとの約束を反故にする気はねえんだよ」
わいわい喚きながらもどこか寂しさを感じるのは仕方がないだろう。元々は二人から始まった旅とはいえ、ビビのいた時の賑やかさに慣れてしまうとどこか物足りなさを感じてしまうのだ。
「……そういえば『タウロス王国』には国の目玉の闘技大会があるらしいぜ。『魔族領』に付いて行っても良いっていう物好きがいるなら仲間になっても良いかもな」
「まあそんな人がいればね」
そうこう言ってる内に新しい町へと辿り着いた。今回は特に警戒する事もなく堂々と町に入って行く。すでに『タウロス王国』に近付いているからか、その町は『魔族領』の近くにあった町とは比べ物にならないくらいに賑わっていた。
今度こそ食料を買わなくてはならない二人は目移りしている場合ではないのだが、肉の焼ける音や匂いが二人を誘惑する。
「やべえ……。すごい美味そうだぜどうしようアーサー」
「落ち着いて欲求を抑えろ。必要最低限のものを買ったら余った金で買って良いから。というか本格的にこれからどうしよう? 何らかの方法でお金を稼がないと、とてもじゃないけど『魔族領』まで持たないぞ??」
「細けえ事は後で考えようぜ。さっさと飯が食いてえ」
「アレックスって食べ物が絡むと本当ダメになるよね。そのうち美味い物で釣られたりしないか心配だよ」
とは言ったものの、普段からあまり食に関心のないアーサーですら目移りしてしまうほどの飲食店の数だ。美味い物に目が無いアレックスに我慢しろというのは酷な事だと流石のアーサーでも思う。
そんな時、ふと目の前に奇妙なものが移った。二人の歩く先に、黒い服に身を包んだ人がうつ伏せで倒れていたのだ。
「……アレックス」
「言うなよ」
「なんか人が倒れてるんだけど」
「言いやがったよこいつ! 人の流れをよく見ろよ。みんなあそこだけ巨大な水溜まりがあるみたいに避けてやがる。もしかしたらあれはこの町の伝統的な文化で触れないのが正解かもしれねえ。郷に入っては郷に従えだ。俺達も無視して……っておい!」
アーサーは口うるさいアレックスを無視してうつ伏せに倒れている誰かに近付いて屈む。
近くでみると遠目で見たよりも本当に黒かった。下から黒い靴に膝の上まである黒い二―ソックス、黒いショートパンツに上着にぶかぶかの黒いパーカー。おまけに手まで黒い指ぬきグローブがしてあるときた。ここまで来るといっそ清々しい程にこだわりを感じてしまう。
『ゾディアック』では国によって服装が少し異なる。それはそれぞれの国で住みやすいように作られた物だからで、実際に畑仕事や自営業の多い『ジェミニ公国』でのアーサーやアレックスの服装は丈夫で動きやすい事が前提で作られている物だ。それに比べて目の前の誰かの服装は『ジェミニ公国』には合っていなかった。衣服にあまり詳しくないアーサーでも、倒れている誰かが来ている服装は『ポラリス王国』や『リブラ王国』などの『魔族領』側の生活水準の高い人達の服装だと分かった。
「おいアンタ、大丈夫か?」
パーカーのフードを被っているために表情が知れない。かといって勝手にフードを取ってしまうのも躊躇われた。倒れている人を急に動かすと危険だという知識もあったので、とりあえず軽く肩を叩いて耳元で呼びかける。
するとあっさりするほど反応があった。もぞもぞと動き出すと死にかかっているような素振りでゆっくりと口を動かす。
「……お」
「「お?」」
ようやく発せられた言葉。二人は次の言葉を聞き落とさないようにじっと耳を澄ませて次の言葉を待つ。
すると。
「お腹空いた……」
がくっと、思わず二人は脱力した。
何かの病気か怪我かと思ったらただの空腹。二人が脱力してしまうのも無理はないだろう。
アレックスは心底呆れたように溜め息をついて、
「構わず行こうぜ。こんなのに構ってたらきりがねえ」
正直うんざりしていた。
そもそもの話、空腹で行き倒れた人に食料を買ってあげる余裕があるならすでに買っている。ただでさえ金がないのに目の前の誰かにたかられたら厄介だと思い、アレックスは早々に離れようとした。
しかし、彼には唯一の誤算があった。
それは彼の隣にはそういったものを見捨てる事のできない馬鹿がいたということだ。
「よいしょっと。おい、大丈夫か? とりあえずどっか入るけど、何か食いたいものとかあるか?」
その馬鹿は躊躇する事なく見ず知らず誰かを背におぶったのだ。華奢な体が残り少ない力でアーサーの背中にしがみつく。
こうなってはもうアレックスに選択の余地はなかった。手近な店に向かって行くアーサーの後ろを結局付いていくアレックス。
最後に負け惜しみとばかりに一言。
「なんでわざわざ面倒事に首を突っ込むかなあテメェは!!」
◇◇◇◇◇◇◇
お店に入ったアーサー達は、一言も喋る余裕の無い目の前でテーブルに突っ伏して座る誰かの代わりに注文する事になった。お金もほとんど残っていなかったので、味よりも安くて量のあるものを選んでいく。
定員を呼んで空腹のお腹に優しいスープにヘルシーな野菜と、ガッツリと食べられる細かく切った鳥肉と濃そうなタレを混ぜた丼を頼む。
「後は俺達用に……牛乳付きシリアル? とかってのをお願いします。あ、できれば同時に持って来て貰えますか?」
「かしこまりました」
一礼してから厨房に行く店員を見送ってから、アレックスは思い出したように言う。
「あれ? 俺達の飯質素じゃね???」
「そりゃそうだろ。元気な二人とグロッキーが一人なんだから。それにシリアルって気にならない? 『ポラリス王国』の食べ物らしいけど、なんか絵だとおやつみたいでさ」
「俺はおやつじゃなくてガッツリ食いたかったんだけどなあー!」
しかしあれだけ注文した後に再び店員を呼んで注文する勇気も経済力もなかった。親の仇のようにアーサーを睨みつけながら、いつか絶対に行動の主導権を握ってやると心に誓う。
そんなアレックスの心境など知らないアーサーがわくわくしながら料理を待つこと数分、頼んだ通りに全ての料理が同時に来た。
そこに至り、ようやく目の前の誰かが顔を上げてフードを取った。
見た目からアーサーとアレックスよりも年下の、一四歳ほどの少女だった。
その少女の顔付きは真っ黒な容姿とは対照的に煌びやかなものだった。肩よりも少し長いさらさらの金髪に、色白の肌。これまた金色の瞳は空腹のはずなのに強い意志が感じられるものだった。
その少女が背筋を伸ばして姿勢を正すと、テーブルにぶつからない程度に頭を下げた。
「危ない所をありがとうございました」
出てきたのは感謝の言葉だった。
先程までの態度とのギャップに少し笑いながら、アーサーは答える。
「そういうのは後で良いから、冷めない内に食べてくれ。俺の方もシリアルが気になるし」
アーサーが言うと少女は頷いて、目の前のスープに手を伸ばす。
それに合わせてアーサーとアレックスも牛乳付きシリアルを食べる。
「うーん、悪くない、というか美味いなこれ。お手軽だしカロリーチャージの次くらいに気に入りそうかも」
「何でテメェはそこまでストイックな食生活を送ろうとするんだ?」
それからはあまり会話は無かった。三人ともそれぞれのご飯を黙々と食べ続ける。
完食まで五分とかからなかった。特に少女はあれだけのメニューを、後半はほとんど飲むだけだったアーサーとアレックスと同じ時間で完食したのだから、よほど空腹だったのだろう。綺麗に平らげてからようやく口を開く。
「ごちそうさま。本当にありがとう。それからご迷惑をおかけしてすみません」
「別に良いよ。むしろ怪我とか変な病気とかじゃなくて良かったよ。そっちだったら助けたくても助けられなかったから」
少し悲しそうな顔をしながら言ったアーサーのそれは、偽りの無い本音だった。
今回助けたのは元来のアーサーの性格の部分もあるだろうが、その理由の大半はビビの件があった手前、同じように無力感に晒されるのが嫌だったからだろう。アーサー自身もその事は理解していた。
ありがとうございます。
前回までが前回までだったので、今回は普通の明るめの話にしたつもりです。まあ、何話か先でも流血は予定してるんだけどね!