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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二章 奪われた者達と幸せな贈り物
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17 理解はできない

 小屋の外、アーサーとアレックスは無人の家の爆破を延々と続けていた。


「おいアーサー、これじゃあテロリストと大差ねえぞ。いつまで続けるんだ!?」

「いいから次を教えろ。向こうがビビの居場所を教えるまで続ける」

「マジかよ……。妹分を誘拐されたとはいえ、普通町まで焼くか? どんどん思考が野蛮になってる気がするぜ」

「こっちは家族を取られてるんだ、こう見えても腸が煮えくり返りそうなんだよ。家が焼かれた程度で喚かないだろ。命があるだけありがたいと思え!!」


 言いながら、流れ作業のように『モルデュール』を投げ続ける。


「異常者街道まっしぐらだな……」


 アレックスの呟きを聞こえないフリをしてやり過ごしていると、ようやく男二人と女一人が二人の前に現れた。

 アーサーとアレックス、二人はそれぞれ『モルデュール』と長剣の柄を手に握る。


「……もう止めてくれ」


 けれど出てきた言葉は単なる懇願だった。

 それは想像していたような敵意をむき出しにしたものとはまるで違った。

 その言葉と行動に、アーサーは本当に自分の頭の血管がブチ切れるかと思った。


「……違うだろ。それを言うのはお前らじゃないだろ!! まずはビビを返してからだ、それまで交渉なんかできないッッッ!!!!!!」

「魔族の少女なら向こうの小屋にいる。連れ帰るなら勝手にしてくれ」

「連れ帰るなら勝手にしてくれ? 人の妹を誘拐しといて、連れ帰るなら勝手にしてくれだと!? ふざけるな!!」


 感情のままに手にしていた『モルデュール』を地面に叩きつける。

 アーサーは荒くなった呼吸を落ち着けると、ビビがいるという小屋へ歩き出す。

 二人の男と一人の女とすれ違うまで、目も合わせず一言も発する事はなかった。


「……良いのか?」

「良い訳ない。でも今は何よりビビが優先だ。次どこかで会ったら顔が腫れるまで殴ってやる」


 言いながら駆け足で小屋を探す。しかしそんな心配をする事なく目立った小屋は一つしかなかった。

 小屋に近づいて軽く扉を押すと簡単に動いた。幸い扉には鍵はかかっていなかったらしい。


「……入るぞ」


 一気に扉を開けて小屋に入った瞬間、二人が思った事はそれぞれ違った。

 アーサーは今自分が見ているものが本当に現実かどうかを本気で疑った。

 アレックスは何の心の準備もさせずにアーサーに扉を開けさせた事を死ぬほど後悔した。

 目の前に広がる光景がアーサーの頭を埋め尽くす。


 床の上に広がる赤い池の周辺には足が二本、それぞれボロ雑巾みたいにされて捨てられており、その近くには全ての関節が有り得ない方向に向いている左腕が落ちていた。今もなお赤い池を広げ続けている少女は壁に寄り掛かったままぐったりとしており、片方の瞳からは赤い血が流れている。胴体は刃物で何度刺されたのかは分からないほどボロボロになった服が真っ赤に染まっていて、ボサボサになった髪で隠れた隙間から見える表情は子供が乱暴に使って壊れた人形のようにおよそ生気というものが感じられず、浅い呼吸はしているのか等間隔でゴプリとドロドロしたものが胸の傷口と口の端から流r


「あ、ああっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」


 気付いた時には、アーサーは叫んでいた。

 ビビが攫われた時点である程度の暴力が振るわれている事は想像していた。それでもそんなに酷いとは思わなかった。早く救出すればある程度の傷で済んでいると思っていた。

 それなのに目の前に広がる光景は何だ?

 そこには尊厳なんてものも命に対する最低限の礼節もない、ただただ一方的に暴力の限りを尽くされた現場だった。


「……ッ!? 危ねえアーサー!!」


 すぐさまビビに駆け寄ろうと一歩踏み出したアーサーの服を、アレックスが後ろから思いっきり引っ張る。急に進もうと思った方とは逆方向に引っ張られたものだからアーサーはそのままの勢いで尻餅を着いてしまう

 アレックスに抗議の声を上げようとするが、その前に変化があった。アーサーが先ほど立っていた位置に血がこびり付いたナイフがあった。ビビしか見えてなかったアーサーは、アレックスに引っ張られていなかったら簡単に殺されていたであろう事が容易に想像できた。


「すぐ立ちやがれ! 敵がナイフだけなら距離取って魔術を打ち込めば終わりだ!」

「でもビビが!!」

「だからこそだ! まずあいつをどうにかしねえと何もできねえだろ!」


 アレックスの言ってる事は正しい、それは理解していた。

 それでも。


「……いやだ」

「はあ!?」

「ここは退かない。あんなビビを置いたまま引き下がってたまるか!! 出て来い卑怯者。俺の妹を返しやがれ!!」


 その叫びが通じたのかは分からない。男はナイフを持ったまま壁の死角から扉を通って外へと出て来た。


「卑怯者、か。お前らに言われるとは心外だな。アーサー・レンフィールド、アレックス・ウィンターソン」

「そのナイフの血は誰のものだ?」

「俺がお前らを知っている事には無関心か」

「言わなくて良い、それはビビの血だろ。覚悟しろ、次に血を流すのはお前だぞ」

「まあ知らないよな、お前らは他人とは関わりを持とうとしなかったもんな。だからといって魔族に加担するのは見過ごせない」

「人の家族に手を出したらどうなるか教えてやる」

「あの魔族と一緒に殺してやろう」


 拳を握り占めたアーサーと、ナイフを構えた男が攻撃に移ったのはほぼ同時だった。

 アーサーは右拳を引き絞り、男はナイフを横に振るう。アーサー左腕を顔を覆うように出してナイフを受ける。深手にはならなかったがナイフは左腕の切り裂いて鮮血を撒き散らす。アーサーに傷を付けたのがよほど嬉しいのか、男は口を醜悪に歪めた。

 それをアーサーは見逃さなかった。その一瞬の油断、ナイフを持って振られた手に向かって溜めていた拳を解き放つ。


「……っ!!」


 ナイフが地面を転がり、一転して男の顔が苦痛に染まる。いちいち感情が顔に出るムラのある戦いをする相手に、長老と戦闘経験を積み重ねてきたアーサーが負ける理由などなかった。

 懐に一歩踏み込み、左手で繰り出すアッパーカットを的確に顎へと命中させて男を吹き飛ばす。


「……ふざけやがって」


 だがそれでも、アーサーの表情が晴れる事はなかった。


「ちくしょう……。ビビをあんな目に遭わせやがって。お前のどこが魔族と違うって言うんだ!? ビビがッ!!!! お前に何をしたっていうんだッッッ!!!!!!」

「……ふ、ふふ」


 しかしアーサーの怒声を正面から受けて、男は不気味に笑うだけだった。


「ああそうか、先日、魔族に襲撃された時にお前らはいなかったから分からないだろうな」

「な、に……?」


 怪訝な顔をするアーサーに対して、男は憤怒の形相で叫ぶ。


「お前らの事はずっと嫌いだった。いつも適当に生きてふざけてばかりのお前らが、お前らこそがあの時死ぬべきだったんだ! なのにお前らはあの場にいすらしなかった!! ふざけるな! そんな事が許されるか!! なぜ俺の妻と娘だったんだ!? なぜお前らじゃなかったんだ!!」


 アーサーとアレックスがその中級魔族を倒した事を知らない男は、そんな無責任な事を言う。

 アーサーがアレックスがアンナと合流した時、目の前の男は生き残った村人の集まりにいなかった。あそこにいないのなら魔族と戦って死んでいたはずなのに、目の前の男はこんな辺境の町にいる。

 つまり、逃げたのだ。妻子を殺されて、目の前の男は戦おうともせず一目散に逃げたのだ。


「……お前だって逃げたんだろ。敵討ちをしようとも思わず、我が身可愛さで逃げたんだろうが!!」

「逃げた? 違うね。あれは一時撤退だ。あんな化物に俺が勝てる訳ないだろ」

「それを逃げたって言うんだよ、この卑怯者が!!」

「卑怯者? 卑怯者と言ったのか!? あの場にいなかったお前らがこの俺に!? ははっ、これは傑作だ。ああ、やっぱりお前らをここで殺そうとした俺の判断は間違ってなかった!」

「……なんだって?」


 聞き捨てならない台詞が男の口から吐き出された。

 アーサーは呆然とした調子で訊き返す。


「俺達を、殺そうとしただって……?」

「ああ、だからここまでやった。貴様らのような害虫は駆除しなきゃならないだろう?」

「じゃあお前は、俺達を殺すためにビビをあんな目に遭わせたのか!? たったそれだけのために!?」

「ビビ? ああ、あの魔族か。別に、全部ただの偶然だよ。そもそも勝てないのに魔族に復讐しようと思って訳じゃないし、ずっとお前らに何かをしようと思ってた訳でも無い。ただ魔族を連れたお前らが目の前に現れたから丁度良いと思っただけだ」


 その言葉で、アーサーの感情に変化があった。

 狂ってる、とそう思った。

 支離滅裂な事を言う目の前の男に怒りはある、けれど得体の知れない何かに対峙しているような気味の悪い感覚を覚え始めていた。


「罪のない魔族を殺そうとした事に、何の躊躇もなかったのか……?」

「魔族は俺の大事なものを奪ったんだ。それであの魔族を殺すのには十分な理由だろ」


 頭が追い付かなかった。

 目の前の男は家族を殺された事で何か大切なものを失ったのだろう。家族を失う事で生きる意味を見出したアーサーとは別の方向へ進んだ誰か。だからアーサーには男の言い分を理解する事なんてできなかった。


「分からない……俺にはそれが分からないんだよ。なんで魔族ってだけでそこまで残酷になれるんだ? 一瞬でも自分の家族の顔が浮かばなかったのか!?」

「……浮かんださ。そいつを殴る度に、魔族に殺された妻子の顔がチラついたさ!! ……妻は優しくて料理が上手い俺の自慢だった。子供の頃からずっと好きで、プロポーズを受けて貰えた時の喜びは今でも覚えてる。娘は今月で六歳になるはずだった。内向的で外に出るといつも妻の服の裾を掴んでいたが、その仕草すらも可愛くて仕方がなかった。……これからだったんだ、あの子の未来はこれからだったんだ! まだまだ楽しい事を色々やらしてやりたかった! なのにその全てをヤツらが奪い去ったんだ!! だったら俺だって奪って良いだろう!? それくらいの権利はあってもいいだろう!? だからそれを思い知らせてやりたかった。あれの原型も残らないくらいグチャグチャにしてあれの親に送り返したかった!! 俺の苦しみの片鱗を魔族のヤツに教えてやりたかったんだッッッ!!!!!!」


 男の心の叫びを聞いて、アーサーはいっそ同情の色すら込めて男を見る。


「……俺にはやっぱり分からないよ。例えばお前の妻子が隣の家のやつに殺されたとしたら、お前はそいつの家を焼いて、その家族を惨殺するんだろうな。お前はそういう事をする人間なんだろう。でもさ、そいつが人間だからって人間全員を殺そうとはしないだろ? 魔族だって同じなんだ。家族を殺された怒りや悲しみは、お前のものとは別物だろうけど多少は理解はできるよ。でもお前の家族を殺したやつとビビには何の関係もないんだ。お前がやってるのはただの八つ当たりだよ。お前は自分の勝手な都合で、何の罪も無い誰かの家族の命を奪おうとしたんだ! それはどんな理由があっても正当化される事じゃない。お前がやってるのは自分のやられた事を赤の他人にしてるだけだ!!」


 一瞬、目の前の男はたじろいだ。きっと理性の部分ではアーサーの言い分を理解しているのだろう。けれど彼の本能が、怒りが、アーサーの言葉を受け入れる事を拒否していた。


「……うるせえよ。お前、『魔族信者』か何かか? 俺の家族を奪ったのは魔族だ! だから俺は殺すんだよ!!」

「……そうかよ」


 言葉が届かないのは分かった。

 だから代わりに拳を握り締める。


「だったらお前がやられても文句は言うなよ」


 そこには武器も魔術もなかった。

 ただ二人の男の拳が交差する。

 それを最後に、両者の道は永遠に違えた。

前回から引き続き、グロテスクな描写がありました。不快な思いをさせていたらすみません。

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