003
グレンデルの国では、
先王様の代で認められていた。ノワールの素性が、
現在の国王の方針で、事実上、非公認となっている。
現在の国王の子供は、
『嫡男アンブル・グロウと、長女ブランシュ・トゥインクーの、
2人のみである』と、現在の国王が言い張るので、
ノワールが、王族の血族である事を認識している者は少ない。
その為に、兵士達は素顔のノワールを目の当たりにして、
ざわついていた。
日の光を結晶化した様な亜麻色の髪を持った。
淡い色のドレスが似合う。「白き姫君」と呼ばれる「ブランシュ」。
グレンデルの国内では、数少ない。未知の能力を使う者。
焦げ茶色の髪と、黒一色の服装で、闇を連想させる。
「黒き魔女」と呼ばれる「ノワール」。
この二人の顔立ちは、見間違える程ではないモノの、似ている。
と、言う事は・・・
結果的に、ノワールの顔が、王族特有の目鼻立ちであると言う事。
王族の血縁者である事を指し示す。
今の今まで、ノワールを余所者扱いして、ノワールに対して、
良い対応をしていなかった者達を中心に、動揺が走る中、
ブランシュが『着替えてくれないのなら、それでもよろしくてよ、
さぁ~、花畑へ、まいりましょう!』と言った。
目的地までの距離や時間を理解していない。箱入り娘のブランシュは、
カフェテーブルの上に準備していた。
自分だけの御弁当入りの小さな籠を持ち、背筋を伸ばし、
貴婦人らしく、ドレスの裾を翻し、優雅に歩き出す。
その場にいた者達は、「徒歩で、行くつもりなのだろうか?」と、
心の中で素朴な疑問を抱き、
「これで、思う通りに行かなかったら、何はどうあれ、
人の所為にして、怒るんですよねぇ~」と、
ノワールは、そのまま突っ込み無しで、事を進行させた結果を思って、
深く溜息を吐いた。
「こんな馬鹿馬鹿しくて、阿呆臭い。御姫様の我儘の為に、
失業者を出すのは、流石に忍びなさ過ぎますよね」と、
ノワールは最善の策を思案する。
そして、『徒歩で行くには、少し、遠過ぎますよ。
昼に間に合わなくなってしまいます。馬で行きましょう。
淑女の嗜みで、乗馬くらいはできるのでしょ?
今日は、昼になるまでの時間が少ないので、
私と一緒に馬に乗って下さい』と、ノワールは早口ではっきりと、
ブランシュに向かって言い放った。
ブランシュの要望に応えられ無かった場合、罰を受ける立場にある。
一部の兵士達が歓声を上げる。
ノワールは、そちらに一瞬だけ視線を向け、
「困りましたね。きっと、糠喜びに終わりますよ」
その反動で自分に向けられる苛立ちを想定し、ちょっと嫌気が差す。
けれども、一度言った事を撤回してしまっては、
ブランシュの機嫌が悪くなって、自分の立場も悪くなるのは、
目に見えているのは確かだ。取敢えず、ノワールが今、
やらなければいけないのは、目的地までの足を見繕い、
確保する事だった。
騎士達が乗っている馬は、既に、
騎士達と、その騎士が着込む鎧の重さ、
重装の馬具の重みに、体力を奪われてしまって、疲れが見えている。
ノワールは、一番、元気で馬力がありそうな、
馬車に繋がれていた馬に目を付け、馬車に固定する縄を切り、
誰も止めに入って来ない事を良い事として、馬を馬車から外した。
ブランシュを乗せた馬車を引っぱる為に用意されたであろう。
位の高い相手専用の馬は、とても扱い易そうな馬だった。
ノワールは、その鞍を装着していない馬に跨って、
邪魔になる長い手綱を短く切ってから、
『さぁ~どうぞ』と、ブランシュに向かって、手を伸ばす。
だが、しかし、ブランシュが、馬に対し、少し躊躇する様子を見せる。
ノワールは、『馬が、怖いんですか?』と訊ね、
ブランシュに『そんな事、ある訳がないですわ』と言わせてから、
魔法で強化した力に任せて、ブランシュの手を取り、腰を取り、
馬に跨る自分の前に、横座りで座らせる事に成功した。
後に残る課題は、
昼に間に合う様に、ブランシュを目的地に連れて行く事。
その為には、同行者を増やす訳にはいかない。
後ろを気にしていては、日が暮れてしまう。
「護衛を置いて行く事で、兵士達が叱られてしまって、後々に、
私も御叱りを受ける事に成るのだろうけど、仕方ないですよね?」
ノワールは、自分とブランシュ、ブランシュが持つ籠、
乗っている馬にだけ、風の影響を受けない為の強化の魔法を使用する。
当たり前の様に、一緒に行くつもりであろう。兵士達には、
目もくれず。ノワールは『では、行きましょう』と、
必要な物は、現地調達するつもりで、
公爵家専用の保養地にある先王様の別荘に向けて、馬を走らせた。
ブランシュの我儘を通した御蔭で、実行された強行軍。
ブランシュは元気なのだが、馬もノワールも疲れ果ててしまう。
『ゆっくりとした時間を過ごしたいので、使用人を借りましょう』と、
ノワールは提案し、顔パスで、先王様の別荘へ入ると、
何時もの様に、管理人が出迎えてくれた。
ノワールが今回の事情を話すと、気を利かせた管理人が、
『ブランシュ様好みの食後の御茶を準備します。』と言いだして、
ノワール用の昼食と、新しい馬、使用人と護衛を準備し、
ブランシュが喜ぶ物を取り揃えてくれる。
御蔭で、ノワールが休憩できる。暫くの時間を確保でき、
体力と精神力を回復する事が出来た。のだが、
ブランシュは、食後直ぐに、散歩を要望する。
ノワールの事実上の養父と、
その甥でノワールが兄と慕うエルステの立場を考えると、
逆らえないノワールは、それに従うしかない。
勿論、散歩は、ノワールが了承する前から始まっていた。
暫く歩いていると、
先を自由気儘に歩いていた。悪気の一切無いブランシュは、
芝生の上で振り返り、
明るく淡い色彩の、舞踏会に行く様なドレスのスカートを翻し、
長くて美しい、ゆるふわな亜麻色の髪を揺らして、
少し離れ、後ろを歩くノワールに向かって話し掛ける。
『ノワールはどうして、
ワタクシと一緒に、御揃いのドレスを着て下さらないの?』と言って、
明るく綺麗な茶色い瞳をキラキラ輝かせ、
16歳になったと言うのに、頬を膨らませた幼い表情を見せてくれる。
実は、出発前にも、ブランシュが着用しているのと同じ
淡い色合いのドレスを『着て欲しい』と、言われていたのだ。
ノワールは溜息を吐き、『また、その話ですか……。』と言いながら、
5才の時に一度だけ、姉に言われるままにドレスを着た時の事。
ブランシュにサイズが合わなくなった。
ブランシュ御気に入りの桜色の普段着。
裾に白いレースのあしらわれた甘めな雰囲気の高価なドレス。
それを着る事を許され、着せて貰った時の事を思い出す。
それは、10年程前の出来事。
先王様が内臓を患わず、まだ、国王様であった時代の御話だ。
他国の王族も集う。外交的な御茶会の席に、
当時の国王様の命令で、次期「王」となる男の末の姫君と言う事で、
主役の一人として、ノワールが最初で最後、
生まれて初めて、参加した時の事。
ノワールが着る事を許された。その美しく美麗なドレスは、
「私を一度だけ、仮初めにでも、御姫様にしてくれたのだよな」と、
ノワールにとって、
辛く悲しい思い出が連なる記憶を引き摺り出してくれた。