019
ノワールの背中の傷が一応、それなりに完治し、
ノワールの周囲の者達が、
「本来のノワールに、ノワールが戻った。」と判断した頃。
ノワール宛てに、父親から10年程振りの食事の誘いが舞い込む。
今回も、10年程前の前回と同様に、誘いは強制らしい。
ノワールは苦笑いを浮かべ、職場の事務室にて、
書状を大声で読み上げた使者から、その書状を受け取ると、
上司のアシエに向き直り、『と、言う事らしいですよ』と苦笑いして、
『私本人に連絡してくるのでは無く、職場への王命の命令書なので、
断れないみたいです。仕方ないので、
今日の午後のシフトの変更をお願いします。』と、
やっていた事務仕事を後回しにして、眉間に皺をよせ、
面倒臭そうに願い出る。
書状を大声で読み上げた使者は、その書状を受け取ったのが、
ノワール本人だと言う事に、今まで気付いていなかった様子で、
『御本人様がいらっしゃるとは、気付きませんでした!』と、
ボタンのある服の前を寛げたノワールの服装を上から下まで見て、
驚きを隠さなかった。
今までの「ノワール=貧乳説」を信じて疑わなかったのであろう。
何時もの服装に戻りつつも、晒を巻いていない為、服の布地が足りず、
下にTシャツを着込む事になった胸元を彼は凝視していた。
あまりにも見てくるので、ノワールが相手の顔をのぞき見ると、
焦った様子を見せ、机の上に放置されていた仮面を発見して、
何となく疑問を抱きながらも、納得してくれた御様子だ。
アシエは、国王からの使者が目の前に居る手前、愚痴れず。
『困りましたね』と、前置きしてから、
『御存知かと思いますが、情けない事に、城下の警備隊では、
最近、警備隊への食事に、毒物が混入する事が頻発していて、
誤って食べた警備兵達は療養中、本格的に人手不足なのです。
我が部隊の者は無事でしたが、我が部隊以外が機能していない為に、
1人で軽く5人分働いてくれるノワールの欠員は痛手なのです。
それを貸し出すんですから、100%無事に返却して下さいね』と、
皮肉交じりに微笑んだ。
書状を持ち込んだ使者は、
国王が「何の為にノワールを呼び寄せたいか」を知っているらしく、
顔色を変え、引き攣った笑いを浮かべながら、
『国王様の呼び出しに危険がある訳が無いですよ』と、
微かに震えながら答えてくれる。
「「うぅ~わ、紛う事無きレベルで罠ですか?」」
ノワールとアシエは無言で視線を合わせ、苦笑いをお互いに浮かべ、
こっそりと同時に溜息を吐く。
現実問題、
ノワールが警備隊の食堂で食事を取るであろうシフトの時の、
食事の時間前に、城からの使者が出没し、何故か偶然、
「遅効性の毒が検出される」と言う「毒物混入事件」が勃発している。
ノワールの場合。母親の腹の中に居た頃は勿論、
未熟に生まれた授乳期から、現在に至るまでの間に、
数えきれない回数、毒殺未遂に見舞われ、解毒薬を飲み続けて、
毒に慣れ、毒耐性を手に入れ、毒の感知能力に長けてしまった為、
即死する毒を口にしてしまっても、多少、体調を崩す程度で、
大事に至る事は無いのだが……。
巻き込まれる者達は、何時も瀕死の重症である。
今回の毒物混入事件。それもこれも、あれもどれも、どうやら、
偶然起きた食中毒の類では無く、
国王の仕業かもしれない事が発覚してしまった様相だ。
今回は多分、成果が上がらない事を不服に思った国王か誰かさんが、
痺れを切らせて、
直接、目の前で、毒を食べさせようという魂胆かもしれない。
「王妃からなのなら、何時もの事だと笑って過ごせますが、
国王が絡んでくるとなると、大事ですね」
少し考え込んだノワールは唐突に、
『国王は、私を自らの手で鞭打ちするだけじゃ、
今回、気が収まらなかったんでしょうかね?本当に面倒臭い御人だ。
今度は、自分の目の前で、
私に毒入りの食事でも食べさせるつもりでしょうかね?また……。
今回も、巻き込まれて処分される料理人達や、
給仕の人達が何人も出るでしょうから、その方達の事が、
本当に気の毒でしょうがないですよ』と、
故意に吐き捨てる様に愚痴を零てみせる。
使者はその手の伝達の仕事を担っているのか?実行犯でもあるのか?
ビクッと体を震わせ、救いを求める様な目でノワールを見て、
アシエの方にも視線を向ける。
アシエは、疲れた笑みを使者に向け『良くある事だろ?』と、言い。
使者は血の気を失って、
「どうしたら皆が助かるか?」をノワールとアシエに問い掛けた。
それに慣れてしまっているノワールは、『そんなの無理でしょ?』と、
『被害を減らすにしても、国王の命令に逆らわずにいた方が、
まだマシな結果を得られるのではありませんか?』と言う。
『命令に逆らっても、どの道、命令違反で殺されるんですよ?
逆らった分、周囲を巻き込んで酷い目に合うんです。
それなら素直に従って、でも、被害に合う人に事情を知らせてあげて、
事前に身内や大切な人を国外に逃がしてあげれば良いでしょ?
巻き込まれる様に白羽の矢を立てられた人には、残念な事でしょうが、
仕方がない事なんですよ』と、
ノワールは諭すような口調で使者を励ました。
使者は目尻に涙を滲ませ、
『これから、その白羽の矢を立てに行くのが僕なんです!
嫌だ!選べない!選びたくない!助けて下さい!』と叫び、
彼は椅子に座っていたノワールの膝に縋り付き泣き出してしまった。
「この人、この手の仕事に不向きなんだろうなぁ~……。
ん?それとも、私が苛め過ぎてしまったのでしょうか?」と、
内心ノワールは思い。
アシエは後頭部を掻きながら溜息を吐いて、
同情する様な優しい言葉や、
同意する様な労わりのある言葉を書状を持って来た使者に掛けて、
今回の計画の全容を「その使者」から、須らく訊き出し、
作戦の計画書を預かり、
『手配はこちらでしておくから』と、使者を帰した。
ノワールは、使者から譲り受けた計画書を隅々まで読んでから、
『アホくさ!やってられへんわ』と、噴き出すように笑い出す。
アシエはノワールに『ノール?』と呼び掛る。
ノワールであって、既に表情からしてノワールでは無い。
ノワールの別人格であるノールが、
『え?あぁ~、うん、ウチやて、アシエさんには分るんやな』と、
ノワールの時と同じ笑顔をアシエに向けた。
アシエは表情を若干曇らせ、緊張した様子でノワールに近付く、
ノールは『そんな怖い顔しなさんなや』とニヤニヤ笑い
『ノワとワールが怒りよるし、殺したりせぇ~へんよ』と言ってから、
『そんなんより、ちょっとコレ読んでみぃ~さ、おもろいで』と、
使者から受け取った計画書をアシエに渡す。
アシエは無言で計画書を受け取り、文面では無く、文字を見て、
息を詰まらせた。それは、国王のモノでも、王妃のモノでも無い。
でも、頻繁に「この部隊」に命令書を送り付け、
ノワールを借り出す人物の文字でしかなかった。
これは正直、何時も見ている文字な為に、見間違う事はあり得ない。
アシエの口から『ブランシュ姫?』との呟きが漏れる。
ノワールはその言葉を耳にし、満足気にアシエから命令書を取り返し、
『これでもまだ、アシエさんは、ウチ等に対して、
血の繋がったお姉さんを悪く思ったらアカンて、言うのん?』と、
アシエの耳元で囁いて、『アホらしなったから、帰らせてもらうわ』と、
その場を立ち去った。