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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode0(Prologue)

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episode0(Prologue)Chapter1

挿絵(By みてみん)

「はああああっ!!」


気迫のこもった叫び声とともに、木刀が鋭く振り抜かれた。

乾いた衝突音が校庭に響く。

次の瞬間――。

相手の手から木刀が高々と宙を舞った。


「うわっ!」


カラン、と音を立てて地面に転がる。

勝負は一瞬だった。


木刀を構えたままの少年――クリスティアン・ビリンデッリは、静かに息を吐いた。


対するモリエーロは呆然と自分の手を見つめていたが、やがて苦笑いを浮かべる。

「ま、参った!」

その言葉と同時に、周囲で見学していた子供たちから歓声が上がった。


「すげぇ、クリスティアン!」

「また勝ったぞ!」

「これで十五連勝じゃねぇか!」

「もう村じゃ敵なしだな!」


口々に称賛の声が飛ぶ。

デッレ・アルピ村の学校では、昼休みになるとこうして木刀試合が行われることがあった。

その中でもクリスティアンは頭一つ抜けた実力を持っていた。

まだ十歳とは思えない鋭い剣筋。

村の大人たちですら舌を巻くほどだった。


見守っていた教師のアントニオが腕を組みながら感心したように頷く。

「流石はパオロ様の息子だな。」

そして口元に笑みを浮かべた。

「やはりビリンデッリ家の血筋といったところかな?」


周囲の子供たちも納得したように頷く。

だがクリスティアンは少し眉をひそめた。


木刀を下ろし、アントニオへ向き直る。

「先生。」


「ん?」


「お言葉ですが、父は父、私は私です。」

十歳の少年とは思えないほど真っ直ぐな目だった。

「この剣だって父様から教わったことはほとんどありません。全部、我流でございます。」

その言葉に周囲がざわつく。


すると横から呆れたような声が飛んできた。

「おいおい。」


皆が振り向く。

そこに立っていたのは、柔らかな金髪と整った顔立ちを持つ少年だった。


ディメトリオ・ジェンティーレ。

クリスティアンの幼馴染である。

「普段は『父様みたいな立派な剣士になる』って言ってるくせに、そりゃないんじゃないか?」


周囲から笑い声が上がる。


クリスティアンは顔を赤くした。

「う、うるさいな!」

木刀を腰の鞘に収めながら言う。

「父様は尊敬してるよ。」

そして少しだけ視線を落とした。

「だけど俺は俺だ。」


その言葉にディメトリオは肩をすくめた。

「はいはい。」

すると彼は不意にモリエーロへ近づく。

「そうだ、ちょっと手を見せろ。」


「え?」


「いいから。」

モリエーロがおずおずと右手を差し出した。

先ほど木刀を弾き飛ばされた衝撃で赤く腫れている。

ディメトリオはその手にそっと触れた。

目を閉じ、小さく祈りの言葉を唱える。

すると淡い白い光が掌から溢れた。

光はモリエーロの手を優しく包み込み――。


数秒後。


腫れは跡形もなく消えていた。


「えっ!?」

モリエーロが驚きの声を上げる。

「治ってる!」

挿絵(By みてみん)

「すげぇ!」

「またディメトリオの回復魔法だ!」


子供たちが歓声を上げた。


だが当のディメトリオは額に汗を浮かべていた。

少し肩で息をしている。

「ふぅ……。」

息を整えながら微笑む。

「これでもう大丈夫だ。」


その優しげな笑顔に、見学していた女子たちが一斉に騒ぎ出した。


「きゃーっ!」

「ディメトリオ君すごーい!」

「かっこいい!」

「優しいー!」

「素敵ー!」


黄色い声が校庭に響き渡る。

ディメトリオは困ったように苦笑した。


一方、クリスティアンは眉間に皺を寄せる。

「うるせえ!!」

校庭中に響く大声だった。


女子たちがびくりとする。


「見せもんじゃねえぞ!!」

その瞬間、周囲は静まり返った。


そして――。

「はははははっ!」

誰かが吹き出したのをきっかけに、校庭は再び笑い声に包まれた。


クリスティアンは不満そうに腕を組み、ディメトリオは苦笑する。

そんな平和な昼下がり。


まだ誰も知らない。

この二人が、やがて百年続く東西戦争の渦中へと身を投じることになることを。


その時だった。

「おー、やってるなクリスティアン。」

校庭の入口から聞き慣れた男の声が響いた。


その声を聞いた瞬間、子供たちの表情が変わる。


「あっ!」

「パオロ様だ!」

「騎士様だ!」


皆が一斉に振り返った。

そこには大剣を背負った一人の男が立っていた。

逞しい体躯。

日に焼けた顔。

そして全身には包帯が巻かれている。

右肩から胸元にかけては特に酷く、鎧の隙間からも痛々しい傷跡が覗いていた。


西大陸屈指の剣士。

サンシーロ騎士団所属――パオロ・ビリンデッリである。


子供たちは慌てて背筋を伸ばした。


「お、お疲れ様です!」

「お帰りなさい!」

「パオロ様!」


しかし当の本人は困ったように頭を掻いた。

「おいおい、やめてくれみんな。」

恥ずかしそうに笑う。

「俺はただの兵士だよ。」

その言葉に周囲から小さな笑いが漏れた。


するとクリスティアンが真っ先に駆け出した。

「父様!」

顔いっぱいに笑みを浮かべる。

「いつお戻りになられたのですか!?」


パオロは息子の頭を軽く撫でた。

挿絵(By みてみん)

「ついさっきだ。」

そして苦笑する。

「前日の戦闘で深傷を負ってしまってな。」

肩をすくめた。

「一週間は自宅療養だそうだ。」


その言葉に周囲の子供たちがどよめく。


「深傷って……」

「大丈夫なんですか?」


アントニオ先生も心配そうな顔を浮かべた。

だが同時に尊敬の念を隠せない様子だった。

「パオロ様。」

先生は一礼する。

「ご活躍は伺っております。」

少し興奮気味に続けた。

「その戦闘では敵兵を三十人も討ち取られたとか。」


子供たちがざわめく。

三十人。

それは彼らにとって想像もできない数字だった。


「あなたはデッレ・アルピの英雄です。」

アントニオは心からそう言った。


しかしパオロは顔をしかめた。

「先生までやめてくださいよ。」

困ったように笑う。

「今の俺はただの一週間の給料泥棒です。」


校庭に笑い声が広がった。

アントニオも思わず吹き出す。

「ははは!」


クリスティアンはそんな父を誇らしげに見上げていた。

「父様!」


「ん?」


「学校が終わったら真っ直ぐ帰ります!」

目を輝かせる。

「また戦場のお話を聞かせてください!」


パオロは少し考える素振りを見せた後、優しく頷いた。

「ああ、わかった。」


そして横にいたディメトリオへ目を向ける。

「ただし勉強もしっかりやるんだぞ。」

ニヤリと笑う。

「ディメトリオ君みたいにな。」


「えっ!?」

クリスティアンの顔が真っ赤になった。


周囲から再び笑い声が上がる。


「ははははは!」

「言われてるぞ!」

「クリスティアン!」


クリスティアンは照れ隠しに後頭部へ右手を置き、舌を出した。

「べ、別に勉強だって嫌いじゃねえよ……」

説得力は皆無だった。


笑い声はさらに大きくなる。

パオロも声を上げて笑った。


そして校庭のみんなを見渡した。

「じゃあみんな、頑張れよ!」

そう言って背を向ける。


だが数歩歩いたところで、

「おっと……」

ふらりと体が揺れた。

深傷はまだ完全には癒えていない。


クリスティアンが心配そうに声を上げる。

「父様!」


「大丈夫、大丈夫。」

パオロは片手を上げて笑った。

「家には母様がいるからな。」

そのままゆっくりと村の道を歩いていく。

傷だらけの背中。

それでも真っ直ぐ伸びたその背筋は、誰の目にも英雄そのものだった。


クリスティアンはその姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

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