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7 二人の月之丞

ふたりの「月之丞」が現れたとき、真実はどこにあるのか。

今回は少し、本格的な謎解きの気配です。


「どういう意味ですか?」


 睨むのをやめて聞き返すと、鏡之介も真顔になって言った。


「菊村月之丞……名前に、月と菊がある。……なにか、思い出さねぇか?」


 月と菊……つぶやいて、すぐに思い出した。


「着物! 庫裏にいた、あの人が着ていた着物……柄が月と菊だった」


 男物にしては派手だから気になっていたし、いろいろな理由から彼は役者ではないかと水絵は思っていた。


「え? どういうことですか? もしかして、あの人が菊村月之丞ってことですか?」


 それならば、「浅葱屋」の板前は別人ということになる。


「あいつが、倒れているところを助けられた日ならはっきりしてる。十一月二日の朝早くだ」


「え? そんな前だったんですか?」


 昨日、着物を見立ててくれと頼まれたから、ごく最近眞性寺に預けられたのだと思っていた。


「いや、眞性寺に来たのは三日ばかり前だ。それまでは、小石川の養生所にいたんだ」


 鏡之介は、彼が眞性寺に来たいきさつを語った。

 彼を助けたのは岡っ引きの春太だ。


「春太は、毎日のように笠森稲荷に通ってるだろ?」


 仕方ねぇやつだという表情で、鏡之介は言う。


「ああ……お仙ちゃん目当てだって、新吉が言ってました」


 その日――つまり十一月二日――の朝も、見回りと称して春太は笠森稲荷に向かっていた。その途中で、大けがをして倒れている男を発見した。春太は彼を小石川養生所に担ぎ込んだ。

 彼の怪我はかなりひどく、しばらく生死の境をさまよっていたが、なんとか命は取り留めた。その後は、若いこともあってかみるみるうちに快復し、養生所を出られるまでになった。だが、彼は自分の名前も、怪我をしたわけも一切語らない。放り出すわけにもいかないが、元気な者をいつまでも養生所に置いておくわけにもいかないと、医者から相談された春太が、眞性寺を頼ったというわけだ。


 板前と違い、こちらは日にちがはっきりしている。助けられたのが二日なら、一日の初日に舞台に立つことは可能。そして、彼が役者なのは間違いないだろう。


「梅次郎が月之丞を殺したっていう噂が本当なら、あの人が菊村月之丞……」


 水絵が言うと、鏡之介は大きく頷いた。


「月之丞かもしれねぇ人間がふたり。どっちが本物か、あるいはどっちも月之丞じゃないのかもしれねぇ」


「確かに、事は単純じゃありませんね」


「どうだ? この謎解き、挑んでみたくはないか?」


 問いかける鏡之介の表情は、思いの外真剣そのものだった。


 翌日。

 千代と新吉は誰よりも早く寺子屋にやってきた。


「水絵姉ちゃん、わかった?」


 息を切らしながら、新吉が問う。長屋から走って来たのだろう。千代のほうは息が上がって、言葉が出せない様子だった。それでも、真剣な目で水絵を見上げてくる。


「寺子屋が終わってからにしろ……と言いてえところだが……」


 水絵と一緒に支度をしていた鏡之介が苦笑する。


「この調子じゃ、手習いになりませんよ」


 と、水絵も苦笑を返した。


「準備は俺がやっておくから、ふたりに話してやんな」


 水絵が頷くと、千代と新吉は安堵の笑みを浮かべた。


「まず、最初に言っておくけど……」


 縁側に並んで腰掛け、水絵は切り出した。


「わたしが調べたってことは、花吉さんにも弥一さんにも内緒にしてね。そうでないと」


「宇多川の旦那から、叱られるんだろ。『岡っ引きのまねごとはよせ』ってさ」


 新吉が鼻の下をこすりながら言う。その訳知り顔が憎たらしくて、水絵はコツンと頭をひとつ小突いてやった。


「痛て!」


 軽く小突いただけなのに、新吉は大げさに痛がる。そんな新吉を無視して、千代は必死の面持ちで言った。


「誰にも言わない! だから」


 水絵は頷いて、話を続けた。もちろん、本当のことをすべて明かすわけにはいかない。けれど、嘘もつきたくない。水絵は、昨夜遅くまで、千代にどう話すべきか真剣に考えた。そして、ありのままではないけれど、決して嘘ではない話を組み立てた。


「花吉さんはね、千代ちゃんの家に戻ってくる前、料理屋の板前をしていたの。それで、その料理屋が新しい板前さんを雇ったんだけど、あんまり料理がうまくなくてね、それで、腕のいい花吉さんが料理を教えてあげているのよ」


「じゃあ……」


「そう。花吉さんはなんにも悪いことはしてないわ。だから、安心して」


「でも、兄ちゃん、すごく疲れてる。このままじゃ」


「新しい板前さん、けっこう腕が上がってるらしいから、そろそろ教えるのも終わりになるんじゃないかな」


 と、仲居が言っていたことを付け足す。そうなれば安心だし、もしまだ続くようなら、一日二日休みをもらうように、弥一から言ってもらえばいい、と水絵は考えていた。おそらく、弥一はすべてを知っているだろうから。


「わかった。ありがとう、水絵姉ちゃん」


 という千代の言葉が終わらないうちに、新吉が不満そうな声を上げた。


「なんでぇ! そんなことなら、ちゃんと千代にも話せばいいじゃないか。千代をこんなに心配させて、花吉さんは、なにを考えてるんだよ!」


「たぶん、向こうの板前さんに内緒にしてって頼まれてるんじゃないかな」


「なんで? 料理教わるのは悪いことじゃないだろ」


「そうだけど、きっと、なにか事情があるのよ」


 ふたりに言いながら、確かにそうだ、と水絵も思った。新しい板前が修業をすることを隠すのには、きっとなにか理由がある。


「事情って」


 なんだよ、と言いかけた新吉の言葉を千代がさえぎった。


「もういいの。兄ちゃんが悪いことをしてないってわかれば、千代はそれでいい」


 新吉は不満そうだったが、千代にそう言われて渋々口を閉じた。


お読みいただきありがとうございました。

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