終わりに
都会へと戻った久連子は、喫茶店で近代的な食事、ハンバーガーを楽しんでいた。
久連子の身体は、すっかりと田舎特有の質素で長閑な食生活に染まってしまったが、それは一口で都会に引き戻された。どれほど田舎の生活を体に馴染ませようとも、久連子は都会の人間なんだな、というのが如実に分かった。
石岡からの謝礼はそこそこ満足の出来るものだった。
人形の沼の存在を伝えた久連子は、石岡らにいたく感謝された。翌朝には石岡とその親族として叔父を連れて、日名川を下り、森に入り、その沼まで案内した。昼間に見るその沼は、少しだけ幻想的な雰囲気を保っていたが、流れの無い沼は、不気味であることは間違いなかった。
「この人形は、また、近いうちに引き上げるよ」
石岡の叔父は、にっかりと白い歯を見せて若々しく笑った。
どうにかしろ、とまで言われなかったのは久連子としてみれば幸いだ。
それから暫く久連子に村に残らないか、という打診もあったが、丁重に辞退した。田舎の生活は悪くないが、都会のジャンクな生活を久連子の精神が求めていたからである。それに、これ以上、その沼に近寄りたくなかった。近くに居たくもなかったというのもある。
厄災を代わりに引き受けた人形が溜まっていた沼、なんて近寄りたくもない。
「それよりは、この油と砂糖に塗れた生活のほうが近寄ってたいな」
分厚いハンバーガーにかぶりつき、手が油まみれになりながら久連子は満足げに片方の口角を上げた。
さらにもうひと口と食べようとした時、テーブルに置いていたスマホが鳴った。
見れば、自称八尺様と石岡の名前が表示されている。
冷たいコーラが注がれて水滴がついたカップで手を濡らし、紙ナプキンでそれをぬぐい取って久連子は電話に出る。
「久連子、久連子か?」
「よぉ、石岡。人形はどうなったよ」
「あのさ。その人形なんだけどさ。実は、ないんだよね」
久連子の息が止まった。
「実は、人手を集めて回収に向かったんだけどさ。沼が無くなってたの。たぶん、また、どこかに流れてったんだと思う。また、何かわかったら教えるね」
石岡の口調はあまり変わらず、明るい物であった。
が、久連子としては気が気ではない。あきらかに厄災の溜まり、そこにあった水が、人形が姿を消した。
嫌な予感がするのだ。
あ、それと、と。
石岡が言葉を繋げる。
それと、どころではないだろ、と久連子は思いながら、電話に集中した。
「せっちゃん、そっちに行くって」
「誰だよ、せっちゃん」
「お兄さん」
すっと、傍に人が立った。
みれば、あの女子高生である。
「都会、来ちゃった」
災厄よりは、願いが叶ったらしい。
せつ子の瞳は、すっと綺麗に光っていた。
まるで、人形のような化粧と、人形のような作られた瞳で。
それは久連子の錯覚だと思うことにした。




