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雛沢祭りの開催の時は、あちこちで騒がしくしていたものであるが、いざ、日も暮れて、メインの祭事である雛流しが始まるとなると厳かな雰囲気となり始めた。久連子は、その変化をじっと見ており、雛流しの時には、日名川の河川敷へと降りていた。
祭りの参加者はおおよそ二千人程度か、と久連子は見ていた。
近隣の村落や、好事家の旅行者などが一人一体の雛人形を手に、日名川の河川敷に立っていた。
そして、松明の灯りを頼りに、河川敷から一人、また、一人と、雛人形を川へと流していく。さきほど声をかけてきていたせつ子とやらも、浴衣姿で雛を川へと流すのを見て、久連子ははたと気付いた。どうにも、せつ子の持っている人形だけ雰囲気が違うのだ。複雑そうに眉を顰めるが、それと同時に、どこかゾクリと背筋が冷たくなる。
奇妙な光景であった。
どんぶらと雛人形は川を埋め尽くし、流されていく。
それは、人々の厄災を代わりに、肩代わりし流されるのだ。
あるいは、女子高生のように願いをこめて流されるのだ。
「不気味だな」
川辺に座り、川を雛人形が流れていくのを見ながら久連子は呟いた。
昼間はあれほど綺麗に、夏の太陽光をキラキラと照り返していた日名川は、今、すっと黒く静かに流れるのみである。その川の流れの中を、雛人形が水に浸かって流れてくる。
一つ、大きなため息を吐き出して、久連子はその人形たちを追って、河川敷を川に沿って下り始めた。
昼間と異なり、歩きにくい所はあったものの、直射日光もなく、なんとか肩で息をしながらも、人形が追えた。
いかほどか下った時、久連子は驚き足を停めた。
「なんだありゃ」
思わず、声が出てしまった。
日名川が森に入り、ちょうど、少し川幅が狭くなった所で人形が溜まっていたのである。
昼間は見つからなかった。
しかし、なるほど、これは道理に合う。雛人形という固形物がある場合のみ、日名川の狭まった箇所で堰き止めてしまうのだ。そして、堰き止めらたことにより、さらに人形が溜まるわけである。
が、
それであるならば、ここで、人形が溜まって終わりのはずだ。
しかし、人形は見つかっていない、と石岡は言っていた。
少し離れた所にしゃがみ、久連子は様子を伺った。
いつの間にか、日名川には小さな池と言っても遜色ないほどに川幅が膨らんでいた。
すると、どぶり、とダムが決壊したかのように水が一方へと流れだした。それは、森の奥の方へと流れており、その水の流れに合わせて、浮かび沈んでいた人形も一斉に流れ始める。久連子も、その方向へと歩き始める。
水は塊となって、ずざざっと森の斜面を下っていく。
普段は生じない川なのだろう。こうやって、水量が増えたときのみに生じる。
言ってしまえば、幽霊河川。
「たまらぬな」
久連子の顔に笑みが見え、懐中電灯を取り出して歩き始める。
森の中にある石段を踏みしめ、水を追っていく。
タンクトップに革パンツで来たのを久連子は後悔した。もしも、こういう事態になるのがもともとわかっていれば、他にもいくつか服を、便利な服を用意していたというのに。
玉のような汗が額を伝って、胸板を伝っていくほどにしばらく進んだ時、再び、久連子が足を止めた。
水の終着点が見えたからだ。
沼。
そう言っても差し支えない、水の溜まりが森の中にあった。
その沼に、久連子がここまで追ってきた水の塊がどぼりと混ざる。それによって、沼に、波が立って、先ほどよりも、一回り大きくなったように伺い見えた。
「なるほど、ここに溜まるのか」
久連子が懐中電灯で、沼の端から中央へと照らした時、ぞくりとした。
沼の底には、雛人形が沈んでいた。当然に、一体や二体ではない。石岡はここ最近という風に言っていたが、それどころでない数の人形が沈んでいる。過去の長い年月をかけて、ずうっとここに人形が溜まっていったのだろう。一体、また、一体と。
災厄を身代わりに連れて流れたはずが、ここに溜まっていたのだ。
水中の人形をずずっと懐中電灯で照らしていく。
最後の最後、沼の底にある朱色を見つけて、体が固まった。
沼の底には、神社の鳥居が沈んでいた。
「厄災の沼というわけ、か。最悪だな」




