第8話 昭和と令和の交錯 ~敗戦の衝撃~
海軍軍人・芦名は異世界で女子高生の陽菜と出会い、共に行動することになった。
だが二人の間には、時代を超えた大きな隔たりがあった。昭和の軍人と令和の女子高生——80年の時を隔てた二人は、互いの世界をどう受け止めるのか。
俺の深刻な表情を見て、陽菜は不安げに尋ねてきた。
「あの、日本は戦争に負けて軍隊は解散して、その後に自衛隊ができて今に至るんじゃないですか? 日本では、確か軍隊の保持は憲法で禁じられているはずですが……」
不意打ちをくらったような心地だった。一瞬、耳を疑う。
「君、そう簡単に、負ける負けるなどと言ってはいけないぞ。」
驚きを隠せず、思わず目を見開いてしまった。言葉を選びながら続ける。
「戦争に負けるなどという言葉は、街中でそんなことを口にすれば特高か憲兵にすぐにでもしょっ引かれてしまう。そのくらい、一般常識だと思うが、家や学校で言われなかったのか。うかつに口に出してはいけないよ。」
陽菜の表情はますます曇り、不安な色が深まっていく。こちらを疑うような眼差しだ。
「特高って特別高等警察のことですよね? 憲兵も今の日本にはいないし……。いったいいつの時代の話をしているんですか?」
「昭和十八年だが……」
陽菜は本気で驚いたようだ。その目は丸く見開かれ、息を飲むような音が聞こえた。
「昭和十八年って……1943年!? ざっと言っても80年以上前ですよね? まさか、過去から来たってことですか?」
過去から? 頭の中が混乱し始める。俺が古い時代の人間だと言うのか? あり得ない。だとしたら、この少女は……。
「逆に君はいつの時代の人間なのだ?」
慎重に問いかけると、陽菜は状況の異常さに戸惑いを覚えつつも、少し迷いながら答えた。
「令和……って言っても分かりませんよね?」
「『れいわ』とは何だ? 西暦で言うと何年になる?」
「2025年です」
その数字を聞いた瞬間、全身から力が抜けていくのを感じた。思わずその場に座り込みそうになる。
「に、にせん……にじゅう……?」
思わず声が震える。
「そんな未来とは、想像も及ばないな……」
陽菜はやや申し訳なさそうな表情で続けた。
「確かに、そちらの時代から見れば、江戸時代に遡るのと同じくらいの年月ですもんね。80年って、すごく長い時間です」
頭の中では今の状況を整理しようとする回路が働いている。ただ冷静に……事実を順序立てて考えよう。
もし陽菜の言うことが本当なら、俺はビスマルク海での海戦で死んだ後、80年以上も先の未来からやってきた少女と共に、異世界にいるということになる。
あまりにも非現実的だが、陽菜の話し方や身なりを見れば、確かに時代が違うのは明らかだった。
あの服装も言葉遣いも、昭和の日本のものではない。
覚悟を決めて、恐る恐る尋ねた。
「では君が言った、日本が戦争に負けたという話も本当なのか?」
陽菜は申し訳なさそうに、静かに頷いた。
「ええ、本当です。日本は昭和二十年、1945年に連合国に無条件降伏しました」
その言葉に全身の血が凍りついたかのようだった。胸を押さえるように身体を折り曲げる。
「そうか……無条件降伏か。講和ではなく完全な敗北とは……」
声にならない呻きのような言葉が漏れる。
目の前で景色がぐらりと揺れた。膝の力が抜け、その場に崩れ落ちる。
頭の中には、白雪の甲板で共に戦った部下たちの顔が次々と浮かび、そして消えていく。彼らは、敗北することを知らずに散っていった……。
陽菜がとっさに俺の肩を支え、膝をついて心配そうな目で見つめてくる。
「ちょっと、大丈夫ですか? しっかりしてください!」
「すまない……少し動揺してしまった」
深く息を吸い、気持ちを落ち着かせようとする。
「ただ、君の服装や言葉遣いを見る限り、どうやら君が私の知らない未来の人間であることは間違いないようだ。信じるしかないようだな……」
陽菜は自分の軽率さを反省したのか、真剣な表情で言った。
「いえ、私のほうこそ無神経でした。教科書で終戦の詔勅、玉音放送が流れた際の国民の様子を写真で見ましたが、みんな絶望した顔をしていました。きっとそれほど衝撃的だったんですよね……」
玉音放送とは何だろうか? 詔勅ということは、もしや陛下からの……。
それを考えるだに恐ろしい。しかし、もう一つ確認しなければならないことがある。
「降伏した後、日本はどうなったんだ? 欧米の植民地にでもなったのか?」
恐る恐る尋ねると、陽菜は丁寧に説明を続けた。
「一時期はアメリカを中心とする連合国の占領下に置かれましたが、数年後には独立を取り戻しました。今では世界有数の経済大国にまで復興しています。だから、日本という国は今もちゃんと存続していますよ」
その言葉に、胸の奥に小さな光が灯るのを感じた。日本は生き残り、復興した——。安堵の表情で胸を撫で下ろす。
「それを聞いて安心した……」
ふと思い出す。白雪の乗組員たちの顔が、鮮明に脳裏に浮かんでくる。
「部下の話になってすまないが、伊藤はどんな時でも明るくて、艦が沈むその時まで兵士たちを勇気づけていた。村上は誰よりも慎重で、的確な意見をくれた信頼できる部下だった。中村は若くてまだ二十歳になったばかりだった……」
言葉に詰まる。目の奥がじわりと熱くなってくる。
「お国のためと言って散っていった彼らの犠牲が、無駄ではなかったと聞けて、本当に良かった……」
自分でも驚くほど、静かに涙がこぼれ落ちた。
軍人の誇りとして、人前で感情を見せてはならないと心に決めていたのに。
しかし、今はそれも許されないほどの衝撃だった。
陽菜は深く動揺し、戸惑いを隠せない様子だった。
「ちょっと、泣かないでくださいよ! ごめんなさい、また私、何か変なこと言っちゃいましたか?」
彼女は慌ててポケットからハンカチを取り出し、優しく差し出してくれた。
「これ、使ってください」
一瞬、受け取るべきか迷ったが、陽菜が穏やかに続ける。
「手袋で拭いたら目にばい菌が入りますよ。いいからこのハンカチを使ってください」
素直にハンカチを受け取って目頭を押さえた。
女性からハンカチを借りるなど、海軍での生活では考えられないことだが、異世界ではそんなことも起こるらしい。
「ありがとう。後で必ず洗って返すよ」
そう言った瞬間だった。
突如、俺と陽菜の間に光が瞬いた。まるで星が天から落ちてきたように燦然と輝くそれは、次第に形を変えていく。窓のような、いや、モニターのような四角い形になった。
その中には、一人の不思議な人物が笑みを浮かべて現れた。軽い身のこなしで手を振りながら、口を開いたのだった。
俺はとっさに陽菜をかばった。陽菜は言葉を失い、その突然の出来事に身を固くしていた。
異世界の旅は、ここからさらに不思議な展開を迎えようとしていた。
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