第9話 自称ネ申様(審議中)の登場 ~転移者の使命~
「はいっ、いい雰囲気のところすみません~こんにちはどうも初めまして、神様をやっております、ネ申です~よろしくお願いしますぅ~!」
突如、俺と陽菜の間あたりから陽気な声が飛び出した。
一瞬、何が起きたのか理解できずにいた。
俺は反射的に陽菜を守るように前に出た。
目の前には、どこからともなく現れた半透明の窓のようなものが浮かんでいた。
そこに映っていたのは——人間とは思えない奇妙な姿をした何か。丸々とした胴体に不釣り合いな短い手足、異様に大きな顔。まるでゆるキャラのような存在が、にこやかに手を振っている。
「何だ、貴様は」
声を絞り出すのがやっとだった。
神聖な光に包まれた背景とは裏腹に、そのキャラクターの間抜けた表情と軽薄な態度に違和感を覚える。
「あ~いやぁ、ここがちょうど章というか、小説の区切りでちょうどいいかなって思って出てきちゃいましたwww、すみません、仲良くしているところ、ぶち壊しちゃってサーセンwww」
何を言っているのかさっぱり理解できない。隣を見ると、陽菜も呆然と立ち尽くしていた。
「ちょっと、二人が転移したときに本当は説明するつもりだったんだけど、ちょっと今日寝坊しちゃってwwwすみません本当に、でも、二人一緒だったら、説明する手間も1回で済むし、結果オーライということで許してちょ☆彡」
こいつはまるで機関銃のように言葉を撃ち出してくる。軍艦の甲板で敵機の爆音を聞くよりも神経を逆撫でされる気分だった。
何より、「転移」という言葉が引っ掛かる。
確かに俺はビスマルク海で死にかけたはずなのに、この異世界で目を覚ました。
「転移」——その言葉は状況を説明するには適切かもしれないが、それを認めたくない気持ちもあった。
「はいっ、それではですね、これからドキッ☆彡異世界生活についてオリエンテーションを始めたいと思います!プレゼンテーターは私神でありますネ申と申します!カタカナの「ネ」に、申年の申と書いて、ネ申ですぅ!いかにも神様っぽい名前ですよね!!え?やだなぁ、もう照れちゃうぞ☆彡それじゃですね~早速説明をh」
「ちょっと待て」
我慢の限界だった。俺は思わず声を荒げていた。
俺は、駆逐艦白雪にあった、艦内神社の御祭神を誰よりも大切にしてきたと自負している。
例え、苦しいことがあっても、我々が一生懸命やっている限り、きっと白雪の神様が見ていて守ってくださる、そう深く信じて。
これが平時であれば、これが神様かと呆れるだけで済むが、ビスマルク海で数々の悲劇を目の当たりにし、仲間たちの命が失われていくのを見てきた俺にとって、こんな不真面目な態度で「神様」を語られるのは耐えられなかった。
皆、最後は神に祈って助けを求めていたのに。
その神がこれだと?ふざけるな。
「まずこの窓のようなものはなんだ、貴様は誰だ? オリエンテーションってなんだいったい」
自分でも驚くほど感情が昂っていた。しかし、何が起きているのか理解しなければ、次に何をすべきかも分からない。
窓の中のネ申は明らかに面倒臭そうな顔をして、軽く手を振った。
「初めての人はそうなりますよね、すみません、私今、説明をしようと思っていたところなので、ちょっと静かにしていただけますかね。人が話しているときに静かにする、これ、基本ですよね、ええ。質問は最後にしていただけますかね、わかりました?はい。じゃあ始めますねっておわ!ちょちょちょちょ、ちょっとまってぇ!!!」
気づけば、俺の右手は軍刀の柄を握りしめていた。一気に刀を抜き放ち、目の前の窓に向かって突き出した。刃先が窓のわずか一センチ手前で止まった。
ビスマルク海での記憶が走馬灯のように蘇る。
血まみれの木村司令官、次々と沈んでいく船、海に投げ出された兵士たち——。
そのすべてを思い出させるこの状況に、怒りが湧き上がっていた。
ネ申は芦名の突然の行動に驚いて、モニターの後ろで椅子からひっくり返ってしまった。
「いてててて……」
俺はそのままの姿勢を保ち、凄んだ目で窓を睨み続けた。
訓練された軍人の威圧感は、画面の向こう側にも伝わったようだ。
「ひっ、ひぃいいいい、どうかお助けを~~なんでもしますからぁぁあ」
ネ申は画面の内側でひざまずき、震えながら哀願していた。情けない姿に、怒りと共に疲れも感じた。刀を収めながら、深い息を吐き出した。
「脅すような真似をしてすまん。だが、いきなりぺらぺらと機関銃のごとく話されても頭が混乱するばかりで追いつかぬ。頼むからもう少しゆっくり話してくれないか」
横目で陽菜を確認すると、彼女は先ほどまでの展開に唖然としたままだった。この状況がどれほど異常かを物語っている。
「わかりましたぁぁ。ひぃぃ、怖かったぁ……」
そう言いながら、ネ申は椅子に座りなおした。
「おほん。さてでは、そこのいかついお兄さんは何を知りたいのですか?」
不機嫌そうに言うネ申に、まず一番気になっていたことを尋ねた。
「先ほど貴様は異世界転移といった。どういうことだ、私は死んだのではないのか」
自分でも信じられない質問をしている。死んだはずの自分が別の世界で生きている——こんな現実があり得るのだろうか。
すると、ネ申は態度を豹変させ、目をキラキラとさせながら言った。
「そ・れ・は・ですね、パンパカパーン!おめでとうございます!貴方様は、見事、厳正な抽選の結果、異世界で第二の人生を歩むことに決まりましたぁぁぁ!パチパチパチぃ!どんどんパフパフ!!」
ネ申はくねくねと踊るような仕草をした。正気の沙汰とは思えない。
「そ・れ・でぇ~、お兄さん、と、そこのJKちゃんには、ちょっと異世界を救ってもらいたくて、ちょうどよかったので、転移してもらいました!!どう?これから世界を救っちゃうんだよ?ワクワクするねぇ!!!」
「「は?」」
思わず陽菜と顔を見合わせた。彼女も俺と同じく呆然としたような表情を浮かべている。「JK」というのは陽菜のことだろう。
しかし、「世界を救う」とは?
「異世界に転移? 異世界を救う? どういうことだ? ここで何かやる必要があるというのか、もとの世界には帰れないのか」
胸に複雑な感情が渦巻いた。昭和の日本に戻れないのだとしたら、白雪の乗組員たちはどうなったのか。生き残った者はいるのか。自分の家族や部下たちのその後を、どうすることができないのか——。
「残念ながら、貴方方は亡くなってしまってますから、基本的には難しいと考えてください。ただし、異世界……今、貴方方がいる世界を救っていただければ、私の神権限で、ご褒美として1つ願いをかなえて差し上げます。その願いがもとの世界に戻りたいであれば、こちらとしても検討の余地はありますよぉ~」
ネ申は得意げな顔をした。
つまり、原則として戻れないが、この世界を救えば可能性はあるということか。ならば、目標は明確だ。俺は空いた手で制帽の縁に触れ、心を落ち着かせた。
「なるほど、私とそこのお嬢さんはこの世界を救うべく来たわけか。して、何をすれば、救ったことになるんだ?」
軍人として培った冷静さを取り戻しつつあった。どんな状況でも、まずは任務内容を明確にすることが重要だ。
「それはですね、それでは説明しましょう。今、この世界は混沌に満ちています。この世界には、人間以外にも貴方たちが見たこともない知的な種族がたくさん住んでいますが、それらが群雄割拠している状態です。これを一つにまとめ上げ、平和な世界を作るのが貴方方の使命です。どうです?簡単でしょ?」
簡単だと? ふざけているのか。
俺は思わず叫びそうになったが、それをこらえた。異なる種族が争う世界で平和を実現する——それがどれほど難しいことか、戦場を経験した者なら誰でも分かる。
人間同士ですら理解し合えないというのに、異なる種族間の平和など、どれほど困難を極めるだろうか。
しかし、もしそれが元の世界に戻る唯一の方法なら——。
この少女と共に、異世界を救うミッション——。駆逐艦を指揮するよりも困難かもしれないが、元の世界に戻るためなら、やるしかないだろう。
「世界を救う」——そんな大仰な表現だが、実際のところ、これは新たな「任務」なのだと考えれば腑に落ちる。
そう俺が決意を秘めたそのころ、隣の陽菜はぷるぷると震え、すぅっと息を思いっきり吸い、鋭い視線でネ申を見据えると、口を開いた。
いきなり現れたやる気のない神様、ネ申の正体は?
異世界転移系ラノベあるあるな「世界を救う使命」を受けた芦名と陽菜ですが、彼らの前に待ち受ける運命は……?
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