第34話 回復と祭りの予感~町に広がる笑顔~
陽菜の治療のため、しばらく俺たちはタジマティアの街に滞在することになった。
早朝の空気が心地よく、街は活気を取り戻しつつあった。
「芦名殿!」
町の石畳の道を歩いていると、太った町長が息を切らせながら駆け寄ってきた。
彼の顔は汗ばみ、両手を大きく振りながら俺を呼び止める。
「君たちのおかげで町は無事だった。このままでは大惨事になるところだったよ!」
町長は頭を何度も下げて礼を言う。彼の丸い頬が紅潮し、本当に感謝していることが伝わってきた。
「実はね、祭りをやり直そうという話になっていて……是非、君たちにも参加してほしいんだ」
俺は渋る素振りを見せた。
確かにアカブトマガスは撃退したが、完全に倒したという確証はない。
「俺たちは完全に倒したわけではないんです。また現れるかもしれません。祭りをやるのは危険かと……」
「そう言うだろうと思ったよ。だが、君たちがいてくれれば安心だ。それに、町の人たちも恩人に何かお礼がしたいと言っているんだ」
熱心に頼む町長の顔を見れば、断るのも悪いなと思った。
それに、陽菜もだいぶ回復してきてはいるが、体力を回復するいい機会かもしれない。彼女の笑顔を見たいという気持ちもどこかにあった。
「わかりました。参加させていただきます」
町長は満面の笑みを浮かべ、「よし!」と拳を軽く握った。
その仕草は子供のようで思わず微笑んでしまう。彼は勢いよく頭を下げると、次の準備のためだろうか、急いで役場の方へと走り去っていった。
スイリアの診療所に戻ると、玄関先でミアが陽菜と何やら楽しそうに話していた。二人とも笑顔で、陽菜の頬にはすこし血色が戻っている。病気の影は薄れつつあるようだ。
「スイリア様のこと、町の人みんなから「エルフの救い手」って呼ばれ始めてるんですよ〜」
ミアの嬉しそうな報告に、スイリアは恥ずかしそうに手を振った。彼女の銀紫色の髪が揺れ、赤くなった頬が透き通るように美しい。
「や、やめてよミア。そんな大げさな……」
俺は思わず口を挟んだ。
「本当だぞ。町で噂になってる。『ハーフエルフの医術師が怪物から町を救った』ってな」
スイリアは顔を真っ赤にして、「もう、やめてください!」と両手で頬を覆った。その仕草があまりにも可愛らしくて、思わず目を細めてしまう。普段の凛とした姿からは想像できない一面だ。
「でも嬉しいでしょ?」
陽菜が茶目っ気たっぷりの声で言うと、スイリアはモジモジとして、「……うん」と小さく頷いた。その正直な反応に、胸がほんのり温かくなる。
「スイリア、君は本当にすごいんだ。ずっと隠れるように暮らしていたのに、今は町の人たちも君を認めている。堂々としていていいんだぞ」
「芦名殿……」
彼女の瞳が潤んだ気がしたが、すぐに彼女は目をそらして、「お、お昼の準備をしなきゃ」と言って台所へ駆け込んでしまった。その背中が急いでいるようで、どこか照れくさそうだった。
陽菜はそんなスイリアを見送りながらクスリと笑った。
「さだっち、ナイスフォロー♪」
「え? 何が?」
「もう〜、鈍いなぁ」
何を言われているのか分からず、頭をかく俺を、陽菜とミアはニヤニヤしながら見つめていた。ミアの猫耳がピクピクと動き、明らかに面白がっている。女性というのは時々分からない生き物だ。
診療所のベッドで休む陽菜は日に日に血色を取り戻し、スイリアの日々の治癒魔法の甲斐あって、やがて自分で起き上がれるほどに回復していった。
「よーし! 今日はお散歩行けるぞー!」
陽菜は診療所の縁側に立ち、両手を大きく広げて伸びをした。その姿は、まるで冬眠から目覚めた動物のように生き生きとしていた。朝日を浴びた彼女の姿が、これほど嬉しく感じるとは思わなかった。
「まだ無理はしないでくださいね」
スイリアが心配そうに声をかける。その眼差しには、医者としての責任感だけでなく、友人を気遣う温かさが込められていた。
「大丈夫だって! ねぇ、さだっち、町の様子見に行こうよ! 祭りの準備、もう始まってるんでしょ?」
「ああ。じゃあ、ちょっとだけな」
俺の返事に、陽菜は子供のように弾んで玄関へ向かった。その軽やかな足取りを見ていると、病気の心配もすっかり消えていくようだった。
後ろから見ていたスイリアとミアも思わず微笑んだ。二人の表情には安堵の色が浮かんでいる。
「あの子、元気になりましたね」
スイリアはホッとしたように言った。その声には医師としての達成感と、友人としての喜びが混ざっている。
「うん、ホントに。あんなに危なかったのにな……」
俺も安堵の溜息をつく。生死の境をさまよった陽菜が、これほど元気になるとは正直驚きだった。
「いえ、それだけ生命力が強いということですよ。こんなに早く回復するとは思いませんでした」
スイリアの言葉に、ミアも猫耳をピクピクさせながら同意した。
「そうですにゃ〜。陽菜さんは強い子ですにゃ」
そんな彼女たちを見ていると、何だかほっこりとした気持ちになる。異世界に来てからというもの、戦いと冒険の日々だったが、こんな穏やかな瞬間があるのも悪くない。
「そういえば、芦名殿は祭りの時、何をするんですか?」
スイリアの問いに、俺はふと考え込んだ。彼女の真剣な表情が、何故か可愛らしく思えた。
「町長がリベンジした祭りの警備をしてほしいとか言ってたが……まさか、またあの怪物が来るかもしれないから、いろいろ考えなくてはな……。スイリアたちは何をするんだ?」
スイリアは少し考えてから、「私は医療班として待機しようと思います」と答えた。彼女の責任感の強さに、思わず微笑んでしまう。
「ミアは?」
「私はスイリア様のお供ですにゃ〜」
ミアが忠誠心たっぷりに答えると、彼女の尻尾が嬉しそうに左右に振れた。
「陽菜は……」
その時、玄関から陽菜の声が響いた。
「さだっちぃ! 早く来てよー!」
俺たちは顔を見合わせて笑った。陽菜の明るい声は、この診療所に温かな空気を運んでくる。
「あの子は……見物客でいいだろうな」
「そうですね。まだ無理はさせられませんし」
そして私たちは、陽菜を迎えに行くため、玄関へと向かった。
街の活気と陽菜の笑顔に背中を押されるように。
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