第27話 感激のスイリア――旅路は続く――
「芦名殿!」
スイリアは将軍が見えなくなるや否や、俺に駆け寄った。彼女の顔は喜びで輝き、その瞳はまるで宝石のように煌めいていた。
「先ほどの舌戦はなんですか! 貴方ってすごい弁舌なのですね。驚きました。よくぞあのエドワード将軍を言い負かしましたね。見ていて痛快でした!」
キラキラした目で俺を見上げるスイリアの姿に、思わず胸が高鳴った。
普段の静かで控えめな彼女とは違う、子供のように無邪気な表情だ。
「いや、昔取った杵柄でね。学生時代に弁論をやっていたから、自然と議論が得意になってしまった。今となっては、ああ言えばこう言うと、嫌われてしまうがね」
俺は照れくさそうに頬を掻きながら答えた。
「いやいや、でも、頭脳明晰なエドワード将軍をぐうの音も出ないほど論破できた人間は私は見たことがありません。芦名殿は本当にすごいです!」
スイリアは尊敬の目で俺を見つめていた。可愛らしい顔で真剣に褒められると、なんだか体がむず痒くなる。久しく女性から褒められる機会もなかったせいか、どう反応していいのか戸惑ってしまう。
「それに……」
スイリアは今度は頬を薔薇色に染めて続けた。
「こんなにも私のことを想って下さり、とてもうれしいです…。私、とても感動いたしました。
私、実は、人里にいた頃は、ハーフエルフということで、裏で半端者なんて気味が悪いと言われたことがあって、こんなに私のために言ってくださる人がいてくださり、とてもうれしかったです」
その言葉に、俺の胸が痛んだ。彼女が受けた差別や偏見、その傷の深さを思うと、胸が締め付けられる。
「あ、いやその、突然思いついたのだ。他意はないから、気にしないでくれ」
最近女性と親しく話す機会もなかったから、なんだか褒められるのは照れ臭く、とっさにそんなことを言ってしまった。
しまった、空気を読まない発言をしてしまった——。
案の定、スイリアは少し残念そうな表情をした。その視線が落ちていく様子に、自分の不器用さを呪いたくなった。
「そうなのですか。……そこは、スイリアのことが大切だからとか言ってほしかったですけど」
と蚊の鳴くような声で何か言った。
「え? なんだって?」
「なんでもありません! さぁ、さっさと行きますよ!」
そういうと、スイリアはずんずんと先に行ってしまった。その背中は小さく、頑張って強がっているように見えた。
(ああ、なんてことだ……)
俺は内心で自分を叱りつけた。女性の機微を理解するのが苦手なのは、海軍時代からずっと変わらないようだ。
「あ、待ってくれ!」
俺はスイリアの後を追いかけた。
彼女の歩調は早く、まるで俺から逃げるように足早に進んでいる。
「スイリア!」
彼女は立ち止まり、少し肩を震わせていた。
「さっきは言葉が足りなかった。本当は……スイリアのことを放っておけなかったんだ」
その言葉に、スイリアの身体が小さく震えた。
「嘘でもいいから、そう言ってほしかったです……」
彼女の声は震えていた。心の奥底から湧き上がる感情を必死に抑えているようだった。
「嘘じゃない。本当だ」
俺は思い切って言った。そして彼女の方へと一歩踏み出す。
「エドワードとの舌戦も、王都に行かないようにしたのも、全部スイリアのためだった。スイリアが王都に行くのを嫌がっているように見えたから、何としても彼女を連れて行かれないようにしようと思ったんだ」
銀紫色の髪がゆっくりと振り返り、澄んだ青紫色の瞳が俺を見上げた。その瞳には涙が光っていた。
「……本当ですか?」
「ああ。スイリアの自由を守りたかった」
不器用な言葉だけれど、精一杯の気持ちを伝えた。
すると彼女の顔にゆっくりと笑顔が広がった。
それは太陽が雲間から顔を出すように、徐々に輝きを増していった。
「ありがとうございます……」
彼女の笑顔を見て、俺は言葉を失った。何とも表現できない感情が胸の中で膨らんでいく。
艦長として多くの部下を失った、冷静沈着な軍人のはずの自分が、こんな風に心を動かされるなんて——。
「それじゃあ、行きましょうか。この先に泉があります。急がないと、日が暮れてしまいますよ」
スイリアは俺の腕を軽く引っ張った。その感触に、思わず胸が高鳴る。
「ああ、そうだな」
予想外の怪物出現、そしてエドワード将軍との出会いはあったが、俺たちは引き続き湧水を目指して山道探索を続けることになった。
空を見上げると、午後の柔らかな光が木々の間から差し込み、美しいコントラストを作り出していた。
芦名とスイリアの絆が深まる回でしたね。芦名の不器用な優しさと、スイリアの素直な感情表現、お楽しみいただけましたか?
次回は、ついに伝説の泉にたどり着く二人の冒険をお届けします! どんな展開が待っているのか、お楽しみに!
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