第26話 芦名、窮地を凌ぐ
俺は意を決して言った。
「王女様、ここまで案内してくださりありがとうございました。ここからは俺一人で大丈夫です。何、自分の身くらいは自分で守れます。ご心配なく……」
「芦名殿……」
スイリアはさみしそうに俺を見つめる。その瞳には複雑な感情が揺れていた。もしかして彼女は俺と一緒にいたいのだろうか。
いやそんなはずはない——。俺と一緒にいて危険にさらされるのはよくないことだ。
彼女とは身分が違う。自分にできるのはこの身を引くことだけだ。
だが、スイリアのとても悲しそうな目を見ていると、俺の胸は今までに感じたことのない痛みで締め付けられた。
ふと、もしかしてこのお姫様は王都にいるよりも、ここにいるのが楽しいのではないのかという考えが頭をよぎる。
昨日も今日も、スイリアはとても楽しそうに峠越えを楽しんでいた。
一緒に空を飛ぶ時の彼女の笑顔は、まるで鳥籠から解き放たれた小鳥のように自由で輝いていた。
もし、俺の選択が彼女の楽しみや大切な経験を奪うものであったとしたら……。
よく、「可愛い子には旅をさせよ」という言葉がある。
「子どもを甘やかさず、世の中のつらさを経験させるのがよい」という意味だ。
俺も、中学生の時に、初めて一人で汽車旅をしたときは、日帰りだったものの、何もかもが初めてで心躍る体験だった。
初めて見る町、初めて見る電車、自分の判断でどこにでも行ける喜びを感じた。
この子は、自ら籠の中から出て、外の世界で美しく成長することを選び取ろうとしているのかもしれない。大人が、その芽を、奪い取ってはいけない。
「……私は逃げ出したんです。王宮での生活を」
昨日のスイリアの言葉が脳裏によみがえる。この子は王宮に戻ることも望んでいない。
俺は頭をフル回転させた。
どうすれば、エドワードのメンツもたち、危険もなく、スイリアとの冒険が続けられるか——。
どうする、どうする、どうする……。
閃いた。俺はおとといの晩、ステータスを見た時の自分の能力を思い出した。
「エドワード将軍、今回は確かに危険な目に遭いました。ただ、これは敵の特性が分からなかったためであり、一度経験した今、次回以降の対策は可能です」
「ほう? どのような?」
将軍の目に好奇心の光が宿った。俺はチャンスとばかりに言葉を選ぶ。
「私たちは、戦闘は避け、敵の気配を感じた段階で速やかに撤退することを基本方針とします。幸いスイリア姫の魔法は、隠密性や逃走に役立つものですから、二人で迅速に逃げることも可能です」
「でも、逃げきれない場合もあるだろう」
エドワード将軍の眉が一層深く寄る。こちらの反論をすでに予測していたかのような鋭さだ。だが、俺も負けてはいられない。
「その際は、現地の地形や資源を活用して、敵からの一時的な隠れ場所や防御策を確保し、万が一の場合でも即座に安全を確保できる体制を作ります」
「でも、もし周辺に逃げ場所などの防衛策が用意できない場合はどうする? やはり十分な反撃手段は必要ではないか」
将軍の目が俺を見据える。まるで囲碁や将棋の名人が打つかのような、計算され尽くした問いだ。
「そもそも、少人数で目立たないように旅をすることが最善の防衛策です。大規模な護衛がつけば、逆に敵や魔物を引きつけるリスクが増します。今回、私たちが襲われたのも偶発的な遭遇であり、むやみに警戒を増やすことが必ずしも安全につながるわけではありません」
「なるほど、それは一理ある。でもそれでは、先ほどの防衛策が用意できない場合の答えに答えられていないが、この点如何となすか?」
将軍の表情に一瞬の緩みを見せたが、すぐに再び鋭い指摘を放ってきた。流石は軍人…いや、大臣だ。こうした言論戦にも慣れているのだろう。
「確かに今回は危険な目に遭いました。しかしそれは突然の遭遇で、相手の特性を知らなかったためです。敵の性質や攻撃方法が分かれば、十分に対処可能です。実際、我々はすでに2度経験したことで、次に同じような危機に陥った際には対応が可能です」
「具体的には?」
エドワード将軍が僅かに体を乗り出してきた。興味を引くことができたようだ。俺は勝機を感じながら、より具体的な説明を繰り出す。
「将軍もご覧になった通り、私とスイリア姫は二人でもあの強敵を相手にしばらく互角に渡り合いました。姫の魔法の力と私の戦闘経験があれば、多人数よりもむしろ迅速な判断や臨機応変な対応が可能になります」
「でも、先ほどはだめだっただろう」
エドワード将軍は鋭く切り返してきた。だが、俺はもう一つの切り札を用意していた。
「もちろん、最初に申し上げた通り、基本は命の保全を第一優先とします。実は先ほどは、逃げるという選択があることを失念しておりました。従って、こちらの攻撃により相手が怯んだすきをついて逃げ出すことにいたします」
息をつく暇も与えず、さらに続ける。
「更に、スイリア姫には、空を飛ぶ能力があります。これで、上空まで上がり、一気に加速すれば、この森林地帯ですから、地上から追いつくことは不可能でしょう」
エドワード将軍の表情が少しずつ変化していくのを感じた。この調子だ。俺は覚悟を決めて、最後の一手を放つ。
「もちろん、私も姫の安全に対し責任をもって臨む覚悟です。あとは姫君様のご意志次第ですが、姫君はいかがでしょうか?」
スイリアは俺の言葉に、こくりとうなずき、晴れやかな表情で言った。
「はい、私もこの芦名殿と一緒に旅をしたいと考えております。それに、先ほどの戦いで相手の特性はある程度わかりました。今度は決して後れを取りません」
彼女は深い決意を秘めた目でエドワード将軍をまっすぐ見つめていた。その瞳の奥に揺るぎない意志を感じる。
「しかしなぁ……」
エドワード将軍の表情がわずかに和らいだ。あと一歩だ。俺はチェックメイトをかけるべく、最後の決め手を繰り出す。
「それに、実は私の魔法には、自分を犠牲にして、相手を安全地帯まで送り届ける能力があります。なので、もしもの時は私が盾となり、姫様をお守りいたします。なので、どうか、お許し願えませんでしょうか」
俺はそう言い、エドワード将軍とスイリアの前で深くひざまずいた。大げさかもしれないが、この場の緊張感と使命感から、自然と身体が動いていた。
「ううむ、なるほど、貴殿にはそんな秘術を使えるのだな。その言葉、確かに聞き置いたぞ。もし、どうしても姫君を助けられない可能性もあるわけだが、この事についてはどう反駁するか?」
エドワード将軍の表情が和らいできた。だが、まだ最後の一押しが必要だ。俺は覚悟を決めて言い放った。
「そんな時はありません、なぜなら、姫の大事の時は私の命を代わりに差し出す契約を先ほど精霊と結んだからです」
俺はひざまずいたまま待っていると、上から将軍の言葉が降ってきた。
「うむ、私には精霊との契約をみられる能力があるので、確認したが、確かなようだ。そこまで言うのならば、姫の命も担保されていることだし、許可しよう。まさかそこまで姫の安全を第一に考えているとは思ってもみなかった。色々と反駁して悪かった。許したまえ」
エドワード将軍の表情が一変し、温かな笑みを浮かべた。嘘が通じただけでなく、好意的に受け取られたことに安堵する。
「いえ、こちらこそお許しいただき光栄の極みです」
「しかし、貴殿はなかなかの弁舌をお持ちのようだ。今度王都に立ち寄ることがあれば、わしの所に顔を出すとよい。歓待するぞ」
「感謝申し上げます」
俺は安堵で胸がいっぱいになった。これでスイリアとの旅が続けられる——。
「では、芦名殿、姫君をよろしく頼む」
「はい、お任せください」
エドワード将軍はそう言い残すと、軍勢を北方向へ進め、去っていった。
俺とスイリアは二人そろって深々頭を下げ、その行列を見送った。
芦名の機転と弁舌が冴えわたる回でした!
エドワード将軍との知恵比べ、いかがでしたか? 芦名とスイリアの冒険はまだまだ続きます。次回は二人きりになった二人の会話シーンをお届けします!
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