第10話 神様の土下座!?
前回までのあらすじ:駆逐艦「白雪」の艦長だった芦名定道と、現代の女子高生・天音陽菜は異世界に転生しました。
二人は途方に暮れていたところ、突如現れた奇妙な神様「ネ申」から予想外の依頼を突きつけられます。無理難題に直面した二人の反応とは?
陽菜が突然口を開いた。これまで物怖じしなかった彼女が、まるで堰を切ったように感情を爆発させた。
「いや、この世界がどんくらいの規模だがは知らねげんじょ、世界ば統一すんのがどんだけ大変だが、わがっで言ってんのが!?
日本だげでも、南北朝の頃だって、戦国時代だって、何年かがったど思ってんだなし!!
世界史レベルだら、21世紀になった今だって統一なんざ夢のまた夢だべした!
それを、なんでそんたに簡単に言ってくれっちゃってんだぁ!?
おめさん、そのへん、ちゃーんと分がって言ってんだべなぁぁ!?」
【標準語訳】
「いや、この世界がどれくらいの規模だか知らないですが、世界を統一することのどんなに大変なことかわかっているのですか! 日本国内ですら、南北朝時代だって、戦国時代だって、何年かかったと思っているんですか!! 世界史レベルだったら、21世紀になった今でも統一なんて夢のまた夢なのに、どうしてそんなに簡単に言ってくれちゃっているんですか!! あなた、そのへんよくわかっていらっしゃるんですよねぇぇ?」
彼女は半ば怒り出していた。加えて東北弁と思わしき訛り交じりの剣幕に、俺も思わず一歩引いてしまう。
普段は愛嬌のある笑顔しか見せない彼女のこんな一面は初めてだった。
窓の中のネ申は面食らった様子で言葉を詰まらせていた。
「あ・・・いや・・・その・・・」
陽菜の瞳には怒りだけでなく、明らかな恐怖も宿っていた。彼女が本気で怯えていることが、俺にもひしひしと伝わってきた。
陽菜は言葉を続けた。
「そごのさだっちには、なんだがすげぇ力があんだかもしんねげんじょも、うちはただの女子高生だがら!
そんじょな特別な力なんてねぇし、異世界を救うなんて、なじょしたらいいかもさっぱり分がんね!
世界を救えって言われでも、ぜってぇ、ぜぇぇぇったい無理だぁ!!!!」
【標準語訳】
「そこのさだっちには何かしらの力があるのかもしれませんが、私はただの女子高生です!そんな特殊な能力なんてありませんし、異世界を救うなんて、どうやったらいいかさえ見当がつきません! 世界を救えと言われても絶対、ぜぇぇぇったい無理です!!!!」
さだっち? いつの間にそんなあだ名になっていたんだ?
そんなことを考えていると、画面の向こうのネ申が震え上がる様子が見えた。
「女子こえぇぇ・・・」
彼はぶるぶると震えていた。神を名乗るにはあまりにも情けない姿だ。
「いやぁ、まぁそういわず、ね、ちょっとだけ、先っちょだけでも、ね、やってみない・・・?」
先っちょだけってなんだよ。こいつ、本当に神なのか? 俺の頭の中で、そんな野暮な突っ込みが浮かんでは消えた。
すると、さっきまで怒り狂っていた陽菜が、突然涙目になった。その変わりように、俺も思わず目を丸くした。
「ぐすん、うち、なんでこんなどごさ来ちまったんだべ……? はやぐ家さ帰りてぇよぉ……もうやんだおらぁ……」
【標準語訳】
「ぐすん、私、なんでこんなところに来たんだろう・・・? 早くおうちかえりたいよぉ・・・もう嫌だよぉあたし……」
うえーん。゜(゜´Д`゜)゜。と泣く彼女の姿は、どこか演技じみていた。だが、その悲痛さは十分伝わってくる。
意外に演技が上手いのか、本当に追い詰められているのか判断が難しい。少なくともこの場では、彼女の気持ちを尊重するべきだろう。
ネ申はすっかり陽菜の涙に動揺し、完全に焦っていた。
「いや、ちょっと、そういわれてもですね、基本的に無理なんですよねぇ、、ぼくちゃんとしても、ね、一回頑張ってもらわないと、非常に困るんですよねぇ・・・一応僕が選んだので・・・」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。俺は怒りを抑えられず、声を上げていた。
「貴様か、私たちを呼んだのは!?」
神への敬意など吹き飛んだ。俺の剣幕に、ネ申は文字通り震え上がった。
「ひぃ! どどどどどうかお許しを!! でも、いったんきちゃったら、もう元の世界には戻れないんです!!! それに僕もこれが失敗したら神様をクビになっちゃうんです!! だから、どうかね、この通りお願いします!!!」
見事なスライディング土下座だった。画面を通してそんなことができるとは知らなかったが、今はそれを追及している余裕はない。
陽菜がぐずぐずと鼻をすすりながら、俺の方を見た。「どうします?」という問いかけが、その瞳に宿っていた。
「はぁ~」
俺は深いため息を吐きながら制帽を外し、頭を掻いた。元の世界に戻れないなら、ここで抵抗しても仕方がない。そう思うと、肩の力が抜けていくのを感じた。
「ったくしょうがねーな、どっちみち私たちは帰れないようだし、この神様とやらのいうことを聞くしかないようだな、お嬢さんはどうする?」
諦めの気持ちが胸に広がった。この遠い地で命を落とすことになっても、それは運命なのだろう。海軍軍人として、死を恐れることはない。もう一度死ぬとしても、今度は意義ある死にしたい。
陽菜も諦めたように軽く肩をすくめ、ぐすんと鼻をすすった。
「しょうがないですねぇ、私、運動できないので、戦いとかは無理ですけど、なんかできること見つけて付き合ってあげます」
彼女は両手を腰に当てながら、やれやれという表情で言った。意外と強い子だ。こんな状況でも前向きになれるなんて、驚きだった。
ネ申はそんな俺たちの態度を見て、パァァァと顔が明るくなった。
「いやぁぁぁ、すみません、そう言ってもらえると助かります!! なんせ、これまでの方はみんな死んじゃっているので、もうあとがないんですよね!! もうお二人じゃないともう無理だなぁと思って呼ばせていただいたので、そこのところどうかよろしく☆彡 てへぺろ☆(・ω<)」
なんとも軽い口調だった。だが、そのセリフの意味するところは重い。
「これまでの方はみんな死んじゃっている」
予想外の言葉に、俺も陽菜も顔面蒼白になった。心臓が一拍分、鼓動を忘れたような感覚だった。
俺の頭には、ビスマルク海での激戦が蘇ってきた。あの時も、多くの同胞が散っていった。
上からの無理難題な指示に、艦長として反論はしたものの、結局は従うしかなかった。その結果、多くの部下を失った。
雪の進軍じゃないが、日本男児たるもの、いざとなれば死ぬる覚悟で突貫すればいいだろう。一回死んでいるしな。
そう自分に言い聞かせ、心を引き締めた。戦場は、いつだって死と隣り合わせだ。それは、この異世界でも変わらない。
一方で、陽菜の表情からは明らかな恐怖が読み取れた。彼女の内心がどれほど混乱しているか、想像に難くなかった。
無理無理無理無理!! もう痛い思いさしたぐねぇよぉ!! お家さ帰りたいよぉ!!
そんな叫びが彼女の瞳から伝わってきて、胸が痛んだ。こんな若い娘に命の危険を負わせるなど、許されることではない。だが、今はそんな贅沢を言っている場合ではなかった。
俺たちの覚悟を見てとったのか、ネ申は満足そうに頷いた。
「さて、では具体的なことを説明します。まずは……」
これから始まる冒険の説明が始まろうとしていた。俺は改めて状況を整理するように、一呼吸置いた。
いかがでしたでしょうか? 陽菜の東北弁(会津弁)のセリフについては、最初は標準語verしか作ってませんでしたが、陽菜ちゃんは素だと会津弁で話しちゃう癖があるので、今回やや長文で話してもらいました。
ここで、会津弁講座その①!
Q.陽菜が泣きながら言った「やんだおら」とは、どういう言葉でしょう?
A.「やだ、私」を意味する定型句で、女性限定の話ことばです。
日本特有の奥ゆかしい言葉の一つで、照れたり恥ずかしがりながら「やんだおら♡」といえば、肯定や「いやだ どうしよう、あたし♡(照れちゃうなぁもう」的な意味で、苦々しい顔で「やんだおら……」って言われれば、「やだなぁどうしよう私(本当に嫌だ)」みたいな感じですかね。
ただ、あんまり後者の否定的な意味で使われることは相手のある会話ではあまりなく、独り言でいうことが多いと思います(たぶん)。
友達同士や独り言で使われるようなカジュアルな言葉と思ってください。
さて、芦名と陽菜のコンビはこれからどうなっていくのか……? 次回、さらに具体的な指示と特別な力について明かされます!
皆さんの応援が私の創作の原動力となっています。
少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想、評価ポイントなどをいただけると大変嬉しいです。
「良かった」「このキャラクターの言動が印象的だった」など、ほんの一言でも構いません。
読者の皆さんの声を聞くことで、より良い物語を紡いでいけると思っています。
よろしくお願いいたします。