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フラマンタスの刃9

 低い唸り声が宿の中の静寂に僅かに響いていた。

 彼はよろめきながら階段を二階へゆっくり歩んでいた。

 前方に座り込む影があった。一本の燭台の灯りが相手の姿を照らし出した。銀色に輝く甲冑は蝋燭の灯りを映し出し反射している。

「ダニエル」

 相手はそう言うと立ち上がり、十字剣を抜いた。

「ギアアアアアッ!」

 ダニエルは駆け出した。その甲冑ごと、喉首を噛み切りたい! フラマンタスの剣が振るわれる。



 二



「はっ!?」

 ダニエルは目覚めた。自分がふかふかしているベッドの上に寝ているのを確認した。確か、ゾンビになってフラマンタスを殺そうとして……。

「ダニーボーイ、夢でも見たか?」

 隣のベッドで眠るコモドが欠伸をして尋ねて来た。

「は、はい、夢だったようです」

 ダニエルは身体中汗ばんで気持ちが悪かったが、再び毛布をかぶった。

 コモドと同室なのはダニエルが自分がゾンビ化した場合の処理を誰かにしてほしかったからだ。隣部屋のマリアンヌ姫の部屋の前にはフラマンタスが夢で見たように腰を下ろして眠っているだろう。

 いっそ本当に人間として死んでしまえば、こんなに苦悩することはなくなるだろう。

 ダニエルは己がまだゾンビ化するかもしれないという不明確な思いを捨てきれなかった。血と肉を求めてさまよう亡者の一人になってしまうだろう。それが恐ろしかった。自分が自分ではなくなる。

 ああ、誰か、俺を殺してくれ! 人として尊厳を保っている間に!

 ダニエルは毛布の中で震えていたが、それを不安気な顔で隣で見ているコモドには気付かなかった。



 3



 宿に残されていた食材を使い、コモドが調理する。食卓にはフラマンタスと、マリアンヌ姫、ダニエルが着いていた。

 コモドは肉を調理していた。

 ダニエルの鼻孔にそれは魅力的なにおいとして伝わっていた。空腹が鳴る。

 マリアンヌ姫が微笑んでくれた。だが、ダニエルは笑みを返そうとしても上手くできなかった。

 肉を欲している俺はやはりゾンビの気配があるのでは無いか? コモドが焼かれた肉を運んできた。

「手伝います」

 姫が席を立つ。

「ありがと、マリちー」

 コモドが言った。

「ダニエル大丈夫か? 顔色が悪いようだが」

 フラマンタスが尋ねる。茶色の髪をし、体格のわりに顔は痩せている。切れ長の目に髪と同じ茶色の瞳がある。ダニエルが羨むほどの端麗な顔と、低い美しい声だった。

「わ、私は少しトイレに行ってきます」

 ダニエルは席を立ち、肉のにおいから逃れた。

 静まり返った朝の廊下をダニエルはトイレへと歩んだ。

「駄目だ、未だに俺自身が信じられない。俺はやはりゾンビ化するんじゃないか? 肉があんなに美味そうに思えたのは始めてかもしれない」

 そう呟き、かぶりを振る。よく故郷の親父が肉を焼いてくれたじゃないか。あれだっておかわりしたいほど美味かった。マリアンヌ姫の言う通り、ワクチンは効いてたのかもしれない。そうだ、全て気のせいだ。

 ダニエルがトイレの扉を開いた時だった。

「アアアアッ」

 宿の主、通称太っちょビフがこちらを振り返った。

 土気色をし、目が濁っている。歯を剥き出しにして手をダニエルの肩に掛けた。その途端に恐怖が彼の脳裏を走った。

「うわああっ!」

 ダニエルが声を上げる。

 顔見知りのゾンビはその体重でダニエルをひっくり返らせた。ゾンビの顔が自分の顔の隣にある。

「ダニー!」

 傭兵コモドが駆けつけて来た。

「た、助けてくれ!」

 ダニエルが声を上げるとコモドがゾンビを引き剥がし、短剣で喉を掻っ切った。

 ゾンビは己の血の海に沈み改めて事切れた。

 フラマンタスとマリアンヌ姫もやってきた。

 途端にダニエルは咳き込み、胃液を吐き出していた。

「すまん、索敵不足だった」

 フラマンタスが謝罪した。

「もう嫌だ! 私は私として死にたい! ゾンビになんてなりたくない!」

「ダニエルさん、大丈夫です、ワクチンは確実に効いてますから!」

 マリアンヌ姫の声がした。

「信じられない! そんなもので人の変化を食い止められるなんて!」

 ダニエルはそう言うとサーベルを抜いて己の首に突き付けた。

「落ち着いて、ダニーボーイ!」 

 傭兵コモドが言ったが、それよりも先にサーベルの刃を素手で掴む者がいた。フラマンタスだった。

「ダニエル、君の気持ちは分かるような気がする。当初の予定通り、一緒に旅に出よう。真紅の屍術師を斃すために。町の人達の、いや、世界中の犠牲者達の仇を討つために。ワクチンは効いているはずだ。だけど、それでももしただ変貌を遅らせるだけに留まっていたなら、それが判明した時、君の望むままのことを私が責任をもってしよう」

 冷静な教会戦士を目を見詰めた。刃を握るフラマンタスの手の間から血が滴り落ちていた。

 ダニエルはサーベルから手を放した。

 ダニエルにとって、フラマンタスの言葉は心の支えだった。彼らならもしもの時、私を止めてくれる。

「フラマンタスさん、改めて私をあなたの旅路に付き合わせて下さい」

 ダニエルはそう言った。フラマンタスが頼りがいのある顔で深く頷いた。ダニエルは思った。俺の命はこの人に預けた。この大きな身体と共に行くのだ。

 差し出された力強い大きな手を掴みダニエルは立ち上がったのだった。

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