フラマンタスの刃78
外で見えていた光景とは違っていた。
天は厚い暗雲に包まれ蛇の如くうねって動き、その下にあるのは一面の墓石と、僅かばかりだがおどろおどろしい枝を伸ばした木々だった。外で見えていた階段は墓地の遥か向こうにあった。
背後に出口はなかった。そこには何の変哲の無い古ぼけた石壁があるだけだった。
「我々に退路は無い。今は前に進むのみ」
無数の墓石の下から腕が突き出て、腐った死体達が這い出して来る。虚ろな合唱が聞こえ始めた。
「行くぞ!」
フラマンタスは声を上げて歩み進んだ。
ゾンビ達は次々地上に足を踏み出してきた。
曇った眼とカビの生え腐敗臭のする身体が全方面からこちらを目指している。
「ここで足止めしようって魂胆か。階段まで走れ! 一方からの攻めならどうにか凌げる!」
ヒューが言った。
「そうしよう」
フラマンタスらは墓石とゾンビの間を走った。
時折、手近のゾンビが手を伸ばして来るが追いつけない。ヒューの選択は正しい。
ひたすら駆け抜けた。
本当はもっと白く綺麗に見えた階段だが、辿り着いてみると、城壁のように蔦と苔に覆われていた。
振り返る。まるで津波となったゾンビの大群が、いや、軍勢がこちらへ押し寄せて来ている。
「ここは任せてもらうぜ」
ヒューが戟を振るって言った。元よりそのためにここまで駆けることを提案したのかもしれない。
「微力ながら私も残りますよ」
ダニエルが剣を抜く。
「なので、皆さんは早く真紅の屍術師を討って来て下さい」
「そういうことだ」
ダニエルとヒューがこちらを一瞥して言った。
「ヒュー! ダニエルさん!」
マリアンヌ姫が驚いて名を呼ぶ。それもそうだ、ゾンビの規模は膨れ上がっている。次々墓石をひっくり返し地上へと這い出てくる。
「姫、参りましょう! 二人のためにも早く事を済ませるのです!」
フラマンタスが言うとマリアンヌ姫が頷いた。
ペケは手綱を握らなくともフラマンタスらの後をついていきた。呪われた重たい武器を六つも背負っているがへっちゃらのようだ。
フラマンタスらは階段を駆け上がった。
踊り場にゾンビが二体待ち受けていた。
その手が伸びる前にフラマンタスの十字剣が振るわれ首が二つ飛んだ。
ここは外階段のようだった。普通ならば正面の入り口を行くのでは無いか? フラマンタスはふとそう疑念を抱いた。階段が見えたからここを来たが果たして正解だろうか。
壁に沿い外回廊を駆ける。
ギュネが息を荒げ始めた。
「ギュネさん?」
するとペケが首を下げ、ギュネに乗るように促した。
「ありがとう、ペケ」
ギュネとマリアンヌ姫がその背に跨った。
「アネーリオ君、君は大丈夫かい?」
「うん、まだまだ走れるよ」
小さな戦士は頼もしい笑みを輝かせた。
コモドも頷く。
ならばとフラマンタスは駆けた。
ふと、前方に五体ほどのゾンビ達が部屋の扉に群がり、粗雑に叩いているところに出くわした。
「中に誰かいるのかもよ」
コモドが言い、彼とフラマンタスは駆けた。
ゾンビがこちらに気付くが、二つの瞬刃が首を狩った。首を失った胴体から血を噴き上げ倒れる。
「おい、誰かいるのか? 外のゾンビは片づけた!」
フラマンタスは扉に呼び掛けた。ノブを握ったが施錠されていた。
「我々は教会戦士団だ。重大な使命を帯びている。いないのなら我々は行くぞ!」
再度フラマンタスが呼び掛けた時だった。扉の鍵が外れる音がした。
「ま、待ってくれ」
扉が開き、赤茶色のフードと外套を纏った中年の男が現れた。
その姿は外で出会ったレンジャー達を想起させた。
「あなたはレンジャーか?」
フラマンタスの問いに相手は頷いた。
「いかにも。私はハンス。奥にいる若いのがディー」
そう言ってレンジャーのハンスは身を避けて奥のもう一人の仲間を紹介した。
ディーの方は、消耗が激しいらしい、壁に背を預けて辛うじて呼吸しているようだった。
「ゾンビに噛まれたんですか?」
ペケの背から降りてマリアンヌ姫が尋ねた。
「いいえ、違います。飢えです。飢えと渇きが私と彼の直面している問題です。水を分けてはもらえませんか?」
「水と言わず、携帯食だが食料も」
フラマンタスが言うとアネーリオがペケの背から食料を取り出した。そしてフラマンタスは水の入った革袋を差し出した。
「ありがたい。さぁ、ディー、水だ」
ハンスが後輩に駆け寄って行く。
ディーは水をゆっくり飲んで一息吐いた。
「ありがとう」
若いレンジャーはそう一言述べた。
「アンタも飲みなよ」
コモドが水袋を中年のレンジャー、ハンスに差し出す。
「ありがたい」
ハンスもゆっくり水を飲んだ。
「もし、身体に余裕があれば、下で戦っているヒューとダニエルという我々の仲間に加勢して欲しい」
フラマンタスが言うと相手は頷いた。
「分かった。だが、あなた方はどうするつもりだ? 出口を探そうにもここから先には意味有り気な壁がそびえるのみ、先へは進めんぞ」
「意味有り気な壁?」
コモドが問う。
「ああ。窪みが幾つかあるんだ。おそらくそこに合う物を組み込む仕掛けだとは思うが」
「まずは我々も行ってみよう。あなた方もどうか無事で」
「ああ。幸運を!」
フラマンタスらは二人のレンジャーに別れを告げ、先を急いだ。外の回廊は続く。階段がありそこを駆け上る。長い長い階段で、それだけで疲弊させようという敵の思惑を感じ取った。だとすれば、俺達は正しい方角へ来ているということだ。
ヒューとダニエルのためにも急がねばなるまい。イシュタルとウルフのこともある。
階段の上まで到達すると、そこには苔生した石畳の広場が現れた。
アネーリオも息を上げている。マリアンヌ姫とギュネがペケの背から降りた。
「おそらくは、あれが問題の壁ですね」
マリアンヌ姫が指さす先に、一枚の新造の物と思われる綺麗な壁があった。そしてレンジャーが言った、窪みもある。
フラマンタス達は壁へと近づいて行ったのであった。




