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 惇君から、お兄ちゃんはどう映るだろうか……威圧的?


 黒いオーラを背負って真っ直ぐ此方を睨んでいるかしら?


 でもね、双子の妹の私から見ると。

 

 「うはは!少しばかり弄ってやろう」って悪巧みしている顔にしか見えないわ。本気で怒ってない。


 可哀相な惇君、でもある意味近くにいる私にも飛び火してくるから油断できないのよね。


 何でお兄ちゃんが本気で怒った顔を見分けられるかって?そりゃ近くで一度見たから。


 向けられたのは私じゃない、私が小さい頃に誘拐されそうになった時に一緒に遊んでいたお兄ちゃんが第一の目撃者だった。


 最初はビックリした顔になったけど、状況を察すると変貌したお兄ちゃんの雰囲気が。


 その時お兄ちゃんは死んだ目で笑っていたんだ。あんな顔は初めてだったよ、死んだ魚の眼をしたお兄ちゃんは誰よりも怖かったわ。

 

 お兄ちゃんが本気の本気で怒ったらそうなるのよ。すっごく怖い。


 でもお兄ちゃんが誘拐犯の注意を惹きつけてくれたから、誘拐犯から私は手を振り切って逃げられた。とても感謝している。


 そして、この話は私の家では禁句となっているの。


 私は知らない、しかしお兄ちゃんには親族から何かを言われたらしい。


 次の日、お兄ちゃんの頬は痛々しいほどに真っ赤になっていた。


 それを見てお兄ちゃんにもプライドがある、だから幼心ながらに私は触れてはいけないんだと考えたな。


 話は戻して、惇君はロッシのリーダーのお兄ちゃん対して不興を買ったのではないかと小さくなっている。


 大丈夫なのに……。


 お気の毒って思ったのは、お兄ちゃんの玩具になるだろう惇君に同情しちゃった。

 

 奈保子ほどに直樹を見抜けない惇は視線を落として、自分の足が見える床を見つめると決意した顔で直樹と向かい合う。


 「俺っ黒猫さんの正体を探りに行けって言われたりしてません、俺が勝手に黒猫さんを知りたいだけなんス!」


 静かに奈保子は他人顔しときながら、緑茶を飲む。


 (てっきりメンバーの皆に背中を押されて探ってると思っていたわ)


 あれだけロッシの中で異様な副リーダーが誰なのか知りたいのは当然だと思う、でも個人的に惇君が自分1人の行動ならば。


 お兄ちゃんは信頼されているな。


 だってお兄ちゃんが口にはしなかったけど、正体を暴く真似はしないで欲しいって態度だった、お兄ちゃんがそう望むなら覗きませんって我慢しているのだろう。


 全身真っ黒、室内でも顔が窺えないヘルメット。そしてバク宙をする男か女なのかも分からないのを不本意でしょうけど受入れてくれようとしている。


 改めてお兄ちゃんは凄い~流石は自慢の兄にして甲本家を背負っていく長男。


 「おう、まかせとけ」


 私に向かって唐突に見せた「ドヤ顔」……もしかしてお兄ちゃんは人の心が読めるの?


 自分の兄に若干の疑惑を持ちつつも、奈保子は傍観者の顔をしてお菓子を食べる。


 「それで、お前は何の目的があって俺の選んだ副リーダー「黒猫」を知りたがる?」

 「俺……」


 曇りはじめた惇に直樹は小さくため息をつく。


 どうせみんなの前で負けたので次に機会が巡ってきたら負けないように、情報収集が目的なんだろうと踏んでいた。


 「俺……ッ!」


 それでも、言葉を搾りだす惇には躊躇いがあるが、覚悟を決めた男の目に変わりお兄ちゃんと私は真剣な顔になる。


 「俺ッ黒猫さんの好きな食べ物を知らなきゃ!黒猫さんに食ってもらう弁当作れないッス!!」


 途端にお腹を抱えて大爆笑する直樹と、手にしていた湯のみを落しそうになる奈保子。


 「だぁーーーはっはっはっはッ!!お前は最高だぁ!!」


 ダンダンと音をたててリビングのソファと同じ高さのテーブルを叩く兄に、急展開過ぎてついていけない妹を他所にして真剣な顔で惇は立ち上がった。


 「俺はマジっす!それから好きな色とか好きな歌手とか、色々知りたいから来ました!!」

 「やめろぉー!追い討ちをするな!!」


 更に食いつく惇は直樹の笑を誘う。


 これは暫く会話にならないだろう、そんな事よりも奈保子の頭には?マークが沢山浮かぶ。


 ちょっと……待ってよぉ…。


 本人が目の前にいるのに、そんなリサーチってあり?


 お兄ちゃんはまだ大爆笑だし、惇君は情熱的な目をしちゃっているし。どうしたらいいの?ってか、何でコテンパにされた相手を慕っているの?


 笑いすぎて涙が出たのを指で拭き、直樹が姿勢を正して口を開いた。


 「どの辺に惚れた?」

 「とにかく全部です!!カッコイイ上に強くて謎が多いなんて惚れるしかありません!!」 


 とんでもなく惇君の中の私って美化されている?


 それと惇君は感情的になると声大きいな~。


 じゃなくて、惚れたって……ああ、憧れたって意味ね。


 よかった……惇君が一瞬だけ肌の色も知らない相手にラブったのかと、いやその相手は私なんだけどさ。それはそれで困るから良かった。


 でもさ、様々な角度で凄い複雑なんですけどぉ……。


 男の格好をしている私の方が何でもてるの?


 直樹は予想通りの惇に気をよくして頷く。


 「ある程度なら教えてやるよ」


 ちょっと私に視線を寄越してお兄ちゃんが、惇君に応えた。惇君は何処から出したのかメモ帳とペンで勢いよく顔を縦に振る。


 そして情報を得た新聞記者のように、顔をキラキラさせていた私も止められなかった。


 ええ、そうですとも。私が止められるはずがありません。


 だって、噂の黒猫と私は関係のない、ってことになっているから止められるはずもない。ニアニアしているお兄ちゃんの顔が憎い。


 「まずは、な……アイツ以外に必要以上の味付けはしないタイプで、甘い系には目が無い……それから……」

 「甘い系ですか!?俺上手く作れるかなぁ…」


 そうよ!その通り、私はシンプルな味付けが好きよ。ラーメンでも必要以上に調味料やニンニクなんかのスパイスは入れないわ。そして甘いのは大好き!!


 お兄ちゃん!もう止めて恥ずかしい、惇君も一生懸命にメモしてんじゃないわ!!


 止められたらどんなにいいか、お兄ちゃんは私の秘密暴露するんじゃ……。


 「そうそう誕生日にはアイツにテディーベアを俺が買ってやって、そのクマを抱いてね……」


 私は思わずお兄ちゃんの口を塞いだ。


 何で私が誕生日にお兄ちゃんから貰ったテディーベアを、抱きしめて寝ていたのを知っているの?


 可愛らしくない私が抱きしめて寝ている少女チックな姿は秘密だった、マロンが夏に暑くて一緒に寝てくれないから代わりに抱きしめていたの。


 そんでこれ以上の個人情報の放出はやめて頂戴、本当にお願いだから!!


 「何だよ、黒猫の情報だぞ?お前が焦る必要はないだろう」


 まーっ!ニアニアした目で言ってるしぃ!私が表立って強く拒絶できないのを楽しんでいるんじゃない!


 「かッ勝手に自分の知らない所で調べられるより!本人に直接聞いたいいじゃない!?黒猫さんって人もそっちの方が喜ぶわ!サプライズならもう甘い食べ物って分かったでしょう?」


 だから本当にこれ以上は勘弁してちょうだい。


 お兄ちゃんの口を塞いだのを見て、惇君はちょっとぽか~んとしたが私の言葉でハッと目を大きく開いた。


 「……そうですね、そうっスね!!隠れてコソコソせずに堂々と黒猫さんに尋ねたほうが男らしいッス!ありがとうございました!!」


 私の視線は惇君に向いていたので、お兄ちゃんが笑みを深めたのに奈保子は気付かなかった。


 直樹は自分の口を塞いでいた奈保子の腕を逆に掴み、抱き寄せる。


 「そうだな、それが良い。『本人』に聞くのが一番いいさ」


 うっ!それは……それで…「黒猫」って私なんですけどぉ。


 現実に頭を痛めている奈保子をほって直樹は続ける。


 「だが黒猫になんでも尋ねるのは面白みにかけるとは思わないか?」


 惇君は頷く、びっくりさせて喜ばせたいのもある。だけど本人に尋ねていると何を用意しようとしているのか分かってしまう。


 まだそれだけならいいが、遠慮や気を使わせたりする可能性もあるのだ。惇としては憧れている「黒猫」に尊敬を表すために勝手にやっているだけなんだけど。


 返って迷惑になると元も子もない。


 「幸いな事に、ここにいる俺の妹である奈保子と「黒猫」の趣味や趣向が似ていてな、判断に困るとコイツに聞けばいいぞ」


 え?ちょっと何言っているんの?


 「そうなんですか?」


 落ち込んだ顔から惇の顔は一気に明るくなる。大好きなんだ、黒猫の私が……。


 なんで男の子に男装している私のほうが好かれている訳?女としてのプライドにひびが入るんですけど。


 「奈保子さん!」

 「はい!」


 惇君は勢いよくソファから立ち上がり、頭を深く下げる。驚いた奈保子は変な声で返事を返してしまった。


 「どうか俺の相談役になってください!!」


 …………。


 少しはなしを整理しましょう、えっとつまり。「黒猫」の私の好みを知るために「黒猫」になってない私に相談するって……。


 (面白ことになってきたな?奈保子)


 抱きしめた私の耳でこっそりお兄ちゃんが呟いた。


 (だから何度もいっているように楽しんでいるのはお兄ちゃんだけよぉぉぉ、どうしよう変なことになってきたよ)


 これも惇君に聞かれないようにこっそり喋る、惇君はまだ頭を下げていて私の返答を待っているようだ。


 (可哀相じゃないか?アイツの真っ直ぐな目を見た?おおッ何て酷い妹だ、それで惇の願いを断るなんて人間のする事じゃないな)


 じゃあ、どこの人間は妹を族みたいな集会に男装させて参加させますか?


 どうしよう、「黒猫」としてロッシに関わるだけだと高をくくっていたけど、どうやら奈保子としてロッシのメンバーである惇君と接点持っちゃうな。


 今更だけどお兄ちゃんのヴァイオリンを貰うには、「黒猫」とは全くの別人のふりをしてこの夏休みの間「黒猫」の好みを教えなければいけない。


 う~ん……段々ハードル高くなってない?


 惇君の要望は私が黒猫だってばれてしまう可能性が高くなる絶対に不利な事。


 でも……、めっちゃ必死に頭下げているのよ?此処で断ったらお兄ちゃんの言う通りに酷いヤツになってしまう。


 それだけなら、まだ我慢できるけどさ……後で絶対に罪悪感に襲われるのは目に見えている訳でして。


 「分かった、相談くらいなら協力します」


 諦めのため息を一つ奈保子は漏らし、惇君の申し出を承諾しちゃった。


 つか、それ以外の選択肢がないじゃない。


 「ありがとうございます!奈保子さん」

 「役に立つか分からないけど」


 惇君の嬉しそうな顔を見ていると、まっ喜ぶんならいいのかなって若干暢気に思う。


 一応はお兄ちゃんも私が「黒猫」だと知られるのは警戒しているから大丈夫でしょう。


 プレゼントだって事前に分かっていれば高価なものや、トラブルになるもの何かが出てきたら回避できそうだと思えばいいわ。


 別に惇君が常識を逸脱して変なもの用意するって考えているわけじゃないけど……やっぱり貰ってばっかだったり、気を使われてばっかりだと気が悪いから。


 惇君よりも私の方がお姉さんだから、その辺はしっかりしないと。


 「ただし、奈保子に用事がある時は俺に連絡しろ、いいな?」


 妹を他の男から監視するような発言だけど、「黒猫」は私なんで自分の知らない所で話が進むのを危惧した為。お兄ちゃんはどういう風に捕らえられてもかまわないでしょうけど。


 「はい、分かりました。決して奈保子さんには迷惑はかけません」


 力強く頷く惇に直樹は笑う、丁度よくお茶とお菓子が切れたので奈保子は立ち上がって御代わりを出そうと殻になったお皿と湯飲みを持ってキッチンへ向かった。


 リビングからお兄ちゃんと惇君の話し声が聞こえる、次の集会は来週の中頃らしい。


 今度こそ私はロッシの中では大人しくしとこう、曲がりなりにも副リーダーって認められているみたいだから大丈夫でしょう。


 そんな事を思っていると、玄関外についているインターホンのベルが鳴った。


 ≪ピンポーン≫


 惇君と同じくロッシの誰かが来たのかしら?


 奈保子は次のお菓子を出そうとした手を止めて、玄関に向かって歩いていった。


 直樹はインターホンの音に怪訝そうな顔をして奈保子を止める。


 「おい、行くな俺が…」


 直樹の声を塞ぐようにインターホンのベルが連打された。


 ≪ピンポーン ピンポーン ピンポーン≫


 貴方は高橋名人か!?って聞きたくなる程の連打にお兄ちゃんの声はかき消され、私は小走りに玄関のドアを掴む。


 「ちょっ!直ぐに開けます」


 ドアをちょっと開けて顔を出した、でか!!?


 第一印象はそれ、お兄ちゃんと同じくらいの身長があって私が視線を上にする相手ってのはそうはいない。だから驚いた。


 インターホンのベルを連打していたのは男性、年齢は惇君よりも私達に近そう。もしかしてこの人もロッシのメンバーだろうか?


 確かなのは私とは面識が無い。


 男性の容姿はカッコイイと思う、前髪が長くて目の部分は隠れているけどワザと崩した美形って顔している。ただ髪を染めすぎて痛んでいるの金髪は残念だけど。


 誠実そうな雰囲気ではないが若者らしいファッションと魅力を持っている人だ。


 間違いなく私の学校にきたら数人の女の子がファンになりそう、危険な香りがいいな。


 でも私のタイプじゃないわ、軽そうな男性はちょっと……。


 男性は私を見てに~っと大きく唇を動かし笑った。見え隠れした八重歯が少しだけ可愛い。


 はっそんな事が考えてたら、目と目があったまま沈黙の間が空いちゃった。


 奈保子が慌てて口を開く前に相手が喋った。


 「直樹君いますかぁ~」


 やっぱりお兄ちゃんの知り合いか、惇君と一緒に来なかったんだね。まっいいか。


 「どうぞ、奥にいます」


 こうなったらお客さんの1人増えたくらい、問題じゃない。私はドアを開いて男性を招いた。


 奈保子が後ろに男性を連れてリビングのガラスドアを手にした、時に突如、違和感を覚えた。

 

 この人がマンションに来たとき、私達はエントランスのドアのロックを遠隔操作で解除したっけ?


 惇君と一緒に来たなら分かるけど、後から来たのなら……ドアは誰が開けた?


 背筋がスッと冷える、硬直する奈保子は動けないでいた。


 すると直樹がリビングと廊下を繋げるガラスドアを開いて、奈保子を引き寄せようと腕を伸ばすが、奈保子の後ろにいた男性が奈保子を抱きしめ。


 ビックリしている奈保子の肩に顎を乗せて、笑った。


 「ひゃ~怖い顔の直樹君」

 「妹を放せ、戌井いぬい 速人はやと


 ぎゅっと両手で抱きしめられて、奈保子は身動きがとれない。そしてお兄ちゃんの顔をみて友だちではないのを悟った。


 「戌井!?」


 惇君も戌井の名前に立ち上がって、此方を強く睨む。緊張感が漂っているので奈保子は質問も投げかけられなかった。


 この人誰って極自然に感じる疑問を。


 「何のようだ?俺の妹を人質にするとは良い度胸だぜ」


 ああ…お兄ちゃんのこの顔ヤバイ、マジ切れ寸前の顔をしている。

 

 「やっぱり妹ちゃんだったんだ、直樹君と似ている訳だ。双子って実際に見るの初めてぇ~顔が全く一緒じゃないのな?」

 

 アホか?当然でしょう?私達は双子でも男女と違っているのよ、一卵性双生児みたく性別も顔もほぼ似ていないわ。極まれな異性一卵性双生児よりも確率の高い二卵性双生児です、私達は。


 そういってられる雰囲気じゃない……。


 「パタゴニアン・ドッグの切り込み隊長…」


 惇君が何処かのチームの名前を呟く、それで私を拘束している男の立場が少しだけ理解した。


 きっとお兄ちゃんのチームと仲が悪いチームで、妹の私が人質の状況。うーん無用心にドアを開いてしまった私が悪い。


 肘鉄を食らわして逃げるか?


 体に力を込めようとすると、耳元に戌井が口を寄せて言う。


 「止めときなぁ肘喰らっても放す俺じゃないよん」


 嬉しそうに私の攻撃を先読みされた、閉じ込めている腕も逞しい。


 こりゃ参った、この人軽そうで細そうな印象でもガッチリ鍛えている人だわ。きっと私よりも強い。


 確信はないのだけれど、そう感じた。


 成り行きをお兄ちゃんに任せるしかなさそう、下手な刺激を与えないように黙り大人していた方が得策だね。


 「情け容赦ないパタゴニアン・ドッグの戌井が何のようだ、と俺は聞いているんだが?」

 「べ~つ~に喧嘩しにきたんじゃないのよん、ただお願いがあってさぁ」


 本気でないが、媚びた口調の戌井に直樹の眉はますます寄せられる。


 更に私を抱き寄せて体を密着させた、子供がお気に入りのヌイグルミを抱きしめるようにだ。ドキっとかしないけど純粋に苦しい。


 「アンタの所にいる子猫ちゃん俺にぃちょうだ~い☆」


 戌井を除き全員がはあ?みたいな顔になる、それでも戌井は上機嫌で続けた。


 「直樹君の後ろに座っていたアイツねぇ俺超気に入っちゃった!うんと可愛がるから俺に頂戴よ」


 あれ?私は日本語が分からなくなったのかしら?それとも幻聴?もしかして脳みそが理解するのを拒絶しているのかもしれないわ。


 「ふざけるな、黒猫はうちの副リーダーだ。簡単にやるわけ無いだろうが」

 「えー?俺ちゃんとご飯あげて寝床も作るって、ブラシも毎日かけてやんから」

  

 唇を尖がらせて、駄々をこねる戌井。


 この人は人語が通じるのか?ただの子供みたいな言動ばかりしている。


 え……と、それに本当に猫扱いで可愛がるつもりじゃないでしょうね?つか私なんでこの人に欲しがられているの?


 今日は2人の殿方に好かれて、モテ期ですか?そうなのモテ期なんですか、畜生!!嬉しくないわ!!


 何の因果で私じゃなくて男装した私なのよ?神様助けて!


 幸いなのが戌井って人、私を黒猫だって気付いていない。気付かれていたらどうなっているんだろう。


 偶然にも「黒猫」の私を抱きしめているけど、気付かない彼にとってはお兄ちゃんが飛び掛らないための人質なんでしょう。


 それを幸運とは思わない、寧ろこの事態こそ不幸ですわぁぁ!!


 グルグルと奈保子の頭の中で疑問が駆け巡っている間にも、直樹と戌井の不毛な言い合いは続行して戌井は頭をガジガジ乱暴にかく。


 「あああ~話が進まないぃ、直樹君が素直に子猫ちゃん俺にくれれば全てオッケーなのにケチ!」

 「何度も言わせるな、馬鹿かお前は?そもそもお前にくれてやる理由がない。その前に妹を放せ」


 直樹は握った手に力を入れた、どうやって奈保子を戌井から取り戻そうと何通りかのパターンを考えていたが、厭きたように奈保子を簡単に解放した。


 「直樹君の強情、いいもん~もう頼まないもんね」


 戌井はニカッと大きな口を動かして笑う、奈保子はすぐさま直樹に引っ張られて直樹の背後に回された。


 ニアニア下品ではないが、軽い笑みの戌井の印象は大型犬のイメージに重なるのだけれども、きっと本質は狼だろう。


 「そうか、ならさっさと帰れ」


 直樹はシッシッと手で戌井を邪険に払う。目元が髪で隠されている戌井の眼が少しだけ覗き見えた。


 「んじゃ奪うんでヨ・ロ・シ・ク」

 「てめぇ……」


 戌井の言い草に直樹は唸るような声を出す、余裕綽々のお兄ちゃんがこれほど警戒するのは珍しい。


 戌井の眼は本気だった、口元や雰囲気は軽いのだけれど目だけは獣みたいに鋭く此方を見据える。


 「子猫ちゃんに迎えにいくからって伝言よろ!」


 くるっと戌井は背を向けて玄関へ消えていった。


 後ろで見守っていた惇が立ち上がり直樹と奈保子のそばによる。


 「直樹さん」


 心配そうに見つめる惇に直樹は笑い。


 「心配するな、お前はメンバーに次の集会にアイツが来る可能性があるって伝えろ、その上で参加を考えろってな」

 「皆来ます!絶対に集るッス!!」

 

 熱く語る惇に直樹は苦笑いをした。


 「だから考えろっていっているんだ、俺達はただのバイク好きの集りで族じゃねーんだぞ?」

 「でも黒猫さんがアイツの狙いなら、俺は絶対に行きます。役に立たなくても盾くらいにはなりたいです!」


 惇君かっこいいわ、でも君を盾にするくらいならお兄ちゃんを盾にした方が頑丈そう。


 そして女の子として言われてみたいね、その台詞。


 「好きにしろ」


 肩をすくめてお兄ちゃんは惇君を説得するのを諦める、惇君は握りこぶしを作って目を光らせた。


 「俺は皆に今日のこと伝えておきます!でわっお邪魔しました」


 頭を深く下げて惇は勢いよく、帰って行った。今の彼を誰も止められない、「黒猫」を守る使命感に燃えている。


 戌井の責で惇君が帰った後は静かな沈黙が直樹と奈保子に落ちる。


 最後まで直樹の背中に引っ付いていた奈保子は直樹の背中から離れた。


 「アイツ何者?何でロッシのチームメンバーじゃないのに「黒猫」を知っているの?」


 直樹はため息をついてソファに座りなおす、奈保子も直樹の正面に座った。もうお茶も出さないでいいだろう。


 「さっきの男はよく俺達のチームに手を出してくる本物の族だ、最近結成されたパタゴニアン・ドッグって名前のな」

 「うへえ…面倒そう」


 奈保子は辟易とした顔をする、その族の中堅のポジションにいる男に好かれたんかい。


 「パタゴニアン・ドッグ自体はそう問題じゃないが、戌井は猟犬といわれるほどふっ飛んだヤツだ」


 切り込み隊長、特攻隊長に猟犬という通り名を持っている。彼はチームの中でも喧嘩や闘争になると一番に前にでて暴れるタイプで彼の敵も多いが力に憧れて信者もいるそうだ。


 彼の私生活は誰も知らない、彼自身が伏せている噂も聞かないが名前と年齢くらいしか誰も知らない。


 そして彼らもバイクを中心に使い、ロッシと違い他人に迷惑をかけて乗る事もしばしば。


 その点がロッシのメンバーは嫌い、暴力を嫌うロッシと衝突もある。

 

 まっ元暴走族のメンバーを集めてこの辺では有名なロッシを倒して格を上げたい狙いもある。どう解釈してもロッシにしては迷惑極まりない話だ。


 「ふーん、それで「黒猫」を知っている件は?」

 

 スパイ活動をしていてロッシの集会所に紛れていたのかな?


 「蛍見た後に夜峠でバイクが後ろから来たアレ、アレがアイツ」


 え~~地獄へ落ちろサインを出しちゃった、ペイント男が戌井?どうして仲よさげにレースしてたじゃん。


 それで仲が悪いの?


 「別に仲はよくないよ、立場関係なくレースを楽しんでいただけ」


 天井を見上げて直樹は呟く。


 「それを蹴ってまで「黒猫」にご執着か……本気だアイツ」


 苦笑いを溢すしなかない奈保子に直樹は真剣な顔で見つめた。


 「きっとアイツはロッシに来る奈保子、お前はもう俺に付き合わなくてもいい」

 「駄目よ、ヴァイオリンくれるって約束したじゃない?それに私は行くって決めたの、惇君の好意も無駄になっちゃう」


 それにお兄ちゃんの最後の夏休みの約束もある、お兄ちゃんが私を大切に思ってくれているのと同じくらいに私もお兄ちゃんが大切。


 後で後悔する方がずっと苦しい、だから。


 「私を「黒猫」としてロッシに連れて行ってくれるよね?」


 首をかしげて尋ねると直樹はあきれた声で笑い。


 「流石、わが妹だ」


 2人は笑い合った、次の集会まで一週間後。きっとトラブルがあるでしょうけど姿を消す気はなかった。


 お兄ちゃんが選んだ副リーダーが弱虫なんて、お兄ちゃんの不名誉な事も絶対にしたくない。


 本当はドキドキして戌井って人は怖い、何を考えているのかさっぱり分からない上に危険な人らしい。


 でも、約束は守りたいから私は行きます。


 ロッシの副リーダーとして「黒猫」の奈保子は決意を固める。


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