第1話 一家が家にやってくる。
―――「あの、私とアバンチュールしてみませんか?」
その一言は豪く僕の心を鷲掴みにして、最後には思わず目を煌めかせてしまった。このローマの休日じみた色恋に、抵抗する方が難儀なもので、僕は年の差一つの義妹に、まんまと乗せられてしまうのだった。―――
事の発端は昨日、4月6日木曜日の朝方のことだった。慌ただしい朝食の最中、父は突如としてこう投げかけた。
「駿。お前、義母と義妹ができるって言ったらどうする?」
父はあくまでも僕ではなく一面の新聞に目をやってそう言った。僕は一瞬パンを貪る口を止め、しばらくして一言だけ言葉を残す。
「どうもしないかな」
「そうか。来週からこの家に引っ越してくるから」
このとき、僕は父に腸が煮えくり返る心持ちだった。
「……それ、もっと早く言えなかったのか?」
「すまんな、忘れていたんだよ」
「そうかよ」
高校二年生の僕・兼平駿には一つの大きな目標があり、それは一刻も早くこの家庭から独立するというものだった。
家庭とは言っても、この家に大層な家庭なんて存在せず、僕に無関心な父と僕だけの空域。ポツンと遺された僕のことを、父は丁重に扱うどころか、雑草を踏みしだくような放任をみせてくる。
そこに無償の愛が存在せず、ただの管理人と居候の構図が生まれていることは、火を見るより明らかだった。僕の人生は虚無に向かってひたすらに惰性で突っ走っているに過ぎなかった。
「ごめん……母さん。父さんと上手く行かなくて」
就寝前、僕は母の遺影を手に携えては、頻りに謝意の言葉を続けて弔った。唯一孤独から逸脱できる場であり、この所作を始めてからの期間というのも、次期に十年が経とうとしていた。
「いつか……死んだ世界で会えるかな」




