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『伯爵家次男に転生した俺は、前世の知識で世界を変えていく』  作者: バモス
第一章 幼少期編

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第93話 試作一号を使ってみよう

 翌朝、鍛冶場の作業台には二本の小刀が並べられていた。


 一つは、普段からゴルンたちが使っている一般的な鋼で作られた小刀。


 そしてもう一つは、鉱山で集めた砂鉄から作った《砂鉄鋼小刀・試作一号》だ。


 見た目だけなら、試作一号の方が少し荒い。刃の表面には鍛造の跡が残り、柄も試験用の簡素な木製である。


「今日はこれを比べるんですよね?」


「ああ」


 ゴルンは二本を手に取り、光へかざした。


「ただし最初に言っておくぞ。切れ味が良かったからって、それだけで良い刃物とは限らん」


「刃持ちとか、錆とかも見る?」


「それだけじゃない。欠けるか、曲がるか、研ぎ直しやすいか。それに使う奴が扱いやすいかもだ」


 アルスは頷いた。


 包丁の試作でも似たことを学んだ。


 よく切れる。


 それだけでは道具として完成しない。


 毎日使えること。


 簡単に壊れないこと。


 手入れできること。


 そして何より、使う人が困らないことが重要なのだ。


「じゃあ何からやります?」


「まずは一番簡単なところからだ」


 ゴルンは太さの揃った麻縄を二本用意した。


 それを作業台へ固定する。


「同じ太さ?」


「同じ束から切った」


「長さも?」


「ほぼ同じだ」


「ほぼ?」


「坊ちゃん、完全に同じ物なんぞそう簡単に用意できねぇ」


「ですよね」


 アルスは少し笑った。


 条件を揃える。


 それは大切だ。


 しかし現実には完全に同じ条件など難しい。


 だからこそ、できる範囲で揃え、違いを記録する。


「まず普通の小刀から」


 ゴルンが刃を縄へ当てる。


 そして一定の動きで引いた。


 スッ。


 縄は綺麗に切れた。


「次」


 試作一号。


 同じように刃を当てる。


 スッ。


「……切れた」


「そりゃ刃物だからな」


「でも軽かった気がします」


「そうか?」


「もう一回やりましょう」


「坊ちゃんが一回で結論を出さなくなったのは褒めてやる」


 そこで同じ試験を何度か繰り返した。


 結果は大きく変わらない。


 どちらもよく切れる。


 ただ、アルスには砂鉄鋼の方がほんの少し滑らかに刃が入るように感じられた。


「切れ味だけなら悪くない」


 ゴルンも認める。


「むしろ良い方かもしれん」


「やった!」


「まだ喜ぶな」


「はい……」


 次は木材。


 バルトが試験用に用意した同じ種類の細い木片を削っていく。


 まず通常の小刀。


 シュッ。


 薄い木屑が落ちる。


 次に試作一号。


 シュッ。


 こちらも問題なく削れる。


 何度か繰り返すと。


「試作一号の方が少し食い込みやすいですね」


「刃が立ってるんだろうな」


「硬いから?」


「可能性はある」


 しかし。


 木を削り続けているうちに。


「……あれ?」


 アルスが刃先を見る。


「どうした」


「ここ」


 試作一号の刃先の一部分。


 ほんのわずかに。


 光の反射が違う。


「潰れた?」


「いや」


 ゴルンは指先で触らず、光へかざして確認する。


「小さく欠けてる」


「欠けた……」


「ほんの少しだ」


 通常の小刀には同じような欠けは見えない。


「砂鉄鋼の方が硬いけど、少し脆い?」


「今のところはそう見えるな」


 アルスはすぐに紙へ記録する。


 切れ味は良い。


 木材への食い込みも良い。


 しかし刃先に小さな欠けが出た。


「焼き入れが強すぎたのかな」


「その可能性もある」


「それとも元の鋼?」


「そっちもある」


「……原因が二つ以上ある」


「だから面倒なんだ」


 ゴルンは笑った。


 その後は革を切る試験を行った。


 厚さの近い端革を用意し、同じ長さだけ切っていく。


 通常の小刀は安定して切れる。


 試作一号も切れるが、先ほど欠けた部分に革が引っ掛かることがあった。


「切れるけど、刃先が荒れると使いにくいですね」


「ああ」


「じゃあ砂鉄鋼は駄目?」


「まだ早い」


 ゴルンはそう言うと、試作一号を砥石へ持っていった。


「研ぎ直す」


「欠けたところまで?」


「浅いからな」


 シュッ。


 シュッ。


 丁寧に刃先を整える。


 すると小さな欠けは消えた。


「研ぎやすさは?」


 アルスが尋ねる。


「普通の鋼より少し手間が掛かる」


「硬いから?」


「そうだろうな」


 しかし研ぎ終わると。


 再び刃は鋭く戻った。


「直せるなら使える?」


「使える。ただし毎回すぐ欠けるなら面倒だ」


 今度は刃持ちを見るため、同じ材質の縄を何度も切ることになった。


 十回。


 二十回。


 三十回。


 そして五十回。


 アルスは横で回数を数え続ける。


「四十七!」


「四十八」


「四十九」


「五十!」


「よし」


 ゴルンが二本の小刀を並べる。


 紙を薄く切ってみる。


 通常の小刀。


 スッ。


 最初より少し抵抗が増えている。


 次に試作一号。


 スッ。


「こっちの方がまだ切れる?」


「ああ」


 アルスの目が輝く。


「刃持ちは砂鉄鋼の方がいい!」


「ただし欠けた」


「あっ」


「良いところだけ見るな」


「はい」


 結果として。


 試作一号は刃そのものの硬さと刃持ちでは優れているようだった。


 しかし局所的に欠けやすい。


 つまり。


 硬さはある。


 でも均一ではない。


「これ、鋼の中に硬いところと弱いところが混じってるから?」


 アルスが聞く。


「可能性は高い」


 ゴルンは昨日までの粗鋼塊を持ち出した。


 それを眺めながら言う。


「同じ塊の中でも質が違うって話、覚えてるな?」


「はい」


「なら今回の小刀も」


「良い部分と悪い部分が同じ刃に混ざってる?」


「そういうこともある」


 アルスは小刀を見る。


 切れ味は良い。


 でも一部だけ欠けた。


 それなら。


「最初から良いところだけ選んで使えばいい?」


 ゴルンがニヤリと笑った。


「ようやくそこへ来たな」


 アルスは作業台へ身を乗り出しかけ、すぐに姿勢を戻した。


「どうやって選ぶんです?」


「まずは割る」


「また割るんですか!?」


「粗鋼をだ」


「びっくりした……小刀を割るのかと思いました」


「それも必要ならやる」


「ええ……」


 ゴルンは以前作った粗鋼塊の一つを持ってきた。


 保存用とは別の実験用だ。


「こいつを細かく分ける」


「それで一個ずつ調べる?」


「ああ」


 大きめのたがねを使い。


 カンッ。


 カンッ。


 粗鋼塊をいくつかの部分へ分けていく。


 すると。


 やはり断面には違いがあった。


 銀色が強い部分。


 黒い滓の筋が多い部分。


 比較的均一な部分。


 そして気泡のような穴が多い部分。


「見た目だけでも違う」


「だろ」


 次は槌で叩く。


 一つ目。


 少し柔らかく変形する。


 二つ目。


 硬い。


 三つ目。


 硬いが割れにくい。


 四つ目。


 端が簡単に欠ける。


「三つ目」


 ゴルンが呟いた。


「これが良さそうだな」


「火花も見ます?」


「やる」


 粗い回転砥石を使う。


 シャアッ!


 一つ目。


 比較的穏やかな火花。


 二つ目。


 細かく枝分かれする火花が多い。


 三つ目。


 火花は細かいが、二つ目ほど激しくない。


 四つ目。


 火花にばらつきがある。


 アルスは夢中で記録する。


「ゴルンさん」


「なんだ?」


「二つ目が一番硬そうです」


「そうだな」


「でも三つ目の方が良いって言いましたよね」


「ああ」


「どうして?」


「硬けりゃ良いって話じゃねぇからだ」


 ゴルンは三つ目の試料を持ち上げる。


「こいつは硬い。それでいて叩いても簡単に割れない」


「粘りもある?」


「そういうことだ」


 アルスは頷く。


「刀に欲しいのもこういうの?」


「刃物全般だな」


「硬さと粘り」


「ああ」


 そしてゴルンは二つ目を持ち上げた。


「こっちは硬いが、たぶん刃にすると欠けやすい」


「じゃあ用途を変える?」


「それもありだ」


「全部を同じ使い方にしなくていいんだ」


「そうだ」


 その言葉にアルスは少し驚いた。


 良い。


 悪い。


 それだけではない。


 硬い素材には硬い素材の使い道がある。


 柔らかい素材にも使い道がある。


 問題は。


 性質を知り。


 合った場所に使うことなのだ。


「選別って、捨てるためだけじゃないんですね」


「当たり前だ」


「用途を分ける?」


「その通り」


 アルスは紙へ書いた。


 硬いが脆い素材。


 硬さと粘りのバランスが良い素材。


 柔らかく変形しやすい素材。


 滓が多く加工に向かない素材。


「こうやって分ければ」


 アルスは考え込む。


「刃になるところ」


「芯になるところ」


「別々に使える?」


 ゴルンの目が少し細くなった。


「坊ちゃん」


「はい?」


「何か知ってるだろ」


「えっ」


「いや。今の発想は悪くない」


 危ない。


 アルスは内心で焦った。


 前世の日本刀。


 硬い皮鉄と。


 柔らかい芯鉄。


 それを組み合わせる構造。


 しかし今ここで、それを完成形のように話すのは不自然すぎる。


「包丁の時に、硬いだけだと欠けるって教わったので」


「それで柔らかい鉄と組み合わせればいいかなって」


「なるほどな」


 ゴルンは納得したようだった。


「実際、違う鉄を組み合わせる鍛冶はある」


「あるんですか?」


「ああ。ただ坊ちゃんが今考えてるほど単純じゃねぇぞ」


「もちろんです」


 アルスは胸を撫で下ろした。


 その日の昼。


 試験はさらに続いた。


 今度は錆だ。


 昨日の試作一号には、すでに小さな赤錆が浮いていた。


 そこで二本の小刀を同じように軽く磨き、一方には油を薄く塗り、もう一方は何も塗らずに保存する。


「結果出るまで時間掛かりますね」


「それが普通だ」


「すぐ分からない実験もある」


「そういうことだな」


「じゃあ毎日見ます」


「忘れるなよ」


「忘れません!」


 ゴルンは疑わしそうな顔をした。


 そこへ父カインがやって来た。


「今日は性能試験だったか」


「はい!」


 アルスは今日分かったことを説明した。


 砂鉄鋼の小刀は切れ味と刃持ちが良さそうなこと。


 しかし刃先の一部が欠けたこと。


 そして粗鋼を割って調べると、同じ塊でも性質がかなり違っていたこと。


「だから次は」


 アルスは言う。


「良い部分を選んで、もう一本作ってみたいです」


「一本目より良いものを?」


「はい」


 カインはゴルンへ視線を向ける。


「どう思う?」


「やる価値はあります」


「今のままじゃ品質にばらつきが大きすぎますから」


「なるほど」


 そしてカインはアルスを見る。


「では一つ聞こう」


「はい」


「良くない部分はどうする?」


 アルスはすぐには答えなかった。


 以前なら。


 使えない。


 捨てる。


 そう考えたかもしれない。


 しかし今日は違う。


「性質を見て」


「使えるものは別の物に使います」


「何に?」


「柔らかいなら釘とか」


「硬すぎて脆いなら……」


 アルスは少し悩む。


「まだ分かりません」


「それでいい」


 カインは頷いた。


「分からないものを、分かったふりをする必要はない」


「はい」


「それに」


 カインは粗鋼の試料を見る。


「資源を使って作った以上、できるだけ無駄にしない方が良い」


「木炭もたくさん使ってますしね」


「そういうことだ」


 アルスはまた一つ。


 製鉄が材料だけの話ではないと感じた。


 砂鉄を集める人。


 木を育てる人。


 炭を焼く人。


 炉を作る人。


 風を送る人。


 鉄を叩く人。


 それだけ多くの仕事がつながって、一つの鋼になる。


 だからこそ。


 使えるものを簡単に捨ててはいけない。


 午後。


 アルスはゴルンと一緒に、粗鋼試料を四つの木箱へ分けた。


「まだ正式な名前は付けないぞ」


「どうして?」


「判定方法が固まってねぇからだ」


「じゃあ仮で」


「それならいい」


 アルスは札へ書く。


 《柔》


 《硬》


 《硬・粘》


 《滓多》


「簡単ですね」


「最初はそれで十分だ」


「もっと格好いい名前に――」


「いらん」


「まだ何も言ってません!」


「顔に書いてある」


 アルスは少し不満そうに口を尖らせたが、すぐ笑った。


 実際。


 今必要なのは名前ではない。


 同じ判定を繰り返せることだ。


 そこでアルスは、ゴルンが何を見て分類しているのかを一つずつ聞き始めた。


「まず見た目?」


「ああ。ただし見た目だけじゃ決めん」


「次は叩いた感じ?」


「そうだ」


「火花も?」


「参考になる」


「加熱した時の伸び方も?」


「当然見る」


「じゃあ」


 アルスは紙へ文章でまとめていく。


「一個だけで決めずに、いくつかの結果を合わせて判断する」


「そうしろ」


 アルスはその言葉を何度か読み返した。


 一つの数字。


 一つの見た目。


 一つの結果。


 それだけで決めない。


 それは製鉄だけでなく。


 これまで父やリーナに教えられてきたことにも似ていた。


 夕方になり。


 北の村から荷物を運んできた馬車が伯爵邸へ到着した。


 鍛冶場の外を通りかかった御者がアルスを見つける。


「アルス様」


「はい?」


「村の子からです」


 渡されたのは。


 小さな花束だった。


 白い花と。


 黄色い花。


 そしてその中には、以前アルスが贈った赤い髪飾りとよく似た色の小さな花が一本混じっている。


「……ありがとう」


 アルスは思わず笑った。


「その子、元気ですか?」


「ええ。この前も畑で走り回ってましたよ」


「そうですか」


 少し安心した。


 最近は鍛冶場へ通うことが増え、北の村へ行けていない。


 それでも。


 忘れられてはいないらしい。


「今度、また行きたいな」


 そう呟くと。


「坊ちゃん」


 後ろからゴルンの声。


「はい?」


「花持ったまま鍛冶場に入るなよ」


「あっ」


「灰まみれになるぞ」


「部屋に置いてきます!」


 アルスは大事そうに花束を抱え、屋敷へ走っていった。


 その夜。


 花束を水差しへ入れた後。


 アルスは手帳を開いた。


 今日の記録を書く。


 『よくきれるだけでは いいはものじゃない』


 そして。


 『かたいだけでも だめ。われにくさもいる』


 さらに。


 『おなじてつのなかでも せいしつがちがう』


 最後に。


 少し考え。


 『いいところを えらぶ。ほかのところも つかいみちをかんがえる』


 そこまで書いて。


 アルスは机の横の花束を見る。


 白。


 黄色。


 赤。


 それぞれ違う。


 でも。


 違うからこそ。


 一緒になると綺麗に見える。


「鉄も同じなのかな」


 硬い鉄。


 柔らかい鉄。


 粘りのある鉄。


 今はまだ。


 どう組み合わせるのが良いか分からない。


 しかし。


 全部を同じにする必要はないのかもしれない。


 用途に合わせ。


 役割を分け。


 組み合わせる。


 その先に。


 前世で知る日本刀のような構造がある。


 だが今はまだ。


 そこへ飛びつかない。


「まず、良い鋼を選ぶところから」


 アルスは自分へ言い聞かせた。


 翌朝。


 鍛冶場。


「ゴルンさん!」


「おう」


「《硬・粘》の鋼だけで試作二号を作りたいです!」


「予想通り来たな」


「駄目ですか?」


「駄目とは言ってねぇ」


 ゴルンは昨日選別した試料を一つ手に取る。


「ただし坊ちゃん」


「はい」


「次は鍛える前に、もっと細かく選ぶ」


「もっと?」


「ああ」


 ゴルンは試料を火へかざした。


「同じ《硬・粘》でも、熱した時の動きに差がある」


「じゃあ」


「火花だけでも足りない」


「そういうことだ」


 アルスは嬉しそうに笑った。


「また調べること増えましたね」


「楽しそうに言うな」


「だって面白いので」


「知ってる」


 砂鉄鋼小刀・試作一号。


 それは確かに切れた。


 そして刃持ちも悪くなかった。


 しかし小さな欠けが生じたことで。


 アルスたちは。


 さらに一段深いところへ進むことになった。


 鉄を作る。


 鋼にする。


 刃物へする。


 そして今度は。


 良い鋼を選び分ける。


 玉鋼へ続く道は。


 少しずつ。


 しかし確実に。


 輪郭を持ち始めていた。


次回 第94話「良い鋼を選び分けよう」


 試作一号の性能試験を通して、粗鋼塊の中には性質の異なる部分が混じっていることを改めて理解したアルスたち。


 そこで次は、《硬くて粘りのある部分》をより正確に選別する方法を探すことになる。


 見た目、槌の返り、割れ方、火花、加熱した際の伸び方。


 複数の特徴を比較しながら試料を分類していくと、ゴルンは一つの鋼片を前に手を止める。


「坊ちゃん。こいつだけ、他と音が違うぞ」


 さらに熱して叩いてみると、その鋼は硬さを保ちながら驚くほど素直に伸びていく。


 そしてアルスの《鑑定》には――。


 これまでとは違う品質表示が浮かび上がることになる。

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