旅行
何も報告もせず、大変長らくお持たせしてごめんなさい。
そして、いきなりで申し訳ないのですが最終回です。
ぜひ、読んでくださると嬉しいです!
ついにやってきたこの日。そんなことを実感させてくれているのが、猛烈に移り変わる景色にかすかながらに揺れ動く感覚。そして、見慣れない場所。
今は新幹線の二人用の個室の椅子でのんびりしている。もちろん倖も隣でだらーっとしている。
この個室の予約を取るのが思っていた以上に需要があるらしくて遅くなってしまった。
じゃあ、個室とか取らなきゃいいとか電車で行けばいいとか思うだろうけど、私にというより私たちにプライベート空間の無い環境で過ごせなんて無理なので取るほかない。それにしても...。
「いやー、可愛くなったねぇ」
倖の髪を触りながらそう言う私にその手をペシッと叩いて文句を言ってくる。
「そのせいで人の視線が増えたけど」
そう、私たちは行くと約束していた美容院に行ってきた。そこは行きつけだから私はいつも通りに切ってもらって、倖は特に要望が無かったから私が似合いそうだと思っていたウルフカットにしてもらった。
その結果、かっこよさと可愛さが増して、正直顔だけの私でも隣にいても浮いてしまうような見た目に変身した。でも、周囲の目なんて気にならないくらいには私は倖に釘付けだからどうってことない。
「見すぎでしょ、あなた」
美容院に行ったのはつい最近が故に、私はまだ変身した倖に見慣れていない。そして見惚れているからついじーっと見てしまう。
「美容院だけで別人みたいに変わるんだから仕方ない」
「まだ言ってる」
旅行の醍醐味の一つだと思っている流れていく窓の風景を無視して、代わりにというよりかは見慣れない外よりも興味のある倖を眺めて、駄弁って目的の駅に着くのを待った。
新幹線に乗るのはこれが初めてということもあって、いつの間にか到着していて危うく通り過ぎるところだったけれど無事に着いた。
「うぅ、寒い」
「本当にね」
自宅を出るとき、肌に触れる外気が冷たかった。いつの間にかそんな季節になっていた。今年は時間が経つのが早く感じる。原因なんて分かり切っている。いや原因ではなくおかげだね。
降りたその駅からすぐにバスに乗って移動すること二十五分、私たちが今日からお世話になる旅館が姿を見せる。バスを降りてチェックインには早いけれど荷物は預けられるため、先に旅館へ向かう。
旅館に着くとさっそく女将が出迎えてくれた。私たちは予め財布や携帯などの貴重品を抜いた荷物を旅館に預けて再び外に出る。
「改めて見ると壮観だね」
「そうね」
バスを降りてから勝手に視界に入ってきている湯煙。私たちが選んだ観光地は温泉地と呼ばれているところ。もちろんネット上での画像は見たけれど、実際に見てみると感じ方はとても変わる。
ただ、夜になるとライトアップされて幻想的な光景になるらしい。私はそちらの方が楽しみだから今、目に映っているものは前菜だと思って見ている。
ちなみに倖はそういうものに関心は無く、ここは食べ歩きもできる観光地でもあるためそちらに目が向いている。趣が無いなぁ。
「食べたいのは見つかった?」
「いっぱい」
さすがの食い意地だなぁと思う。
「夕飯があるからほどほどにね」
「うん」
「明日も、なんだったら明後日もあるからね」
「分かってるわよ」
本当に分かっているのかと思ってしまうほどに食べ物に釘付けな倖。この旅行は二泊三日で、ただでさえ最近緩かった財布の紐がさらに緩くなってしまうのだけど旅行で縛る必要はないと思っている。とはいえ、倖の食費が一番高そうだと感じる。花音のお土産分余るかな。
特に一日目の予定は組んでいないので適当にチェックインできる時間まで散策する。倖があれが食べたい、これも食べたいと言って流されるまま買って、倖の両手が食べ物で埋まる。そして片方が空けば買わされてまた埋まる。どうしても倖に甘くしてしまう。
「お腹空いてるの?」
「これはおやつ。言わば別腹だから」
ダイエットしている人の言い訳みたいな事を言いながらまた一口食べる。さすがにそろそろ止めないとね。
「もうこれで最後ね」
「むぅ」
倖は頬を頬を膨らませて(頬張っているから)私を睨んで抗議の意を示す。いやいや、私の方が不満が積もっている。
だって、これは旅行という名のデートなのだから手を繋ぎたいと思うのは至極自然なことだと思う。そのことを伝えてみる倖は「早く言ってよ」と言って手を差し出してきた。もちろん私はその手を取る。
「ちなみに美味しかったの?温泉たまごに今手に持っている温泉饅頭とか」
「それはもちろん、食べてみれば分かる」
そう言って倖は持っていた温泉饅頭を私に差し出してきた。だから私は受け取ろうとしたけれど、倖はそれを引っ込めた。だよね~。倖が食べ物分ける訳ないよね~っと思ったら違ったみたい。
「口開けて」
「え?」
「は・や・く」
そう急かされて慌てて口を開けると温泉饅頭を放り込まれた。当たり前だけどこの饅頭は倖の食べかけだから間接キスにはなるのだけど今更恥じることはない。
「美味しいね。こしあんなのがポイント高い」
「私がこしあん選んだからね」
そのままだらだらと散策しているとチェックインのできる時間になっていた。ただ、どこかの道の半ばで気づいてしまったけれど、私の足はもう悲鳴を上げ始めているのとそろそろ冷えているこの体を温めたいと思い気にせず倖に伝える。
「時間になったし、戻る?」
「そうね。寒いし」
倖も私と同じように思っていたらしい。旅館に戻る時も散策ついでに通ったことのない道を通っていつもとは違う見慣れない景色を楽しむ。隣の人は明日以降に食べたい物を探している。倖の目は何のためについているんだろう。
「はぁ、はぁ」
「何?もう疲れてるの?」
「最近、外歩いていなかったからね」
「いつかの私を見ているようね」
やらないとなぁと思っていたことを結局やらずに先送りにした結果、ちょっと歩いただけで息が上がる不健康体になってしまった。人間は面倒と思うことはやらないから仕方ないね。
倖に引っ張られるように旅館に着いて、再び出迎えられ、チェックインを済まして今日から三日間過ごす部屋に案内されて、鍵を渡された。
開けると中は和洋室となっていた。まぁ、私が気になってこの部屋にしたからだけど。とはいえ実際に訪れてみるとなんだか違和感のある空間だと感じる。でも、そんな些細なことは足を休ませるために最初に目についた洋室側にあるベッドに腰掛けた時の弾力で吹き飛ぶ。
「わ、わ」
あまりの柔らかさにバランスを崩し、あられもない言葉が発せられるのと同時に後ろに倒れた。
「何をしてるの?」
倖の目には大変滑稽に見えたらしくてとっても笑われた。それに私は異議を唱える意味も含めてベッドを強く叩いて倖を招く。
「倖も味わえば分かる...よっと!」
私の近くに来た倖の腕を起き上がったと同時に掴んで、ベッドに引きずり込むように後ろに倒れる。バフッと心地の良い音が鳴りつつ、私も倖も柔らかい感触に埋もれる。
「どう?この感触」
「ものすごくふわふわだけど、あなたがネタバレしたから感動が薄くなった」
「早く座りたかったんだから仕方ないでしょ」
そもそも、第一に部屋に入って一緒にベッドに飛び込もうなんてことが起きるはずがないのだからネタバレは避けられないでしょと思う。
そのまましばらく自宅にあるベッドとは比べ物にならない質感を味わう。疲れ果てる一歩手前の人がこんなことをしていたら当然の如く眠気が襲いかかってくる。そしてそれのせいで私の体とベッドが縫われているように体が重く感じる。
「もう寝るの?」
「寝たくないから起こして」
私は助けを乞うように天井へと手を伸ばす。
「じゃあ私は仕返しをするために部屋の露天風呂に入ってくるから」
だけどその手は掴まれることはなく、ベッドの感動を奪われた事を根に持っているのか私を放って行ってしまった。
自分で旅館浴衣の着付けできないくせにと思いながら、自分の体に鞭を打って起こす。それだけのことなのに時間は五分ほど過ぎ去っていて、お風呂場に辿り着いた頃には倖はもう浸かっていた。
お風呂場は思ったよりも広く、当たり前だけれどきっちり外から覗き込まれたりされないようになっている。そして浴槽は四人ぐらいは入れそうなほどの大きさをしている。
私は浸かるために備え付けてあるシャワーで体を洗う。だけど倖はここぞとばかりに頼んでもいない温泉の感想を事細かに私に浴びせてきた。私が洗い終わる頃には止んでいたけれど。
「あぁ~」
湯船に足を付けて浸ると、つい言ってしまった。
「ばばあくさい」
隣から暴力的な言葉を投げられた。まぁ私もそう思ったけども、わざわざ言わなくてもいいじゃないかと思う。
「私、まだ二十代前半なんだけど」
私は三十...いや四十代から年寄りだと思っているから、それに当てはまらない私はそれを否定する。多分四十代だろうとまだ若いと言うだろうけど。
「もっと老いてるかと思ってた」
「はぁ?」
半年は一緒に過ごしている同居人がお肌ピチピチな私にとんでもないことを言い出した。だから私は反射的に倖にお湯をかける。
「さすがに傷ついた!」
「まぁ、言いすぎたとは思う」
「そう思ったのなら謝罪の方が先に出てくると思うのだけど」
「あとでね。今はほら、ゆっくり浸かりましょ?」
ものすごく強引に話が飛んで行ったけれど、せっかくの温泉なのだからわざわざ戻す必要もないかと思って倖の言う通りに足を伸ばす。そして、隣ある倖の肩もといクッションにもたれかかる。
「あぁ、この姿勢すごく楽」
「私はすごく苦」
この温泉の効能は疲労回復や健康増進とかの体に効く効果だらけだった。今の私にはどれも大歓迎だけれど、こういうのは本当に効くのか疑問になる。まぁ入浴してるのだから自分の体で確かめればいいだけの事だけれど。ただ...。
「のぼせそうだからもう上がるね」
足を付けた時からこの温泉がとても熱いと感じていた。だからもう少し浸かっていたかった気持ちがあったけど名残惜しくも上がる。多分五分ぐらいしか浸かってない。
「私も上がる」
そう言って私についてくるように倖も上がる。
「もしかして我慢してた?」
「少しだけね」
私への恨みを晴らすためだけに先に入って...全く。
「そんなことで無理しないでよ」
「元はと言えばあなたが悪いですし」
はぁと溜息を吐いて、肌に付いている水滴を拭いて、この後夜の外出をするとはいえ夕食を食べてからだから下着だけ着ける。そして、浴衣を羽織って調べながら身に着けていく。室内用とだけあって動きやすい。
当たり前のように倖の着付けもしてあげて部屋に戻って、和室の部屋で休む。
この和室にはテーブルと椅子があるからここが食事をするところなんだろう。
「後一時間ぐらいで夕食だよ」
「内容は」
「すき焼き」
「ほう」
頭の中が本当に食べ物のことしか無いなぁこの子。
「食べたらまた散策だけど」
「ほう」
「食べ歩きしようとしてる?」
こんな感じの雑談を繰り広げていたら扉を叩かれて、何事かと思ったら仲居さんがお食事を持ってきてくれた。いつの間にか時間が経っていたみたい。
仲居さんが配膳をし終えて退室して、私たちは箸を取る。
「いただきます」
「いただきます」
と言ってもまだ鍋にお肉入れてないからまだ本命は食べられないけどね。
お肉以外の鍋の具を食べたい分、別皿によそってお肉に火が通るのを待つ。その間倖がまだかまだかと言ってきてうるさかった。
お肉に火が通り、私は優しいので先に倖の分を多めによそってあげる。
さて、ようやくと言ってもさほど待ってはいないけれどありつける。
ふーふーと息を吹いて熱を冷ましてパクっと食べる。高い肉は口の中で溶けるというけれど、実際にそれを今体験した。さらにご飯も口に入れて口内を幸せにする。
「美味しいすぎる!」
「えぇ、とっても」
次々と鍋の中の肉が無くなればに入れて、それに火が通れば食していく。
食べれば食べるほど、お肉が持っている甘い脂が蓄積にしていくが他の具材がそれをすっきりさっぱりにしてくれるから胃がもたれることはなく、ついには何もかもが無くなってしまった。
「さすがに食べ過ぎた」
「あなたがそんなに食べているところ始めて見た」
お腹を手で擦ると、とても張っているのを感じ取る。こんなお腹になっているのは初めてかも。
「夜の散策は少し休憩してからでいい?」
「うん、食べ歩き用の空間を空けとかないと」
今、食べ物の話をしないで欲しいと思った。こんな状態で食べ物の事とか考えたくもない。
というよりなんでまだ食べられるのだろうか、私よりも食べてたのに。
約三十分休憩を取ってお腹の張りが落ち着いてそろそろ外に出ようかと思って立ち上がろうとした時に扉をコンコンとノックされた。
それは食器を片付けに来てくれた仲居さんで、私たちは感謝をする。それをよそに私たちは外に出る準備をして、し終わる頃には片付けも終わっていた。
部屋の鍵も閉めていざ外に出ると調べた通りライトアップがされている。それを湯煙がぼやけさせて幻想的な光景が出来上がっている。
私はその光景に思わず「おぉ」と言葉が漏れ、つい携帯を取り出してパシャっとする。...気づく。そういえば写真なんて物あったね。
「倖!写真撮ろ!」
「今更?」
何か言われた気がするけど、気にせずに倖を画面内に収まるように引き寄せて一緒に撮る。初めて撮ったこの倖との写真はとても思い出に残るような仕上がりの写真が撮れた。後で待ち受けにしよう。
その後、倖と手を繋ぎ、昼に見てきた景色と違う景色を見に私は携帯を構え、倖はいつの間にか持っている温泉饅頭を手に夜の散策へ歩き出す。
私は景色と倖を撮り、倖はもちろん食べ歩きで各々楽しんだ。
時間が経つのはあっという間で、旅館に戻ってきたのはもう夜が更けっている頃。そして、部屋に着けばすぐにまたお風呂に入る。
夜の散策は楽しかったけれど、気温が下がるから当然寒い。だから冷めきった体を温められるお風呂に入る。ちょっと熱いけど。
しかもまた足が疲れて棒になってしまったから効能。
「はぁ~、一日に二回も湯船に浸かるなんていう贅沢をしてしまった」
「そんなに贅沢なの?」
一緒に入った倖が疑問を呈してきた。
「だって、二度風呂なんて時間が余っている人しかしなくない?」
その疑問に答えるために、私が持っている偏見を言う。
「いや、あなた時間余ってるじゃん」
「倖がいるから余ってないです。...あ、いい意味で」
倖のせいでみたいな言い方になってしまったから、倖のおかげでという意味にするように訂正した。
「あっそ」
はずだったのだけれど、余計な誤解を生んだだけで伝わっていなかった。
「違う違う。倖がいてくれるおかげで退屈な時間がないの」
「最初からそう言えばいいのに」
倖の機嫌が戻って、今日という一日が終わるからか倒れるようにベッドに寝転がる。わ、めっちゃふわふわなの忘れてた。
「そろそろ寝よう~」
「そうね。私も眠い」
この部屋のベッドはシングルが二つあるから今日は別々で寝るんだろうなと思いながら、倖が寝る準備を整えるまで布団を掛けて携帯をいじっていると布団を剥がされた。
「倖のベッドはあっちでは?」
「私に一人で寝ろと」
「...いらっしゃい」
「お邪魔~」
まぁ、心の奥底ではこうなるだろうなと思ってはいたけれど誰にも使われない片方のベッドが可哀想。明日はあっちで寝てあげよ。
倖が入ってきて当然の如く当たり前な感想が飛ぶ。
「狭いんだけど」
「シングルなんだから当たり前でしょ」
お互い横になってなんとか寝れている状態。起きたら必ずどっちかは床にいそうな感じ。
「ふむ」
なにやら思いついたらしい倖が布団に潜って、私の控え目な胸に顔をうずめて、私の背中に手を回してぎゅっと抱きしめてきた。
「あなたがスレンダーでよかった」
「褒められている気がしない」
控え目だから呼吸がしやすくて、くびれがあるから隙間があって腕が疲れないっていうことなのだろうから絶対褒めているわけがない。
「あ、これふわふわの布団に...えーと、人肌に包まれてすごくいい温かさしてる」
「言葉詰まらせるんじゃないよ」
冬場に安心するような温かさを与えられて、疲労もあって私たちはすぐにおやすみした。
翌朝になり、ただでさえ寒いというのにより寒くなる時間帯。今何時か分からないけれど、寒くて起きたくない顔だけ出ている私は当然布団に潜る。
ただ、私が潜ればすでにいる布団の住人の頭に私の顎がコツンとぶつかる。
「痛っ」
勢い次第では舌を噛んでいたぐらいには危なかった。もう怪我はしたくないよ。だけど、その痛みで目が覚めてしまった。
倖は今も私に抱き着いたまま寝ている。というより、私の方が起きるのが早いなんて珍しいなとは思うけど、この柔らかベッドじゃあなかなか起きれないのはしょうがない事だと思う。
ただ、狭いから絶対にどっちかはベッドから落ちると思っていたけれど、倖のせいでお互い寝返りが出来ずに眠れた。...おかげでいいか。
抱き着かれて身動きが取れずに暇かつ、倖の頭が撫でやすい位置にあるから撫でる。サラサラでツヤツヤの髪は撫で心地がいい。
いつまでも撫でていてもよかったのだけれど、八時に朝食を運んできてくれる手筈になっているから倖の頭から手を離して携帯を取る。示された時間は七時二十分。
お風呂に入ればちょうどいい時間になるとは思うけれど、私は今倖の腕で拘束されている。試しに解いてみるけれど、なぜかビクともしない。
実は起きてるんじゃないかと思って小声で声をかける。
「一緒にお風呂入ろ」
返ってくるのはすぅすぅという寝息だけ。良く寝ていらっしゃる。
どうにかこうにかこの状況を脱せないかと試行錯誤するけれど、抱きしめる力が増しただけで何一つとして状況は変わらなかった。
起こすという選択肢だけは最初から無い。だから、私は諦めて倖の頭に手を置く。
「まぁいいか」
旅行だとしても、こうやって惰眠を貪るのも一興だと思うから。
それから三十分が経過して、私が動いていないのにも関わらず布団が動き出した。
「おはよ」
「...おはよ。ていうか暗い」
布団をめくって倖に光を届ける。
「眩しい」
「だからって潜るんじゃないよ。あと、そろそろ朝食の時間だから起きないとだよ」
食べ物の話題を出したとたん塩を振りかけられたマテガイのように、にゅっと出てきた。その光景が面白くてつい声を出して笑う。
倖が起きた事で拘束が取れたので起き上がる。何もしていないというのに充実な三十分を過ごした気がする。
そして、立ち上がって気づいたことがある。足も肩も軽い!あの露天風呂の効能は本当だったらしい。今日も二度風呂しよ。
そんなこんなしている内に扉をノックされ、朝食の時間が訪れる。
焼き魚に炊き立てのご飯、お味噌汁に梅干しにひじき煮といわゆる一汁三彩と呼ばれるものに、他にもいくつかの副菜が広がる。食べきれるかな...。
「いただきます」
「いただきます」
こういう整った配膳を見ると、食べる順番があるというのを思い出す。だけど調べる気にはならず主菜の焼き魚をつつく。知ったとてそれに従うとは限らないからね。あ、美味しい。
「朝食も美味だね」
「そうね。ひじきとか、こうゆう副菜はあまり作らないから余計に美味しく感じる」
「うーん、まぁ分からなくはないかな」
ただ、私の場合は主菜で感じることはあるというだけで、副菜で感じることはあまりない。
だから、なんでもかんでも美味しく感じさせてくれている舌があるから倖はいつも食べ物に目がないのだと思った。
それからも手の進むままに食べ進めた。
「まだ起きたばかりなのに食べ過ぎてしまった...」
「どうせ今日も歩き回るんだからいいでしょ」
今日の予定はまず無病息災とか厄除けのご利益がある神社に行って、その後は少し歩くと少し特殊な動物園がある。その二つを観光しようと思っている。
「どうする?もう行く?それとも温泉浸かっちゃう?」
「後半はあなたの願望でしょ、まぁ時間もまだ早いから浸かりますか」
「やった!じゃあお先に」
服をぱっぱと脱ぎ捨てて、シャワーを浴びて湯船に浸かる。
「はぁ~」
まだ朝だというのに、脱力して温泉の湯に漂う。なんて最高なのだろうと思う。
「うわ、もう入ってる」
遅れてやってきた倖が何故か引き気味に言う。そして、シャワーで体を洗い流して私の隣に座る。
「あなたは温泉にでもはまったの?」
「そうかも。温泉の効能が本当だとは思わなかったからね」
「へぇ、私は最近疲れを感じないから意味ないのよね」
人って生きてるだけでも疲れを感じるものではないのかと思う。それに加えて、買い物に行って料理するだけでも疲労を感じると思うのだけど...。
あれ?私の彼女、ゲームでいう後半に仲間になるキャラぐらいステータスがおかしくない?
「うーむ」
「なに?人の体をじーっと見て」
せっかく旅行に来ていてこの温泉の効能を味わえないのは少しもったいないのではと思いながら、片隅では疲労が溜まってないのにわざわざ溜めさせるのも変な話だなと思いつつ、結局疲れさせることにした。
冷静になればなるほど意味が分からないことを考えているなとは思うけれど、温泉で頭が溶けているということにする。
「ちょっと失礼」
そうして私は倖を椅子にする。すごくふかふか。
「どう?」
「何が?」
「いや、こうすれば疲労溜まるかなって」
私はそう言いながらも深々と座りなおして体重をかける。
「あなたってなんだかんだお馬鹿よね」
「正直、これに関してはそう思う」
「ただでさえ軽いのに浮力のせいで、もうぬいぐるみそう変わらないのにこれでどう疲れさせるつもり?」
「はい...」
ぼろくそに言われたけれど私はどかない。だって座り心地がいいんだもの。特に背もたれ。
特に何も言われないから、その好意に甘えてそのまま揺蕩う。
ただ、当たり前だけれど温泉の温度は変わらない。さらに密着しているからよりのぼせそうになって、泣く泣く早めに上がることになった。
次、旅行に行くときはもうちょっとぬるめの温泉を選ぼうと思った。
「冬でよかったね」
「そうね」
今は着替え終わって、熱を冷ますために部屋で休憩している。朝食のお皿はもう片付けられていた。
「でも、もうちょっと堪能したかった」
「私はどっちでも、むしろ早く何か食べたい」
「さっき食べたばかりなのに...」
まぁ、私も入ったばかりだというのに求めているから同じか。
しばらくだらだらとしていたら忘れていたことを思い出す。そういえばここ温泉地じゃんと、そんな灯台下暮らしなことを。
さっそく二人だけで入れる温泉がないかと調べると貸し切り風呂というのが出てきた。
その貸し切り風呂というのは予約をすれば入れるとのこと、なのでさっさと温度がちょうどいいところでついでに露天のお風呂を予約してしまおうとして手が止まる。
危ない危ない。いつもこうやって私だけで決めてしまう悪癖が働いてしまうところだった。
「ねぇ、倖」
「ん?」
「動物園を見た後、貸し切り風呂っていうの行ってみない?昼食もそこでって感じで」
「いいよ」
許可を得られたのですぐに予約をした。
「さて、そろそろ行こっか」
「あい」
旅館を出て、徒歩で十分も経たずに神社に着く。
正直、私は神様という存在は信じていない。じゃあなんで来たのかと言えばおみくじと御守が目的。
御守に関しては確かに神の一部みたいなものだけれど、神の力が宿った物だから自分の中ではセーフということになっている。
「倖は神様信じてる人?」
「神社着いてその質問する人の方が信じ難いけど」
「あ、ごめん」
「まぁ、あなたしかもう信じてないけどね」
「そっか」
照れる返事をもらってまずは手水舎が目につく。
「どうやるか分からないんだよね」
「フィーリングでいいんじゃない?」
「そうしますか」
柄杓を手に取って水を汲んで、適当に手にかける。
「つめたっ」
冬はやらなくてもいいんじゃないかと思うくらいには冷たい。
そこから逃げるように参道を歩いて本殿が見えてくる。けども、私たちはそのまま真っ直ぐには行かずに社務所に向かう。
そこではおみくじと御守があり、倖のも含めておみくじ二枚に厄除けの御守と無病息災の御守を二個ずつに家内安全の御守を一つ買った。あって損はないからね。
「さて、おみくじの中身は...小吉。なんとも言えないな」
「私は吉」
その中身は健康だけめちゃくちゃ悪口言われて、その他は特に褒めても貶してもない言い回しが書いてあった。
倖は全部褒められていた。その内容なら大吉とそんなに変わらなそう。
運勢の順番は知らないけれど、少なくとも小吉よりは吉の方がいいということが分かった。
「私、人生で一回は大凶を引いてみたいんだよね」
「なんで?」
「誰かが引いているのを見たことがないから、本当にあるのかなって」
「確かに。でも引きたくはないからあなたが引いて証明してほしい」
「まかせて!って言うのもおかしいけど」
神社でのやることは済んだので、来た道を戻って神社を立ち去る。
この神社から十分ちょっと歩くと次の目的地である動物園に到着した。
その道中、倖がお腹が空いたと言い出したから適当に買ってあげた。まだ朝食から二時間経ってないぐらいなんだけどな。
入場料を払って動物園に入る。
この動物園は少し特殊だと言ったのだけれど、ライオンや象、虎とかの良く例に上がりそうな動物達はいない。その代わりにあまり見れない動物たちが飼育されている。
入ってから少し歩いてお猿さんを見かけるけれど、戻る時もここを通るので一旦スルーしてドーム状の建物の中に入る。
「知っている動物もいるけど、ほとんど知らない動物だね」
「そうね」
大まかに分類すれば、亀、サル、鳥、その他の動物という感じ。
「倖は目当ての動物はいるの?」
「基本動物は好きよ」
「...食べれるからとかじゃないよね?」
「さすがに違う」
心の中で良かったと安堵する。
「この中で見たいので言えばカピバラ」
「じゃあ、さっそく見ちゃおっか」
入口から奥まで歩くと目当てのカピバラが見付ける。
この動物園のカピバラは餌やりに触れ合いができるとのこと。なので、さっそく餌を買ってきてそれを倖に渡す。
「あなたはあげないの?」
「写真撮りたいから先にあげていいよ」
「どうせならあなたも写れば?」
「難しくない?」
一応チャレンジはしようと思って、先に私たちがカメラの中に収まってカピバラを餌で釣って写ったところを撮った。意外に簡単でした。ただ...
「餌を食べているところ、写真には写ったけど私の目には映ってない」
「言いたいだけでしょ。まだまだ餌はあるし」
残りの餌はあげたり、あげているところを眺めたり時には触れたりして過ごした。
「かわいかったね」
「そうね。つい欲しくなる」
「いやぁ、私は面倒を見れないから...」
「確かにね、もうこれ以上はいらないかな」
ん?なんかものすごく引っかかる言い方だなと思って頭の中で反芻する。その間五秒。私は気づく。
「私、ペットじゃないんだけど!」
「遅っ。ほら、そんなこと気にしてないで次の動物見よ!」
納得できないまま腕を引っ張られてドーム内にいる動物達を見て回った。個性豊かな動物達ばかりでとても面白いところだと思った。
なんだか帰る雰囲気だけれど、まだここでしていないことがある。
「お猿さんに餌やりする?」
「せっかくだからする」
餌を買って倖に渡す。
「これどうやってあげるの?」
柵を境にお猿さんたちがいるのだけど、お猿さんたち全員を見下ろせるぐらいの位置にいる。
「とりあえず、集まって来てるし、しかも手を上げて求めてるからその子たちに投げてみれば?」
「そうしてみる」
倖が餌を求めていそうなお猿さんに餌を投げると、なんとその子が取って食べた。
「おぉ」
「おぉ」
思わず声が上がる。
それを見て私もやりたくなって、投げてみる。
「あ」
「あ」
コントロールが悪すぎて寝ていた子の頭に投げた餌が直撃して起こしてしまい、ぶつかった餌を手に取って食べ始めて、また寝た。
「すまん」
「下手くそだね」
「倖が上手いんだよ。余ってる餌は倖があげていいよ」
「気にしてる」
くすくすと笑いながら、きちんと求めている子たちに投げる。
それを隣で見ている私はすごいなぁと思いながら見ている。
「全部あげたよ」
「お疲れ様。この後はまたちょっと歩いてそのお疲れの肩を癒せるところに行くよ」
「肩使って投げてないんだけど」
動物園を満喫した私たちは次の目的地である貸し切り温泉に向けて歩み始める。
その道中、また食べ物をねだってきたけれど、そこで昼食を食べるのでさすがに与えない。
こう思うと倖の方がペットだと思う。
「着いたー」
「テンション高っ」
「早く入るよー」
倖の腕を掴んで引っ張って入る。
受け付け済まして、館内のルールを聞いて私たちが入るお風呂に辿り着く。
「早く脱いで入ろ!」
「はいはい...」
もう倖には若干呆れられているが気にしない。
私たちの準備が整い、ドアを開けて対面する。
「思ったより結構広いし、景色も綺麗!」
「温度もちゃんといい感じね」
ちゃっちゃとシャワーを浴びてお待ちかねのお風呂に入る。
「はふ~」
「私がシャワー浴びている間にすごく老いた人がいる」
ものすごい悪口を浴びせながら私の隣に並ぶ。
「この温泉の効能はリラックス効果と美肌効果だよ」
「もらっておいて損は無さそうね」
「倖にとっての効能は配られているポケットティッシュ感覚なのね」
まだ時間はお昼ぐらいなのだけれど、旅館を出てからずっと歩きっぱなしだから自然と瞼が閉じていく。それと同時に首も傾く。私の頭が倖の頭に乗っかる。
「眠いの?」
「うん」
「起こしてあげるから目閉じていいよ」
「じゃあ...お言葉に甘えて」
お風呂で寝るのなんて初めてかも。これもお風呂の効能のおかげか。
それから三十分ぐらいが経って倖に起こされる。
「いつ起こせばいいか分からなかったから、私の胃の限界まで寝させてあげた」
「ありがと。じゃあ上がろっか」
「うん!」
ご飯が食べれるからか笑顔で返事をする倖。かわい。
お風呂から上がって、着替えてお食事処に向かう。
「何を食べよっかなー」
「一応注意喚起をすると、夕食はお魚だよ」
「じゃあ肉だね」
絶対そうなるだろうなと思った。私もお肉にするんだけどね。
そうして倖と私が頼んだのは...ラーメンとそばだった。メニュー見たら食べたくなっちゃったから仕方ないね。というより。
「お肉はどこに?」
「あるじゃん」
持っている箸でラーメンに乗っているチャーシューを指す。まぁお肉だけども。
「メインではないね」
「具の中ではメインだけど」
そう言ってチャーシューを一口かじって、幸せそうな顔をする。
その顔を見て私の胃が目の前のそばを求め始めたので、私もすする。おいしっ。
それから私たちはお腹が空いていたからか、黙々と食べ進めてお腹を満たした。
「お腹いっぱい...」
「私は大満足!」
「それは良かった」
食べ終わってから料金を支払って、今は私たちが泊まっていた旅館を目指して歩いている。
「戻ったらまた寝ようかな。あくびが止まらない」
「また寝るの?じゃあ私も」
「くっつき虫か」
「そりゃあ、あなたの隣が私の居場所ですから」
「威張って言う事ではないと思う。一緒に寝るのはいいけど、倖はまた布団に潜るようだよ?」
「むしろ大歓迎」
そんな他愛のない話をしながら楽しく歩いてると、十分程度の道のりなんてあっという間に終えてしまう。
戻ってくれば荷物をほっぽってベッドにダイブする。
「それじゃおやすみ」
「旅館浴衣には着替えた方がいいんじゃない?」
「それもそうだね」
疲労が溜まっている体を無理やり起き上がらせて、雑に浴衣に着替えてまたダイブする。
「倖ー。まだー?」
「私を待つ必要はあるの?」
「寒い。倖暖かい」
「私をなんだと思ってるの?」
重たい瞼をなんとか持ち上げて続けていると倖がやっと私のベッドに入ってきた。私は早く暖を取りたくて倖を抱き寄せる。
「つめたっ!」
倖は自分で浴衣を着られないため、ほぼ羽織っただけのような状態。だから私はその間を縫って手を入れた。
「暖かーい」
「私は寒いんだけど」
とか言いつつ、嫌がらずに私を包むように抱きしめ返して温めてくれる。
「そういうところ、好きだよ。そして、かわいいと思う」
「うるさい!」
「いだだだだっ!」
愛を伝えて褒めたのに、背中の骨を折る勢いで抱きしめている腕に力を込められた。
「体がすごいボロボロ。もう限界だから寝るね」
「おやすみ」
「ふわぁ、おやすみ」
目を閉じれば一分足らずで意識は闇の底に落ちた。
***
いなくなろうとしていたところをなぜか連れ去らわれて。そこからなぜか女同士で付き合うことになって、なぜかの連続で今は旅行をしている。本当になぜなのか。
正直、今も夢現な気分。だってあり得ないでしょ。こんなの。
だけど今、目の前で呑気に寝ている恵から体温を感じる。それが夢でもなく妄想でもないことを証明する。
はぁ、一人になるといらないことばかり考えてナーバスになる。恵と話しているとそんなことは無くなるけど、さっき言った通り間抜け面を晒して寝ている。
早く起きてほしい。それか私にも眠気がきてほしい。恵のせいで一人に慣れていた私が消えているから。
「あぁ、もう、また...」
目から零れる雫が鬱陶しい。
なんでこんな不安定なのかで言えば、ただ単に慣れていないだけだと思う。
幸せのゲージあるとして、ゼロを突き破ってマイナス圏に突入して何年も過ごしていた人がいきなりこんな...幸せな環境下に置かれれば当然だと思う。
はぁ、最近甘い言葉を恥ずかしげもなく言ってくるようになった恵の胸に顔をうずめる。それのせい私が照れてしまう。なんだかむかついてきた。
だから、恵の首筋に唇を当てて印を残してやった。
再び胸にうずめる。昨日うずめて気づいたことがある。ここの布団がふかふかとかどうでも良くなるくらい恵の心音を聞くのがとても落ち着くということ。
その心音が私をあやして雫を止める。雫を零れさせすぎて疲れた私に眠気がやってきてくれたのでそのまま抵抗もせずに目を閉じた。
***
目が覚めて起きてみれば太陽が沈もうとしているのが窓が見える。
倖も寝ている。
携帯を見て時刻を確認すると夕食まで時間があるからお風呂に入りたい。
朝の状況とおんなじ状況だなぁと呑気に思う。
一応脱出を試みるけれど結果は見えていた通りになる。だから、ちょっとしたいたずら心で言ってみることにした。
「倖ー、そろそろ夕食だよー」
「んー?」
起きちゃった。どうしよう。
「ごめん、嘘...です」
「はぁ」
溜息を吐きながら布団から出てきた。
「ごめんね。起こして」
「まぁ、いいけど。入りたかったの?」
「うん」
「そう。じゃあ入りましょ」
そう言ってすっくと立ち上がった。
「行かないの?」
「行くよ」
私も立ち上がって、一緒に脱衣所に向かう。
目覚めの悪い起こし方をしたのに何も言われないのが逆に怖い。
その後も、何も起きずに普通に脱いで、シャワーを浴びて入浴している。
「怒ってないの?」
「別に。もう仕返しをしてあるし」
「え!?いつ!?」
私のリアクションに対して倖は声を出して笑う。
「教えてあげない。けど、そのうち気付くよ」
「なら、まぁ、分かった」
何をされたのか皆目検討もつかないけれど、多分入れて一、二回の温泉を満喫することにした。すぐに上がることになるのだけど。
温泉から上がれば時間はもうそろそろ夕食の時間に差し迫っていた。
「楽しみだね」
「そうね」
平静を装った言い方をしているけれど、表情を見るにとても期待感が溢れている。相変わらずだね。
そうして雑談をして待っているとコンコンと扉をノックされる。
仲居さんが入ってきて、テーブルに料理を広げていく。それと同時に倖の目が輝いていくのが分かる。
仲居さんが配膳をし終えて去った時に倖が一言。
「美味しそう」
心の声が漏れてしまっていた。
それもそのはずで、並べられているのは主に刺身なのだけれど比喩なしでどれも輝いて見える。
我慢ならない倖は大トロの刺身を一切れ箸で摘んで食べる。
「ん~!」
声にならない声を上げて悶える倖。
さすがにオーバーではと思って、私も一切れ箸で摘まんで食べる。舌の上でとろけて口の中に大トロが広がる。想像の以上の甘い脂の量に鳥肌が立つ。確かにこれは身悶えしてしまう。
というか本当に脂の量がすごすぎて、あと二、三切れぐらいしか私の胃がもたない。
大トロの他にも鯛やかんぱち、イカとかが盛り付けられてあるのでそれをメインに食べ進めようと思ったところで忘れていたことを思い出して、それを取りに行くために部屋に備え付けてある冷蔵庫に向かう。
「倖も飲も!」
「お酒?」
「そう!日本酒!」
「うーん」
食べ物が好きな倖でも飲み物は興味がないらしく、乗り気じゃなさそうな倖。
「この後、外に出ないし良くない?」
「...絶対に幻滅しないなら」
「するわけないでしょ」
「それなら、じゃあ」
と言って私にコップを差し出してきた。なので、私はそれにお酒を注ぐ。そして私のコップにも注ぐ。
「かんぱーい!」
「か、かんぱーい」
鯛を一切れ口に放り込んで咀嚼して日本酒で流し込む。あはっ、最高!
そんな感じで次々と食べ進めれば私も倖も酔いが回る。完食した頃には倖は出来上がっていた。
「めーぐーみっ。もっと撫でて」
語尾にハートマークのつく声を発して甘えてくる倖。倖は酔うと普段とは逆になるのかと新たな一面を知れてよかったと思う。
今は私の膝の上に倖の頭が乗っかっている。俗に言う膝枕を倖にしている。
「よーしよーし」
倖に要求された通りに頭をなでてあげると、とびきりの笑顔が返ってくる。こんな反応してくれるのだから幻滅の仕方が分からない。
ちなみに私はお酒の量が足りなくてほろ酔いという感じ。でも、この状況なら足りてなくて良かったと思う。
ただ、少し暑いから窓を開けたい。
「倖ー、窓開けたいからちょっとどいてもらえる?」
「やだ」
「うーん」
試しに倖の頭を床に下してみた。頭が床に着いたと同時にタックルして抱き着いてきた。
「はなれないから!」
「うん、ごめんね」
窓を開けるのは諦めて倖とイチャイチャすることにした。片付けに来てくれた仲居さんが来た時にはもう倖は寝てしまったから、頑張ってまだ使われていないベッドに運んだ。
なので、まだぽかぽかしている体を冷ますために窓を開ける。冬場の冷たい風だけれど、それでもちょうどいい。
この涼しい感覚がしている時、倖と出会った時を思い出す。あの日もこうやってすうーっとお酒による熱を冷やしていつもの帰り道を辿っていたら見るからに不穏そうな女性がいた。
その時に連れて帰ってしまったのはまだお酒の熱が引いてなかったからだろうと思っているけれど、そうなっていなかったから今こうなっているわけで、はぁ、本当に。
「幸せ」
幸せすぎて溜息を吐くなんてことがあるんだね。
起きてからはお風呂に入って夕食を食べただけだというのにもう眠い。
そういえば、結局倖は私に何をしたんだろう。その内分かると言われていまだに分かってない。
なので、確かめるためにバッグから手鏡を出して自分の顔を映してみる。するとなにやら首筋に赤いところがあった。
倖はこれを仕返しと言っていたけれど、私からすればご褒美みたいなものだからっていうことは黙って置いておこう。何されるか分からないからね。
ふわぁ、気になっていた事も分かって一気に眠気が押し寄せてきた。
寝る準備を整えて私は悩む。どっちのベッドで寝るか。でも結局、倖と同じベッドにお邪魔することにした。
でもこれ、私が布団に潜って抱き着かないといけない。倖が私に抱き着いて寝ていたときのように私も倖の胸に顔うずめてみる。胸がふくよかすぎて息ができない。
だからもう少し潜ってお腹に顔をうずめることにした。ただ、これだと足を少しでも伸ばしただけで布団から出てしまうから常時丸まっていなければならない。その疲労は明日の最後の温泉で取ろっ。
今寝て、起きれば当然明日になる。だけどそれはこの旅行が終わることを示している。
もちろんこの旅行は楽しかった。だけど、楽しかったからこそ名残り惜しさが湧いてくる。
そのせいでしばらく寝付けないでいると、抱き着いている倖の体が動き出した。
「恵?どこ?」
「ここだよー」
目が覚めたらしい倖に私のいる場所を伝えながら、布団から顔を出す。
「よかった」
「何が?」
「あなたがいなくて幻滅されたと思ったから」
「むしろ、もっと好きになったけど」
「...そっ」
その反応がかわいくてつい倖の頭を撫でる。それを受け入れるように目を瞑る倖。
「というか寝てないの?」
「なんだか名残り惜しくて寝付けない」
「別にまた行けばいい話じゃないの?それともこれが最初で最後なの?」
「いや、また倖と一緒に行きたい」
「なら別に、わざわざ後ろ向きになる必要はないでしょ」
「ついさっき後ろ向きだった人が言うと説得力があるんだかないんだか...」
倖が私を前向きにしてくれたおかげで瞼が重くなる。
「倖はさっき起きたけど寝れるの?」
「全然眠い」
「私も倖のおかげで眠くなってきた」
「そっ、それじゃあ失礼して」
そう言って倖は布団に潜りこんで、いつもしているかのとうに私の胸に顔をうずめてきた。
「おやすみー」
「おやすみ」
昨日、寝たベッドとは違って今日は窓際のベッドで寝ていたがために窓から差し込む日差しによって起こされる。
まだ眠い眼を擦りながら起き上がる。...起き上がれた。
布団を捲ると倖の姿が無い。だけど、出会って間もない頃は焦って探しているだろうけれど今の私はとても冷静だ。そのまま少し待っているとお手洗いの扉が開いてベッドに戻ってきた。
「倖も成長したね」
「煽ってるの?トイレもできない人間だって」
「違う違う。前の倖なら自分に包丁を突き付けてたり、家を出て行ったりしてたんだろうなって思っただけ。今、旅館だけど」
「確かにね。あなたのせいでこうなったね」
「それは良かった」
そのような雑談を繰り広げて、朝食の時間までベッドの上でそうしていた。
コンコンと最後のノックをされて朝食が運ばれて、配膳をして部屋から出て行く。
旅館最後の料理はパンにウインナーやベーコンなどのパンに合う油物にマカロニサラダなどの野菜があり、いかにも洋という感じの朝食。
「パンに違いとかあるのかな」
「食べれば分かる事でしょ」
と言って倖はパンを手に取り、一口齧る。
「全然違う!とんでもなくふわふわ!」
倖がそんな大絶賛してしまったら、自然とパンに手が伸びて齧る。
「私、こんなパン知らない!」
とにかくふわふわで、バターの味が口の中に広がる。そのバターの味もまた美味でまた食べ過ぎてしまうことが確定した。
パンだけでも、もう充分な美味しさだというのにそのおかずであるウインナーやベーコンを食べてみれば、パンを食べる手が止まらない。
そうしてあっという間にテーブルの上にあった物は無くなった。
「美味しすぎるのも罪だね」
「そうね。味わってない感じがすごい」
美味しかったとはいえ、何かが迫っているわけではないのだからもう少し時間を掛けて食べればよかったと後悔しつつも、倖が言ってくれた「また来ればいい」という言葉にその通りだなと思う。
「最後にお風呂入って、チェックアウトしよ」
「本当に好きね」
「次からはこれが私の目的だね」
仲良く浴衣を脱いで、シャワーを浴びて入浴する。
「にしても熱いね」
「次からはぬるめでお願い」
「もちろん。もう熱い温泉は嫌だ」
そんな話をしながら、相変わらずそんな時間も経っていないというのに上がらざるを得ない。
そして、着替えて部屋に戻れば身支度と荷物を整える。
「もう出れる?」
「行けるー」
そうすればチェックアウトしに行くのだけれど、その前にこの旅館にあるお土産コーナーで花音のお土産を買ってしまう。もう目星をつけてあるので、それを私たちも食べたいので二個ずつ買う。
お土産とチェックアウトの料金を支払って外に出る。
「なんだかもう終わっちゃったって感じ」
「後は帰るだけだしね」
この旅行の思い出話をしながら、バスに乗って、行きと同じの予約しておいた二人用の個室の新幹線に乗って、今は自宅に向かって歩いている。
「またお金貯めなきゃ...」
「私も何か手伝いたい」
「うーん、むしろ私の手伝いより料理のレシピ上げるとかでお金稼げるからそれをしてみればいいんじゃないかな」
「そんなのもあるのね」
「人と極力関わらずにお金を稼げる時代ですよ」
「楽ね」
「しかも、ずっと一緒にいれる」
「やったね」
珍しい仕事の話題をしながら、行きのときにも渡った倖と初めて会ったあの橋が見えてきて橋の上にまで来た。
「倖、ちょっと止まって」
「ん?うん」
「あと目瞑って、後ろの髪上げてほしい」
「うん...」
「ちょっと失礼」
荷物を置いて、倖の後ろに回り込んで私が倖にずっと渡したくて一か月ぐらい温めておいたアクセサリーを着けてあげる。
「目、開けていいよ」
「これは...ネックレス?」
「そう!って言ってもペアリングをチェーンを通しただけだけど」
「ペア...リング?」
「こういうのは二人で選んだほうがいいんだろうけど、サプライズしたくて勝手に選んじゃった」
「別にそれは...いいんだけど、あなたのは?」
「ここにあるよ」
そう言って私は鞄から箱に入った倖が身に着けている物と同じネックレスを見せる。
「なんで着けてないの?」
「今やっとペアリング改め、ペアネックレスになったからね」
「そう...。このリングにはまっているピンク色の宝石は?」
「モルガナイト。意味知ってる?」
「知らない」
「じゃあ教えてあげる」
倖の耳元に口を近づけて教えてあげる。そして、倖から顔を話して表情を窺うと泣いていた。
「ごめん...。胸がいっぱいいっぱいで...」
「謝る必要は無いよ」
私は目の前で泣いているパートナーを慰めるように抱き締める。
「そのペアネックレスに誓ってちゃんと最後まで幸せにする」
「今でも十分なのに?」
「うん!」
「もっとくれるの?」
「うん!!」
「私、こんな幸せでいいの?」
「うん!!!もし仮に幸せ警察に逮捕されたら私に擦り付けていいよ」
「あはは。なに...それ。そうなったら、一緒に逃げるか捕まるかでしょ」
「ふふっ、確かにそうだね」
くだらないもしも話にお互いに声を出して笑う。私もいつの間にか目に溜まっていたものが頬に伝って、重力に引かれて落ちていく。
あ、そういえば。まだしていなかったことがあった。
「倖、ごめんだけど目、もう一回閉じて欲しい」
「ん」
目を閉じてくれた倖の唇に私の唇をくっ付ける。五秒経ったぐらいに離した。
「これは何?」
「誓いのキス」
「二回も誓わなくていいでしょ」
「それだけ本気ってことだよ」
「そんなのもう伝わってるよ」
私の人生は倖と出会って一変した。それは多分、いや確実に倖もだろうけれど。
一人で耐えてきた人生が終わりを告げて、二人で歩く幸せな日々が始まる。これもかな。
ただ、倖と出会ってからまだ一年も経っていないから、それのしわ寄せが来そうで怖いけれど倖となら半分こできると思っても、倖もそうじゃんと。
つまり何が言いたいのかと言われれば、私には倖、倖には私がいればとりあえず今世では私たちは幸せであり続けることができるってこと。
「そうだよね。倖」
「急に言われてもって感じだけど、うん、来世も一緒だよ」
あはは。
「うん、一緒だよ」
ここまで読んでくれてありがとうございます!
遅れた理由としては最終回だからちょっとゆっくり書きたかったと言いますか、もうちょっと細かく書きたかったと言いますか、とにかくそんな感じです。
次に投稿するのは新シリーズです。前に投稿したのは削除して書き直します。
こんな自分勝手な人ですけどこれからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!




