3TIAと初討伐
道の舗装をしている際に聞いた話だが、最高位職になれるのは本当にごく一部らしい。一人いるだけでそれこそ戦況が変わるとか変わらないとか。
でもなぜそんな優秀な人があんな怪しい募集文に? そもそも彼女は生物なのか? それにスリーティーアイエーなんて名前は普通ではないのでは?
「ええと、種族は……?」
「種族はエクスマキナ。ゴーレムとは違い、自我を持ったカラクリでございます」
なるほど納得だ。理解してみるとなんとなく感じていた不気味さが消えて、無感情そうな、クールっぽい感じがなんとも可愛らしい子である。
「名前は……皆そんな感じなのか? エクスマキナってのは」
「ワタシの出身地では大体そんな感じです。ワタシの数少ない友であるエクスマキナもDDW9(デーデーダブリューナイン)やRPGという名前をしておりました」
なるほど。種族的な問題か。そういえばサハギンとかいう種族は生まれたときに発した泡の形と海流の温度で名前が決まるとかいう話を聞いたこともある。それみたいなものだろう。
「ええと、カード見せてもらっていい?」
「はい。どうぞ」
3TIA改めティアの渡したカードを受け取り、スキルやステータス等を確認していく。一番低いステータスが幸運。次に力。感知や器用が普通くらいで、魔力と精神が特化していた。
スキルは回復系のジョブが習得できる支援・回復スキルを全て習得。
個人スキルは【神仰者X】。スキル内容は完全なぶっ壊れ効果で、スイッチが切り替わる代わりに回復やバフの効果を2倍にするというチート級である。スイッチは多分、エクスマキナのなんかだろう。
レベルはまだ6とあるため、おそらくはイーリスと同様に最初からヤバかったパターンだ。
年齢は4歳(1987歳)という意味不明な表記であった。……勝手な妄想だが電源を切っていたとかそんなんじゃないだろうか。
「イーリス。見ろよこのスキルにステータス。多分凄いぜ」
「へーふーん……。まぁいいんじゃない?」
なんだその適当な答えは。イーリスはなぜかご機嫌斜めな様子で、空中に十六分音符を浮かばせて、指で弾いて遊び始めてしまった。音符は弾かれたり他の音符とぶつかるたびに小さな音を奏でていた。……あれも歌姫のスキルなのだろうか。なんともまぁよくわからないスキルである。
「連れが失礼ですまんな。ところで募集しておいて聞くのも難だけどさ。なんでこんなパーティに?」
「前のパーティを解散してしまったのです。前の前のパーティも解散してしまいました。ワタシは役に立てませんでした。そんななか、アットホームでパーティ離脱率0%という宣伝文句を見かけたために、こうして参りました」
まさかあんなブラック企業の求人文句の典型例みたいな文に、こんな可愛いくて回復職という立ち位置を心得たスキルを持った子が来てくれるなんて……。きっと解散してしまった理由はエクスマキナだから差別されたとかなんだろう。
俺がやっていたファンタジーのゲームでもオートマタとかいう種族は心を持っているのに機械扱いされて、苦しんでいた。
「イーリス! 彼女をパーティに加えよう! 拒否するメリットがない」
「いいんじゃない? 回復職がいて困ることはないし、カイトが死んでも蘇生魔法代金を持ってかれないで済むし」
――――再び始まりの草原にやってきた。本当はクエストを受ける前に、ヨミがくれたという何かを確認したかったのだが、ギルドカード更新の金がなかった。
草原は前見たときと変わらず緑々しい草が生えている。いや、よく見ると地面にヒトデやナマコがいるときもある。そして梅雨だから仕方ないのだが、天気はあいにくの雨模様で、空は薄暗い灰色に染まっていた。
今回やるクエストはモナ蟹ではない。受けたのは晒しクラゲというモンスターを3体討伐するクエストだ。なんでも空中にいるうえに、魔法を一切受け付けないらしいが、クラゲの本体にある赤いコア的な部分を傷つければ即死するらしい。
それなら1ダメージでも勝てるだろうと、俺は賢明な判断を下したわけである。間違ってもモナリザ恐怖症になったわけではない。
なんで草原にクラゲやら蟹がいるのかと疑問に思って情報を集めて見たのだが、どうやらこの草原。梅雨になると本来は地下や湖にいるモンスターがなぜか出てきて、放置すると地上の海と呼ばれるモンスター塗れの場所になるらしい。
モナ蟹などの弱いモンスターを放置していると、モナ蟹を食べるために、如何わしイカとかいう駄洒落みたいなモンスターや触手プレイカなどという一度お目にかかりたいモンスターが集まり、それを食べるためにメガシャーク、オクトシャーク、プテラクーダ、ギガピラニアなどとB級映画も驚きなモンスターが大量に集まるという話だ。
もう海でやれよと言ってやりたい。
ともかくとして、そんなB級映画なシチュエーションを生み出さないためにも、こうして俺達は目的のモンスターを探して、若草の大地を歩き進めていた。
するとやがて、半透明の体をした巨大クラゲが目に入った。本体の大きさは2~3メートルほどだが、触手が非常に長く、地面に垂れ下がっている。
触手に捕まると麻痺攻撃を受け、半透明で袋状になっている本体に収納され、ゆっくり消化されるんだとか。まぁなんとも恐ろしいことである。
「お、いたぞ。俺がクラゲの上に乗っかってそのまま仕留めるから」
俺の指示にイーリスは素直に答え、速度上昇の歌と足場になる音符を周囲に漂わせてくれた。酒場で遊んでいた十六分音符は足場やクッションになるためのスキルらしい。
「神よ我らが慈悲深き♪」
「ティアもバフ頼む……ティア?」
ついさきほどまでは普通にしていたはずのティアが、モンスターを見るや否やぷるぷると震え出した。まさか怖いのだろうか。確かに俺だって現実であんなのが通学路にいたら泣く。
「イーリス信徒を守りたまえ♪」
「ティア。怖かったら下がってていいからな。若干不安はあるが、イーリスはバフ専門職だ。充分だと思うし――――」
「削除!!」
俺がちょっとばかし格好つけていた最中、ティアは血走った瞳でクラゲを見据え、殺意を金の杖に込めると、クラゲめがけて駆け出した。
「ティア!? 何してるんだ!?」
俺の呼びかけに、彼女は見向きもせずにクラゲの足元まで向かうと、金の杖におぼろげな光を纏わせながら、
「全てのモンスターを削除削除削除削除削除削除削除削除削除ォ!! 削除! 削除! 削除!!」
と狂ったように叫び、一心不乱に猛攻し始めた。だが足に攻撃しても意味などなく、そもそも魔法を付与した攻撃さえも受け付けないために、クラゲの足はプルプルと震えるだけであった。
「ちょま! 戻れ! 撤収! 撤収しろ!」
そんな俺の声もむなしく、ティアは脚や腕をぬめりけのある触手に絡め取られると、ビクリと痙攣して脱力した。
あぁ、麻痺ったなと俺は悟った。機械でもどうやら麻痺るらしい。賢者になった気分で見届けようと思った。
少女はクラゲの触手にどんどんと絡まれ、逆さづりになると、段々と本体である半透明の袋みたいな部位に収納され、最後には完全に捕食された。
「……致命的なエラー。……っ! 少し大変なことがぁ……! 起きてい……っます」
ティアは苦しそうにクラゲの中でもがくが、麻痺が効いているためかろくに抵抗もできていなかった。
……なるほど晒しクラゲか。名前の由来を理解するなか、なんだかずっと見ていると耐え難い衝動に襲われそうだったため、俺は音符を足場にして、クラゲに飛び掛り、赤い球体みたいな部分にナイフを突き刺した。
すると空気の抜けるような音がして、クラゲはゆっくりと萎み、最後には地面に落ちて動かなくなった。やる気のない風船みたいだった。
これで俺は初めてモンスターを倒したことになるわけだが、
「…………致命的なエラー。麻痺のためっ……!! がぁ……! 状態異常解除が…………」
クラゲの中から出てきた、粘液塗れでビクビクと痙攣している少女が隣にいた所為で、達成感もクソもなかった。