初のクエストクリアと新たなスキル
「なぁ、なんで回復役なのに突撃したんだ? 馬鹿なのか? それともなんだあれか? クラゲと触手粘液麻痺プレイでもしたかったのか? ハードなやつだな」
「モンスターを見ると……ぁ。本能が…………殺せと……ン!」
まだ麻痺が治ってないらしく、ガクガクと震えながらティアは答えた。よく見るとコスプレ用のメイド服みたいな装備は少しだけ溶けて、布が薄くなっていた。
雨に打たれたワイシャツのごとく、肌が透けて見えた。……本当にどうにかなってしまいそうだ。もう誘ってるのではと思いたくなるくらいどうにかなっている。
「――――敵を蹴散らし、潰走させ♪ 姑息な罠をも打ち破りたもうた♪」
「イーリス。いつまで歌ってるんだ。中止中止! 二番に入るな」
「もう……仕方ないですね。【状態異常治癒曲】!」
イーリスが再び物騒な歌を再開すると、痙攣していたティアの体を粘液ではなく楽譜の線のようなものが包み込み、そこに白い音符が刻まれていく。
「……イーリスだけが普通にジョブを全うしているのが気に食わないな。クソスキルでも発動すればいいのに」
「うわぁ。自分が役立たずだからって自分を上げずに他人を落とす最低な発想ですね。例えるなら英語のリスニング試験で一回目で聞き取れたから二回目で鼻をかんだり、咳をして他を妨害するような奴です」
「それ俺被害者側だから。謝って。ねぇ謝って」
忘れもしない。おかげで道路を曲がって左に銀行があるのか、それとも右に銀行があるのか分からなくなった。答えは両方だったのだが。
「――――申し訳ございませんでした」
謝ったのは地面に倒れていたティアだった。彼女は払える限り粘液を取り払うと、ゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。
「いや、そっちに言ったわけじゃ……あ、突撃しちゃった方への謝罪か。別に倒せたし、怪我もないから俺はいいけど。眼福だったし。凄いエロくてよかったぞ」
「……恥ずかしい限りです。しかし女性に対してさも当然のように言う発言では無いかと思われます」
異世界に来てからだんだんと吹っ切れてきてるんだ。全部イーリスって神様が悪いんだ。俺は悪くねえ。
「まぁそれは置いといて。なんで回復職なのに前線に出たんだ? 確か筋力はDぐらいだったろ」
「後でセクハラされたとギルドに報告するかもしれません。金欠なので。前線に出てしまった件は、つい張り切ってしまいまして……」
張り切った!? やっぱり触手に絡め取られて麻痺になることを期待していたのか? 無感情そうな顔をしておいてなんて扇情的なご趣味をなされているんだ!!
「触手プレイが楽しみでか!? だとしたらお金溜めてマジックカメラ買ってあげるから撮影してもいいか!?」
「本当に覚悟しておいてください。ワタシはエクスマキナという種族上、どんなときも淡々と、無感情的に話しておりますが、表情に出ないだけで本当に恥ずかしいのです。モウオヨメニイケナイ」
「絶対最後の一言は大袈裟だろ。棒読みどころか片言になってるじゃねえか。ほら、今はセクハラしないから理由を教えてくれ理由を。さすがに普通じゃないだろ」
今更だが、本当にビデオカメラが無いのが惜しまれる。ぜひとも撮影できていれば……色々困らなかっただろうに。
俺がさきほどの凄まじい光景を脳内で再生していると、ティアは表情も口調も変えずに突撃した理由を語りだした。
「……ワタシは本当は戦士系のジョブになりたかったのです。しかしステータスや個人スキルを見ての通り、残念なことにあまりにもアコライト向けで仕方なく諦めたのですが、いざモンスターを見ると、武器で殴りかかってしまいたくなるのです。モンスターを腕力でひねり潰したくなるのです」
クラゲに関してはコアを叩けば即死するので、力はさほど必要ないのだが、彼女のさきほどの発狂ぶりを見ると、冷静に対処もしてくれないように思える。
「ならせめて状態異常軽減とか、攻撃上昇のバフを自分につけてから凸ったら――――」
「あ、カイト! クラゲがまた来ましたよ!」
イーリスがカラフルな音符を弾いた先、ふわふわと数匹の晒しクラゲが漂っているのが見えた。今度こそきちんと、遺憾なく狩ってやる。
「イーリスはいつもの! ティアは攻撃するならせめて俺と自分にバフをしてから……」
俺が言い終える前にティアは草原の大地を踏み蹴り、クラゲに向かって飛び掛っていた。俺の声も届かないどころか、イーリスの歌も聴けてないらしく、音符が彼女の周囲で残念そうに萎んでいくのが見えた。
そして数十秒もすると、彼女はなすすべなく触手に絡まれ、ビクリと体を震わせると、力なく脱力して取り込まれていく。
「申し訳ございませ……っ! ンあ……。助け……テ」
ティアは涙目になって、口をガクガクと震わせながらこちらを見つめてきた。まぁ、多少は無視してもいいだろう。
「なぁ。イーリス。こいつは消化に何時間掛かるんだっけ」
「人間サイズだと6時間と28分34秒かかります」
「やけに詳しいな。まさか…………」
「造りましたよ? 悪いですか?」
イーリスは誇らしげにない胸を張って、したり顔を浮かべ、鼻息を荒くした。俺は思わず彼女と深い握手を交わす。
「ナイスだ。イーリス。俺でも勝てる弱点があって、けれど女の子が捕まるとあんなエロいことをしちゃうクラゲを作れるお前の潜在的なソレに感謝する」
「あ? 馬鹿にしてるなら受けて立ちますよ」
「いやいや! 褒めてるんだよ。見てみろイーリス。凄い売れそうな絵だろう? カメラがあったら俺達今頃大金持ちだぜ」
ティアは痛い目を見ると我に返るらしく、今はクラゲの体内でぐじょぐじょの粘液塗れのいやらしい姿になって、途切れ途切れな声で助けを求めていた。
服は既に薄くなっていたためか、とうとう柔肌を晒し始めている。脚や腰辺りがなんともまぁ……。それに見立て通り胸は着痩せしているだけだったみたいだ。
「このままながめてるのもいいか」
「酷い男ですね」
「お灸据えてやってるんだよ。ちょっとぐらい眺めてたって悪くないだろ」
「助ケ……ぁぐ。お願…………い、です」
何でもしますと言われた気がしたので、そろそろ助けてあげるか。餌を食べていると動きもとろくて助かる。
だがこの後も残り3匹と出会うたびに彼女が触手の餌食となったことは言うまでもない。おかげでただでさえ遅いクラゲが置物同然だった。
クラゲの死体を回収業者に任せ、無事街へと帰還した。無事クエスト終了である。ただしこの無事の対象にティアは含まないものとする。
そして今はクエストを終えてギルドへと戻る途中であった。俺は俺が作った道を踏み締め、イーリスは初のクエストクリアで有頂天になって音符の群れを従え、ティアはほんの僅かばかり頬を赤らめて、粘液塗れで大通りを歩いていた。
「なんであの子だけあんなに…………」
「あいつ女の子を囮にしたんじゃ」
「ありゃ晒しクラゲだな。絶対あいつクラゲに囚われたあの子を眺めてるよ。うん、そういう顔をしてる」
酷く衆目を浴びていた。こういうときは異世界も現実も変わらない。こそこそと微妙に聞こえるくらいの声で嫌な噂話をするのである。……眺めていたのは事実だが、顔で決め付けるな。失礼だろ。
「どらああああ! 文句あったら直接言って見やがれええ! ハーッハッハッハッハッハッハ! 大胆な高笑いは勝者の特権だぜえええええ!」
ちょっと大声でそんなことを言って見ると、彼らはヤバイ人を見るような目を向けて、黙り込んだ。はは、それでいい。通勤ラッシュのときにちょっと肩が触れただけで絡んでくるおっさん以下の根性の奴は黙ってればいいんだ。
「ヒュー! 言うじゃない! カイトのこと少し見直しましたよ」
イーリスもこの手のタイプなので賛同してくれる。いつ裏切るか分かったもんじゃないが。ティアは表情は相変わらずだが、恥ずかしかったのか顔を俯かせ、歩幅が小さくなっていた。
「……確かにワタシが悪いのですが、しかし人間性を疑います。あなたは酷い人です。ずっと眺めてましておりましたよね? しかも最後の一匹のときはワタシを置いて帰るフリをして楽しんでおりましたよね?」
「ほら、そんなことよりさっさと風呂入ろうぜ。粘液塗れだとさすがに入店拒否されるかもしれねえだろ? 飲食店も兼ねてるわけだし」
「モウオヨメニイケナイ……」
そもそもエクスマキナって結婚とかそういうアレってどうなっているんだろうか。いささか疑問である。今度暇なとき本人に聞いてみようか。
――――風呂も上がり、クラゲの粘液も流しきった。
ギルドから報酬であった63000Gを入手した。三等分で分割し、一人当たり21000Gである。さほど苦戦した印象がないので、なんだか得した気分だ。
ティアは風呂で粘液を落としたためスッキリしたはずなのだが、どうしてかやるせないような、不安げな小動物的瞳でチラチラ見てくる。
「ほーら! せっかく勝ったんだから祝いましょう! 初勝利ですよ初勝利!」
イーリスは両腕を広げ音符をばら撒くと、スカートにも関わらず恥じらいもなくバック転を5連続ぐらいして着席した。どこに羞恥心を捨てたんだろうか。叶うことなら拾ってあげたい。
「とりあえずマリンレモンスカッシュを……」
「バーカ! 何言ってるんです。その歳ならこの世界で酒飲めますよ酒!」
イーリスは既に注文したらしく、おそらくビール的な何かと思われる泡だったジョッキを持っていた。酒か。飲んだことはないが、飲んでみたいとは思っていた。
「んじゃ! 俺もイーリスと同じやつ! ティアは何か飲むか?」
ティアは音も立てずに席に着き、これから葬式に向かうみたいな顔をしていた。俺はグリーンリザードのステーキより三段階値が張る始まりの草原の海鮮丼を注文二人分注文し、今日の不肖をチャラにできるんじゃないかと自称できるほど、クールで完璧なイケボで言った。
「パーティ離脱を心配してるなら、平気だから。イーリスはともかく、俺は弱いし」
「――――いえ、公衆浴場を出たときからカイトさんのズボンのチャックが開いていたのをいつ言おうかと考え込んでいただけです」
うっわ、恥ずかし。
「……パーティ離脱を心配してるなら、平気だから。イーリスはともかく、俺は弱いし……ださいし」
「ソウイッテクダサルトサイワイデス」
本当に恥ずかしい。向き合っているのも辛くなって、思わず顔を背けると、頬に八分音符が激突した。ぷにっと柔らかな感触がして、デデン! とパソコンのエラー音みたいな音が響く。
「カイト~! イチャイチャしてないでカード更新しましょ~。ほら、ヨミとかいう獣畜生がスキル提供したって話じゃないですか?」
「イチャイチャしてるように見えたならそれは目の病か心の病だな。きっと発症の原因は嫉妬に違いない。妬いてんだろ? てかヨミちゃんのこと獣畜生っていうな邪神」
「あ? ワタシがご機嫌じゃなかったら今ので狐女と再会を果たしているところですよ。化かされるといいですね?」
イーリスが指揮棒を振るうかのように指を揺らすと、全休符という名のただの■が俺の頭にいくつも降り注いだ。
「痛っ。痛っ! あ、全然痛くないわ。これが虫ノ心身の効果か!」
でもなんでだろう。視界がおぼろげで、血の臭いがする。
「呪いその1を誇らしげにして恥ずかしくないんですか? 早くカード更新して呪いその4でも見せてくださいよ。あ、ティアさん。彼にヒールしてあげてください。せっかくの海鮮丼が血生臭くなりますので」
気付けば俺が注文したはずの海鮮丼はイーリスとティアの手に渡っていた。俺が頼んだのに、店員は彼女たちに渡したようだ。あとで顔を確認してクレームつけてやる。
「カイトさん。頭を見せてください」
ティアは立ち上がると、俺の傍に近寄り、
「治療システムを作動します。対象は患部から手を離してください。――――【ヒールライズ】」
鮮やかで優しげな緑の光が俺の頭を包み込むと、多分回復した。痛覚が鈍くなっている所為で正直差が分からないが、なんだかスッキリするシャンプーで頭を洗ったような心地はした。
「おう。助かるぜ。んじゃ、駄女神様の神託にしたがってカードの更新をしますか」
手数料として結構な額を持っていかれた。まぁやむなしと断念して支払うと、いつぞやのカードに血を垂らせと言われる。俺はさきほどイーリスのおかげで流した血を有効活用し、受付嬢に渡した。
「ええと……レベルが3になってますね! 道路舗装完成したのが大きいみたいです。ステータスの成長はほとんどありませんけどね。なっ! 凄いですよ! さらに1つ個人スキルが発動してますよ! ええと……【御三狐】あなたは敵を倒した際、確率で特定のエネミースキルのみ習得可能になる。代償としてあなたは…………ここで文章が途切れていますね」
ゾクリと、背筋が凍るような感覚がした。




