異世界生活ッ!
俺がこの異世界で冒険者となったのは、この世界では冒険者の道に黄金と夢が敷き詰められていると直感したからでした。
しかし冒険者になって三つのことを知りました。
まず第一に、冒険者の道は黄金と夢で舗装されていないこと。
次に、そもそもこの街の道の多くがまったく舗装されていないこと。
そして最後に気づいたのは、この道を舗装する役目は装備を整える金がない俺に課せられているということでした。
――異世界転生者の手記より
……なんて、昔アメリカに移民した人みたいなことを考えながら、俺はその日の給料をもらった。
異世界に来て一週間が経とうとしていたが、いまだモンスターとの遭遇は例のトカゲとウデムシだけである。
てっきり冒険者になったらモンスターと戦ったり、遺跡を探索したりと冒険な毎日があるかと思ったが、まぁそんなことはなかった。
今の季節は春と梅雨の間らしく(どうやらこの地方は四季があるらしい)冬眠から目覚めたモンスターはすでに狩られ、梅雨に出現するモンスターは梅雨ではないのでお留守。つまり平和。ピースフル。
近くに遺跡はあるが、当然探索済みでお宝は一つ残らず取り尽された。なんともまぁ世知辛い話である。だからこうして俺は街の道を舗装するなんていう文字通り泥臭い仕事を強いられていた。
イーリスは見た目がいいので街の広場で歌っている。それだけで金が入るのだ。簡単な仕事である。
太陽が昇る前から働いて、太陽が沈むまで働いて、貰った金は8000G。日本円にすると8000円よりちょっぴり低いくらいだろう。
俺は泥と汗で汚れた体を癒しに、公衆浴場へ向かった。昔のヨーロッパではまともに風呂に入らなかったというが、この世界では古代ローマ以上に風呂の存在を重要視しているおかげで、広々とした大浴場が街に何箇所もあった。
入浴料は若干高い気もするが、これは衣食住と同じでなくてはならないことだと断言できるので、妥協する。石造りの浴場はちょっとしたプールよりは広く、仕事帰りのおっさんなどが浸かっていた。残念だが、当たり前かもしれないが、混浴ではない。
「ああ~生き返るわぁ~」
俺は風呂に入ると毎日のように元の世界のことを思い出す。桜の木や紅葉がこの世界にあるのはいいのだが、醤油だとか、味噌だとかが普及していない。
極東の島国の調味料は金持ちしか買えないとのことだ。この世界に日本もどきがあるのは嬉しいが、結局は思い出の品にありつけないわけである。寿司食べたい。ゲームしたい。極龍の朱翼膜が3枚足りないまま某ゲームを引退したことが気がかりだ。
「そろそろ上がらないとイーリスが切れるな……」
イーリスは性別女のくせに早風呂だ。ジェンダーハラスメント? 知らん。こっちだって力仕事と命を投げ出すのは男の仕事とイーリス信者の義務だとか言われてるんだ。イーリスのことを頭のなかでどう思おうが、どんな一枚絵を妄想しようがこちらの勝手である。
俺がいそいそと風呂を上がると、公衆浴場の入り口でイーリスは待っていた。口の周りに白い後がついており、牛乳を飲んだことは聞くまでもなく明らかである。言及はしないが。
「遅いです! 何分入ってると思ってるんですか?」
「15分ぐらい」
これでも急いだつもりなんだ。普段ならこむら返りを防ぐために両足をストレッチし、肩に溜まった乳酸を解消しようと努力するのだ。しかしイーリスは俺の努力なんぞ気にも留めず、恥ずかしいくらいお腹を鳴らすと、大通りを指差した。
「ほら、さっさと酒場行きましょう酒場。お酒はお金ないので駄目ですけど」
「はいはーい」
俺はイーリスと共にのほほんとした様子で冒険者ギルドに向かった。飲食店もとい酒場は他にもあるが、コストと質から考えて、ギルドが一番よい場所であった。
いつものように重い木製扉を開けると、イケメン君が筋肉塊と全身甲冑に絡まれて泡を吹いて倒れていた。不幸な……。
「おう! 遅えじゃねーか!」
筋肉がドスの効いた声を発し、俺たちに手を振った。イーリスは俺にしか聞こえない声でぼそりと、
「私いつもみたいに幼女の振りして奢って貰いますねー」
と、これまた邪神活動に精進するようなことを言って、筋肉と甲冑と泡を吹いたイケメン君のところへ向かった。幼女の振りと言っているが、どう見ても幼女であることに間違いはない。しいて言うならば中身が邪悪で混沌とした存在なだけだ。
これで邪神は俺の傍から離れた。俺は今度こそ、心の底からリラックスして、近くの椅子に席をつく。
「あ、魔ッシュルームとにん肉のアヒージョと、グリーンサラダ、あとグリーンリザードのステーキを頼む」
「かしこまりましたー。ステーキの焼き加減はどうされますか?」
「ミディアムレアで」
――――なんてやり取りをして空っぽになった胃袋を満タンにした後、月が明るい夜道を進み、約10キロの散歩をして、救貧院へと向かう。それは見た目は教会だが、その実態は俺たちみたいな貧乏人を格安で泊まらせてくれる雑魚寝場所である。
普通の宿に泊まりたいところだが、そんな毎日を過ごしていては破産するため、石畳に藁がひかれた場所で、プライバシーもくそもない部屋で朝を待つわけである。
俺は藁の床で横になり、すぐに目を閉じる。明日もまた道に舗装をする仕事だ。でも段々と俺の手によって道が整っていくさまは誇らしい。完成したら、実はこの道を作ったのは俺なんだって誰かに自慢してやりたい。
「カイト。私今日、いままでで一番客が来たの。やっぱあなたの世界の歌を歌うのは儲かりますね」
イーリスは金に眩んだ目をこちらに向けて、楽しげにそんなことを言ってのける。……だが元現実世界の一住民として言わせて貰うと、彼女の歌のレパートリーはいい歌は多いが、時代遅れで懐古厨だ。
「もっとさ。可愛いこと言えないのか……? 歌うのが楽しいですとか、皆が聴いてくれて嬉しいとか」
「嬉しいですよ? 儲かりますし。いわばイーリス教復活のための資金提供をしてくれてるわけですし」
駄目だこいつ。
「でもそろそろ梅雨入りするらしいぜ? 客来なくなるんじゃねえの?」
「えーそんなー……。それじゃどうやってお金を稼げば…………」
あれ? 梅雨入り? ……俺たちなんか忘れてない?
「……というかなんで金稼いでたんだっけ?」
「馬鹿ですか? 冒険者になっても転職が有料ですし、装備の金がないからですよ。今のままだと私たち冒険者の無職ですからね」
「あああああああああ! そうだよ! なんで俺たち全然冒険者してないんだよ! 畜生! 道作ってる場合じゃねえだろ!」
俺は忘れかけていた冒険者魂(?)を思い出し、いきり立つ感情のまま大声を発した。
「仕事がないからです! イーリス信者なら私の信仰者らしく、個の自由と感情を捨ててイーリス教全体を重んじて、文句一つ零さず泥水啜ってでも金を稼いでください!」
「そんなファシズム思想は嫌だ! 俺は民主主義だ!」
「うるせえ! 糞餓鬼! 黙りやがれ!」
大声で怒鳴り合っていると、隣で寝ていた浮浪者のおっさんも混ざったため、一気にヒートダウンした。喧騒に包まれた救貧院に静寂が戻る。
「……カイト。あなたの気持ちもよく分かる。冒険者なのにって気持ちでしょ? よくわかる。私は女神なのにどうしてこんな酷い環境に……」
「それは自業自得だろうが」
邪神と畏れられるような何かをやらかし、信者を増やすための異世界転生も上手くできないのが悪いんじゃないか。
「そこは慰めるとこです。だからモテないんです。ともかく、そろそろお金も溜まりましたし、装備一通り揃えてモンスターをシュバっとやっちゃいましょ」
「モンスター討伐か…………!」
ついに……ついに……冒険者らしいことをできるのだ。いまだにジョブさえ決めてなかったが、ようやくこれで俺の冒険者伝説が始まる……始まるといいなぁ。始まるといいけどなぁ……。
俺は楽しみと不安を抱えながら、眠りについた。明日は朝一番で冒険者ギルドだ。