世界の魔法具工場 アルトゥリック
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ――――事は一日弱ぐらい遡る。
皆、それぞれの欲望を満たすべくとりあえずアルトゥリック行ってみようぜ的な流れになったのだが、始まりの街ビギンからアルトゥリックまでの馬車はそれなりに高かった。山賊討伐の報酬を全て持っていかれた。あんまりである。
ともかくとして、俺達は山賊討伐の翌日、朝日が昇ると同時に馬車でアルトゥリックへ向かった。モナ蟹が陸路を遮断することもあるらしいが、幸運にもあの恐ろしい微笑みと対面することはなかった。四輪馬車はドナドナと順調に始まりの草原と昨夜の山岳を超え、アルトゥリック近辺に広がる四方を山に囲まれた草原に出る。
「カイト! 野生のクレイジーマシンが交尾してる!」
「馬鹿かイーリス。機械が交尾するは…………!?」
この辺りは始まりの草原とは違い、海産物が暴れるような陸の海ではない。代わりとばかりにダチョウをさらに大きくして顔だけ馬にしたモンスターや、これまたどういう訳か機械系のモンスターが多い。
馬車の窓の外ではメタリックな多脚の機械が備え付けられたサーベルを振り回し、頭上のサイレンを赤く光らせながらリアルを充実しているようだった。
「カイト。なぜワタシを見るのです」
「いや、できるのかなって」
「あなたの肉食系な囁きはなかなかに……ン、なかなかに良いものですが、こうして公然とセクハラを行うのはいただけません。もっと紳士的な振る舞いをされてはいかがですか?」
「イーリスとティアとリーゼが淑女らしくできるなら考えてやらんこともない」
つまり考えてやらないということだ。しかしまぁ、アルトゥリックに行こうとするだけ俺は充分過ぎるくらいイケメンなんじゃあなかろうか。
「おーい! そろそろ着くぞー!」
俺達の馬鹿みたいなやり取りも一切気にせずに無言を貫いてきた御者が貫禄ある声で告げる。窓から顔を出して馬車の行き先を見てみると、そこには確かに巨大な都市が存在していた。
俺はこの世界は精々中世レベルで、そこに俺みたいな異世界人が来て中途半端に発展した科学があるようなものだと考えていた。……しかしその考えは今この瞬間覆った。
街を覆う巨大な壁は煉瓦ではなく金属製で、しかもあまりに巨大であった。壁の天辺ではたった今、何十両と伸びる長い鉄道が走り抜けている。電気や蒸気機関で動いている様子はない。第三のなんらかのパワーであった。
やがて街の入り口に辿り着くと、門兵の代わりとばかりに全長五メートルはゆうに超える巨大な鉄製のゴーレムが何体か稼動していた。人型で、顔には赤いコアのようなものが瞳のように輝き、腕には人ほどの大きさをした大剣とクロスボウが装着されている。
御者がゴーレムと数分ばかりやり取りをすると、どこか誇らしげな顔をしてこちらに言った。
「目的地に着いたよ。その顔からしてアルトゥリックに来るのは初めてだろう? 街の中はもっと凄い。見てみるといいよ」
馬車の扉が開かれ、イーリスが子供のようにはしゃぎながら周囲を見渡した。ティアはティアで驚いているらしく、無表情のままキョロキョロと周囲を警戒していた。まるで引っ越ししたばかりの猫である。
「なんだか懐かしい匂いが致します。金属と魔術の匂いです」
ティアがくんくんと街の香りを堪能しながら、そんなことを呟く。
「しかし……凄いな。なんで鉄道とか作れる技術があるならもっと広めないかなぁ…………」
「カイトは馬鹿ですね。街の外はモンスターうようよ。維持費がとんでもないことになりますよ」
「それもそうか。けど車があるならなんだって馬車なんて使うんだ」
俺はまじまじとこの街を観察してみる。煉瓦と金属製の建物が密集し、白金色の舗装路を三輪自動車と大量の歩行者が行き交う。なんだか元の世界を彷彿とさせる光景であった。建物のなかには軽く十階建てはありそうなものも多くある。
「――――この街こんなに空き地ありましたっけ?」
「バッカお前。四階建て以下の建物は取り壊してもっとでかい建物造れば黒字なんだから空き地だろ?」
通りすがる歩行者が地図を見ながらそんな恐ろしいことを平然と話し合う。おそらく金持ちであろう若者が5、6人の女の子を連れて車を乗り回す姿など、この世界で見たくはなかった。
「リーゼの家……遠いなぁ」
街の中央、乱立する建物とは一線を越えた城があるのは既に見えていた。白を基調とした建物で、多分だが百メートル以上の高さがあると思われる。どうやらそこがリーゼロッテ様々の家らしい。
「カイト! さっき貰った地図を確認したんだけど、リーゼの家の近くに駅があるみたい。だからあの鉄道で行きませんか?」
「賛成です。乗りましょう。乗ったほうが確実に効率的ですし、何よりエネルギーを使いません。これは好奇心ではなくただ合理的な判断をしたまでです」
「……乗りたいんだな」
彼女達はキラキラと子供みたいに目を輝かせながら何度も頷き、俺の手を掴んだ。俺としてはミスリルゴーレムタクシーとかいうのがチラっと見えたので、そっちに乗りたかったが仕方ない。
「しょうがねええなあああ」
というわけで、さっそく駅に向かうことにした。
駅は壁の内側に取り付けられたかのような場所にあり、長いエレベーターの先にあった。駅員は全員ゴーレムである。両腕にはやはり大剣とクロスボウが備えてあり、結構おっかない。
「にしてもゴーレムが多いですねー。あ、見てください! 売店がありますよ! なんか買いましょうよ」
「いや無理だろ! というか駅の売店でエリクサーとか売って儲からないだろ馬鹿じゃねえの!?」
改札付近にある店にはエリクサーやらスキルポーションなどが売っていたが、洒落にならない価格であった。一番安くても10万Gはする。鉄道の運賃も地味に高かった。片道で一番近い駅でも1200G。終点だと片道で6000弱ぼったくられた。
駅の構造は現実世界にあるものと酷似していた。建造に日本人が関わったのかもしれない。ホームは二車線で、線路近くには黄線が引かれ、自動販売機代わりにゴーレムが売り子をしていた。健気である。
しかしホームは壁の頂にあるため、そこからの眺めは実に素晴らしかった。外は広大な草原と山岳が広がり、街は巨大な建造物のジャングルの中に、悠然と建つ巨大な城が特徴的である。
『――――まもなく、2番線、各駅停車、アルトゥール行きが参ります。危険ですので黄色い線の内側でお待ちください』
「見てくださいカイト。まるで鉄の大蛇です」
「……蛇ではないだろ」
駅に停車した電車の外見は元いた世界で見るそれと大差がなく、異世界感があまりない。正直幻滅だった。この世界の大多数の人からしてみればこの光景こそ異世界なのだろうが。
『――――まもなく、2番線、各駅停車、アルトゥール行きが発車します。駆け込み乗車はお止めください』
「とりあえず乗るぞ!」
閉まる扉に足を挟み、無事強引に乗車した俺達は近くにある座席に座った。異世界感が皆無かと思われたが、つり革や椅子が木製だったり、席が向かい合っていたりとなんだか昔の電車に乗っている気分である。
――――鉄道で揺られ、興奮気味のお馬鹿二人に揺らされること約30分。目的の駅であるアルトゥールに到着した。
アルトゥール駅は街の中心らしく、まるで東京の都市圏のような混雑具合であった。人! 車! ゴーレム! ただそればかりである。
「……カイト、あれはなんでしょうか? 人々が掲示板に群がっておりますが」
ティアがちょんちょんと肩を突き、駅の一角を指差した。確かにそこには沢山の人たちが集まり、ころころと文字が変わる掲示板のようなものに一喜一憂していた。なかには卒倒する者までいる。なかなかにクレイジーな現場であった。
「なんだあれ……。俺にもわからん」
「凄いだろう? まるで世界の誕生を見ているみたいじゃないかい? 虹色の輝きがむせかえるようだよ……本当に。……あれは株価を表示してるんだ。銀行は100万Gぐらいなら手軽に信用貸ししてくれるだろうね。その人が10万しか持っていなかったとしても。変だと思わないかい?」
聞き慣れた声がすぐ背後から聞こえ、俺達はすぐさま振り返る。そこにいたのはイケメン君であった。今日も爽やかな金髪に筋肉が引き締まっている。だが、その表情は憂鬱げであった。俺にシリアスは合わないからとりあえず茶化すことにする。
「お、変態ペロペロマンじゃねえか。何? 待っててくれたの? 俺のこと好きなの? 俺は二刀流じゃないからマジ勘弁」
「ああ。待ってたとも。ただ人に適当なイメージを押し付けるのはやめてくれ。……とりあえず近くのカフェで話そうか。イーリスさん、ティアさん君たちも来てくれ」
「えーでも私、お金ないですよ」
イーリスがあざとく、頬をふくらましてぐう垂れる。彼女の本性をたびたび垣間見ているであろうイケメン君は苦笑いを浮かべながら、彼女を同行させようと禁句を口にしてしまう。
「お、奢るからさ」
「エ!? いいんですか! やったぁ! ティア、カイト! 好きなだけ頼みましょう!」
「破産させましょう」
「……どんまい」
俺は同情の言葉を掛けつつ、パッと見て一番高そうな店に駆け込んでいった。別に当初の目的は忘れてはいない。ただちょっと昼飯にありつくだけだ。破産させる勢いでな。




