水辺の幼女
『げほっ! 助けて……! お兄ちゃん……っ!』
幼女が助けを求めて小さな手を伸ばし、涙目で懇願する。
「お兄ちゃんが助けるぞ!」
「カイト! あれは私が作った……!!」
今とてつもない発言が聞こえた気がするが、気のせいだと信じて幼女の元まで泳ぎ寄る。
「大丈夫か!?」
『ありがトう……お兄ちゃん…………』
幼女が俺の肩に寄り掛かった直後、俺は水中に沈んだ。この幼女、水底に引っ張ろうとしてやがる!
よく見るとこの幼女、牙と魚の鱗のようなものが付いていたのだ。ああ、可愛い魔女っ子幼女ではなく、俺みたいな紳士をぶっ殺す狡猾なモンスターだった。イーリス作の!
「ゴボボゴボボボ! イーリス! お前なんてもん作ったんだ!」
「水辺の幼女です! 人魚目ローラレイ科! 可愛いですよね!?」
可愛いけど! 可愛いけど! そうじゃないだろ……。
「削除します!」
幼女の正体が分かると、ティアがいつも様子になって水に飛び込んだ。えぇ、服が濡れて見た目がどうだろうとお構いなしのようだ。
実に頼もしい。
『沈んデ! ワタシとイイコトしよゥ?』
幼女が無邪気な笑顔で俺を沈めようと脚を引っ張り、頭を掴み水に追いやる。
「ゴボボボ! イイコトって何!? 地上でならオッケーごぼぼぼぼ!」
「ちょっと待つっす! なんで溺れそうなのにそんな冷静なんすか!? というかイイコトってなんなんすか!?」
リーゼが翼を大袈裟にバタつかせ、赤面する。イイコトって何ってそりゃあ、イイコトはイイコトだろ。
『あノ娘みたイに、一緒に沈もウ?』
「ごぼぼぼ! なんで泳げないのに飛び込んだ!? すぐ助け……ごぼぼぼぼ」
モンスターを撲殺すべく飛び込んだ機械少女は、無表情のまま川底で横になっていた。別に失神しているわけでもなく、実に落ち着いた様子で口ぱくしていた。
「カイト! リーゼ! 私は歌うから頑張って戦ってね? 【ストラグル・ファイトソング】!」
音符が俺の周囲を漂い始めると、力が湧いた。それでも幼女の力は想像以上で、彼女の拘束から脱出できない。
「【パラライズタッチ】! ……駄目だ! こいつ全然麻痺らねえ! 耐性持ちか」
自称完璧な機械にすら通用する麻痺が通じないとは恐れ入った。
「あたしに任せるっす! こういうときのための道具は練金術で作成済みっすよ!!」
リーゼは若干のドヤ顔を浮かべると、どこからともなく砂時計のような物を取り出した。ガラス製で、中には砂が入っている。まさに砂時計だ。
「さぁ愚者達よ、トルネンブラを奏でろー♪ 白痴の王にーさーさーげーよっ♪ ……ちょっと歌中断。リーゼ、それは何? 砂時計?」
「スポンジっす。まぁちゃんと機能するかは確かめてないので分からないっす。検証検証!」
「ごぼぼ! ま、待て! 話せば分かる! 俺には分かるぞ! その砂時計のほうが絶対にヤバイ!」
俺は必死になってリーゼを止めようとしたが、彼女は子犬のように尻尾をぶんぶんと振りながら、誰よりも純粋な笑顔を浮かべた。
「隠密スキルとヘイト集中スキルを同時に使用したらどうなるか気になるように、道具の性能を! 危険性を把握しないといけないんっすよ! 今がまさに実験時!」
「実験ならクエスト後に付き合ってやるから待ってお願い待って待ってええええええええ! 怖いよおおおおオオオオ!」
待ってくれなかった。リーゼの手から自称スポンジが放たれ、放物線を描いてチャポンと、飛沫を上げながら着水した。直後、スポンジ? から煌めく青い光の魔法陣。
次の刹那、文字通り水が消えた。一番深いところでは10メートル以上もあった川の水が、スポンジに吸われて消失した。
どこかで水の音がするものの、少なくとも周囲から水は消えた。水が無くなり、俺と水辺の幼女は重力に従い川底に、三階建ての建物から地上ぐらいの高さを落ちていく。
『何が起きタの? 助ケて、お兄ちゃん』
「悪いが、それは、無理だ!」
見た目が幼女でもモナ蟹の親戚だと考えるだけで躊躇いは消えた。
俺は目を閉じながら水辺の幼女の背中にナイフを突き刺した。深々と刃が胴体を捉える。
だが分かっている。最弱スキルの所為でこれでもかすり傷だ。
「スキルの検証と行こうか! イーリス! 俺に音符を!」
「はいはーい!」
俺は地面に激突する直前、間一髪で浮遊する音符を掴んだ。幼女は……人型のモンスターは地面に落ちた。
その衝撃はもちろん、背中に刺さっていたナイフが自然の力によってより深く突き刺さる。
さきほどまで溺れていたポンコツ機械は倒れたモンスターの元に歩み寄った。
「……凄いですね。ナイフによる傷は猫の引っかき傷程度にしかありません。転落死ですね」
どうやら、重力をもってしても俺の攻撃は駄目らしい。
「ふぅ。どうなるかと思ったけどなんとかなったな」
「モンスターといえど、スキルがあるといえど、幼女を躊躇なくナイフを刺すのは驚きましたよ! さすが私が見込んだだけはありますね!」
そんな褒めてるのか罵ってるのか分からんことをイーリスは言うと、本来の目的であるワカメを採集し始めた。
人間の顔をしたソレを切って採ることに躊躇いはないらしい。さすが俺に邪神と確信させただけはある。
「いやー! 無事倒せたっすね」
「どうなるかと思ったけど助かった。凄いなアレ」
俺が素直に褒めると、よほど嬉しかったのか誇らしげに翼を広げ、鼻息を鳴らした。照れ混じりのドヤ顔である。
「あたしの発明においてミスはしないっすよ。絶対に。てなわけでスポンジに付けたもう一つの機能を確かめるっす」
リーゼはそう言うと、地面に落ちていたスポンジを手に取った。
「もう一つの機能ってどんななんだ?」
「ここをポチって押すと吸収した水が凄い勢いで一気に放たれるっす」
「ちょっと待て。そんなもん今起動したらとんでもないことに――――!」
あぁ、やっぱまともじゃなかったのか。人を勝手に薬物の実験台にする時点でおかしな子だとは思っていたが。
『ポチっ』という音が響き、青い魔法陣が展開されるなか、俺はすっと目を閉じた。
……どうか、溺死しませんように。もし死んでもあのオッサンと出会いませんように。
まもなくして、すぐ隣から濁流の音がした。




