ニーアルトラートテラトホテップ
と、いうわけですぐさまクエストに向かった。ついでにイケメン君から『始まりの草原モンスター図鑑(梅雨)』も貰い、準備は完璧である。
さて、今回受けるクエストは晒しクラゲ……ではなく、モナ蟹が住んでいた地下の巣穴にのみ生えるという海藻、ダヴィンチワカメの採集だ。白い髭を生やして頭のハゲたおじさんの見た目をしているワカメだとか。なんでも美容にとってもいいらしい。
ついでに巣穴で見かけたモンスターは退治してくれとのこと。倒したモンスターによって追加報酬をくれるそうだ。
そんなわけで俺達は草原にぽっかりと開いた全長5~6メートルほどの穴を見下ろしていた。深さはさほどないようだが、それでも下への高さは十メートルほど。普通に落ちたら現実世界ならアウトである。
「イーリス、音符で足場を作ってくれ。俺が先に進む。盗賊だからこういう暗いところは得意なはずだ」
「カイトって微妙に頼りないですよね。試したこともないのに得意なはずだって言ったり」
イーリスがぐちぐちと正論を言いながらも大量の♪を螺旋階段のようにして巣穴に生成していく。足場はぷにぷにして球状で不安だったが、掴む場所があるのはありがたかった。
無事、モナ蟹の巣穴に潜入できた。巣穴はまるで洞窟のように光に閉ざされた道をぽっかりと開けている。
「ティア。照明頼む。本当は俺がスキルポイントを溜めて暗視を取得できればよかったんだがな……」
「了解。これより光魔法を行う。【マジックライト】」
ティアが落ち着いた様子でスキルを唱えると、ほわほわと白い光が宙に浮かび、充分過ぎるくらい周囲を照らした。
「イケメン君が心優しいことに梅雨の時期の始まりの草原に出るモンスター図鑑をくれた。いままでの情報は受付嬢から口頭で教えてもらっただけだからな。これで知らないモンスターはいなくなるぜ」
草原を移動するときも無言で読み続けるくらい面白い本だった。なんだかファンタジーな世界に来た気分だった。……モナ蟹以外にもそれ系統のモンスターがいると知ってしまったショックはあったが、気にしない。異世界だから仕方ないことなんだ……そう、異世界だから。
「とりあえずここが玄関だから、廊下を進むぞ。途中途中で部屋があるはずだから、一応そこは見ていこう」
モナ蟹は地下に蟻の巣のようなものを形成し、繁殖期以外はそこで過ごす。
巣穴は地下深くまで伸びているが、無作為に掘られているわけではなく、一つの廊下が滑らかな螺旋を描いて下へと進み、その途中途中で蟹一匹、一匹の部屋や餌の貯蔵庫。
そしてお目当てのダヴィンチワカメはなんとモナ蟹が地下水を利用して栽培しているらしい。さらには家畜としてほかのモンスターと共存している。
なんともまぁ、蟹とは思えない奴である。しかも彼らの寝室は固体によって壁に彫刻が掘られていたり、宝石を蓄えていたりとお洒落な奴もいるらしい。なんとも人間臭くて不気味な奴だ。
「いやー。凄いっすね。もう本当に冒険者って感じで堪らないっす!」
俺がモナ蟹の情報を思い出して、あの微笑みに捕食されたことを思い出していると、リーゼが不意に楽しげに笑った。
だがそんな平穏もつかの間、巣穴の奥からぬめりとした何かが飛来してくるのが目に入った。モンスターだ!
「束縛鰻だ! 体に絡みつかれると魔力を吸われるぞ!」
それは全長3~5mほどの黒くぬめりけのある空飛ぶヤツメウナギだ。図鑑によれば特殊なローション的なものを放ち、または自分の体に生成し、ぬめりけで物理を回避し、ローションに含まれたアンチマジックで魔法を弱化させるというこれまたいやらしいモンスターである。
「下がれ! ぬめりけがあろうが俺が触れば【パラライズタッチ】で動きを封じて楽々討伐だぜ! 1ダメージしか入らない分じわじわなぶり殺してや――――」
俺がまだ喋っている途中だったが、クレイジーマシーンが動き出した。
「削除! 削除! 削除!!」
そうだった。うちの回復役はどんな前衛よりも凶暴で、頭がおかしいのだ。
ティアはモンスターを視界に入れた直後、空飛ぶウナギに飛びかかり、持っていた杖をウナギめがけて振り下ろした。
が、ウナギはご自慢のぬめぬめで杖の殴打を受け流すと、それはもう水が流れるように、彼女の体に巻き付いた。
ウナギはティアの腹部から肩の辺りにまで巻き付くものの、意図しているのか偶然か、彼女の胸だけは縛ろうとはしなかった。それゆえに、着痩せしてるだけで実は凄いティアの胸が艶やかに強調される。
ウナギが締め付けを強くし、ティアが苦しそうに悶えると双丘が惜しみなく揺れ動いた。ウナギの纏うローションがそういうプレイをしてるようにしか見えなくさせる。下着が透けていた。薄緑だった。
「ぐぬぅ……。致命的なエラー。筋力値が足りません。至急救援を求みます。このままでは魔力を吸われて気絶してしまいます」
数秒で無力化されてしまった最高位職は、そんな頼りない声を発した。まぁ結果としてウナギはこれで逃げられない。あとは俺が触れば完了だ。
「よーし。いますぐ助けてやるからな~。ただウナギがぬめぬめしてるからもしかしたら事故で! 事故で! お前のご自慢のボディに触っちゃうかもしれない。けれどエクスマキナは完璧だからこのくらいで怒らないよな? な?」
「アハハ! あたしも触りたいっす! エクスマキナって錬金術で生まれた種族なんすよ。だから勉強のためにもその体を……!」
ドン引きされるかと思ったが、予想外にもリーゼと和解できた。俺達は握手を交わしてティアにじわりじわりと歩み寄る。
イーリスは面白がって某サメ映画のサメが迫ってるときのbgmを口笛で吹き始めたので、ちょっと怖がらせようと俺達は手をわきわきと動かす。
――――ある種のダンジョンのような場所で何をやっているのだろうか。
「やめてください。来ないでください。来ないで助けてください。何でも助けてください」
ティアは俺達のことが相当恐ろしかったのか、涙目になってウナギに縛られながら懇願した。
いや、この子やっぱり分かってるよ。うん。絶対わざと上目遣いしてる。無意味な抵抗をしてウナギからの束縛が一層強くなっているのもご愛嬌だ。
「何でも助けてくださいとか傲慢すぎるだろ。それに麻痺は触らないと無理なんだ。あー俺も慈善業者じゃないからな~お礼ほしいなぁ」
「いやぁ凄いっすね! あたしはまだまだ未熟っすからこんな可愛くて……その、色っぽい…………エクスマキナは作れないっすよ!」
リーゼはキャーキャーと小声で呟き、ウナギが過激になるにつれ両手で顔を覆った。指の隙間からは金色の瞳がはっきりと覗いていた。
「フハハハ! やっぱこっち来てから吹っ切れたわ! 覚悟しろ!」
俺はここぞとばかりにティアに駆け寄って――――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
気付けば黒い空間にいた。何があったのだろうか。いつ死んだかも分からなかった。
俺がキョロキョロと辺りを見渡していると、ヨミちゃんが着物の袖を揺らしながら不機嫌そうな顔をして近づく。
「……我の所為で死にやすいというのはわかるのじゃが……さすがにあの死に方はないと思うぞ?」
「俺は一体どんな死に方をしたんですか?」
「束縛鰻が充分な魔力を吸収し、放電しましたのじゃ。……ほかの方はステータスが高かったので無事じゃが、カイト殿は即死じゃ……。図鑑にも注意書きがあったじゃろうて。でも、その……我の責任でもある。我が好きになった所為で死にやすくなっているのも事実じゃ。本当にすまないのじゃ…………」
ヨミが申し訳なさそうに脚をもじつかせ、しゅんとして顔を俯かせる。うわぁ……胸がズキズキする。なんだこの罪悪感は。目先の欲望に気を取られて油断した俺を殴ってやりたい。
「ところで、そのじゃな。カイト殿が欲望のままに行動するのを我はその……見ててあまりいい気分ではない。これは……嫉妬じゃな。我は駄目な神じゃの。想い人に害を及ぼして……あげくにこんな悪感情を。我は駄目な神じゃ」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「そ、そんなに謝られるとは思わなかったのじゃ! ちょっとからかっただけなのじゃ!」
俺が必死になって土下座をしていると、ヨミは慌ててしゃがみ込み、こちらに視線を合わせた。その距離は近く、彼女の長い黒髪が、どこかから吹く風によって頬に触れた。甘い香りがした。
胸がドキドキする。こう、単純な下心とかじゃなくて、凄い甘酸っぱい感覚がする。
「お、お、お俺、その……また会うときは格好いい冒険談でも用意してやるって言った……言ったと思うけど、すまん…………凄い格好悪かったな」
「ふふ……。正直でよろしいのじゃ。おっと、もっと話していたいところじゃったがどうやら【レイズ】してもらったようじゃの……」
ヨミはどこか寂しげに、何もない黒い空間を眺めた。その黒い瞳は僅かに涙交じりで、白い肌は恥じらいで朱に染まっている。なんとも儚げな姿であった。
俺はそんなヨミの頭にぽんと手を置いて、彼女の髪を撫で下ろした。柔らかく、さらりとしていて、とても魅力的な髪だった。優しく微笑んでやろうと思ったのに、みっともなく顔を赤らめることになったのは不可抗力だろう。
「す、すぐ戻ってくるからな!」
「……戯け。長生きするがよい」
ヨミは健気に笑顔を浮かべて、俺が蘇生するのを見送ってくれた。
――――目が覚めるとそこは黒い空間だった。……まさかリスキルか? いや、そんなFPSゲームみたいなことが現実にあってたまるか。……あれ、でも確か一度リスキルされたような。
俺が戸惑っていると、威厳と貫禄に満ちた低い声が響いた。
「……汝、勇ましきものよ」
声のほうを覗くと、そこには長い白髭を生やし、筋肉隆々としたふんどし一丁の、しかし神威に満ちた御爺さんがいた。どこかで見たことあるような気もする。
俺はそっと微笑み返して、怒鳴る。
「チェンジ!」
「まぁ、待て。悪い話ではないから聞くがいい」
おっさんは厳つい顔で狼狽する。やめてくれ。きもい。筋肉をピクピクさせないでくれ。マジできもい。
「俺の甘酸っぱい気持ちを返せ! この露出爺!」
「神に言うことじゃないよね? なんのためにわしがこう、格好よくしてたのにさー」
目の前のおっさんは大袈裟に溜め息をつくと、威厳の欠片もなくだらけ始める。
「いやさ、もう神とか三人目だぞ? んで、お前は誰だよ」
「混沌と闘争の神ニーアルトラートテラトホテップなり」
「長。言いづらい。今更格好つけんなジジイ。しかも司ってる内容が邪神そのものじゃねえか。略してトトトプな」
「だっさ! いや、それはマジでないわ。チョーないわ。略すならテラかホテプ以外ありえないんですけどー」
ジジイがJKみたいな口調になるな。というかキャラを統一してくれ。
「でもジジイらしく語尾にじゃとかつけたらキレるじゃろ」
「ヨミちゃんの真似すんな。俺の心を読むんじゃねえ。分かるか? お前はラフランスなんだよ!!」
「ラフランス!? ……ようなしってことか。チョー上手いこと言うじゃんか。ってそうではない。……わしの娘が世話になっておるから顔を合わせようと思っただけである」
わしの……娘? こんなごつい奴から生まれるような娘なんて俺は知らな……知らないのか?
「……イーリスのことか」
「そうそう! 嗚呼、イーリスたん可愛いよイーリス。ドヤ顔したあとに顔を真っ赤にしたりマジで萌えね?」
「そんなことより俺はお前にドン引きだよ」
ティアとイーリスにセクハラした俺が言うのも何だが、本当にこのジジイと関わりたくない。凄い面倒臭そうなことに巻き込まれそうで嫌だ。
「あの子もこの黒い空間で職務を真っ当するのが暇だったみたいだし、助かってるよ」
ジジイは、自らをテラと名乗ったその神は、不意に真面目な口調で真剣な表情をした。
おそらくはこれが素の口調なのだろう。見た目に似合わない口調だった。彼は話を続けた。
「ところでさ、今からでも勇者になる気はない? 君は自覚はないが素質はある。チートスキルかチートアイテム渡しちゃうよ? ミョルニルとか村雨とかネクロノミコンとか。ここしばらく、訳あって魔王側が圧倒的なんだよね」
「断る。だって俺が倒したとしても新しい魔王に殺されるんだろ?」
イーリスが言っていた。勇者として魔王を倒しても、新しい魔王には絶対勝てないと。
「……聞いていたのか。まぁ少し違うように捉えてるみたいだけど。なら仕方ない。この件は諦めよう。んじゃ、探索頑張ってね」
オッサンが気色の悪いウインクを寄越すと、俺の体は光の粒子となって向こうの世界へと戻って行った。
「イーリスを頼んだ。勇者の一人。あぁ、もうじき愉快なことが起きそうだ。愉快な戦いの臭いだ。もうしばらく観察してようかな。……あ、イーリスにセクハラしたら怒るって言い忘れた」
……混沌と闘争の神は独り心地に呟いた。
晒しクラゲ
ソラクラゲ目バイウクラゲ科に属する刺胞動物。【パラライズ】の魔力によって、触手に触れると麻痺状態となってしまう。
ヒドロ虫の仲間に属し、ミズクラゲやエチゼンクラゲなどのいわゆるクラゲとは異なる。1個体に見えるのは、実は多くのヒドロ虫が集まって形成された群体である。
セフィロス大陸からアマテラス諸島の上空を周期的に移動し続け、その大陸で雨季に該当する時期になると気流に乗ってきて、浮き袋に捕獲した冒険者などを収納し、そのまま移動することから晒しクラゲと言われるようになった。命名者は鈴木大介。
大きさ約2~8mほどの透き通った藍色の浮き袋をもつ。中にはエアニウム気体が詰まっており、これで空中に浮かぶほか、胃としての役割もあり、霧状の消化液が充満している。
浮き袋は常に膨らんでいるわけではなく、必要に応じてしぼみ、一時的に沈降することもある。また浮き袋には三角形の帆があり、風を受けて移動することができる。晒しクラゲ自体には遊泳力はない。
浮き袋から地面に伸びる触手は平均10m程度、長いもので約120mにも達する。触手が何らかの刺激を受けると、表面に並んでいる刺細胞から刺胞が発射され、【パラライズタッチ】が行われる。
刺胞には粘液が含まれ、捕らえた動物の状態異常耐性を著しく低下させる。また敵から身を守る防御の役割もある。なお、スカイフィッシュはソラクラゲ目の【パラライズタッチ】に対する耐性を持つ時期があり、その間はカツオノエボシの触手を住処として共生することがある。
クダクラゲに共通の特徴であるが、晒しクラゲ1個体に見えるものはヒドロ虫が多数集まって群体を形成したものである。1つ1つのヒドロ虫は個虫などと呼ばれ、触手になるもの、ポリプになるもの、刺胞嚢になるものなどそれぞれに役割がある。個虫は互いに融合して体壁は一続きになり、内部は栄養や老廃物などを運搬する空洞ができる。
ソラクラゲの中には触手に触れるだけで動物を死亡させるような種もいるが、晒しクラゲに限っては冒険者にとってさほど危険ではない。
協力な麻痺異常をもち、捕らえた動物を浮き袋に取り込むが、消化に約6時間もの時間を必要とするうえに、ヒドロ虫を統率するコアの役割を請け負ったヒドロ虫が死亡すると、即座に崩壊する。
晒しクラゲは普段空を漂っているが、風によって山岳部まで吹き寄せられてくることがあり、このとき被害が起きやすい。体は透明で周囲に溶け込み、遠くから見つけるのは困難である。浮き袋から垂れ下がっている触手も見分けにくい。
刺されたことによってパニックに陥り抵抗しようと試みても無駄である。まずは落ち着いて動かずに、心の傷を作らないようにすることが先決である。
仲間に晒しクラゲのコア部分を破壊してもらい、その後は体に絡み付いている粘液を取り除く。
このとき素手で取り除こうとするとそういうプレイをしているように見えるので、近くの湖で洗い流すとよい。
マジックアイテムの専門店のなかにはソラクラゲによるトラウマを作らないためのアンチ粘液剤なども売られている。
なお、台風がアマテラス諸島にやってくると上空に生活する様々な動物が吹き寄せられ、晒しクラゲも多数打ち上げられることがある。乾燥した本種はきれいな青いプラスチックケースのようになるが、これにさわるのも注意を要する。湿気を吸うとちゃんと刺胞が発射され、生きたものほどではないものの、それなりの麻痺を感じる。
人間生活とのかかわり。
晒しクラゲにあえて女性冒険者を放り込み、卑猥な写真を撮影して、高値で販売する悪質な撮影家が増えている。また、一部のカップル冒険者がハードなプレイを求めてわざと晒しクラゲに呑み込まれるという事件が一年で平均34件発生している。
当たり前のことではあるが、晒しクラゲも立派なモンスターであり、油断は致命傷を招くため、冒険者ギルドではつねに注意を呼びかけている。
また、晒しクラゲの粘液は服を溶かすほか、【パラライズ】の効果が残っていることも多くあり、これを使った強盗、暴行事件がログレス王都で発生したため、一部地域では取り締まり対象である。




