貴族感アベニュー
食事を済ませ、ちらほらとあった屋台も姿を消すと、いよいよチリス区の中心部へ入る。
道を歩く人影は激減し、代わりに馬車が増える。クルルとミリは、邪魔にならないように広い通りの端っこを歩く。
「広いですね」
素直な感想が漏れるくらい、通りは広い。三車線の道路並みか、それ以上。すれ違う馬車も、相手を避ける素振りを見せずに過ぎ去っていく。
建物も、店が三割、民家__を越えて屋敷__が七割。だがどの建物も、トリリオン家のようにシンプルな外観ではなく、黒曜石や宝石を散りばめたりと、よく言えば煌びやか、悪く言えば悪趣味だった。
「私も、ここはあまり好きじゃないです」
同じ貴族の屋敷で働くミリの表情も、暗い。
「ただ、品揃えは信頼できます。そのためです、我慢しましょう。変な顔をするのも、ナシですよ?」
「……分かりました」
若干自信が無いクルルだったが、頷く。
そんな二人が衣類店に入ると、
「いらっしゃいませ」
マントを羽織った男が近寄ってきた。
「マントは、ノグリスの正装なんです」
クルルの“変な顔”を予期してか、ミリが耳打ち。
「はあ、なるほど」
「何をお探しですか……?」
クルルはミリを見るが、微笑み返された。
仕方なく、クルルは自分で訊く。
「えっと……動きやすい服を探しています」
「し、少々お待ち下さい……」
店員らしき男が奥に引っ込むと、
__何か怯えられている気が……気のせいか?
「……こちらはどうでしょうか……?」
しばらくして店員が持ってきたのは、長袖の服だった。生地の厚さ的にシャツに近そうだが、装飾に使われているのは金の刺繍らしく、デザインもかなり派手だった。
「…………」
__これ着て歩くとか、拷問だぞ……。
「お値段は、ギルノ五枚になりますが……」
ギルノ?
「ギルノ一枚は、ハズル百枚ですよ、クルル君」
つまり、ハズル五百枚。日本円で二万五千円といった所。
__正気か? 服一枚にそんな金かけられるか。
危うく口にしかけたクルルは、ふと自分の格好を見下ろす。
日本ではよくある洋服。だがノグリスにおいては、高級素材だと学んだばかり。店員が身分を勘違いしても、不思議ではない。
「…………」
注視すると、店員は凄まじい作り笑いを浮かべていた。誰が見ても一目瞭然である。
「……もっと安くていいので、シンプルなデザインの服はありませんか?」
「は、はい……?」
内容よりも、敬語を使われた事に驚いたらしい。何を言われたのか、あまり理解できていない様子だった。
「この服はたまたま縁があって手に入れた服なので、身分とは関係ないです」
と、クルルは嘘ではない即席の言い訳を述べる。
「左様ですか……。では、こちらはどうでしょうか……」
そう言われても、使用人を連れてこの店に来るだけで、ノグリスでは普通ではない。店員は緊張の抜け切らない声のまま、別の服を取り出す。
黒色のその服は、触り心地着心地は当然着用中の洋服に劣るが、
「お値段はギルノ一枚になります」
五千円。先ほどに比べると、かなり安い。
「じゃあこれと、色違いをあと二つ下さい」
「かしこまりました」
合計でギルノ三枚。そこそこの値段になり手持ちは大丈夫かと危惧したクルルだったが、
「はい、三枚です」
杞憂だったようだ。
「お買い上げありがとうございます」
「……これでも、高いんだけどな」
渡された包み紙を見ながら、クルルは呟く。服一枚につき五千円は、やはり気が引ける。
「貴族が利用するお店ですし、ギルノ一枚なら安いですよ。ストロさんからはギルノ十枚預かっていますから、ご心配なく!」
そんな顔色を読み取ってか、ミリはすかさずフォローする。
「……まあ無一文の身なんで、ここは素直にたかります」
__何かしら恩返ししないとなぁ……。
と思っていた事は、流石に気取られなかった。
買い物を終え、ストロのために土産をいくつか買い、チリス区外れまで戻ってきたクルルとミリは、
「__が、__の、__だ!」
「__から、__は、__が!」
何やら怒鳴り合う声を聞いた。
「……何だ?」
野次馬精神が働き、発信源へと赴くと、何やら人だかりが。
「ちょっとごめんなさい」
クルルが声をかけると、
「貴族様だ……」「貴族様」「貴族様」「貴族様……」
人だかりは過剰に割れる。
「…………」
__貴族じゃないんだけどなぁ……。
とりあえずよく見えるようになったので、そこは感謝する。
さて問題の音の発信源を見ると、
「俺はこれの置き場所を訊いたんだろ!」
「ここに置けって言ったろ!」
「そしたら怒ったんだろ!」
「お前がどかしたからだろ!」
二人の男が言い争っていた。よほど頭にきているのか、近くに立つクルルにも気付かない。
「……背、低くね?」
だが何よりも、クルルはその身長が気になった。男達の身長は、どう見ても一メートル前後。それなのに、たっぷりとした髭のせいで見た目齢四十ほどと思われる。
「あれはドワーフです」
「ドワーフ?」
「はい。背は低いですが、代わりに手先が器用で力持ちなんです。建物の工事や専門職で活躍します」
「へえ」
「ただ……」
「?」
「闘いみたいな事が大好きで、よく喧嘩したりします……」
「あー……」
まさしく、今の状況がそれである。
「口で言っても分かんねーんだな!」
「上等だこの野郎!」
「ああん⁉︎」
「んだコラ!」
そんな間にも、ドワーフ二人はヒートアップ。今にも殴り合いに発展しそうである。
「……止めた方がよさそうですね」
「それはそうですけど、不用意に仲裁すると巻き添えを食うかもしれな……クルル君⁉︎」
ミリが逡巡する間に、クルルはスタスタとドワーフに近づく。
「はいはいそこまで」
「「ああ?」」
返答は睨み付けだった。
__怖いなぁ……。
いきなり口出しした事に後悔したクルルだが、後には退けず、
「ケンカならよそでやれ」
中々大胆に言い放った。




