穴(ジャンル:恋愛?)
「ドーナッツってさ、穴があいてるよね」
ドーナッツが食べたいなんて連絡を、クソ忙しい時に送ってきた彼。 仕事を終えて、文句と一緒にドーナッツの箱を手に彼の元へと帰った。
ありがとう。 そう言って笑顔になる彼を見て、言いたかった文句は消えてしまった。 ずいぶん卑怯だね、なんて口にはしなかったけど。 少しふてくされた態度を取りながら、私も一つ、ドーナッツを頬張る。 しかし彼は、一つ手に取りそれをただ眺めてる。
何してるの? と聞いてみたら、先ほどの言葉が返事だった。
「そりゃあいてるわよ。 ドーナッツってそういうもんでしょ?」
「うん、だよね。 それじゃあさ………」
この穴は、存在してるのかな? それとも存在してないのかな?
「ほんと、時々変なこと言うよね」
「だってね、もしこの穴がなかったらさ。 このモチモチの部分が増えるってことでしょ。 なのになんで、ここに穴を開けちゃうのかなって」
「経費削減よ」
「うーん、そんな現実的な意見じゃなくてさぁ」
彼が時々投げかけてくるヘンテコな疑問。 私はそれに応えれたことはない。 だってそんなのどうでもいいでしょ? 今、ドーナッツの穴の意味なんて考えたところで今後の人生になーんにも役に立たないことだもの。
「僕の意見はね。 この穴はドーナッツって存在の一部だと思うんだよ」
「そりゃそうでしょ。 穴があいてないドーナッツなんて……… あるっちゃあるけどさ。 まぁ基本、ドーナッツはこの形よ」
「ね、だからさ…… 面白くない? この空白の部分、触れることは出来ないのにさ。 存在はしてるってことになるんだよ!」
「何言ってるか分からない」
私が全く興味ない口調でそう言うと、彼はようやく手に持っていたドーナッツを一口頬張った。
「…… ほらね? アルファベットのCが出来たでしょ? この穴が無ければ出来なかった、つまりこの穴は見えないけど存在してるってことなんだよ!」
「つまり、何が言いたいのかな? 私にはサッパリなんだけど」
分かった。要するにドーナッツに穴は必要だと言いたいんだね。 で、それの結論はなんなの? こーんなベラベラ喋っておいて、ドーナッツに穴は必要だよね〜、ですむ話でしたなんて言わないでよね。
「要するに。 この穴は君に似てるんだよね」
「………はぁぁぁぁ⁉︎ なに、私はあんたにとって見えてないってこと?」
「いやいや、そういうことじゃなくて! ほら、僕は仕事上何ヶ月も何処かへ行ってるでしょ?」
「そうね、帰ってきたら帰ってきたでドーナッツ買って来いなんて言うやつだけど」
「そこはありがとうございました。 で、何ヶ月も会えないとさ、恋しくなるものなんだよ」
そんなの私だって……… などとは言えず。少し怒ってしまったこともあったので飲み込んだ。
「君と会えない時は、穴があいた気分。 でもその穴があるから、君のことを恋しく思える。 ね、見えない存在って部分で君と似ているでしょ」
結局何が言いたいかは分からなかったけど…… まぁそれは口にしないでおこう。 とりあえず彼は私のことを好きだ、それが確認出来たからいいでしょ。
「このドーナッツもさ。 この穴を埋める何かを求めてるのかもね……」
「ないでしょ。 製造段階ですでに穴あけられてるんだろうし。 というか、ドーナッツにとってはその穴も存在の一部とか言うやつなんでしょ? 埋まっちゃったらダメじゃない」
「いやぁ、実はそれを受け入れるしかない壮絶なドラマがあるとかさぁ……」
「ないわよ、穴あけて終わりよ」
「夢がないなぁ………」
その言葉に、私はバカにしたように笑い一言言ってあげた。
「バカね、夢は見るか叶えるもんなの」
私の言葉に、何故か彼は笑い出した。