専門家のおじちゃん
北海道異界のモンスターパレードが終結してから、数日が経った。
絢香からは、改めて礼を言われた。
北海道での一件を本気で感謝しているらしく、珍しく冗談の一つもなかった。
普段なら一言くらい余計なことを言ってくるのに、今回は最後まで真面目だった。
それはそれで、なんだか調子が狂う。
もっとも、友丸自身は大したことをしたつもりもない。
最初に少し時間を稼ぎ、モンスターパレードの最後尾を確認しただけだ。
その後、四日間にわたって戦い続けたのは北海道の冒険者たちであり、各地から駆けつけた応援だった。
終わったのなら、それでいい。
友丸の中では、北海道での一件はすでにそれくらいの扱いになっていた。
昼過ぎ。
「みゃー」
「はいはい」
友丸はソファに寝転がったまま、腹の上へ這い上がってきたこはくの頭を撫でた。
満足したらしい。
琥珀色の小さな身体が丸まり、そのまま腹の上に収まる。
テレビでは昼の情報番組が流れていた。
北海道異界のニュースもようやく落ち着き、今は別の話題へ移っている。
『続いては冒険者異界関連のニュースです』
画面が切り替わった。
映し出されたのは空港の到着ロビー。
かなりの人だかりができている。
その中心を歩いているのは、揃いのエンブレムを身につけた外国人の集団だった。
大きなケースを背負う者。
何人ものスタッフと話しながら歩く者。
その周囲を報道陣が取り囲み、一般客まで足を止めて携帯を向けている。
『本日午前、海外の有名冒険者クラン《ヴァルカ》の第一陣が来日しました』
「ヴァルカ?」
聞いたことがあるような、ないような。
友丸が首を傾げる。
『今回の来日は、以前から計画されていた日本の大型異界に対する大規模探索が目的とされています。戦闘を担当する冒険者だけでなく、探索、救護、物資輸送などを担当する支援要員も順次来日する予定です』
画面の向こうでは、次々と関係者が到着ロビーへ出てくる。
十人や二十人ではない。
相当な規模らしい。
「大所帯だな」
「みゃ」
「お前もそう思うか」
「みゃあ」
たぶん何も分かっていない。
画面が空港からスタジオへ戻った。
司会者の隣には、眼鏡をかけた中年の男が座っている。
その下に名前と肩書が表示された。
――冒険者クラン専門家。
友丸の目が止まる。
「誰だよ」
もう一度見る。
やはり書いてある。
冒険者クラン専門家。
「何その肩書き」
世の中には色々な専門家がいるらしい。
『本日は冒険者クラン事情に詳しい専門家の田中さんにお越しいただいています。田中さん、今回来日した《ヴァルカ》ですが、かなり有名なクランなんですよね?』
『そうですね。冒険者に詳しい方なら、まず知っている名前でしょう』
田中と紹介された専門家が頷く。
『まず前提として、Sランク冒険者は世界中にかなりの人数がいます。もちろん冒険者全体から見ればごく一部ですが、世界に数人しか存在しない、というものではありません』
『Sランクの中でも、さらに差があるんですか』
『あります。その一つの目安が世界ランキングですね』
画面にランキング表が表示された。
一位から五十位。
名前までは小さくて見えないが、国籍を示す旗がずらりと並んでいる。
『世界ランキングとして公表されているのは五十位まで。戦闘能力だけで決まるものではなく、異界での活動実績や探索、救助など、様々な功績を含めて評価されています』
『つまり、五十人しかいないわけではなく、数多くいるSランク冒険者の中から上位五十名が公表されているわけですね』
『そういうことです』
「へえ」
友丸はこはくを撫でながら聞いていた。
ランキングなど自分には縁のない話なので、詳しく調べたこともない。
たしかユリアが上位だった気がする。
『そして今回来日した《ヴァルカ》には、その世界ランキングに入っている冒険者が二名所属しています』
画面が切り替わる。
空港を歩いていた男と女が一人ずつ大きく映し出された。
女の横には――世界ランキング三十位。
男の横には――世界ランキング四十七位。
『三十位と四十七位ですか』
『はい。どちらも世界的に知られたSランク冒険者です。他にもSランク、Aランク冒険者が多数所属しています』
『それほどの冒険者が二人もいるとなると、《ヴァルカ》は世界最高峰のクランということになるんでしょうか?』
『いえ。そこまではいきません』
意外な返答だったのか、司会者が少し驚く。
『違うんですか?』
『もちろん《ヴァルカ》は非常に有力なクランです。ただ、世界のクラン事情を語る場合、まず別に名前が挙がるところがあります』
スタジオの大型モニターへ、四つのエンブレムが映し出された。
『一般に“四大クラン”と呼ばれている四つの冒険者クランです』
「四大クラン……」
友丸でも、それくらいは聞いたことがある。
『この四つは所属する冒険者の数だけではありません。組織の規模、これまで積み上げてきた実績、そして世界各地の異界探索への貢献。そのどれを取っても世界最高峰です』
『では、《ヴァルカ》はその次くらい?』
『そう考えていいでしょう』
専門家が頷いた。
『四大クランとはまだ差があります。ただ、その四つに続く有力クランを挙げるなら、《ヴァルカ》は間違いなく候補の一つに入ります』
「十分すげえじゃねえか」
友丸が呟く。
世界ランキング三十位と四十七位。
他にもSランクが所属し、Aランクも多数。
戦闘員だけでなく、それを支える人員まで連れて海外の異界へ遠征できる。
友丸のように一人でふらふら異界へ入る冒険者とは、そもそも活動の規模が違う。
『今回、《ヴァルカ》が日本へ送り込むのは主力を含む大規模な遠征隊です』
再び空港の映像へ戻った。
先ほど映った二人のランカーもいる。
その後ろにも大勢の冒険者が続いていた。
『日本政府とも事前に調整を重ねており、準備が整い次第、大型異界での長期探索を開始する予定です』
「わざわざ海外まで来て大変だな」
友丸は完全に他人事だった。
「みゃあ」
こはくも同意するように鳴く。
「お前は飯食って寝てるだけだけどな」
「みゃ」
抗議するように前足で腹を叩かれた。
友丸は笑いながら、その頭を撫でる。
テレビではまだ《ヴァルカ》来日のニュースが続いていたが、友丸の興味はすでに昼飯へ移りつつあった。
世界的に有名なクランが、どこの異界へ潜ろうが自分には関係ない。




