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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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こはくと、爺さんの旧友たち


 夕方のニュースで、こはくが手を振っていた。


「またね〜!」


 映像が途切れ、画面がスタジオへ戻る。仮面をつけて宙に浮かぶ姿も、黒い靄で作った三体の分身も、今日だけで何度流れただろう。


 隣に座るこはくは、ソファの上で膝を抱え、テレビに見入っていた。ワンピースから出た尻尾が揺れ、ときどき友丸の膝に触れる。


「こはく、いっぱい映ってるね」


「しばらくは、この話が続くだろうな」


 そのとき、携帯が鳴った。画面に耀の名前が出ている。友丸はテレビの音を下げ、通話に出た。


「どうした、爺さん」


『三日後、昔の仲間がうちへ来る。お前も昼頃に来い』


「十蔵さんたちか?」


『ああ。マルリアも来るし、海外の連中も顔を出すそうだ』


 こはくが友丸の腕を引いてきた。携帯を近づけてやると、すぐに声を上げる。


「こはくも行くよ!」


『おう、待っとるぞ。今、はなとテレビを見とったところだ』


「こっちでも見てる。ずっとこの話だな」


『そりゃ、騒ぐだろう。あれだけ見せて「またね」で終わる奴があるか』


「ちゃんと、ばいばいしたよ?」


「みんな、もう少し話を聞きたかったんだろ」


『うちへ来たら、あの分身の話も聞かせてくれ。はなも聞きたがっとる』


「いいよ。こはく、いっぱいお話する!」


 端末の向こうで、耀が笑った。友丸はこはくの頭を撫で、端末を耳へ戻す。


「じゃあ、詳しい話はそっちでな。こはくと二人で行くよ」


     ◇


 三日後、黒田家の玄関に入ると、奥の座敷から十蔵の笑い声が聞こえてきた。


「もう始まってるのか」


「朝からこの調子だよ。あんたたちも、ゆっくりしていきな」


 出迎えたはなが、友丸の肩に乗るこはくを撫でた。こはくは「みゃ」と鳴き、その手に頬を寄せる。


「みんな、あんたに会うのを楽しみにしてるよ」


 香菜に案内された部屋で、こはくは人の姿になった。持ってきたワンピースを着るなり、友丸の手を引いてくる。


「友丸、早く」


「分かった、分かった。今行くから」


 廊下へ出ると、座敷から耀が言い返す声が聞こえた。誰に何を言われたのかは分からないが、続く笑い声からして、ずいぶん楽しそうだ。


 襖を開けると、十蔵が片手を上げた。


「おう、友丸。こっちだ」


 こはくに気づいた十蔵は、上げた手を止めた。


「おお……。映像で見たとおりだな」


「うん!」


 こはくが手を振ると、十蔵も手を振り返した。


 耀の隣に、友丸の座布団が用意されていた。向かいにはマルリアが座り、その近くに、初めて会う三人の男たちがいる。三人の視線も、こはくへ集まっていた。


「こはく。久しぶりね」


 マルリアが手を伸ばすと、こはくは友丸の手を離し、その前へ飛んでいった。


「マルリア、元気だった?」


「ええ。あなたも元気そうね」


 こはくは差し出された手を握った。マルリアに頭を撫でてもらうと、嬉しそうに目を細める。


 友丸も挨拶を交わし、尋ねた。


「ユリアは、今回は来られなかったんですか」


「忙しくてね。二人によろしく、ですって」


「そうですか。こちらからも、よろしく伝えてください」


「こはくも!」


「ええ。伝えておくわ」


 友丸が腰を下ろすと、耀が三人を紹介した。


 アメリカのジョージ、イギリスのアルフ、ブラジルのアントニオ。かつての世界ランキングで、それぞれ一位、二位、六位に立っていた冒険者たちだ。


 三人の名前は、子供の頃から何度か聞いていた。耀が異界での昔話を始めれば、たいてい、この中の誰かが出てくる。その本人たちが、今は同じ座敷に揃っていた。


「会えて嬉しいよ、友丸。耀から、君の話はよく聞いてる」


 ジョージが手を差し出した。握り返すと、大きな手にぐっと力がこもる。


「こちらこそ。皆さんの話は、爺さんから聞いてます」


「なら、今日は俺たちからも聞いてくれ」


 アントニオが横から口を挟んだ。


「耀の話とは、少し違うかもしれんぞ」


「わしが嘘をつくか」


「誰も嘘だとは言ってない。話してないことはあるだろうがな」


 はなが友丸の前へ茶を置きながら、二人のやり取りに加わった。


「聞くなら両方からにしな。どちらも、自分の失敗は忘れるんだから」


 二人とも、今度は言い返さなかった。友丸はこらえきれずに笑った。


 アルフが、隣の空いた座布団をこはくへ示す。


「君もこちらへどうぞ」


「ありがとう。こはくだよ。よろしくね」


 こはくが降りてくると、アルフは尻尾を挟まないよう、少し身体をずらした。


「映像で見ていたけれど、こうして挨拶してもらうと不思議な気分だね」


 ジョージも話に加わった。


「あの配信は、俺も見返したよ。小さな猫の姿だった頃から、人の言葉は分かっていたのか?」


「うん。分かってたよ」


「そうだったのか。友丸も知っていた?」


「こっちの言うことは分かってるだろうと思ってました。でも、人の姿になって話し始めたときは、さすがに驚きましたよ」


「こはく、友丸といっぱいお話したかったの」


「今じゃ、朝からよく喋ってます」


「友丸も、いっぱいお話するでしょ」


「そりゃ、返事はするさ」


 こはくは満足そうに笑った。その様子を眺めていたアルフが尋ねる。


「人の姿になれるようになったのは、いつ頃なんだい?」


「この前、ヨーロッパへ行ったときです」


 友丸は、イタリア異界の遺跡で起きた出来事を話した。銀色の首輪とカプセルの話になると、こはくも説明に加わる。初めて経緯を聞く十蔵たちの質問に、ときには友丸より先に答えていた。


 話を聞き終えた十蔵は、改めてこはくを眺めた。


「そんなことがあったのか」


 ジョージは耀に尋ねた。


「お前は、もう聞いていたんだな」


「ああ。最初にこの姿を見たときは、わしも驚いたぞ」


「私とユリアにも、スイスでこの姿を見せてくれたのよ」


 マルリアが言うと、こはくが振り向いた。


「二人とも、びっくりしてたよね」


「ええ。でも、こうしてお話できるようになったのは嬉しかったわ」


「こはくも!」


 元気よく答えた拍子に、猫の耳がぴくりと動いた。


「耳も、ちゃんと動くんだな」


 アントニオに言われ、こはくは身体をひねる。


「尻尾もあるよ」


 持ち上げた尻尾の先が、ゆらゆらと揺れた。耀がすかさず口を挟む。


「見せなくても、さっきから動いとるぞ」


「みんなに会えたから!」


「そうか。そりゃ、よかった」


 アントニオが、こはくにもう一つ尋ねた。


「あの黒い分身も、こはくが作ってるんだよな」


「うん。見たい?」


「ああ。近くで見せてもらえるなら、ありがたい」


 こはくは座布団から浮かび上がり、座敷の空いている場所へ移った。


「友丸、ここでやってもいい?」


「ああ。そこなら大丈夫だ」


 こはくの周りに、黒い靄が湧いた。靄は三つに分かれ、それぞれがこはくと同じ輪郭を作っていく。猫の耳と尻尾も形になり、三体の分身が並んだ。


 十蔵が身を乗り出した。ジョージとアルフも、こはくと三体を見比べている。


「……これは、間近で見るとまた違うな」


 アントニオが感心して言った。


「すごいでしょ!」


 こはくが手を振ると、三体の分身も同じように手を振った。


 ジョージがそれに応じ、アルフも手を上げる。身を乗り出していた十蔵まで手を振り返してくれたので、こはくの尻尾がいっそう大きく揺れた。


 ひとしきり手を振ると、こはくは三体の分身を消した。


「どう?」


「ああ。驚いたよ。見せてくれてありがとう」


 アントニオに礼を言われ、こはくは嬉しそうに座布団へ戻った。十蔵はそれを待って、友丸に声をかける。


「友丸、この前の案内動画な。見たぞって声をかけられるようになった。瀬戸内海異界へ初めて来る連中にも、あれを見せると話が早い」


「役に立ってるなら、何よりです」


「ああ。危ない場所を口で説明しても、なかなか伝わらんことがあるからな。助かったよ」


「東京と北海道の配信は、うちの孫たちも熱心に見ていたよ」


 ジョージが続けた。


「こはくが話した配信のあとも、すぐに俺に連絡が来た」


 友丸は、ロサンゼルスで会った双子を思い出した。


「双子の二人ですね。今日は一緒じゃないんですか」


「数日後に来る。俺だけ先に顔を出したんだ」


「あの二人も、今じゃSランクか」


 耀が言った。


「はな、最後に会ったのはいつだったかな」


「まだ、これくらいだったね」


 はなが手で背丈を示した。ロサンゼルスで共に戦った二人とは、ずいぶん違う高さだ。


「それを聞いたら、二人とも照れるだろうな」


「こっちは、よく覚えてるんだけどね。会うのが楽しみだよ」


 ジョージは友丸へ話を戻した。


「二人とも、君とアメリカの未踏域へ行くのを楽しみにしてる。次の配信では一緒に、と言っていてね」


「じゃあ、二人が来たら相談してみます」


「こはくも、また会いたい!」


「ああ。二人とも、君にも会いたがってる」


「じゃあ、分身も見せてあげる!」


「それは喜ぶだろうな。俺が先に見せてもらったと知ったら、羨ましがるよ」


 マルリアが双子の近況を尋ねると、十蔵とアントニオも話に加わった。友丸は、そのやり取りに耳を傾ける。


 耀から聞いてきたのは、異界で魔物を倒したり、危ない目に遭ったりした話ばかりだ。そのときの仲間たちが、今は孫の成長を喜び、はなと昔を懐かしんでいる。


 昔の異界でも、休憩のときは、こんなふうに集まって話していたのだろうか。


「友丸。お前も、何か聞きたいことがあるんじゃないのか」


「ある。爺さんたちが、一緒に異界へ入ってた頃の話」


「ほう。何から聞きたい?」


「まずは、知り合った頃かな。どうやって、みんなが集まったんだ?」


 耀が口を開く前に、マルリアがはなへ言った。


「それなら、長くなるわね」


「昼ご飯を食べながらにしようか。香菜に、用意を頼んであるんだよ」


 はなが立つと、香菜が襖を開けた。


「お食事の用意ができております。こちらへどうぞ」


 十蔵が腰を上げ、ジョージたちも続く。友丸がこはくを呼ぼうとすると、もう隣まで来ていた。


「こはくも聞く」


「ああ。一緒に行こう」


 耀も立ち上がり、友丸の隣へ来た。


「知り合った頃となると、ずいぶん昔だな」


「今日は、ゆっくり聞かせてくれ」


「おう」


 廊下へ出ると、少し先でジョージが振り返った。


「友丸。俺の隣に座るといい。耀が忘れたところは、俺が話すよ」


「こはくも、ジョージの隣がいい!」


「もちろん。君の分も空けておこう」


「おい。わしが話す前から、余計なことを言うなよ」


 耀の声に、ジョージが笑った。友丸もこはくと一緒に、その隣へ追いつく。


「忘れてるところがあるなら、聞いておきたいな」


「お前まで、そいつの肩を持つのか」


「両方から聞けって、はなさんに言われたから」


 後ろで、はなが笑っていた。



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― 新着の感想 ―
爺婆たち、言ってみれば前作主人公パーティーだからなぁ
はくと→こはくと なのでは。
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