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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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132/163

間話2  冒険者を目指す君へ


 テレビ局で働く後輩から届いた企画書には、番組の目的が大きく書かれていた。


『冒険者を目指す高校生のための、生放送特別授業』


 全国の高校から冒険者科の生徒を招き、現役の冒険者が異界で働く意味や、身につけるべきことを話す企画らしい。


 友丸に求められているのは、撮影者さんとして仮面をつけたまま出演し、生徒からの質問へ答えることだけだった。


 企画書の最後には、念を押すように一文が添えられている。


 ――危険な実演や、無理な演出は絶対にお願いしません。


 そこまで書かれているなら、断る理由はない。


 友丸は、参加すると返信した。


     ◇


 生放送当日。


 スタジオへ着くと、依頼を送ってきた後輩が小走りで近づいてきた。


「本当にありがとうございます、先輩!」


「仕事中に先輩と呼ぶな。正体を隠す気があるのか」


「す、すみません。撮影者さん」


 後輩は慌てて周囲を見回し、近くに関係者しかいないことを確かめてから胸を撫で下ろした。


「今日は座って質問に答えていただくだけです。企画書にも書きましたが、危ないことは何もありません」


「読んだ」


「台本にないことは極力させません」


「分かったから、仕事に戻れ」


「はい!」


 深く頭を下げた後輩は、今度は歩いて廊下の向こうへ消えた。


 案内された控室で、友丸は黒いスーツの襟元を整え、猫の仮面を被った。


 扉が開いたのは、その直後だった。


「……撮影者さん」


 大柄な男が、入り口でわずかに足を止める。


 鍛え上げた身体と力を武器にするSランク冒険者、来道だった。仕立てのいいジャケットを着ているが、肩と腕が太すぎて、布の方が緊張しているように見える。


「来道さんか」


「あのとき以来ですね」


 初めて顔を合わせたのは、東京異界の深層だった。


 地面から噴き出す睡眠ガスの危険を、友丸が《ヴァルカ》の調査隊へ伝えに行ったときである。友丸の言葉に噛みつき、真っ先に眠気で足を止めたのが来道だった。


「睡眠ガスで動けなくなったとき以来だな」


「その話は、今日はしなくていいです」


 返事は早かった。


 ただし、以前のような剥き出しの敵意はない。来道は一度だけ仮面を見つめ、それから手にしていた台本を持ち直した。


「今日は、よろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


「俺の母校からも生徒が来ているらしいんで、卒業生として、変なところは見せられません」


「話をするだけだろ」


「学生の前で話すのは、思ったより緊張するんです」


 来道の台本には何枚もの付箋が貼られ、余白にも細かな書き込みがあった。


「ずいぶん準備したんだな」


「下手なことを言って、誰かに無茶をさせるわけにはいかないでしょう」


 睡魔程度ならどうにでもなる、と言っていた男と同じ人物とは思えない。


 友丸が黙っていると、来道は眉を寄せた。


「何ですか」


「別に」


「今、睡眠ガスのことを考えましたよね」


「考えてない」


「考えましたね」


 来道はそう言い切り、台本を閉じた。


「撮影者さんは、台本を読まなくて大丈夫なんですか?」


「仮面をつけて座っていればいいと聞いてる」


「……俺もそのくらいに考えた方がいいのかもしれません」


 控室の外から、出演者を呼ぶ声がした。


     ◇


 スタジオの観覧席は、制服姿の高校生で埋まっていた。


 胸元にあるのは、どれも冒険者科の校章だ。友丸たちがステージへ出ると、それまで抑えられていた声が一気に大きくなる。


「来道先輩、本当に来た!」


「撮影者さん、猫の仮面だ!」


「黒いスーツも本物だぞ!」


 何が偽物なのかは分からない。


 来道が笑顔で手を上げると、母校の生徒たちがそろって立ち上がった。


「座れ、座れ。立たなくていい」


 そう言いながらも、少し嬉しそうだった。


 やがて、カメラの上にある赤いランプが灯る。


「今夜は、冒険者を目指す皆さんへ向けた特別授業です」


 司会者が番組名を告げ、二人を紹介した。


「現役Sランク冒険者、来道さん。そして、数々の異界を撮影し、世界中から注目を集める撮影者さんです!」


 大きな拍手が起こる。


 来道はもう一度手を上げ、友丸は軽く頭を下げた。


《本当に二人が並んでる》


《来道さん、後輩の前だから嬉しそう》


 最初に指名された男子生徒が立ち上がった。


「冒険者になるために、今から一番鍛えておくべきものは何ですか?」


「体力だ」


 来道は迷わず答えた。


「走る、登る、重い物を運ぶ。派手な技より先に、長く動ける身体を作れ。仲間が怪我をしたら、背負って帰るのはお前たちだ」


 生徒たちが手元の端末へ書き込んでいく。


 司会者が友丸へ顔を向けた。


「撮影者さんはいかがですか?」


「勉強もしておいた方がいい」


 書き込んでいた手が、いくつか止まった。


「勉強、ですか?」


「地図が読めないと帰れない。魔物の特徴を知らないと、効かない攻撃を続けることになる。怪我の手当ても、装備の扱いも、先に知っていれば助かることがある」


「身体だけを鍛えればいいわけではない、と」


「赤点を取るなという話だな」


 来道が付け加えると、観覧席から笑いが起きた。


「来道先輩は、学生時代の成績もよかったんですか?」


「……次の質問にいこう」


 先ほどより大きな笑いが広がった。


《来道さん逃げた》


《撤退判断が早い》


《これがSランクの決断力》


 生徒たちの緊張が解けたのか、それからは次々と手が上がった。


「異界へ入るのが怖くなることはありますか?」


「ある」


 来道は、今度こそ正面から答えた。


「怖いから装備を確かめる。怖いから仲間の様子を見る。それでいい。何も怖くないと思い始めたときの方が、俺は危ないと思ってる」


「撮影者さんも怖いですか?」


「死にそうな時は怖いかな」


「普通だ……」


 質問した女子生徒が、思わず呟いた。


「普通だぞ」


 友丸が返すと、観覧席がまた笑いに包まれた。


     ◇


「続いては、来道さんに基礎的な打撃訓練を実演していただきます」


 ステージ中央へ、厚いマットと人の上半身ほどもある大型ミットが運び込まれた。


 生徒が装着するのは、衝撃を分散するための訓練用ベストだ。後方にも十分な広さのマットが敷かれ、すぐそばには補助スタッフが待機している。


「最初に覚えてほしいのは、殴ることより受ける姿勢だ」


 来道は大型ミットを持ち上げ、観覧席へ向けた。


「腕の力だけで受けるな。足を開いて、膝を柔らかく使え。身体全体で衝撃を逃がすんだ」


 希望者を募ると、前列にいた男子生徒がすぐに手を上げた。


 スタッフの手を借りてベストを着け、ミットを胸の前へ構える。


「名前は?」


「結城です」


「結城。足を止めるな。後ろに飛んでもいいから、倒れるときだけは背中からいけ」


「はい」


「軽くいくぞ」


 来道の拳が、ミットの中心を打った。


 鈍い音が響く。


 それだけだった。


 けれど、結城の身体は靴底を床から離して後ろへ飛んだ。二メートルほど先のマットへ背中から落ち、驚いた顔のまま天井を見上げる。


 すぐに補助スタッフが駆け寄ったが、結城は自分で起き上がった。


「大丈夫です。今の、軽くですか?」


「かなり軽い」


 来道は頷く。


「異界では、攻撃を全部避けられるわけじゃない。魔物の一撃で姿勢が崩れれば、その次の攻撃をもらう。衝撃を逃がして、すぐ立ち直る練習も必要になるぞ」


 続いて二人の生徒がミットを受けた。


 一人は踏ん張りすぎて後ろへひっくり返り、もう一人は来道の助言どおり膝を使って、飛ばされながらもきれいに受け身を取った。


 観覧席から拍手が起こる。


「今のが、正しい受け方ですか?」


「完璧じゃない。でも、最初よりずっといい」


 来道が答えると、受け身を取った女子生徒は照れたように頭を下げた。


 そのとき、結城がもう一度手を上げた。


「来道先輩。撮影者さんが受けたら、どうなるんですか?」


 観覧席の視線が、まとめて友丸へ向いた。


「俺が受ける理由はないだろ」


「でも、来道先輩と撮影者さんが並んでいるところを見られる機会なんて、たぶん今日だけです」


 素直な言葉だった。


 周囲の生徒も、期待を隠せない顔をしている。


 ステージ脇では、後輩が『台本どおりに!』と書いた紙を、震える手で掲げていた。


 友丸は来道を見た。


「一発くらいならいい」


「……本当ですか?」


 来道の声が、わずかに弾んだ。


「最初は軽くな」


「もちろんです」


 返事は早かった。さっきまで生徒たちへ受け身を教えていたときより、来道の目に力が入っている。


 来道は生徒たちへ向き直った。


「せっかくの機会だ。ただし、俺たちの真似はするな。これは訓練ではない」


 真剣な声だった。


 友丸が立ち上がり、マットの中央へ進む。


「ミットはどうします?」


「いらない。普通に受ける」


「分かりました」


 来道がミットをスタッフへ預ける。友丸は右手を胸の前へ上げ、軽く開いた手のひらを来道へ向けた。


「本当に素手で受けるんですか?」


 司会者の声が裏返った。


「普通に受けるだけだ」


「撮影者さん。それを普通とは言いません」


 来道は小さく笑ったものの、視線は真剣なままだった。


「本当に軽くいきます」


「頼む」


 来道の踏み込みは小さい。


 放たれた直拳を、友丸は手のひらで受けた。腕をわずかに引き、拳の勢いを逃がす。来道の拳は、友丸の胸元へ届く前に止まった。


 観覧席から、抑えきれない歓声が漏れる。


「今のを、もう少し速くするとどうなるんですか?」


 どこかからそんな声が飛んだ。


 来道はすぐには動かなかった。


「二発目で終わりです」


「分かった」


 今度の踏み込みは、先ほどより鋭い。


 拳が空気を裂き、友丸の手のひらへ収まる。友丸の身体はわずかに揺れたが、足は動かなかった。


 来道の目つきが変わる。


 友丸の一言に腹を立てることはある。けれど、実力を見ればきちんと認める男でもあった。


「……さすがですね」


「終わりだぞ」


「ええ。最後に一発だけ」


「それはさっきも聞いた」


 来道は、困ったように笑った。


「今度こそ、です」


 腰が深く落ちる。


 その瞬間、拳が見えなくなった。


 踏み込みを支えたステージの床が、みしりときしむ。


 これ以上は駄目だ。


 友丸は少しだけ前へ出た。迫った拳を素手でつかみ、顔の前で完全に止める。


 乾いた音だけが、スタジオへ響いた。


 友丸の腕は、ほとんど動いていなかった。


 来道も一瞬、目を見開く。


「……止めたか」


「床が先に駄目になるぞ」


 来道は拳を引き、すぐに頭を下げた。


「すみません。熱くなりました」


「分かればいいよ」


 遅れて、観覧席が爆発したように湧いた。


「見えなかった!」


「撮影者さん、素手で止めたぞ!」


「来道先輩の拳も、すごかった!」


《拳が消えたように見えた》


《撮影者さん、片手で止めた?》


《来道さんも撮影者さんも何なんだ》


 来道は生徒たちの声が落ち着くのを待ち、改めて口を開いた。


「今のは悪い見本だ」


 観覧席が、ぴたりと静かになる。


「相手と場所を考えず、熱くなって力を上げた。異界で同じことをすれば、仲間を巻き込む。お前たちは絶対に真似するな」


「じゃあ、どうすれば来道先輩みたいに強くなれますか?」


 結城が尋ねる。


「まずは、さっきやったことを繰り返せ。正しい姿勢で受けて、倒れて、立ち上がる。それをできるようになってから次へ進め」


 来道はまっすぐに生徒たちを見た。


「無茶をするな。自分に足りないものを知り、戻って鍛え直せ。それも冒険者に必要な判断だ」


 その言葉に、生徒たちは真剣な顔で頷いた。


     ◇


 番組の最後に、司会者がもう一度、生徒たちへ質問を募った。


 何本もの手が上がる中、母校の女子生徒を来道が指名する。


「撮影者さんに質問です。どうすれば、撮影者さんのような冒険者になれますか?」


「ならない方がいいぞ」


 間を置かずに答えると、観覧席が静まり返った。


 来道まで、驚いた顔でこちらを見ている。


「俺と同じ武器を持って、同じ服を着ても、同じことができるわけじゃない。自分にできることを増やして、自分に合う戦い方を探せばいいぞ」


 友丸は、並んで座る生徒たちを見渡した。


「誰かの真似をするために、冒険者になるわけじゃないだろ」


 質問した生徒が、ゆっくりと頷いた。


 その隣で、来道も腕を組みなおす。


 拍手が一人、二人と増えていく。


 やがて観覧席全体へ広がり、赤いランプが消えるまで鳴り続けた。


   

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― 新着の感想 ―
これ、撮影者を忌々しく思う奴をどんどん増やしてるだろうなぁ
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