撮影者さんついに正体バレた!?
「ちょっと待って。これ、表示間違ってない?」
何度目かの戦闘を終えたところで、カエデが近藤の持つリモコンを覗き込んだ。
画面に表示された同時視聴者数は、一千万人を超えている。それだけでも異常な数字だが、数秒ごとに更新されるたび、さらに何万人も増えていた。
「……一千万人」
マスクを被っているにもかかわらず、近藤の声が配信前の小ささへ戻る。
「怖っ」
カエデが漏らした声を拾い、コメントがさらに流れていく。
《一千万人おめでとう!》
《まだ増えてるぞ》
《海外でも映像が回ってる》
《Is that the cameraman?》
《SAMURAI?》
コメント欄を埋めているのは、日本語だけではない。英語をはじめ、近藤には読めない言語まで混ざっていた。
SNSでは二画面の比較映像が広がり続けている。その中でも注目されているのは、右側の映像を撮影している人物だった。
コンと以前コラボした撮影者ではないか。
そんな憶測が、すでに国外まで広まっているらしい。
そのとき、岩陰から一本の針が飛んできた。
空気を裂く音は僅かだったが、三人とも気づいていた。カエデが身体を沈め、近藤の手元に炎が生まれる。
それより早く、友丸が動いた。
片手でカメラを支えたまま、空いた手で二本のナイフを続けて投げる。
一本目が針を空中で弾き、甲高い音を立てた。二本目は針が飛んできた岩陰へ吸い込まれ、何もなかったはずの場所から、黒い魔物が転がり落ちる。
岩肌と同じ色をしていた身体が元へ戻り、胸元には友丸のナイフが突き刺さっていた。
二つのカメラは、その一部始終を別々の角度から捉えていた。
《浅層の暗殺者だ!》
《東京異界の浅層に出るやつ》
《気配がない場所から針を飛ばしてくる魔物だぞ》
《あれに殺された冒険者、かなりいるはず》
《今の針をナイフで落とした?》
《二本目でもう魔物を狙ってたぞ》
《やっぱり撮影者さんだろ!》
自動追尾カメラはカエデを追いながら、彼女の横を通り過ぎた二本のナイフまで映していた。友丸のカメラには、正面から迫る針と、それを打ち落とした瞬間が残っている。
映像はすぐに切り抜かれ、SNSへ投稿された。
同時視聴者数の増え方が、それまでとは比べものにならないほど速くなる。
「はい、ちょっと待って!」
撮影者だと断定し始めたコメントを、カエデが大きな声で遮った。
「盛り上がってるところ悪いけど、この人は本当に普通のおじさんだよ」
《普通のおじさんは針をナイフで落とさない》
《二本目を投げるのが早すぎる》
《何歳くらい?》
《顔を見たの?》
「顔は見てるよ。ちなみに、コンちゃんの素顔は美少女だからね。テレビに出てるアイドルよりかわいいよ」
近藤が、ゆっくりとカエデへ顔を向けた。
《今なんて言った?》
《コンの素顔が美少女?》
《詳しく!》
《カエデ、もっと話せ》
《顔出し配信待ってます》
コメントの勢いを止めるどころか、別の方向へまで火をつけてしまった。
カエデは近藤の視線から逃れるように、友丸へ顔を向ける。
「えっと……四十代?」
友丸が持っているカメラの映像が、横に揺れた。
「じゃあ、三十代?」
今度は縦に揺れる。
《三十代か》
《普通のおじさんで合ってる》
《顔はアニメだけどな》
《実物が全然分からない》
「無精髭もあるし、髪ももさもさだし……」
カエデが確かめるように友丸へ近づいた。
自動追尾カメラのメインはカエデに設定されている。当然、彼女についてきたカメラは友丸まで画面へ入れたが、その顔はすぐにアニメ調の青年へ置き換えられる。
カエデは友丸の前へ立つと、無造作に伸びた前髪へ手を伸ばした。
「ちょっと失礼」
前髪を持ち上げ、隠れていた顔を覗き込む。
数秒の沈黙があった。
「……やば。超イケメン」
カエデは前髪から手を離すと、自分から近づいたにもかかわらず、慌てたように二歩、三歩と後ろへ下がった。
《見せろ!》
《一秒だけAI切ってくれ!》
《カエデの反応が本物なんだけど》
《普通のおじさんじゃなかったのか》
《コンも美少女でカメラマンもイケメン?》
《情報が多すぎる》
画面を埋め尽くすほどのコメントが流れた直後、映像が大きく乱れた。
二画面が同時に止まり、音声も途切れる。そのまま配信画面が暗転した。
「……サーバー、落ちました」
近藤がリモコンを見下ろし、配信前と同じ小さな声で呟いた。
同時視聴者数の急増に、二画面をまとめて配信していた中継サーバーが耐えられなかったらしい。
「とりあえず、落ち着け」
友丸がカエデから距離を取り、乱れた前髪を自分で戻す。
「落ち着いてる。ちょっと予想と違っただけ」
「何の予想だ」
カエデは答えず、友丸の顔を見ないように明後日の方向へ視線を向けた。
その間にも、近藤は手元の端末を操作し、サーバーの復旧作業を進めている。
数分後、二人の配信画面が同時に戻った。
「みなさん、お待たせしましたー! アクセスが集中して、配信用サーバーが落ちてましたー!」
復旧を待っていた視聴者が一斉に戻り、コメント欄には日本語と外国語が入り乱れた。
《おかえり!》
《続きは?》
《顔は?》
《SHOW HIS FACE》
《Is he SAMURAI?》
友丸は自動追尾カメラの外に立ったまま、声だけを配信へ乗せた。
「俺は静かに暮らしたい。だから今のところ、名乗るつもりはない」
コメントが一瞬だけ減り、すぐに再び流れ始める。
「二人に大量のメッセージを送るな。俺のことを聞き出そうとして、つきまとったり、居場所を探ったりするのもやめろ」
友丸はそこで一度言葉を切った。
「分かっていると思うが、変な行動はするな。取り返しがつかなくなるぞ」
さらに、念を押すように続ける。
「ちなみに、二人ともAランク冒険者だ。つきまとって手を出し、正当防衛されても、怪我では済まない。本当にな」
カエデが何か言いたそうに口を開いたが、友丸は構わず言い切った。
「分かったな」
《はい》
《分かりました》
《絶対につきまといません》
《YES, SIR》
《Understood》
《圧がすごい》
《これ、答え合わせになってない?》
一斉に流れた返事を確認し、友丸は黙った。
近藤がマスク越しに、隣のカエデへ顔を向ける。
「カエデさんも、分かりましたか?」
「分かった。でも、普通のおじさんじゃなかったよ。イケオジ」




