戦いのあと
フルクウェールとの戦いの余波で湧き出た地中の温水。城の敷地の中から湧き出た水は城中に溢れ、一種の大浴場と変貌。そのため、城の部屋から繋がる街が見下ろせるバルコニーの一角も横の庭から温水が流れ込み浴場と化していた。辺りの不思議な形をした照明は零型によって明るく灯り、暖かい光が少し濁った水面にゆらゆらと反射している。そんな出来たての浴場へ向けて部屋から響く走る足音。そして、大きく跳躍し浴場へとダイブする少女が一人。
「いやっほーい!」
下ろした髪を靡かせ、一糸纏わぬ姿でシノハは温水へとダイブし、水飛沫を飛び散らせる。
「こら、飛び込まない! あと髪!」
水没していないバルコニーに続く部屋からウミカがシノハに目くじらを立てながら出てくる。
「まさか温泉湧くなんてな~。重畳、重畳や~」
そういうオトギは既に湯に浸かり、髪を纏め、タオルを頭に載せバルコニーから見える景色を堪能していた。隣のユイナと零型も同様に髪を纏めて、湯に浸かっている。
「よいしょ」
ユイナは浸かりながら部屋に置いたランチボックスを引き寄せ、シノハがそれに気づき、カエルよろしくの泳ぎ方で近づく。
「お、ユイナ。それ」
「はい! シノハちゃん。サンドイッチです! 折角ですから温泉に浸かりながらでも、と!」
ユイナはランチボックスを天高く上げる。
「なるほどー。温泉見ながらサンドイッチか。風情あるねぇ……」
「どこがよ。……ほんとに害無いわよね」
ウミカはバルコニーの前で屈み、湯を手で掬い、不安気な表情を浮かべている。
「私とウミカで入念にそこは調べたはずですが」
半眼で見据える零型。ユイナはランチボックスを置くと何かを言うことも無く、シノハの髪を無言で纏め始めている。
「……」
「お、さんきゅ。はーほんと心配性なんだから、もう日暮れかけてんじゃん」
ユイナにされるがままに髪を纏められながらシノハは陽が傾き、暮れた空を遠く眺める。
「何があるか分からないでしょう」
「せっかく湧いたんだから楽しまなきゃ損でしょ、ほら」
髪も纏まったシノハが湯の中を移動しながら及び腰のウミカに近寄る。
「ちょっと待って私のペースがあるのよ」
「ふーん……」
間を置いた後、シノハはウミカに勢いよく近づき、
「そーれ!」
「あ! ちょっ!」
ウミカを思いっきり湯の中に引きずりこむ。引っ張られ、待ってと言い切る前にウミカは引きずられ、音を立て湯の中へひっくり返り、落ちる。
泡立った水面から無言で、ウミカは湯の中からゆっくりと立ち上がる。すると。
「シー……ノー……ハーーー!!!!!」
「アハハハ!」
眉を逆立て湯の中をジャブジャブと押し分けながらウミカはシノハを捕まえようと進む。それを見てシノハは爆笑しながら中庭の方へと追走を始める。追いかけっこの喧騒が響く中。
「ふぅ、暖かい……」
ユイナたちは目を細め、リラックスしながら湯を堪能する。
「稼働可能な範囲での水温。動作良好……」
「零型ちゃんも気持ちええやろ~?」
「気持ち良いですか。ふむ……いえ、しいて言うならなんだか体の奥が温まるような、末端の神経の緊張が緩和されているような」
零型はリラックスしつつ、オトギに言われ、自身の手の動作を確かめる。
「ふふ、それが気持ち良いって事やで~」
「……うーん。やっぱり人にしか見えないですね」
ユイナはそんな零型の身体をまじまじと見つめる。
「えぇ、ほんと。どうなってるのかしら貴方の身体、流石にちょっと気になりはするけれど」
「ギャー!」
いつの間にか戻って来たウミカがふん捕まえたシノハに罰(頭をグリグリする)を与えながら、同様に零型を見つめる。
「勿論、部外者への口外は厳禁であり、極秘です」
「まぁ仮に説明されても分かる気はしないわね……」
「グハッ……」
そう言いながらシノハを捨てるかのように開放するウミカ。シノハはそのままブクブクと底へと沈む。
「はぁ……温かい」
ウミカは座り、湯へと入り景色を眺め始める。
ユイナは景色を眺めながらある場所を目に留める。それは、零型の攻撃の余波で倒壊した街の一部分。
「……街、壊しちゃいましたね」
そんなユイナの呟きに零型は穏やかに返す。
「形あるものはいつか壊れます、お気になさらず」
「零型さんがそう言ってくれるなら気にはしないよう努めますが……」
「直すー?」
いつの間にか底から上がってきていたシノハ。
「そんなこと気軽に言うもんじゃ無いわよ。どれぐらい時間もかかるか」
ウミカはシノハの案に突っぱねるように忠告する。
「いつまでも終わった物に終始していては。それは博士たちの本懐ではないでしょうし、私も望みません。博士の愛した物は今でも私の記憶回路に。それだけで十分です」
「そっかー」
空が赤く染まっていき、遠く、鳥が翼をはためかせ飛んでいく。ユイナはこの世界にも鳥はいるんだなとそんなことを考えながら口を開いた。
「……そういえば、零型さんは博士が見た景色をもっと見たいと話していましたが」
「はい」
「いや、そんなこといつ話してたのよ」
ウミカが話に割って入る。
「逃げてる途中だけどー?」
ジャブジャブとカエル泳ぎで泳ぎながらシノハが答える。
「どこにそんな余裕あったのよ」
「い、いろいろとあって……」
ユイナが頬を掻き、オトギが手を嬉しそうにパンと手を叩く。
「やりたいことあったんやねぇ、良かったわぁ」
「まぁ、後で詳しく聞かせてもらうわ」
話を戻すユイナ。
「……具体的に零型さんには何がしたいということはあったりするのでしょうか?」
「ふむ、そこはまだ」
「それなら……零型さん。身の上話を一つ、いいでしょうか」
「? 構いませんが」
ユイナの突然変わったような話の内容に首を傾げる零型。ユイナは空を見上げながらぽつりと話す。
「私たちの話です」
シノハとオトギとウミカはただ静かに温泉に浸かる。
「私のたちの世界は技術力が発展した世界でしたが、それが災いし、ある大きな戦争が起こったとき、それは倫理観や人権さえも冒涜した人を吐き捨てるような世界中を巻き込んだ終わりの見えない泥沼の戦争となりました。その中で生まれたのが私たち、強化人類と呼ばれる人類。遺伝子を弄り回され生まれて、非合法の技術で生命としての機能を無視した改造をされ、ただ争いの道具として扱われ、消費が前提。それが私たちでした」
「……」
「沢山の同胞が消えていきました。数え切れないほどの悲しみを知りました。それでも、生きることを諦めたくは無かった。仲間たちの為にも私たちの為にも、足掻いて足掻き続けて、そうしたら、新しい仲間と出会って、美味しいご飯を知って、見たことのない景色を見て、私たちはそうして何とか大きな戦いを終わらせることが出来たんです。……私たちは生きたかった。誰かの為じゃなく自分自身の為に」
零型は橋の上でのユイナを思い出す。
(それがきっと生きるってことだから! そのためだけに、生まれたとしても! 例え、望まれて、なんかなくたって!)
「なるほど、そういう意味でしたか」
「?」
「いえ、続けて」
繋がった言葉の真意。納得した零型はただ胸の内に仕舞う。
「とにかく……それが私たちなんです」
「でそれがどう繋がんのー」
パチャパチャと行儀悪く足で温泉の水面を揺らすシノハが急かす。
「はい。零型さんを私たちチーム、キャロルの一員に迎えたいと思いまして!」
「あー」「お~」
「ちょ!?」
「駄目でしたでしょうか……? 仲間として、対等な立場になるならある程度私たちの話もしておきたくて」
「いや、駄目とかじゃないけれど……。もういつも、急なんだから。いいわよ、別に」
湯の水面を揺らし背中を立てたウミカがまた背中を湯に預ける。
「いいんじゃない?」
「ええと思うよ~」
ユイナは立ち上がり、零型に手を差し出す。
「貴方の力と知識があれば私たちの当座の目標である元の世界への帰還への助力を頼みたいんです。いろんなところに行く必要があるかもしれませんし零型さんの願いも果たせると思うのですが……その、どうでしょうか!」
「構いませんよ」
伸ばされた手を見つめながら、間を入れずさらりと了承する零型。
「いや早」
ユイナははっと気づいたような顔をする。
「えと……その、命令とかでは……」
「はい、理解しています。その上で、です。貴方方と共に行動すればもっと様々なことを知れるでしょうし、重要な経験になるでしょう。何より私自身の考えとして、私は皆さんともっと一緒にいてみたいと思ったのです」
「零型さん……!」
率直な零型の感想に四人は顔を見合わせそれぞれ笑みを浮かべる。
「えへへ。それじゃー……ほれ」
シノハが零型の右手を掴み、差し出されたままのユイナの左手へと伸ばす。そのままユイナは零型の右手を軽く握り、ハンドシェイクする。零型は自分からもされるがままに出した右手を軽く握り返してみる。微笑むユイナ。零型は不思議そうに手を見つめる。
「仲良しだぜ! ってことよ」
「なるほど……」
シノハのかみ砕いた説明に零型は納得する。交わした握手、再びユイナは温泉へとその身をやつす。
「キャロル、新メンバーやなー」
「キャロル? ですか」
オトギの話した言葉に反応する零型。
「これは通じてないのね、ややこしいわね……。祝いの歌、とか讃美歌とかそんな感じの意味、で」
ウミカの説明、そしてユイナへ目配せを送り、それを受けユイナは意気揚々と零型へと顔を近づける。
「私たちのチームの名前です! お願いでもなんでも、困ったことがあっても無くても私たちに何でも話してくださいね!」
「ただし……惚れちゃあ駄目だぜ……?」
シノハが前髪をかき上げながら、ねっとりとした声色で付け足す。ウミカは特に反応することなく景色を眺めている。
関係なしに、少し思案している様子を見せた後、零型が口を開く。
「それなら……早速、皆さんに一つお願いがあるのですが。私に名前をつけてはいただけないでしょうか」
「名前、ですか?」
「はい、零型は先程話した通り名前ではなく仮の名称です。実用的な運用をする場合改めて名称を決める手はずになっており。その問題が解決していないのです。ぜひここで決めていただければと」
手を組み、うーん、と唸りだすシノハ。
「えー? 名前かぁ。零型でもいいとは思うけど……どーする?」
「んー。パッとはないなぁ」
「名前、ねぇ」
「そうですね……」
湧いて出た名前の問題。四人はあーでもこーでもないと議論を続ける。
「名前……アルティメット……カオス……いや、どーせなら名前らしい名前の方がいいか」
「いや、そうでしょ」
当たり前といわんばかりにウミカはシノハの発言に間髪入れずツッコむ。
「ウメとかやろかぁ?」
「ウメ……」
オトギの発言を復唱するユイナ。そうして悩んだ後。
「んー……そう、ですね。なら、未来はどうでしょうか、ミ、ラ、イです」
湯に浸されたバルコニーの欄干。大理石で出来たような素材に濡れた指で文字をユイナはフリガナ付きの漢字で書いていく。
「ミライ……」
「はい、零型さんに託された博士さんたちのことを考えてどうかなと。それに私たちと同じ、三文字ですし!」
「まーいいんじゃね?」「可愛えなぁ」「そうね。どう? 零型」
口々の三人。
「開発理由存在意義に照らし合わせ、そして個的感覚としても問題ないかと」
「……。もっとこー分かりやすく!」
「気に入りました」
シノハに言われただ単純に気に入ったと返す零型、もといミライ。
「そ、そうですか……」
ユイナは照れ混じりに相好を崩す。胸に手を当てたミライ。
「では改めて、これより零型改めてミライ。皆さんの力となり盾となり、仲間になることを誓いましょう」
暮れかけた夕日に照らされ、紅い光が入る瞳。高らかな誓いを唱える動かないその表情が四人には凛々しくもどこか微笑んでいるようにも見えた。
照明の光が優しく暗くなった周囲を照らす。ユイナは置かれていたランチボックスを今とばかりに見せびらかす。
「それじゃあ仲間も一人増えたところで! 皆さん、記念に一緒にサンドイッチを食べましょう!」
「そーいや、忘れてた」
「ふふ、それじゃ一つ貰おうかなぁ」
「ほんとミスマッチね、サンドイッチに温泉」
「サンドイッチ……解析、ふむ、あちらの世界のパンの食べ物ですか」
「ってか食べれんの?」
「はい、摂取した有機物は内部で全て魔力へと変換できます」
ランチボックスから取り出されたペーパーに挟まれたサンドイッチは五人それぞれに配られていく。
「「「「いただきまーす」」」」
「? ……いただきます」
四人の後に続き言葉を真似するミライ、そしてキャロルの五人は同時にサンドイッチにかぶりつき───。
ミライが一人頷く。
「……なるほどこれがサンドイッチ」
「……ホントはもっと美味しいはずなんです……」
悔しそうな表情で肩を落とすユイナ。特に感動を生むことも無かった野菜とハムに似た何かの入ったオーソドックスなサンドイッチ。五人は星空が輝き始めた空を見ながらそんなサンドイッチを頬張っていく。
「パサパサ……まぁこんなもんだよね。小麦粉もやっすいやつだし、肉もそこそこの缶詰だったしねぇ」
「上出来だと思うわ。卵と野菜は悪くないし」
「そうよ~。 それにほら、こういうのは何食べたかより誰と食べたかやろうし~」
「そうよ、大体ホントに駄目なのは昔、配給の時に出てきた緑のパッケージのあの肉だかのよくわかんないレーションみたいなやつのこと言うのよ」
「あー、あの薬品臭すごいやつ。誰も喰わないから大体余って喰うしかないんだよねー、矛盾」
「そう、ですね。……次はもっと美味しく作りますよ、皆さん!」
「おー」「ん~!」「そうね」「了解しました」
夜空に響くサンドイッチの決意。そして、すぐにサンドイッチは平らげられ、星々の下で賑やかに話は弾んでいき。その最中。
「……それにしても、異世界。これからどうするかねぇ」
シノハは異世界という現実を振り返り、顎を擦る。
「思い出せないでよ……はぁ……憂鬱だわ」
先程まで笑顔で話していたウミカも異世界という事実を思い出し意気消沈し、肩を落とす。
そして、ユイナは手を口で押え何かを考え込んでいるようなそぶりを見せた後、口を開くのだった。
「そう言えばそのことで零型さんに聞きたいことがあるんですが……」
「?」
次回で終わる予定です




