46 養父からの手紙
「エーテルプルマヴェント」
クルデラが、真っ黒なマントを羽織り、呪文を唱えながら、長い杖を動かす。
いつも神殿で着ていた真っ白なマントと違い、その黒は全ての物を吸収する黒だ。
そこに、私や神官たちが作った折り鶴たちが、まるて命を持った蝶のように一斉に羽ばたき始め、棺を取り囲み始めた。
「役割を終えた魂と体を今天に戻す」
そうクルデラが呪文を唱えると、初代聖女の棺の蓋が少しづつ、砂や小石を落としながら、じわじや浮遊していく。
クルデラの目は両目が澄み切った綺麗な黒い瞳に戻っている。その目でゆっくり棺に近づいて行った。
定位置で神官たちが浄化魔法を施していく。
事前にクルデラが作った防御障壁は、淡く暖かい色に光り始めたところで、私もクルデラとは逆方向からクルデラに作ってもらった杖を持って入っていった。
◇
黒幕は養父であるラファエルだ。
そうクルデラから言われて、私はクルデラに一人で棺に向かわせたくないと思った。
「一緒に......これからあなたと人生を共にするのは私なのだと二人に突きつけたいの。初代聖女にも、あなたの養父にも」
「危険だ。何かわからない」
「その危険であなたに何かあった時に、私を一人にするの?あなたに何かあったら、私、この世界で初代聖女みたいに暴れるわよ」
一度言い出したら私が引かないことを知っている。
クルデラは諦めたようにため息をついて、私を守り、私にあった杖を作り直すことを提案した。
「もし、一緒にくるというなら、君の本当の名前を教えてくれ。」
「本当の...名前」
私はそう言われてたじろぐ。
「杖が、前の中身のキャサリンのためのものだからね。本人には違いないから使えはするけど、いろんな物や人を凍らせてしまったり、魔力のコントロールが出来ずに魔力が爆発するのはそのせいだよ」
「そうなの.......あの......前の名前ね。」
頭の中に、あの男に、前の世界で、押される腕...名前を呼ばれた声が交差する。
思わず両手で自分の体を抱きしめようとすると、クルデラがその腕をつかみ、そのまま唇を重ねてきた。
不安が顔に出たのだろうか?そう思うこともできないほど、激しく深い口づけが繰り返され、そのクルデラの指が、私の頬や首筋、体に沿って、私を求め慈しむ。
「その名前の嫌な記憶は書き換えるから。正直、俺もトラウマなんだ。もし、ここで君を傷つける言葉をかけてしまったら、この間みたいに泣かせてしまう。暴れさせてしまう。そうしたら、閨の場は無言になってしまう」
クルデラが真剣にいうので、私はクルデラのキスを受け入れながら、思わず固まった。
「無言......そう言えば...閨全集を聞いて暴れたんだっけ」
クルデラを動揺させてしまったのだ。
クルデラの口にした形だけの愛の言葉が、かつて別の男に与えられたものと重なった瞬間、その言葉に騙され、喜んでしまった過去の自分を思い出し、傷ついて取り乱した姿に大きなショックを与えてしまった。
「心にもなく言ってしまったとは思うが、今の自分の本心とも被る言葉も多くて、迂闊に言ってしまいそうで...でもどの言葉を言ったら傷つけるかわからなくて、どうしようか迷ってる。
だから、ひたすら気持ちを込めて君の本当の名前だけ呼ぶ」
「名前だけ.....ううん??その....延々とただ、名前だけしか呼んでくれないの?」
コトの最中に名前以外会話がないのは、それはそれで...
クルデラってやっぱり愛し方が不器用なのよね。
私は、クルデラの髪に触れ、クルデラの目を見つめ、思わず噴きだしそうになり微笑んでしまう。
「傷つけたくない。本当の名前を聞くだけでもそんな顔するんだから。でもこの世界で君の本当の名前を呼ぶのは俺だけというその権利が欲しい。大切に呼ぶ。そして、生涯、君を守るための君の杖を作り直す。」
私は、クルデラの言葉はテンプレじゃなくて、必死に考えて与えてくれているものだと感じていた。
「クルデラ......私の名前はちづる。「千鶴」って書くんだけど、この間折り鶴を折っていたでしょう。あれを千羽って意味。死を遠ざけ、長く生き、平和にって意味が込められたの」
「チ.....ヅル」
クルデラは再び、私の名前を呼びながら、身体中に口づけを落としていく。
「チヅル」
優しく何度も確かめるように、衣服の下に手を伸ばす。
「チヅル」
太もも、背中とクルデラの手の暖かさが伝わる。
「チヅ...」
「ちょい待って!」
わたしは思わず叫んだ。
ダメでしょ。
やっぱりおかしいわ。
このまま、わたしの名前以外会話がないのは、ダメよ。
「クルデラ、わたしを思ってくれる気持ちは嬉しいけど、名前以外の言葉以外のバリエーションが欲しいわ」
「名前......以外......」
クルデラがひっ!と悲鳴のように叫ぶ。
どれだけあの時のことがトラウマなんだ?
いや、植え付けたのは私か。
「クルデラの本心の言葉なら、喜んで受け入れるわ。口だけの好きと、相手を思う好きは違うもの。私の名前を、愛して呼びかけるのと殺そうと思って呼びかけるのは違うもの。クルデラを信じる。でも、今度私が騙されたら、クルデラの命はないからそのつもりで。」
クルデラは分かりましたと言わんばかりにコクコク頷く。
「騙さないよ。命なんてどれだけでも君にくれてやるけど、許されるなら君のそばで幸せになりたい。」
クルデラは、ふふっと笑いながら
「チヅル、愛してる。心から、本当に愛している」
そう言って、お互いに愛の言葉を囁きながら、そのまま、二人の時を過ごし、体を重ねていった。
◇
そうしてしばらくして受け取った杖がこれだ。
「聖なる世界から、穢れなき世界へ」
私はそう叫び、私の名前で作られた杖を繰り出す。
キャサリンの杖と新たな杖を組み合わせたもので、勝手に手に吸いついてくる私の杖だ。
考えたら、どう動かそうかと思わなくてもいい。
そうしなくても、私の意思のまま動く。
神官たちからの浄化の力に、自分の力を加え、綿菓子のようにそれを大きくしていく。
棺の蓋が開く、その棺に、私は浄化魔法を最大に施す。
今までは触れなければ浄化できなかったものが、この杖で、触れなくても願ったところに、浄化が届くようになった。
棺のものが、これ以上、心荒ぶらず、静かにあの世にいけるように......
抵抗させない。
これ以上、クルデラを傷つけさせない
そう強い意志で施した浄化魔法は、棺に激しい光と禍々しい黒の空気を押し潰していく。
この中の黒は、彼らの怨念の残骸だ。
それは、しっかりとした色で残ってはいたが、暴れることもなく、静かに私の浄化に溶け込んでいった。
私とクルデラは警戒したように棺に近づく。
浄化したものの、ここからは、どんな攻撃が待っているかわからない。
だが──
棺には、ミイラのようになった二体の遺体があった。
一体の遺体の上に、覆い被さり守るように、もう一体の遺体。そして、残された服は、クルデラの魔術師のマントと似ていた。
「本?手紙?」
私がクルデラに声をかけると、クルデラは浮遊させてパラパラめくる、
「冊子は、賢者の石のレシピだ。やり方は口頭で教わっていたが、文字にされたものがあったんだな......」
「手紙は.....クルデラ宛よ」
私はクルデラのそばに寄る。
クルデラは険しい顔で、それを浮き上がらせた。
ーーー
クルデラへ
この棺を開けてくれるのがクルデラであることを祈っている。
この棺を破るとしたら全てがわかった上の行動だろう。
お前が思った通りだ。
私、ラファエルが、聖女の願いを叶えてやりたいと願い、聖女の望む世界を作り出していた黒幕だ。
最初は、お前を聖女を守る盾に育てるために近づいた。
だが、お前は無垢で素直で、魔術師として、突出した物を持っていた。
よく、聖女はお前を見出してくれたと思ったものだ。
成長を喜ばしく思い、お前に愛情をかけていた気持ちは本当だ。
自分の亡き後は、聖女を任せられると安心する反面、お前は高い能力を持って、ここから離して生活させてやれる方が幸せだろうと、そうできる方法はないか模索した時期もあった。
だが、私の代で、すでに聖女はもう人としては壊れかけていた。
歴代の魔術師団長が精神干渉魔術を施していたせいだ。
聖女は、私たちが生まれる前から、長く、国の浄化だけでなく、王たちや魔術師団長の娼婦になるようにと精神干渉を受け続けていた。
彼らが亡くなってもそれらの術は残り、相手もいないのに、何十人という魅了だけが残り続けた。
聖女のハーレムは、その相手のいない魅了の発散の場だ。
本人の望む世界じゃない。
それに身を投じ、壊れていったのだ。
私は、人生を終わらせたがっている聖女の願いを叶えてやりたいと思っていた。
最初は同情だ。それが愛に変わっていったことには気づいた時、俺は重大なことに気づいた。
ここの棺をあけたのならば、クルデラも賢者の石は、存在できないことに気づいたのではないだろうか?
材料は愛している人の心臓だ。
本当に愛していたら、残酷な形で自分が愛した人の人生を終わらせることも、その人がいない世界も耐えられない。
賢者の石を身にいれた聖女は、王を愛していると思い込まされているだけだ。だが、どういう経過で、王を愛していると思ったのかはわからない。
どちらにしても、一度も愛をかけてもらえなかった聖女が、愛していると思わされ、国に、その後の王の血族に搾取され続けてきたことは許されなかった。
だが、私がそれに気づき、どれだけ聖女に愛を囁いても、そう告げても、聖女は私を信じない。
それどころか、聖女はお前と自分は似ていると話した。
お前が、自分を唯一、愛してくれる存在だと。
何も見返りがなくても、求めなくても、自分のために尽くしてくれる存在だと言いはじめる始末だ。
お前に嫉妬した。
聖女はお前が唯一自分を愛してくれる存在だと言った。
だが、逆だ。
お前は、聖女が唯一、自分のものにせず、ただ自分の世話をさせた特別な存在なのだ。
聖女が気づいてないだけだ。
本当に聖女に愛された男はクルデラ、お前だ。
それに気づいた時、俺はお前に賢者の石を埋め込む計画を聖女に告げた。
聖女は、これで自分を愛してくれる人が、自分を解放してくれると喜んだ。
本当に愛しているなら、賢者の石を取り込めないはず。
だが、聖女のものになり、俺の施す策にはまっていくお前は本当に空虚だった。
私の愛する聖女の心臓すら操るまま取り出し、俺と共に賢者の石に加工して自分の身に取り込んだ。
やっぱり聖女を愛していなかったんだ。
聖女は最後まで偽物の愛を信じた。
俺は、胸が張り裂けそうになり、お前が許せなくなった。
お前は、俺の操るまま、次の聖女の召喚を始めていった。
きっとこのまま俺の術は発動し続け、初代聖女が体験した悲惨な世界が未来永劫クルデラによって繰り返される。
もう、クルデラ──お前は、私のことも認識しなくなっている。うまくいった。
だが、私はなんで恐ろしいことをしたのだと。
クルデラに何の罪があって、そんな酷いことをさせたのか?
私はクルデラの父なのに。
なんで、守るどころかクルデラを貶めようと考えてしまったのか......
手紙を書きながら、自分でもわからなくなっている。
だから、自分勝手と思いながらもどうかこの棺をあけるのがクルデラであって欲しいと願うのだ。
聖女の名前はキャサリンだが、召喚される前の名前はチヅルというそうだ。
この棺を開けたなら、どうか聖女が次の世界では、チヅルとして幸せに愛されるように私の代わりに祈って欲しい
不甲斐ない父ですまなかった。
ラファエルより
浮かび上がった手紙は弱々しくハラリと遺体の上に落ちた。
「チヅル.....」
クルデラは困惑の中でその手紙を読み、思わず私を見つめたのだった。




