第十三話 俺に最愛の彼女ができた件
体育館には雑多に人が集まっていた。
整列されず、他クラス同士で仲良く話している者もいる。
俺はそれを壇上から眺めていた。
というのも、俺はフットサル二年の部優勝チーム代表として登壇し、今はスピーチの順番を待っている最中だからだ。
劇的優勝の立役者として祭り上げられ、この場にいる。
昨日まで邪険にされていた俺にしては大出世だろう。
対して体育館を俯瞰するに近藤公人の姿はない。
俺と交代するように彼の評判は失墜した。
暴力や暴言が露見すれば、いくら女性ファンであってもドン引きするものだ。
現にクラスメイトに限らず、いたるところで近藤公人への批判が相次いでいた。
順番は次か。
それなのに神崎文乃の姿はどこにもない。
そもそも優勝したとあれば、あいつなら一目散に駆けつけてクラスメイトのように喜びそうなものだが、文乃の姿を見たのは保健室が最後だ。
近藤がいないのは生徒指導室送りだとして、この場には全校生徒が集まるのが原則。
怪我の治療にあたっているのか、俺が見つけていないだけか、それとも……。
隣の一年生が満面の笑みでスピーチを終えた。
進行役の生徒会女子が俺にマイクを向ける。
とうとう文乃を見つけることはできなかった。
けど俺が言うことはとうに決まっている。
深呼吸をして、インタビュアーの質問に備える。
「ではフットサル二年優勝クラスの代表者に話を伺いたいと思います! まず名前と今の気持ちをお願いします!」
「えーと、宮野遍です。端的に嬉しいです」
「……なるほど。宮野さんは決勝で大車輪の活躍を見せ、優勝に大きく貢献したと聞いてます。クラスの皆に言いたいはありませんか?」
「そうですね。正直クラスでは浮いていたので、頑張る理由はクラスの為だとかではないです」
やや冷たいコメントに生徒会女子の顔が引きつる。
固まる彼女を助ける意味も含め、俺は話を続ける。
「決勝が始まるまで熱みたいなものはなかったです」
会場にひんやりとした空気が流れた。
「だけど、神崎文乃を見て変わりました。彼女はバスケの決勝で悪質なファールを受けても動じず、正々堂々と立ち向かっていた。そのことをどれだけの人が知ってるかは分からない。けど確かに俺の胸には熱く響いた。だから決勝では俺自身もファールに屈せず全力を尽くせた」
ぐっとためて続きを紡ぐ。
「だから俺が伝えるべき相手は神崎文乃。えーと、端的に言って俺は文乃のことが──」
『好きって~~~~?』
「そう、好き──って、文乃!?」
ちゃらけた声主は確かに神崎文乃だった。
だが彼女の姿はどこにもない。
内に巻かれた長い亜麻色の髪が綺麗で、大きく凛々しい瞳とそれを支える厚い涙袋が特徴的で、小さな鼻、そして薄い唇が女子らしい、そんな彼女の姿はない。
代わりに登壇してきたのは、亜麻色の三つ編みに、黒縁眼鏡の影が薄そうな女子。
一挙一動がおとなしさを醸し出している。
一同がぽかんとするなか、その女子は天使のように、はにかんだ。
「久しぶり、遍く~んっ!」
「……文乃なのか?」
「いえす! どこからどう見ても遍くんが大好きな神崎文乃ちゃんです!」
メガネを取って、すみやかに髪をほどき終わると、いつもの神崎文乃がいた。
「なんで、そんな似合わない姿なんだ……?」
体育館中がざわめく。
あの神崎文乃が突飛な登場をしたことに全員の脳が追いついていない。
「そりゃ~初めて出会った時のわたしを再現しているからだよっ! だから久しぶりって言ったのに~」
「ちょっと何を言っているか分からない」
公然とするやりとりではないな、と思いつつも好奇心が勝る。
「ほ~らっ! 遍くんが先輩にフラれた後、喧嘩したでしょ? 一人のか弱い少女の為に」
藤堂先輩にフラれた後、俺は男子高生と喧嘩した。
それは当時中学生くらいの少女が襲われようとしていたのを防ぐためだった。
喧嘩が終わってから少し会話したが、その子は根暗で静かな子だった。
文乃とは大違いだ。
しかし──
「そのことを知ってるってまさか……」
「そのまさか、あの時救われたのがわたしだったのです……! いや~遍くんてば喧嘩は弱かったけどかっこよかったな~! みんなもそう思わない?」
喧騒がさらに増す体育館。
俺は言葉も出せず、ただ突っ立っていた。
確かに文乃は俺のことを昔から知っているようだったし、多大な好意も彼女を救ったからと考えれば合点がいく。
思い当る節は確かにあった。
回想する俺などつゆ知らず、文乃はふふっと笑って快活に語り出す。
「はいはいっみんな注目~! 遍くんの胸に負っている傷、みんなは不良の証だとか言ってるけど、これ実はわたしを救ってくれた愛の証なのだよ! よって不良とか言わない! そもそも不良だったら近藤君の蹴りに応戦してるはずでしょ~?」
神崎文乃はこう見えて利口だ。
さらっと俺のイメージ改善をここで行うあたり抜かりない。
「って決勝見てたんだな、お前」
「もちろんっ! 最初から最後までばっちり見てたよ。さっきの姿でね。試合が終わったら話しかけに行こうかって思ったけど、クラスメイトにひっぱりだこの遍くんを見ててニヤニヤしてたんだ~! どうせわたしのターンは巡ってくるし!」
「なるほどな、そのターンが今ってことか」
「その通りっ。さて、美空ちゃんは今のやり取りどう思う? 生徒会進行役の腕はいかがなものかな~?」
呆気に取られていた生徒会女子は、ここでわたし!?という顔をしていた。
可哀そうな被害者もとい犠牲者だ。
「あ、その、お似合いでいいと思います」
「だって~遍くん! まだ言うべきことがあるんじゃないの~?」
肩でツンツンと押してくる文乃。
「まぁ確かにな……」
全校生徒の反応は案外、好意的だ。
自分が告白されるように顔を赤くする女子生徒、面白おかしく茶化す運動部、微笑ましそうにこちらを眺める教師陣。
神崎文乃というキャラクターが作り出した絶好の機会。
据え膳食わぬは男の恥というものだ。
俺はコホンと咳をして、ざわめく周囲が静かになるのを待った。
「……俺は文乃のことが好きです。付き合って下さい」
これが俺の答えだ。
神崎文乃は、うるさいし、よく馬鹿にしてくるし、恋愛に雑食だし、無駄に有能なトップカースト乙女だ。
俺が相容れるような存在じゃないと言われるかもしれない。
だけどそれすらも愛おしくなるほど性格も可愛く、そして自分の芯を貫いている。
何よりも意外にピュアで一途だ。
俺の胸中を全て知ったかのごとく、文乃は微笑んだ。
その笑顔は藤堂先輩のような嘲るものでなく、心からの喜びが溢れ出た幸せオーラぷんぷんな笑顔だった。
「うん……! こちらこそお願いします……!」
体育館のボルテージが最高潮を迎える。
歓声が鼓膜をつんざくほど響き渡った。
まるで武道館にてバンドが最後の一曲を歌っている時のような盛り上がりだ。
文乃が喧騒に乗じて強く抱きしめた。
腰に回された腕は力強く、離したくない、離れたくないという意志をびんびんに感じさせる。
いつもなら避けるハグも甘んじて受け入れ、心地よい喧騒に身をゆだねた。
文乃は俺にしか聞こえない声で呟く。
「あの時は守ってくれてありがとう。そして今日もわたしのために優勝してくれてありがと。やっぱ遍くんはヒーローだ~!」
胸の中で落ち着く文乃は穏やかで眠ったようだった。
目前に広がる華やかな光景は、今まで陰で生きてきた俺が目にする事のなかったものだ。
俺はこの思い出を忘れることはないだろう。否、忘れられないだろう。
俺と文乃だけが太陽に照らされていた。
◇
球技大会翌日、我が高校は学年問わず俺の話題でもちきりになった。
文乃のフォローもあって俺の悪い噂はなくなり、公開告白を受け入れたことで文乃と近藤の噂もかき消された。
逆に近藤の人気は地に落ち、あれだけ飛んでいた黄色い声はひそひそ話に変わっていた。自業自得だな。
そんな目まぐるしく変わりゆく高校生活のなかでも変わらない日課がある。
「白石、飯食いに行こう」
俺はいつものように白石と美術室に向かう。
白石が元気なさげに呟いた。
「遍くん、私やっぱり昨日の運勢よくなかったみたいです」
そういえば球技大会の昼に白石がそんなこと言ってたっけな。
「それはもしかして俺が文乃と付き合ったからか?」
冗談で言ったが白石は大きくうなずいた。
「……そうです。そうですよ、私と同じ陰キャ仲間だったのに神崎さんと付き合うなんて抜け駆けです……!」
作ったような笑みから白石の優しさがあふれていた。
俺は手にもつクリームパンの包装に目をやる。
顔を直視してられなかった。
「いいや、抜け駆けなんてしない。なぜなら俺が陽キャになることはないからな。文乃はそうであっても俺は白石と同じ側の人間だ」
「……そうですね、これからも陰キャ友達としてお願いします」
「もちろんだ」
陰キャ同士の熱い契りもほどほどに、鍵を借り、美術室に到着。
そこには幸せそうな顔をした文乃が待っていた。
手には俺と同じクリームパンを持っている。
「やほ~あむちゃん! そして──彼氏くん!」
「こんにちはです。あ、でも毎回休み時間に来るので挨拶は今更感ありまくりですね……」
「そりゃ大好きな彼氏くんに会いに行かなくちゃだから!」
「来るのはいいんだが、クラスメイトからの視線が痛いんだよな……」
「遍くんはドMだからそれもありってことだね!」
「アホか。なしに決まってんだろ」
美術室に三者三様の笑いが起きる。
いつもの定位置に腰を下ろすと、文乃が目配せをした。
あぁ、そうだったな。
俺と神崎は二人のなれそめを確認し合ったが、白石は知る由もない。
友達としても伝える必要があるだろう。
「白石、実は俺と文乃は三年前に出会っていてだな──」
その後、アデリーペンギンのように目を真ん丸にして話を聞く白石が印象的だった。




