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魔王様捜してます  作者: とまと屋
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第八話

 冒険者ギルドは不夜城である。

 事件や魔物は人間の都合に合わせてくれない。ゆえに冒険者ギルドから人気が無くなることはない。いついかなる時もあらゆる依頼に対応できるように備えている。

 ここクラエオの街の冒険者ギルドも例外ではない。冒険者ギルド設立直後に建設され、増改築を繰り返したギルドの建物は城塞を思わせる無骨な三階建てであり、ギルドだけで籠城戦ができるとまで言われている。クラエオは国境にほど近く主要な街道上に位置するとあって物流も多く、合わせて人も集まってくる。比例して仕事やトラブルも増えるばかりで冒険者ギルド・クラエオ支部は昼夜を問わず冒険者たちが溢れ、来訪を告げる正面玄関のベルが鳴り止むこともない。常に活気に満ちており、沈黙という言葉とは無縁であった。

 早朝であっても変わらぬギルドの喧騒を扉越しに聞きながら、受付嬢のキティラは事務室で淡々と緊急の報告書をまとめていた。以前、ギルドに依頼があった案件────クラエオから北に馬車で五日ほど行ったところにある小さな村に魔王崇拝者が潜んでいる。その調査を────に赴いていた冒険者たちが早馬を飛ばして昨夜持ち込んだ報告書には、村人全員が魔王崇拝者だったと記されていた。

 数人ならともかく村ひとつがまるまる、となるとギルドの管轄を超えてしまい、ギルド長が領主に事情を説明に行く必要がでてきた。

 加えて、召喚された「何か」が野に放たれた可能性を否定できない、との一文にギルド長は頭を抱えた。その情報の扱いについても領主と話し合う必要があるため、────間違いなく領主は冒険者ギルドに責任を押しつけようとするはず────報告書には細心の注意が必要だった。その報告書の作成をキティラが任されたのだ。

「……これ、ギルド長に渡して」

「はいっ!」

 完成した報告書を何度も確認し、問題なしと判断したキティラは新人の職員に報告書を預け、通常の業務に戻ることにした。自分の本来の場所、受付カウンターに腰を下ろして受付停止中の札を外した時、正面玄関のベルが鳴った。


 ……冒険者ギルドに初めて沈黙が下りた。


 正面玄関のベルが鳴っても、誰も来訪者を確認したりはしない。キリがないからだ。

 だがその日、ベルが鳴ると同時にギルドにいた誰もが背筋を駆け上がる悪寒を自覚した。口を閉ざし、思わず正面玄関に目をやると、奇妙な四人組がギルドに入ってくるところだった。

 四人はギルド内部をぐるりと見回したあと、ゆっくりと空いているカウンター────通常業務のために席についたばかりのキティラの窓口に向かって歩み寄ってきた。四人の歩みに合わせてざわめきが漣のように広がり、逆に奇妙な悪寒は空気に溶け込むように消え失せていく。四人がカウンターに到着した時には、いくらかぎこちないながらもギルドの日常が戻ってきていた。きっと扉が開いた時に早朝の冷たい空気が入ってきただけだ、きっとそうだ、と。

「いらっしゃいませ、冒険者ギルドにどのような御用事でしょうか?」

 『鉄の受付嬢』の異名を持つキティラも謎の悪寒にいくらか動揺していたが、四人が自分のカウンターを目指していると知ると素早く気持ちを切り替え、いつものようにクールに応待した。

「冒険者登録をしたいのだけれど、このカウンターでいいかしら?」

「はい、大丈夫です。登録申請用紙を用意いたしますので、少しお待ちください」

 書類の準備をしながらキティラは横目で四人を観察する。

 真っ先に目を引くのはカウンターから頭だけ出ている赤錆色の全身鎧(フルプレート)だ。最初は山の妖精族かとも思ったが、それならば酒樽のような恰好になるはずだ。スリムな体型は人間のようだ。だとすれば子供が装着しているということになるが、常識的に考えて無理がありすぎる。

(そういえば音がしなかったわね)

 謎の悪寒でギルド内が静まり返った時、目の前の全身鎧(フルプレート)は音も立てずにカウンターまで歩いてきた。そんなことはあり得ない。

(……張りぼて、か。子供の冒険者ごっこにつき合う暇などないのに)

 内心でため息をつき、次に最後尾に立つ女性を見る。

 燃えるようなウェーブがかった赤毛に褐色の肌、同性のキティラから見ても美しい女性だった。ただ、金色の瞳だけは子供のように悪戯っぽく輝いていて、そのアンバランスさが妖しい魅力を醸し出している。腰に細剣(レイピア)を吊るし、反対の腰に下げている皮袋からは竪琴が少し顔を出している。

(おそらく吟遊詩人なのだろうけれど……なぜにメイド服なの?)

 金髪ツインテールの少女の手を引いていたことから少女のお付だと考えられたが、メイド服で冒険に出るような者は聞いたことがない。随分とスカートが短いが、男たちがちらちらと彼女の身体に好色な視線を向けているため、エプロンで隠れている部分がどうなっているのかキティラは不安になった。

 その金髪ツインテールの少女は黒のローブのようなものを纏っており、どのような服装をしているのかは一見してわからない。眠そうに半分閉じられた赤みがかった目でギルド内をきょろきょろと見回し、ふらふらとどこかへ行こうとしてはメイドにやんわりと止められている。その落ち着きのない子供そのものの振る舞いにキティラの不安はいや増した。

 最後の一人は、キティラの差し出した申請用紙にペンを走らせている、おそらくはこのメンバーのリーダーと思わしき黒髪黒目の少女。法衣を思わせる袖の大きく開いた服に革製の鎧を着込んでおり、腰に鎚矛(メイス)を下げているので一見すると神官戦士のようにも見えるが、少女の服のどこにも信仰する神の印が描かれていない。

(素早さを活かした戦士? ……いえ、だとすればあの大きな袖は邪魔でしかない。なんだかチグハグね)

 キティラが四人を観察している間に書類の記入が終わった。無表情に書類を差し出してくる少女に鏡を見ているような錯覚を覚えつつ、キティラは書類を確認する。

「申請者はマルレーネさん、カタリナさん、テオドラさん、アンナさんの四人で間違いありませんね?」

「ええ」

「念のためそちらの……アンナさんですか? 顔を拝見しても?」

 キティラは赤錆色の全身鎧(フルプレート)に声をかけた。本人確認は必要だ。

 赤錆色の全身鎧(フルプレート)は黒髪の少女の方を向いた。そして彼女が頷くのを見て、面甲(フェイスガード)を持ち上げた。幼い少女の顔がそこにあった。いくらか血色の悪い肌と赤い瞳に一瞬、警戒したキティラだったが、朝陽の下を不死(アンデッド)が歩けるはずもない。そう思い直し、動揺を顔には出さなかった。

 ……本当に子どもが入っていた。その事実にキティラは内心でため息をついた。

「……ありがとうございました。さて、記入内容に不備はありません。では四人には冒険者ギルドに加入するための……試験を受けていただきます」

 キティラの言葉に、様子を窺っていた冒険者たちが微かにどよめいた。

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